第一話 試合の日
第一話 試合の日
九州の最果ての島の家は隣同士だった。
良雄と久美子はテレビを観ていた。
久美子の父親、勝男はボクサーでウェルター級の日本チャンピオンだった。
福岡のジムで、久しぶりに世界を狙える日本チャンピオンが生まれたと、博多の街をあげて大騒ぎしていたが、勝男の身体は既に、今まで蓄積されたダメージで相当蝕まれていた。
それで、この試合を最期に世界チャンピオンになって引退したかったのだ。
もともとは、長崎から博多に出稼ぎに来ていて、金がなくても出来る事を探すと、近くにボクシングジムがあったので始めたのだ。久美子の家に仕送りもあるので、中洲なんかには、月に一度くらいしか行けなかったので、ちょうど良かったのだ。
勝男は、島育ちで漁師の息子だったので、もともと喧嘩は強かった。
なので、アマチュア時代はない。いきなりプロテストを受けて合格。アマチュア時代のないボクサーにありがちな、ディフェンス無視の攻撃型だった。最近はそう言うスタイルは通用しない。井上尚弥程の実力者でもディフェンスは最重要視する。しかし久美子の父親の時代は、強ければ全て許される的な風潮があったのだ。
けれど、もちろんプロなので、ディフェンスもしないわけでは無かったが、攻撃のスィッチが入ると、ぶっ倒すまで突き進むタイプだったのだ。なので、視力がかなり悪くなっていた。
「とうちゃん大丈夫かなぁ〜」と、良雄と久美子は、一緒にテレビを観ていたのだ。
「久美ちゃんの、とうちゃんかっこよかね〜、ボクサーぢゃもんね〜 凄か〜」
「うん、うちん、とうちゃん強かもん、
はよ、会いたか〜」と、二人と、親戚一同が集まって長崎の小さな島の家でテレビを観ていたのだ。
『さあ、里村勝男、世界チャンピオンになれるのでしょうか?! 地元福岡で世界チャンピオンが誕生するのでしょうか?!』
『そうですねぇ〜九州ではどっちかと言うとキックボクシングとか総合格闘技ですからねぇ〜 ボクシングの世界チャンピオンが出たら、ボクシングの人気が出るかも知れませんねぇ〜』とアナウンサーも興奮していた。
九州でボクシングの世界チャンピオンは珍しいのである。なので、勝男のジムは、地元の銀行から借金ばして試合を組んだのだ。「負けたら、首ばくくらんばねぇ〜」と会長は言っていたが、地元からのカンパは半端無かったし、全国放送なので、地元テレビ局もわきたっていたのである。
しかも、相手は超有名なアメリカ人ボクサーで、相当強かったが、何故か勝男を指名してくれたのだ。
勝男は、日本チャンピオンではあるが、世界ランクは五位だったのだ。しかし、ボクシングの世界では世界チャンピオン以外は相手にもされず、飯も食えない。最近やっと日本チャンピオンクラスがバイトしなくて良くなった程度だが、この時代は、仕事しないと生活出来なかったのだ。
それで、勝男は、目が見えなくなっても良いように、柔道整体師の資格を持っていた。もともと柔道も強かったのだ。しかし、どれだけ強い奴でも目を守る事は難しいのだ。それがボクシングだった。
リングの鐘が鳴った。テレビの前の親戚中が興奮している。
「勝男なんばしおっとか?!、カウンターば打たんば」とか、「ジャブば打ったら下がらんばたい」とか、観てる方は好き放題言っている。「カウンターなんかなかなか当たる訳ないやん」と今なら言えるが、子供の頃は訳も分からず、おっさんらも、シャドーをしながらテレビを観ていたのである。
1、2ラウンドはお互い様子見だったが、3ラウンドで、チャンピオンの左フックが勝男の右目をカスってしまった。当たった方がマシだったかも知れない。グローブで目を切ってしまったのだ。
血が溢れる程出てしまった。やばい、目が見えないと当たり前だが戦えない。
しかし、勝男は何とか、3ラウンドをやり過ごした。
ジムの会長は、「こん試合で勝って、引退ばすれば良かたい。最期は全力でぶつからんね!!」と勝男を励ました。
4、5ラウンドをやり過ごすと不思議と血が止まった。勝男の底力が試される時である。勝男は、久美子との約束を果たしたかった。
いじめられっ子だった久美子は「とうちゃんが世界チャンピオンになったら、私は、いじめっ子と勝負する」と約束していたのだ。なので、勝男は負けられなかったのだ。勝男は、喧嘩は強いが優しい男だった。久美子は優しい所が父親に似ているのだった。
「よっしゃ、今たい」と7ラウンド目にチャンピオンがスリップダウンしてから動きがおかしくなっていたのを勝男は見逃さなかった。猛然とラッシュを決めたのだった。
勝男がブチ切れたらもう止まらない。終わってる港街の角打ちや、中洲のど真ん中のチンピラ連中も勝男のパンチを喰らって立っていた奴は居なかった。チンピラ時代と違い更に磨きをかけたプロボクサーは世界に通じたのだ。
チャンピオンをガンガン追い詰めた。チャンピオンがふらついた瞬間、勝男のアッパーからのストレートは、チャンピオンの顔面を捉えた。しかしその瞬間、勝男もカウンターも貰ってしまったのだ。二人ともダウンした。しかし、勝男は立った。目は半分飛び出していた。右目は失明した。
しかし、勝男は勝った。久しぶりに九州福岡に世界チャンピオンが生まれたのだった。
久美子と久美子の母親、親戚、自分自身も皆んな泣いていた。明らかに勝男が大丈夫ぢゃないと言う事がわかったからだ。
すぐに明日早朝の福岡行きの飛行機をチケットを親戚全員の分を取って、「早よ急がんば!」と慌ただしくなって来た。
続く〜