第17話 リーネとスパイ
「僕が君のスパイに?」
レイヴンはあまり表情の変わらないながらも、困惑している様子が見て取れた。
目を細めて、疑うような視線でリーネのことを見つめてきた。
「ええ、二重スパイからさらに一つ増やして三重スパイにしましょう。出世ですよ」
それに対してリーネは薄く笑いを浮かべる。
(トリプルフェイスって何か本で読みましたね。大変そうだから私だったら絶対にやりたくありませんが)
しかし、それを笑顔で提案するのがリーネのやり方だ。
「それをして君になんの得があるんだい?」
「うーん、そうですね……」
どう言ったものかと、リーネは少し考えた後に答えた。
「少しあなたに興味が湧いたからでしょうか」
基本的に他人にあまり興味を持たないリーネが珍しく興味を持ったのだ。
「あなたと私はほとんど正反対の位置にいます。ですから、あなたをそばに置いておくことで何か新しい発見があるかもしれないと、そう思っています」
リーネの言葉に、レイヴンは少し眉を動かした。
(私は自分に足りない感情を理解するために、周囲を観察してきました)
しかし、目の前のレイヴンは違う。彼自身には感情は間違いなくある。
ただ、彼のそれは"他者の期待に応える"ということに特化しすぎているのだ。
自分の感情を抑え、自分を殺し続けている。
(似ているようで、まるで正反対ですね)
徹頭徹尾自分のために動くリーネと、他者のためにしか動けないレイヴン。
だからこそ、興味深い。
「あとは単純に面白そうだから、というのもありますね」
「面白そう?」
「ええ、あなたが私にもたらしてくれる情報によって、私の退屈な日常が少しは刺激的になるかもしれませんからね」
あとは……とリーネが続ける。
「こういう時はなんとなくピンときたとでも言っておきましょうか」
リーネがそう言うと、レイヴンはあからさまに意味不明というような表情をした。
「能力面以外でそういうことを言われたのは初めてだよ」
「もちろん、それも理由ですよ。私としては面白いかもという不確かな理由のほうが強いですが」
これで以上だというようにリーネは肩をすくめた。
それを見てレイヴンは少し考え始めたようだ。
「確かに、僕は君に色々と情報を渡すことができるかもしれない。それが君の興味を引くものかはわからないけれど」
「ええ、それは聞いてみないとわからないでしょう」
というわけで、とリーネは続ける。
「どうですか? 私のスパイになってみるつもりはありますか? あ、そうそう。言い忘れていましたが、私の言うスパイは絶対のものになりますよ」
「どういうことだい?」
「私のスパイであることが漏らされたらたまりませんからね。三重スパイとは言っても、あなたの本当の主は私だけということです」
「それは……国や死神ギルドを裏切れということかい?」
「それはあなた次第でしょう。しかし、私から積極的に二つを蔑ろにしろなんて言うつもりはありません。基本は今のままで、その上の優先順位に私が入るというだけです」
「仮に君と国やギルドの間で対立構造になった場合に君を優先しろということか」
「ええ、そういうことです」
今はそんなつもりはないけれど、可能性として0ではない。
「しかし、そうなった場合、君のことを優先するなんてできるかわからないぞ」
確かにレイヴンはただの人間だ。いざとなれば保身を優先することは仕方がない。
「ええ、ですから、死神である私と契約を交わしましょう」
「契約……それはまさか……」
どうやらレイヴンも知っているようだ。
死神と人間の間で交わされる契約のことを。
「そうです、あなた、私の使徒になりなさい」
リーネの言葉に、今まで動かなかったレイヴンの表情が驚きに染まった。




