図工のオルゴール
彫刻刀は怖いから嫌い。
指を切ったらどうしようって考えてしまうから。
今の図工の席は好き。
高橋くんの作品が近くで見られるから。
6年生の3学期。
先生が図工の時間に卒業記念にオルゴールを作りましょうって言った。
それは長方形の茶色い箱で。自分の好きな曲を選んで、1枚の木の板に好きな絵を彫刻刀で彫って色を付けるものだった。
「卒業」って先生は言うけど私はよく分からない。
中学校は小学校の向かい側。
お友達もみんな同じところに行く。
ただ中学生になるだけなのになあって、そんなことを思ったりする。
2人2人で向かい合って座る大きな机でチラリと左隣を見る。
高橋くんが真剣な顔で黙々と手を動かしていた。
高橋くんは絵が上手で、器用な男の子。
掲示板に貼り出されると私はいつも自分のより先に見に行った。
やっぱりいいなあ。
まる、さんかく、しかく。
図形の組み合わせ。
とてもきれいでなんだか──。
「宝箱みたい……」
気付くとそうつぶやいていた。
高橋くんの目がこちらを向く。
私は「あ」と思う。
高橋くんはにっこり笑った。
「宝箱?」
私はまっ赤になって顔をそらした。
一生懸命、自分の作品を作るフリをした。
高橋くんは少しこっちを見てたけど、また黙々と手を動かし始めた。
オルゴールはニスをぬってツヤツヤになって完成した。
ピンク色の花が咲く私のオルゴールはあんまり上手にできなかった。
抱えて帰っていると後ろから声をかけられた。
「坂本さん」
心臓がひとつ大きく鳴った。
振り返るとそこには高橋くんが立っていた。
走ってきたのか息を切らしながら自分のオルゴールを差し出した。
「よかったら、坂本さんのオルゴールと交換してくれないかな」
びっくりした。
「私のなんかともったいないよ」
「ううん、坂本さんのがいいんだ」
本当に?
信じられない気持ちでおそるおそる差し出した。
高橋くんはうれしそうにくしゃりと笑って受け取った。
「ありがとう」
それから、なんでもないことのように言った。
「僕ね、中学から別の町に行くんだ」
「え」
何も返せず固まる私ににっこり笑って、高橋くんは「さようなら」と帰って行った。
私は高橋くんのオルゴールを見た。
まる、さんかく、しかく。
赤、青、黄色。
色付いたそれはとてもきれいで、やっぱり宝箱みたいだと思った。
フタを開けるとオルゴールが鳴った。
高橋くんの好きな曲。
「中学生になるだけじゃなかったな……」
ぎゅっと抱きしめると私はゆっくりと奏でながら帰って行った。




