お前を愛することはないっ!と、坊っちゃまが言っていた
「お前を愛することはないっ!」
「そうですか、分かりました」
「…普通なぜ、とか聞くだろう」
「では、なぜですか?」
「はぁ、なんて可愛げがない」
「私のことを愛することがないなら、私も可愛くする必要もないではありませんか」
「私がお前を雑に扱うのだから、使用人からもよくしてもらえると思うなよ」
「一通りのことはひとりで出来ますのでお構いなく。お部屋と最低限の食事さえ頂ければおとなしくしております。それすらも難しいと言うことでしょうか?それならば、今すぐ離縁しましょう。持参金も返していただきますが」
「君はあい変わらず強い女だ…とにかく今日は一人で寝るように」
と言って坊っちゃまが寝室から出て、私室へ入っていった。
コンコンコン
「誰だ」
「フリーデンです」
「入れ」
「…坊っちゃま」
「何用だフリーデン」
「なぜあのようなことを…」
「聞いていたのか」
「ドアがあいておりましたうえ…坊っちゃまはずっとリシュア様のこと慕われていたではありませんか」
「フリーデンには全てお見通しか。…リシュアに幸せになってほしいから。3年後ならユーリが帰ってきて結婚できるだろう?しかも、あの反応では本当に私のことをなんとも思っていないのだ。むしろ嫌われている。しつこく残っていた少しの望みも吹っ切れたというものだよ。というか、もう坊っちゃまは辞めてくれ」
坊っちゃまは笑った。悲しそうに。
キリアン・オドュウ、現在は近衛騎士科に所属しており、先日オドュウ侯爵家当主となった。本日、リシュア・マリーナ伯爵令嬢と結婚した。マリーナ家は裕福な振興貴族だ。リシュアの両親が数年前に亡くなってからは、叔父が爵位を継いでいる。
オドュウ家は由緒正しい建国以来の貴族であるが、5年前の水害、農産物の不作、大規模な山火事など自然災害が重なり、金銭的に危機的状況となってしまった。そして、数ヵ月前、マリーナ伯爵家から援助を持ちかけられたのだ、娘との婚姻を条件に。
キリアンは、学生の頃からリシュアのことを知っていた、そして、好意を抱いていた。リシュアはよく図書室の窓際で本を読んでいて、学園内での騎士訓練場からそこがよく見えていた。リシュアは振興貴族の娘ととバカにされることも多かったが、いつも凛としていた。また、平民向けのマナー教室を率先して行ったり、爵位の上の令嬢にも負けず劣らず博学で勤勉であり、試験でもいつも上位にいた。
そんな彼女には婚約者がいた。ユーリ・トニアス伯爵令息だ。ユーリはキリアンとも仲が良く、共に騎士を目指していた。同学年に第三王子のルシアン、ギベオン公爵令息のリュウ、ナハ侯爵令息のケイトもおり、5人で過ごすことが多かった。キリアン以外は婚約者がおり、みな仲睦ましく過ごしていた。キリアンたちが最終学年の年、平民の女の子マリィが入学してきた。マリィは珍しい聖魔法の持ち主であった。天真爛漫なマリィに惹かれる男性は多く、キリアン以外の4人も例外ではなかった。キリアンはマリィとの関わり方を進言するも、逆に皆から距離を取られるようになってしまった。そんな中、卒業式の日にルシアン殿下を含む集団婚約破棄が行われた。そのなかに、キリアン以外の4人もいた。リシュアの傷ついた顔、流した涙を今でも覚えている。王の登場により事態はおさめられたが、騒動に王族も含まれていたこと、一人の女性に多くの男性が懸想していたことにより、国による調査が行われた。結果、マリィによる魅了魔法のせいだとわかった。
マリィは教会に生涯支えること、魅了にかかったとはいえ大規模な影響を及ぼしたことから男性たちは3年間の辺境騎士団での労働を課された。
婚約破棄騒動に関わった男性の婚約は男性有責で破棄されたり保留にされたりと様々だった。魅了にかかったとはいえ、少しの浮ついた隙間を狙われたのだ、自分をしっかりと保っていればキリアンのように魅了にかかることはなかった。
ユーリは魅了が解け大変反省し、リシュアもそれを許したときいている。しかし、叔父であるマリーナ伯爵がトニアス家との婚約を破棄し、オドュウ家との結婚を決めてしまった。現マリーナ伯爵は、旨味のあまりないユーリとの婚姻をよく思っていなかったのだ。そして、平民になってでもと2人で逃げようとしたが捕まってしまい、リシュアは結婚式の日まで部屋に閉じ込められたようだ。
領民の命もかかっており、この結婚はオドュウ家にとってとても大切なものだとは分かっている。そして、心の底では嬉しかった。しかし、駆け落ちしようとするまでの彼女の気持ちを、ユーリへの思いを持った彼女をどうしても本当の妻にすることは出来なかった。この国では3年子が出来なければ貴族の離婚が認められる。ちょうどこれから3年後程にはユーリの労役が終わっている。それまで『結婚』により自分が他の男から守り、ユーリに引き渡してあげようと考えた。マリーナ家ではあまり大切にされてきていないようだったため別の男に嫁がされるよりはと自分との結婚を受け入れたのだ。しかし、自分に情を持たれないように、リシュアには冷たく接しようと思っていた。そんな思いから、冒頭の言葉が口にでたのだった。明日、離婚に向けての話をし、以後はあまり関わらないつもりだ。ただ、ユーリとの手紙のやり取りは出きるようにしてあげるつもりだ。3年間辛い思いをさせてしまうけれど、やっぱり好きな人には笑っていてほしいから。
ユーリは逃げようとしたことにより、トニアス家からすでに勘当されている。貴族であること、貴族の後ろ盾があることの条件がなければ、騎士団に入ることはもう許されない。だから、労役後ユーリをオデュウ家で雇うつもりだ。オデュウ家の警備隊をまとめる存在になってもらえればと考えている。そのためにもやることは、マリーナ家による援助をもとに、最速で領地を立て直すこと、持参金分をしっかり返すことだ。
「フリーデン、彼女には3年間心穏やかに過ごしてもらいたい。使用人たちには、彼女を大切に扱うようしっかり話してほしい。侍女長にだけには話してもよい。間違った対応をされては困るからな。お前の妻だし、隠し事はしたくないだろう。特にリシュア付きの侍女は信頼できるものを配置するように。明日から忙しくなるぞ。騎士団業務もあるし、すまないがお前に任せてしまうことも多くなる。覚悟しておけフリーデン」
「かしこまりました」
フリーデンは部屋を出る。
フリーデンは考える、3年後の未来を。
フリーデンは思慮する、キリアンの幸せを。
フリーデンは、マリィの魅了にキリアンがかからないよう対処してきた。ここはラノベの世界だ。これでキリアンのバッドエンドは回避したはずだったのに、キリアンは結局幸せになれていない。自分の落ち度だ。しかし、今までは未来が分かっていたが、ここから先はもうわからない。
(リシュアめ、キリアン様に何という口の利き方を…しかし、彼女の幸せがキリアン様の幸せ。私はキリアン様を幸せにするためにこの世界に来たのだから、キリアン様のついでに幸せにさせないと)
フリーデンは画策する、キリアンの幸せのために。ここからが、フリーデンにとって本当の闘いだ。