第2話 友人とオカルト
数日後、リーネ・ミゼリオールは学園のとある一室で優雅に読書をしていた。
祖父のお見舞いに行く以外に特に放課後の予定がない日はいつもこの部屋で読書をするのがリーネの日課となっている。
今日読んでいるのはいわゆる"なるう系"と呼ばれる特別な能力を持って異世界に転生するという内容の小説だ。
その主人公は転生するときに空間魔法とやらをもらっていた。この世界にも空間魔法は存在するが、現在は禁忌とされているため新鮮に読むことができた。
静かな空間で誰にも邪魔をされずに本を読む、リーネの安らぎの時間だ。
「事件ですわぁあああああ!」
しかし、その安らぎの時間は、突然の大声とともに開かれたドアの音で終わりを告げた。
(……はい、今日もノエラ劇場の開幕です)
「大事件ですわぁああああ!」
息を切らしながら駆け込んできたのは、リーネの唯一の友人であるノエラ・ユラシエルだった。
魔道具の名門であるユラシエル伯爵家の長女にして、この学園の魔法科の首席でもある才媛。将来は魔法省に入ることが確実視されている才女である。
(肩書きだけは立派なんですけどね。まあ、それだけだったら友人にはなっていなかったですけど)
ノエラにはリーネが好む特殊な志向があった。
「これはきっと本物の呪いですわ! 間違いありませんわ!」
そう、彼女は大のオカルト好きだったのだ。
部屋に飛び込んできたノエラは、一目散にリーネの前を通り過ぎ、部屋の奥に置かれた電子演算器―通称パソコンの前に座ってキーボードを叩き始めた。
リーネはちらりと本から目線を上げて確認した後、再び本に戻した。
(さてさて、今日はいったいどんな噂話を仕入れてきたのでしょう)
ノエラがこのモードに入ったら、外部からの声はまったく届かない。おそらくノエラは今この部屋にリーネがいることすら気づいていないだろう。
(開幕はまだ先でしたか)
今までに何度もノエラの奇行に巻き込まれてきたリーネは慣れたものだ。
リーネとしては、ノエラが開幕の合図を出すまでやることはない。
(今日のノエラはどんな演技を見せてくれるのでしょう)
次の進展を見せるまで、リーネは静かに本に目を戻した。
「うむむ、わかりましたわ!」
どれだけの時間が経っただろうか、ノエラが突然立ち上がった。
(おっとようやくですか)
「こうしてはいられませんわ! すぐにリーネ様を誘いませんと!」
ノエラはそう言いながら、リーネの前を通り過ぎて、部屋から出ていこうとする。
(おや、ここまでのノエラは珍しいですね)
これにはさすがのリーネも驚いた。目の前のことに熱中していて、周りが見えなくなるのはよくあることだが、ここまで酷いのは初めてだ。
(さすがに気になりますね)
バタバタと出ていこうとする音を聞きながら、リーネは本を閉じた。
「ノエラ」
開けたままのドアから出ていこうとするノエラに声をかける。
「えっ? あら! リーネ様! 奇遇ですわね!」
ノエラは驚いた様子で振り返ると、満面の笑みを浮かべる。
まるで飼い主を見つけた犬のようにリーネの元へ駆け寄ってきた。
「私がここにいるのは変ですか?」
「いえ、おかしくはありませんわ! リーネ様も私と同じオカルト研究会の会員ですもの!」
ノエラは嬉しそうに答えながら、リーネの前に座る。
「むしろもっと参加してくださってもいいのですよ?」
「いや、私はノエラほどオカルトには興味ないですからね。所属したのだって、ほぼノエラに強制的にって感じですし」
そう、リーネ的にはオカルトには興味がない。信じていないと言って差し支えないくらいだ。
こうして所属しているのだって、ノエラの強い―半強制的な勧誘があったからに過ぎない。
(むしろ興味があるのは演者の方なんてね)
それでもこうして部室に足を運んでいるのは、ノエラのことを見ているのが単純に楽しいからという理由だ。
「リーネ様がこうして部室に来てくださるのはありがたいですわ! 他の方は顔すら出してくれませんもの!」
「そういえばいましたね。きっともう成仏したんじゃないですか?」
オカルト研究会は他にも会員がいるが、全員もれなく幽霊会員だ。
しかし、それはオカルトに興味がないというよりも、ノエラに畏怖しているからに過ぎないのだが、当の本人は気づいていないらしい。
ちなみにリーネも同じように畏怖されているのだが、こちらは本人も気づいている。もちろん、まったく気にしていないが。
「それで、ノエラは何をそんなに興奮してたの?」
リーネは彼らがなぜ来ないのかを知っているが、それを言うつもりはない。なので話を戻した。
「ああ! そうですわ! 急いで現場に向かいませんと!」
ガタンと音をたてて立ち上がるノエラ。実に慌ただしい。見ていて飽きない。
「いきますわよ! リーネ様!」
ガっとリーネの腕を掴むノエラ。いきなりのことに、リーネは手に持っていた本を机に落とした。
「おっと、今日は一段と強引ですね」
貧弱なリーネではノエラの力には抗えずそのまま引きずられるようにして、部室を出ることになった。
(今日は退屈しないで良さそうですね)
無理やり連れ出されたのにもかかわらず、その表情はどこか楽しげだった。
「リーネ様は聞いたことがありませんか? 最近、意識不明で見つかる者がいるという噂を……」
どこへ行くのかもわからない道すがら、ノエラが状況を説明し始めた。
「ああ、聞いたことありますね」
リーネは数日前を思い出す。
「なんか私が呪いをかけたみたいな噂じゃなかったですか?」
放課後にクラスメイトがそんな話をしていたのを、珍しくリーネは覚えていた。
(まったく、私が呪いをかけるならもっと面白い呪いにするっていうのに)
嘆かわしいものだとため息をつく。そんなリーネの言葉にノエラは頷く。
「そうですわ! リーネ様の学年ではリーネ様が、私の学年では私が呪いをかけたという噂になっているんですの!」
どうやらノエラにも嫌疑がかかっているらしい。
「まったく! それができたらどれだけ楽か! 皆様はわかっておりませんわ!」
どうやら、自身に嫌疑がかけられたことよりも、自分が呪いを使えないことが悔しいらしい。さすがオカルト研究会の会長である。
「それで、さっき部室で調べてましたよね? 結果はどうでした? 今度こそ本当に呪いはありそうですか?」
もちろんそんなのを信じていないリーネが尋ねると、よくぞ聞いてくれましたとばかりにノエラは振り返って答えた。
「ええ! 間違いなくってよ! 今回の件は旧校舎の呪いが関係しているに違いありませんわ!」
ビシッとノエラは前を指差す。その先には、鬱蒼と茂る森の隙間からレンガ建ての古びた大きな建物が見えた。
遠くから見るだけでも風化によって、レンガはボロボロ、窓ガラスはところどころ割れていて、まるで廃墟のようにすら見える。
(雰囲気だけは嫌いじゃないんですけどね)
実際は特になにかあったわけではなく、単純に老朽化により立ち入り禁止の区域。それがこの学園の旧校舎だ。
「今日こそは旧校舎の謎を発見してみせますわよ!」
ちなみにノエラは今までも何度も旧校舎に忍び込んでいるらしい。常連といっても差し支えないくらいだ。
「呪いを発見より先に、風紀委員にでも発見されないといいですけど」
「大丈夫ですわ! こんな辺鄙なところに来る変人はこの学園にはいませんわ」
「私たちは来ていますけどね……おやっ?」
「なに……きゃっ!」
「おっと!」
リーネの方を向いて歩いていたノエラが、驚いた声を上げて尻もちをついた。
「どうやら変人仲間がいたようですね」
いいフラグ回収だったとばかりに、ニヤリと笑いながらリーネは呟いた。
「すまない、えっと、大丈夫かい?」
どうやらノエラは曲がり角で誰かとぶつかってしまったらしい。
「いたた、ええ、大丈夫ですわ……って、あなたは!」
ノエラがひどく驚いたような声をあげる。
なんだそんな大げさなと思いつつ、リーネも顔をあげその人物に目を向けた。
(人間……?)
思わず出そうになった戸惑いをなんとか飲み込む。
そこには顔立ちの整った背の高い王子様然とした男子生徒が、誰もが羨むような笑顔を浮かべてノエラに手を差し伸べていた。




