第1話 日常と噂
(これは夢ですね)
目の前の光景を見て、リーネ・ミゼリオールはそう思った。
自分はソファに座っていて、左隣には母親、右隣には父親がいる。
それぞれ、優しげな顔でリーネのことを見つめていた。
一見すると、幸せな家族の団欒のように見える。
しかし、
「退屈……ですね」
そんなことを言いながら、リーネは目を覚ました。
(いつの間にか寝ちゃってたのか)
周りを見回すと、そこは自分が通うタンブルウッド学園の教室だった。
窓の外には、夕暮れの中グラウンドで馬術の練習をする生徒たち、野球をする生徒たちなど、思わずテンプレの青春してやがると思うくらいの光景が広がっている。
(野球って……勇者が広めた遊びらしいけど、なんか最近やたら推されてる気がする)
リーネも同じく、タンブルウッド学園に通う生徒の一人だが、彼らのように素直に青春を謳歌できるタイプではなかった。
というか、リーネはそれどころではなかった。
なにせ……
「ねぇ、知っていますか?」
考えている最中に、教室の前の方から声が聞こえてきた。思わず、リーネがそちらに顔を向けると、二人のクラスメイトが話しているのが見えた。
(名前……なんでしたっけ? まあ、いいか)
ぼんやりとしたまま彼女たちを見つめる。
「なんの話ですの?」
二人はリーネに気づくことなく、話を続ける。
「隣のクラスの子が例の事件に巻き込まれたらしいですよ!」
「……例の事件とはなんですか?」
「えっ! それすら知らないんですか!?」
大げさに驚く髪を巻いた金髪の女の子。思い出した、確かなんちゃら子爵家の子だったかな?
お相手の方は、なんちゃら男爵家の子だったか。
「なにかあったんですか?」
男爵家令嬢の子は持っていた四角い手持ちの魔道具をいじっている。
過去には杖が固定の魔法を持つ戦闘用の魔道具が主流だったが、それが本に多くの魔法を乗せるようなものに変わり、そこからさらに時代は進化し、今ではあらゆる物に魔法が搭載され生活用品としての魔道具が多く普及している。
携帯型魔導電話―通称スマホは最近の代表例で、一人一台は持っているそんな魔道具だ。
「ほら、最近、学校内で急に倒れるって事件が発生しているって話聞いたことないですか?」
「あ、あー! 聞いたことあります! 急に倒れて医務室に運ばれたけど、原因はわからないままだったらしいって話ですよね?」
話の流れがわかったのか、男爵家令嬢はスマホを閉じて顔を上げた。
「そうそう! それそれです! で、昨日、隣のクラスの子も旧校舎前で倒れているのが発見されたらしいんですよ!」
「えぇ、本当ですか! それは怖いですね」
「ほんとね! でも、噂はそれだけじゃなくて……」
子爵家の子が急に小声になった。
「実はその事件の犯人はリーネ様だって噂があるんです」
小さな声で囁く子爵家の子。
(私?)
リーネは思わず首をかしげた。まさか急に自分の名前が出てくるなんて思っていなかった。
子爵家の子は、周りに聞こえないように小さな声で話しているだろう。
しかし、口を見れば何を言っているのかはっきりわかるリーネには、そんなことは関係なかった。
「うそっ! リーネ様が!?」
「そうそう、噂だと、リーネ様が退学になるのに腹を立てて、学校に呪いをかけたんだとか!」
「呪い!? あ、でも、リーネ様ならもしかして……」
(凄いですね私。呪いなんてかけれたんですか)
思わず顔をそらしつつ、笑みを浮かべてしまった。どうやら彼女たちの中ではリーネはそんなこともできる存在らしい。
「あ、でも、リーネ様って貴族なのに魔法が使えないんじゃなかったでしたっけ?」
「そうそう、でも、実は無意識でそういう呪いを振りまいているんじゃないかって噂があるんですよ。ほら、リーネ様のご家族って」
その言葉を聞いて、ぴくっとリーネの身体が反応した。
「ミゼリオール侯爵家ってあれですよね、謎の事件でリーネ様以外が全員亡くなったっていう」
「そうそう、それも実はリーネ様がなにかしたんじゃないかって噂があって」
「本当に!? でもリーネ様なら……二十年前くらいの大爆発にも関係しているって噂があるし」
「そんなことまで絡んでいるんですの!?」
(二十年前とか生まれていないんですけどね。でも彼女たちにとって私はそういう存在ということですか)
にやりと笑ったリーネはわざと大きな音を立てて席を立った。
「!?」
「リーネ様!?」
どうやら彼女たちはリーネが残っていることに気がついていなかったらしい。周りを見たのに気がついていないとは。
「……私は帰るわ。ごきげんよう」
じっと見つめられる中、リーネは教室を出るためにドアへ向かう。
「へっ? あ、ごきげんよう」
「ごきげんよう!」
二人はあっけにとられたように慌てて挨拶を返してきた。
(さて、このあたりですかね?)
ドアに手をかけたところでリーネは、ゆっくりと振り返る。
「そうそう、私さすがに両親《《は》》呪い殺してなんかいないわよ?」
笑顔でそう言うリーネに二人は身体をビクン跳ねさせ、こわばった表情を見せる。
「それに、もしも呪いが使えるのならば……」
そこで言葉を切り、リーネは顔を真顔にする。
「自分の悪口を言う同級生をどうしたらいいのかしらね?」
ふふっと笑いながら、リーネは教室を後にした。
リーネは気分良く歩いていき、直ぐ側にあった曲がり角を曲がる。
直後に、ドアを開ける音とともに泣くような懇願するような声が聞こえてきたのを聞いてリーネは満面の笑みを浮かべた。
(あー、いい反応……ありがたいですね)
栄養補給はばっちり、気分良くなったリーネは二人に見つからないようにその場を離れた。
なんでもない日常の一コマ。
リーネとしては、少しばかりクラスメイトをからかっただけのそんな出来事。
──この日常の一コマが後にリーネの、国の、そして世界の運命を大きく変えることになる。
物語は間違いなくこの噂話から始まったのだった。




