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B-23

レボリューション9  

作者: あQ


 いつもと変わらない朝だった。人々で押し込まれた、二酸化炭素の充満した電車の中にあの男はいた。何度も確認したが、あの顔はあいつに間違いなかった。こっちに気づく様子もなく吊革に掴まり、ぼーっと中吊り広告を眺めていた。

 僕は手足が震え、トラウマになっていた憎悪が蘇ってきた。

 

 あいつは傲慢で高飛車で自信家だった。それだけならば性格は空回りするのだが、あいつには彼の自信を支える根拠があった。あいつには多種の才能があった。運動をすれば他を追随し優位に立ち、授業中もリーダーシップを発揮し主導権を握った。絵や物作りも器用にこなし、頭も悪くなかった。更にあいつの最大の武器は雄弁だったことだ。頭の回転が速く、口で勝る者は誰一人いなかった。多才故に、人望も厚かった。殊に女に関しては、彼はいつも女に惚れらていた。

 しかし僕は騙されなかった。嫉妬が彼に対して猜疑心を生んだのだ。そしてそれは、あいつの本性を探り出したのだった。あいつはいつも人を見下していた。恐ろしい程、利己主義でナルシストでホラ吹きだった。自分に刃向かう奴がいたら、情け容赦なく地獄に突き落とした。多くの人間達が不条理を感じながらも、その雄弁さ故に彼にやり込まれ折れた。だが、僕だけは彼の本性に気付いていたから、絶対に折れない強い抵抗があった。この抵抗が、あいつとの距離を縮こめた。そして僕はもっとも深い地獄に突き落とされることとなった。

 始めはあいつを一方的に嫌い、僕は彼を避けていた。しかし彼は容赦なくずかずかと他人の領土にまで土足で入ってきた。

 ある時、僕がちょっとしたことで友達と言い争いをしていると、彼が乱入してきて、お前の方が悪いだとか、早く謝れとか、岡目八目してくるのである。前に述べたとおり、気の弱い人間なら彼に従ってしまうのだが、僕はそこで引き下がらず、彼とちょっとした口論になった。

 集団でスポーツをしている時もそうだった。誰か一人がミスをすると彼は強くそいつを叱責した。多くの人間は素直にゴメンと謝り折れた。僕も叱責されたが、決して謝ろうとせず、彼との関係は益々ギクシャクした。しかし、彼がミスをしようものなら、ははは、わりぃ、と言って流してしまうのである。そんな彼にみんなは見て見ぬ振りをしたり、彼に洗脳され、従ったりしていた。僕は彼の横暴が許せなかった。

 クラスメイトと休み時間に談話していた。自然な会話の流れから、僕はあいつに対して、普段の彼への憎しみから、ちょっとした悪意を含んだ冗談を発した。どうってことのない、聞き流せそうなジョークだった。しかし、これが事件へと繋がった。この会話を近くで聞いていたあいつと仲の良い女が、彼に告げ口したのだった。あいつがこれを知ると激怒し、それ以来陰湿なイジメが始まったのである。まさに地獄だった。



 あいつと離れた後も、しばしば彼は僕を苦しめた。ふとした時にあいつから受けた悲愴な過去を思い出し、それは頭にこびり付きなかなか消えなかった。朝テレビを観ている時、眠れない夜、本に集中できなくなった時など、ありとあらゆる所にあいつは存在していたのだった。憶えている限りでは一度、僕はあの男を夢の中で刺し殺した。殺した後に自分のしたことが恐ろしくなって目が覚めた。

 


 辛かった日々を思い出して、あいつを殺したくなってきた。それでも僕は夢のような過ちを犯すまいとじっと彼を睨み堪えた。好きなビートルズの曲でも頭に思い浮かべながら堪えた。

 僕が降りる予定の駅に着いた。もしもあいつもここで降りて、鉢合わせたら嫌だったので、少し待ってから動こうとした。扉が開くと、懸念した通りあいつは吊革から手を離し、そそくさと出ていった。僕はあいつを遠くから怒りのこもった睨みを続けながら、最後に電車を降り、彼をつけた。

 僕は全く予期していなかった。そこにはあいつが振り返るような動機は何もなかった筈だった。しかし何かの風の拍子にあいつは振り返り、僕を見つけたのだ。僕は恐怖から全身から血が引く気がして、思わず立ち止まった。あいつは僕を狂人のような鋭い目つきで凄み、手を胸元まで上げて中指を立てた。それは僕に向けられたもの以外の何物でもなかった。その行為が、過去の全てを表象していた。僕が一瞬の恐怖と吹き出す怒りを充電していると、あいつは何事もなかったかのように、踵を返して階段へ向かった。僕はこの機会を逃したら、今後一生苦痛を抱いて生きていく気がした。どうにかして復讐してやりたかった。そうこう思案するうちに、彼の姿が徐々に下り階段の中に消えていった。構内は相変わらず行き来する人々で混雑していた。彼に何かをして、そのまま人混みに紛れられると思った。僕は走り出した。あいつは長い階段を下りている途中だった。僕は階段をそのまま駆け下り、一直線にあいつの上半身に思い切りぶつかった。バランスを崩したあいつは面白いように階段を転げ落ちた。頭が何度もコンクリに叩かれ、手足は空を掴みながら藻掻き、一番下の地面まで落ちた。近くにいた女が悲鳴をあげた。僕の周りにいた数人は僕を恐ろしいものを見る眼差しで眺めていた。僕は急いで階段を下ってあいつを通り越し、雲隠れした。震えていたが、心地良い震えだった。


 

 懲役八年。多いか少ないか分からない。

 二ヶ月位前、半年に一度ある映画鑑賞のリクリエーションで、「A HARD DAY'S NIGHT」を観せられた。久し振りにビートルズの曲を聴いた。彼らの曲はいつ聴いても良い。ココで聴いても。

 

 もし願いが一つ叶うとしたら、ビートルズが聴きたい、それだけだ。


(完)

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