第1話 リーネと祖父
ここから2節になります!
「お前は少し他の子とは違う。まずそれを理解しなければならん」
祖父ヴァルド・ミゼリオールがそう言っていたのを、今でもはっきり覚えている。
当時のリーネは、何が"違う"のかよくわかっていなかった。ただ、祖父の眉間の皺と、その奥の困ったような優しさだけは印象に残っている。
両親が事故で亡くなった日のことも覚えている。葬儀の最中、泣く人たちを横目に、リーネは静かに本を読んでいた。
もう二度と会えないことも理解していたのに、なぜ泣けないのか、リーネ自身も不思議だった。
きっとその姿が、周囲から見れば異常だったのだろう。あの日を境に、リーネは「狂った令嬢」と呼ばれるようになった。
そして婚約者だった第二王子も、あっさりとリーネのことを捨て去った。
なんともまあ、王族らしい合理的判断だとリーネは思った。
(この国は安泰でしょう)
そんなリーネを引き取ってくれた祖父は、なんとか"普通の子"に戻そうとしたらしい。
「その結果がこれか……」
弱々しい声に本から顔を上げると、祖父が眉間に皺を寄せた困ったような表情でこちらを見ていた。
「おや、お祖父様? どうかなされました?」
「いや、なんでもない。儂はただお前が心配でな」
祖父はそう言うと、ため息をついて腕を組んで唸った。
「心配しなくても、特に問題などは起こしていませんよ?」
特に教師や他の生徒からも苦情などはもらっていない。腫れ物扱いされているだけなのは今は置いておくとする。
(先日風紀委員に呼び出されましたが、あれは例外でいいでしょう)
「そのあたりは特に心配はしておらん。お前はきちんと人間らしい挙動ができるようになったからな」
「ええ、人間らしさについては、随分と教え込まれましたからね」
他と違うリーネに感情を埋め込むように、祖父は教え込んでくれた。おかげで、感情そのものは理解できないまでも感情を察することはできるようになった。
「いろいろな人の感情が動くのは見ていて面白いですよね」
いや、むしろ得意になったと言ってもいい。
にっこりと心底面白いとでも言うように純粋な笑みを浮かべる。
「そういうところまで矯正できなかったのは儂の罪か……」
それを見て、祖父は「はぁ」とため息をついた。
「まあ、大きな問題は起こすまい。もしも儂が死んでもお前ならどうやってでも生きていけるだろう」
「ええ、仮に学園を退学になったとしても、どうとでもなりますよ」
実際、そういう話が出ているのをリーネは知っている。そして、それが今はまだ祖父が生きていることで防がれていることも。
「随分と図太く育ったものだな、お前も」
「ええ、お祖父様の教育のおかげです」
そう言って笑い合う二人。
「ともかく、儂はそう長くはないだろう。お前もそのつもりで覚悟しておけ」
「はい。頑張って泣く練習をしておきますね」
一見すると、険悪にも思えるかもしれない祖父とのやりとり、しかし、二人の間ではこれが最も心地よいやりとりであった。
「はぁ……しかし、お前がここまで図太く育つとはな。アルベリオやシエーナが見たらなんと言うか」
アルベリオはリーネの父、シエーナは母である。ミゼリオール家の先代の当主夫妻だ。
アルベリオは国の重臣を務めており、多くの人からの人望を集めた人物だ。
「私は私だと言ってくれたと思いますよ。あの二人は私のことを肯定してくれる人でしたから」
リーネはそう答えた。
事実、おそらく二人はリーネが他の子とずれていることも理解していたと思う。しかし、二人はリーネを矯正しようとはしなかった。
「そうじゃろうな……二人は優しく優秀じゃったからな……」
昔を懐かしむように目を細める祖父。
(私にとって親でも、お祖父様にとっては大事な子どもですからね)
そういう意味では、二人の死のショックはリーネよりも祖父のほうが大きかったのかも知れない。
「それに比べてヴェルディオは……」
思わずという感じで祖父がその名前を口にした。




