プロローグ 私が神です
この作品はカクヨム様に先行して投稿しております。
カクヨムコンもやっていますし、先が気になるようでしたら、そちらも合わせて御覧ください。
「ああ、随分と面白い感情が渦巻いていますね」
リーネ・ミゼリオールは眼下を見据えながら、平坦に、しかしどこか面白そうに呟いた。
リーネが見下ろす先には、円を描くようにして出来上がった人だかり。
(まるでお祭りみたいですね)
以前見かけたことがある地方のお祭り。高台を中心に輪になって音楽に合わせて踊る様子をリーネは思い出す。
しかし、今彼らの中心にあるのは高台なんかではなく、もっとおぞましいものだ。
その証拠に、人々は円を崩すことなく、一歩を保って中心のそれを興味深げに見つめている。
さらには、
「今、緊急で動画回してるんですけど!」
新型の魔導電話——通称スマホ——を構え生配信でもしているんだろうか?
自身と中心で血まみれの倒れている有名人を入れて必死にバズろうとしている。
そう、円の中心に倒れているのは人だ。それもお高そうなローブをまとった、学者風の男性が血まみれになって倒れている。
(まったく随分楽しい世の中だこと)
にやにやと眼下を見下ろしていると、その時、黄色い悲鳴が聞こえた。
「レイヴン様よ!」
やってきたのは金属の鎧をつけた精悍な男性。微笑みを浮かべる彼に周りの視線が一極集中する。
彼の名はレイヴン・ガレンティ。リーネの先輩にして、とあるギルドの騎士だ。
そしてリーネと彼は……
「すまない、どいてくれないか? 検分をしなくてはいけなくてね」
微笑みを携えたまま、レイヴンは人々に声をかけた。すると人々は一斉に道を開け始める。
(さて、そろそろ私も舞台へ上がるべきでしょうか)
ふらりと立ち上がるリーネ。
漆黒に染まったローブが風に吹かれてなびく。
リーネは両の手でフードを頭に被せ、おもむろに建物の上からするりと飛び降りた。
「こんなところでレイヴン様を見れるなんて!」
音もなく着地したリーネは緩やかに夢中でレイヴンの写真を撮っている少女へと近づき立ち止まった。
「……うん?」
(こんにちはお嬢さん、いい写真は撮れましたか?)
そこにいたリーネは心の中で挨拶をした。もちろん、聞こえてなどいないが。
「あ、あ……」
リーネの姿を目にした少女は、目を大きく見開き、口をパクパクさせている。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。
「きゃーっ!」
悲鳴をあげたのは誰だっただろうか。先程の黄色い悲鳴と違い、今度は恐怖の悲鳴だ。
(この落差……)
それもそのはず、リーネは真っ黒なローブを身にまとい、顔はフードで隠れている。
更に、背中には大きな人を真っ二つにできそうなほどの大きな鎌。
リーネが薄く笑うと、さらに周りの人々は恐怖におののく。
「し、死神だ!」
恐怖の悲鳴が響いた。蜘蛛の子を散らすように人々が逃げていく。
(この落差……最高ですね)
やがて残ったのはリーネとレイヴンの二人だけだった。
「さて、レイヴン様。調べはつきましたか?」
「ああ、どうやら彼の名前はアレク・シェルドン。フリーのライターでネットに記事を上げていたようだ」
レイヴンは振り返らずにリーネの質問に答える。
「ああ、なるほど、閲覧目当てに適当なことを書くお仕事ですか」
「言い方には気をつけてね。ただ、まぁ、こいつに関しては間違っていないかもしれないな。なにやらすごい陰謀論に傾倒していたみたいだからな」
「陰謀論?」
「ええ、なんでも、魔物から取れるエネルギーでは今の王都を支えるには足りない。そこには王国が隠している秘密があるはずだってね」
「ああ、なるほど、ちょっとどこかおかしい人でしたか。それはそれはどこで恨みを買っていてもおかしくはないですね」
「そうだね。犯人候補が多すぎて正直、手詰まりってところだね」
そう言いながら、レイヴンは立ち上がりリーネに視線を向けた。
「というわけで任せたよ、死神さん」
道を譲るようにリーネに背を向ける。
「ええ、不甲斐ない人類に変わって、私が真実を暴いてみせましょう」
リーネはおもむろに背中の大鎌を取り出すと、遺体に向けて振りかぶった。
「あなたに死神の祝福を……」
振り下ろされた鎌が遺体を貫く。さらさらと砂のように崩れていく遺体。やがてそこに残ったのは、一つの青く輝く石だけだった。
「魂石の完成です」
リーネはその石を手に取り、目を閉じた。
「……ほほう、なるほど。聞こえましたよ、彼の声が」
にやりと笑うリーネ。その表情は不気味ながらもどこか楽しそうだった。
数時間後、リーネとレイヴンはとある子爵邸へやってきた。
「こ、こちらになります」
モノクルをつけた執事に案内された二人は応接室に通された。
その後、すぐに部屋の扉が開き、恰幅のいい中年男性が入ってきた。
「本日はどのようなご用件で……」
目の前に座るのはサマンサ子爵。恰幅のいい中年男性だ。
その後ろには執事らしき男が控えている。
(金箔まみれの豚まんにしか見えませんね)
派手な装飾が施された服を身にまとい、金のネックレスをぶら下げている。まさに成金の典型的な姿だ。
そんなサマンサ子爵の熱い視線がリーネに向けられた。
(おやおや随分と高尚な趣味がおありなようで)
今リーネはメイド服を着ている。潜入と身分を隠すという目的のためだ。
今年で十六歳になるリーネだが、見た目はそれよりも数歳は若く見える。中年の男性からしたら子どもも良いところだろう。
「というわけで、こちらは凶器となったナイフです。特別に拝借してきました」
ある程度の話を終えたレイヴンが取り出したのは、死体に突き刺さっていたナイフ。まだ血がこびりついておどろおどろしい。
サマンサ子爵は目を背けている。
「見ていただきたいのはここの模様なんですよ、ほら、よく見てください」
「これは……!」
レイヴンに促され、いやいやといった様子でサマンサ子爵がその模様を見て、目を見開いた。
「おや、やっぱり見覚えがありますか? どうもサマンサ子爵家の家紋と非常によく似た模様のようなのですが……」
そう非常によく似ている。先程廊下でも色々な家財にかかれていた変な模様とそっくりだ。
「た、確かによく似ていますが! こちらは当家ではなく分家のものです! ほらっ! ここっ! 虎ではなく鴉でしょ!」
サマンサ子爵が必死に指差すそこには、確かに鴉が描かれている。確かに虎には見えない。
「なるほど、そうなると、このナイフはサマンサ子爵の分家のものということですね?」
「そうなりますね……あっ」
どうやらサマンサ子爵も気がついたようだ。
「……っ!?」
リーネは突然の喉の痛みを感じて、思わず膝をついた。
(さすがにこれは……予想外でした)
「ヴェリオ!?」
サマンサ子爵が驚きの声をあげる。その目はリーネの後ろにいる人物へ向けらている。
「……やれやれ、油断したか」
レイヴンも呆れたような顔をしながらそちらを見る。
二人の視線の先には、燕尾服を着たモノクルの男性。執事がそこに立っていた。
「やはりナイフは回収しておくべきでしたね」
彼はリーネの喉に突き刺したナイフを抜き取り、その血を指でぬぐいながら言った。
「回収できなかったんだろ? どうやら被害者は随分と抵抗したみたいだからね」
「ええ、そうですね。知っていますか? 心臓を一突きしても人はすぐに死なないみたいですよ」
そう、あのアレクというフリーライターは、心臓を一突きされて、自分が死ぬのをわかっていたにも関わらず、必死に抵抗したのだ。
重要な証拠となるナイフを決して離さないことで。
被害者がナイフを握りしめていたのは、抜こうとしてたんじゃなくて奪われないように自分で握り込んだのだ。
(魂石から聞こえた彼の声のおかげで、犯人探しは余裕でしたよ)
「ライトニング・ボルト!」
執事の手から青白い雷がレイヴンに向かって放たれた。
「くっ、魔法か……」
レイヴンは剣で受け止めるが、徐々に押されていく。
「このままでは……誰か助けてくれないものか……」
呟くように助けを求めるレイヴン。
その様子を見ながら、リーネはゆっくりと立ち上がった。
(さて、そろそろ終わりにしましょうか)
「……なんだと? 死んでいないのか!?」
驚愕する執事。当然だ、自分が殺したはずの少女が立ち上がったのだから。
「おやおや、こんな美少女をゾンビを見るような目で見るとは」
リーネはフードを深く被り直す。
「な、なにが……ライトニング・ボルト!」
執事が叫ぶと、強力な雷の魔法がリーネに向かって放たれる。
魔法が使えないリーネは通常であればそれを防御することもできない。
ただそのまま焼かれるだけ……のはずがなく。
「無駄ですよ。神の力の前にそんなものが通用するとでも?」
雷はリーネの身体に触れることなく、すっと消え去った。
不敵な笑みを湛えたままリーネはゆっくりと執事へ近づいていく。
「た、助けて……神……」
意味がわからないという顔で執事は震えながら呟いた。
「おや、神に祈るのですか?」
リーネは薄く笑った。
「でしたら……私が神ですが? ただし……死神ですけどね」
執事が顔を上げた瞬間、大鎌が一閃した。
「神は言いました。あなたのような信徒はいりません」
執事の身体が二つに分かたれた。断面から血ではなく黒い煙が吹き出す。
「あら、いい表情ですね」
恐怖のあまりか目を見開き、舌が出たままの執事の顔を見て、リーネは満足げに微笑むのだった。
「はぁ……また証拠が残らなくなったな」
すべてが終わった後の帰り道、レイヴンがため息をついた。
「そこを頑張るのがあなたの仕事でしょう? 期待していますよ」
「……リーネ嬢が死神じゃなければ、私の仕事も随分と楽だったんだがな」
「そんな死神の使徒になったのがあなたの運の尽きですよ」
リーネはくすくすと笑う。
「ええ、本当に死神になれてよかったです」
リーネが死神になってからというもの、彼女の人生は劇的に変わった。
今この世界は間違いなく彼女を中心に回っている。




