第一章〜プラテリーア〜
と、いうのが2年前の話だ。
現在は俺の住んでいる地域であるプラテリーアで探偵という名のボランティア活動を続けている。プラテリーアは、俺の記憶が正しければ、戦争で焼け野原になっていたはずだが、いつの間にか元の草原に戻っていたらしい。家も増えて、プラテリーアの中心部は住宅街のようになっている。……俺の知っているプラテリーアの面影もないのでほぼ新しい土地と言っても過言ではない。
というかそれより、探偵の仕事がやばい。
いい意味でも、悪い意味でもだ。
毎日歩いて、困っている人がいたら助ける。といった単純な仕事。
だが!!その内容はどれも「子猫が逃げた」とか「カバンを忘れてしまった」とか……そんな感じだ。挙句の果て、「リモコンなくした」という依頼まで来る始末……。
今は「昔のレコードが消えたから探して欲しい」という依頼の帰りだ。報酬はたい焼きを貰った。
そんなわけで、今、俺たち2人は公園のベンチでたい焼きを貪るに至る。
「……どうかした?」
こいつ……いや、この子は俺が助手をやってる探偵、マリアージュ。常識が乏しく、思考力が高いため、時々なにを言っているか分からない時がある。テンションが高く、行動力も凄い。だが、秘密主義。
この2年でそんな彼女についてもいくつかわかったことがある。
まず、恐らく固定の友達がいない。他の助手はもちろん、多分友達すらいない。理由は……四六時中一緒にいたからとしか言いようがない。
次に、半年に1回実家に帰るということだ。一度挨拶がしたかったので連れて行って欲しいと頼んだが、「いやぁ、来ない方がいいと思うよ……?ほら、うちの家系って全員探偵だから……雰囲気が地獄と言いますかなんと言いますか……」と、どこか濁し気味だったが、人には詮索されたくない部分もある。のであまり深くは聞き入らなかった。
あと、固定の友達はいないとは言ったものの、この狭い町だ。全員マリアの名前を知っていた。街を歩けば「まりあちゃん。こんにちは。」と近所のおばあちゃんが話しかけてくれた。
とはいえまだまだ知らないことだらけだ。
現に、本当の年齢だって知らない。
「いや。別になんでもないですけど。」
「ならいいけど……」
たい焼き……背中から行くタイプなんだな。マリア。
俺は自分に手元にあるたい焼きと目を合わせる。
たい焼き……俺の感覚では頭かと思ってたが……背中が普通なのか?
わかんねぇ……、まぁいいか。
俺は頭からかぶりついた。
お、意外と美味しい。
“ちりちりちりちり”
金属音が鳴り響く。電話だ。マリアはたい焼きを俺に渡し、電話を取る。
『もしもし。聞こえるかい?』
電話の音量は大きく、俺にも聞こえる。
「もちろん!」
マリアはいつも通りの元気な声で応える。……俺は電話が苦手だから少し羨ましいような気がするような……。今はいつしか慣れると思って頑張ってはいるが。
『依頼をお願いしたくてね。
ウォールの中心に来てほしい。私はそこで待っている。』
ウォールの中心……?なんでまたそんな場所に……もしかして電話が混線して他の地域からの依頼だろうか。いや、だが俺たちの話は他の地域は知らないはずだ。いやでももしかしたら……
「ショッピング“モール”ですね!わかりました!!」
……2年。2年こいつと一緒にいて、最初こそバカなことやってんなと思ってた。ほぼやってることはボランティア活動で、ぶっちゃけ意味のないことだと思ってた。でも、最近、そういう小さなことが大切なんだとわかって、ようやく尊敬できる面を見つけてきた。
だが……こいつはやはりバカだ。
『あー、助手くんに変わってくれると助かる。』
ほら、どこの誰か知らないが相手も困ってるだろ……!!貸せ……!!
「お電話変わりました。マリアージュの助手をしています、アルドーレです。」
『もしもし。』
その声を聞いて、俺は腰が抜けた。……座っててよかった、とか思う暇もない。
妙に落ち着いた声。
何もかも興味のないような。
でもそれは、奥底の冷たさで。
表向きでは温かいお姉さんだ。
優しそうな声だが、どこか高貴さを感じる。
この人は……いや、この方は……!
「!?れ、レジーナ陛下!?」
『はは、そう固くならないでほしいな。
ウォール。わかるかい?その中心へ来てほしい。』
わ、訳が分からない……。噂によるとテオリア様は色んな地域を行き来できるとか言うが……、どちらにせよただのボランティアである俺らのことを認知して、なんなら依頼をしてくるなんて。
一体何を依頼されるんだ……、?だが、断る訳には……
「わ、わかりました!先程はマリアがすみません。」
『ふふ、待っているよ。』
“ツー”
電話が……切れた。電話は苦手だと言ったが、これはちょっと、相手が悪かったと言わざるを得ない。さすがにこの一瞬だけでも、相手が相手だから……
「ねぇねぇショッピングモールだって!!うっわー久しぶりに行く……!!次はなんだろう、忘れ物とかかな!!」
……ダメだ。行ける気がしない。というか、マリア、世間知らずすぎないか?少なくとも、2年間引きこもってた俺よりは無知だ。
なんというか……世の中に興味がないのか?
探偵のくせに……
「……ウォール。知らないんですか?」
「モールじゃないの?」
「違います。
ウォールは、昔、突然現れたバリアみたいなものです。人も、他の動物も、水も、通ることは出来ない。通すことが出来るのは光だけ。
俺が4歳のときだから……、16年前ですね。」
「そんなのあるんだ……」
ますます持ってマリアの謎が深まる。年齢的に当時を生きてないからと言って、ウォールを知らないのは常識知らずにも程がある。確かに日常会話で出てくることはあんまりないが、少なくとも小学校では絶対習う。
「そんなのあるんだって、……この住宅街からは近いでしょう。」
住宅街を出て草原を歩いたらすぐに着く。そこが、ウォールの交わる中心部。
「……ねぇ、もしかしてさ、……地域によって別れてたりする?」
マリアは珍しく静かに問いかける。
「はい。今は“地域”と呼ぶように強制されてますが、元々は“国”と呼んでましたね。」
「森と草原は……、」
「分かれてますね。」
2枚の板が交差するようになっており、この世界は4つに分担されている。
ここ、草原のプラテリーア。
西、山のモンテ。
西南、海中都市のファーレ。
南、森のセルバ。
覚えるとか知識というより、ここに住んでるなら常識だ。
「へ、へぇー……、と、とととりあえず行こっか!!」
絶対こいつ知らないだろ。……探偵の癖に嘘つくのが下手で大丈夫なのだろうか。
マリアは誤魔化すように俺の先を走っていく。全く……、こいつは住宅街の外にすら行ったことないのか。引きこもってた俺が言うのもなんだが……。
「マリア。そっちは左ですよ。」
「わ、わかってるよ!!!!」
少し引き返して、左の道に曲がる。
やれやれ。今日も振り回されることになりそうだ。……って違う違う。今日はそれどころじゃなかった。
この後、この世界を司る王女に会う。果たして、この常識の欠けているマリアと、元引きこもりの俺は礼儀正しく依頼を終えることが出来るのだろうか……、想像するだけでも胃が破裂しそうだ。
……
草原を一時間程歩き、ウォールの中心が見えてくる。昼過ぎくらいだろうか。太陽はほぼ真上にあった。
「あれですよ。」
俺は中心に人差し指を向ける。透明だが、“そこに壁がある”というのを感覚で理解出来る。
それが“ウォール”という存在だ。
「え?どこ!?」
……おいおい嘘だろ。
「あ……!!マリア。これから会うのは世界の王ですからね。ちゃんと礼儀正しく、敬語を使うんですよ。」
マリアは……その、鈍感なところがあるから、まぁでも触ったらわかるだろう。とりあえず今はレジーナ陛下のことについて考えなければ……、
「おっけー!任せて!」
バチコンとウインクをする。こんなに不安になる任せてを俺は今まで聞いたことがない。
俺はマリアの少し後ろを駆け足で着いていく。
「こんにちは。」
レジーナ陛下。世界の王女と呼ぶにふさわしすぎる女性。落ち着いた瞳には、“全てわかっているよ”と圧をかけられているほどに穏やかだ。
本当に、その真っ黒な瞳にはこの世のものを映しているのか。そう、疑問に思うほど。
それと反対に手入れが行き届いている赤い髪。まるで、草原に火が付いたような。だが同時に、そこに聡明も感じてしまう。
仕草一つ一つに、“私はこの世界を治める王だ。”と言っているかのようだ。
「こっ、こんにち」「こんにちはー!!!」
もう既に嫌な予感しかない。俺の顔は恐らく……、青ざめている。
「それ以上は」「いいのいいの。アムネジア。この子達に私たちを傷つけるほどの力はないから。」
前に出ようとしたのはメイドだ。褐色肌で黄色の髪。見た目は完全に女性だが、声質は少年だ。ふわっとした目をしているが、俺たちは睨まれている……、余程陛下が大切なんだろうな。
「私は探偵をやってます!マリアージュです!」
なんで世界の王相手……この圧の持ち主にそんな元気に返せるんだと疑問に思ってしまう。いや、というかいつもより気合入ってるぞマリア。まぁ、この流れに続くか……
「わ、私は……マリアの助手をやってます。アルドーレと申します。」
「あはは、そんなに緊張しなくてもいいのに。知ってるとは思うが、私はレジーナ。一応、この世界を治めているよ。」
相変わらずの立ち居振る舞いだ。胸の辺りに手を当て、軽く頭を下げる。声の張り方から違う……、話した瞬間、空気が変わってしまう。
「僕はアムネジアです。レジーナ様の、メイドです。」
アムネジアは丁寧に頭を下げる。
「レナさんとアムネ痛っ!!」
俺はマリアの頭を思いっきり叩く。
「バカ!相手は陛下なんですよ……」
小声でマリアに注意する。こいつは本当にバカなのか。恐れていたことが現実になってしまった……、常識知らずにも程がある。
「いたたた……それ言うならアルにとって私は上司でしょ……!!」
たしかに。すみませんでした。反省してないから言いませんけどね。
「ふふふっ……元気だねぇ。」
ああああ最悪だ。首が飛ぶ……首が……
「この堅苦しいのは放っといて、早速依頼を聞きましょう!」
マリアは前に出て、俺は後ろに投げ捨てられる。真面目に対応しようとしてる俺よりバカ探偵の方が好感度が高いこの状況は、誠に気に食わない。
「助かるよ。実は、この間ウォールの調査中に鍵を落としてしまってね……、どれだけ探しても見つからないんだ。」
困ったような笑みを浮かべる陛下。鍵をなくしたとなると一大事だ。陛下の家は恐らく入ることすら難しいが、念には念を、ということだろう。どれだけ世界の王だとしても、一度なくしてしまった鍵を見つけ出すのは至難の業だ。
「なるほど……、スペアキーとかってありますか?」
「これだね。」
ポケットから鍵出し、マリアに見せる陛下。金色の鍵……、アンティークでオシャレだ。ここまで大きいと落とした時に気づきそうだが……
「ふむふむ……、わかりました!」
マリアはそれを数秒見つめ、住宅街の方を見る。彼女の能力は“見た目がわかる物を探すことが出来る”。この世界において、最強クラスと言っても過言ではない。
「どこですか、?」
アムネジアさんが恐る恐る問いかける。なるほど……落としたのはアムネジアさんの方だったのか。
マリアは瞳を閉じ、肺に空気を送る。人差し指だけを立て、地面と腕が平行になる。
指した先は……
「住宅街……」
俺は無意識に呟いてしまった。ウォールの調査なら、鍵が落ちているのは森の入口か草原しかない。それが住宅街にあるってことはつまり……
「盗まれてますね。」
マリアは真剣な表情でレジーナ陛下を見つめる。陛下は手を顎に当て、考える素振りを見せる。
「そうか……、なるほど。では、4人で突撃といこうか。」
「了解です。ですが、レナさんが住宅街に行くと人が集まっちゃうので変装することをオススメします!」
「あぁ。では、10分ほど時間を時間を貰うね。」
「はーい!」
マリアが元気よく返事をすると、レジーナ陛下とアムネジアさんはその場から消える。
マリアは……能力を使っているのだろう。じっと街を見ている。
「おばあちゃんの家の向かい。レンガ造りの一軒家。わかる?」
俺の能力は、10km先のドアノブをがちゃがちゃするというものだ。施錠されているかされていないか、開閉、そしてドアの位置を把握することが出来る。
「ドアは一つ。逃げ道になりそうなところもありません。」
ドアとして機能していればドアと認識される。通気口や隠し扉の位置もわかるので、
使える──────わけがない。
このゴミみたいな能力のせいで小、中、高といじられにいじられた。はぁ、今思い出しただけでも最悪だ。
「おっけー!……ねぇ、アルってもしかして」
マリアが何かを言いかけた瞬間、レジーナ陛下とアムネジアさんがその場に出現する。
「待たせてしまってすまない。」
レジーナ陛下は先程のドレスのような華やかさではなく、白のシャツに茶色のセーター。赤いネクタイと、ちゃんと変装してきている。黒いサングラスもかけてバッチリだ。……と言ってもオーラとか美人なところは隠しきれていないので、あんまり長居するとバレてしまいそうだが。
「全然大丈夫ですよ!じゃあ、行きましょうっ!」
マリアは説明もそこそこに住宅街に向かって歩き始める。俺がこの場に残ることを不思議そうにアムネジアさんがしていたが、聞くほどのことでもないと判断したらしい。……ちなみにアムネジアさんはトレードマーク的なあれなのか、メイド服のままだ。まぁ、大丈夫だろう。3人はその場から消える。
さて、俺は色々終わるまで留守番だ。
汗が止まらない。
今までボランティア活動ばかりしてきたせいでこういった、“ガチの”探偵を俺はやったことがない。そうつまり、初仕事と言っても過言ではない。その相手が世界の王……!?もう俺の胃は消えてなくなっている。
一旦この場から居なくなったとはいえ、俺がしくじれば終わる……、
幸い、マリアに信頼はあるのでそこはあまり心配していないが。この2年間作戦会議だけをしてきたというのもあって、自信がないとかではないが……
でも緊張するしないは別だ……!!
ああああ俺こういう時1人でじっとできねぇんだよ……、って、あれ、?待てよ。
ここ2年間、マリアとずっと一緒にいた。
旅館とかに泊まる時も、節約という理由で同室だった。
一人でいる時間は、2年ぶりか。
騒がしいとか、うるさいのは嫌いだが。あの賑やかな探偵が居ないのは少し寂しい気がする。
今頃、陛下と一緒に住宅街に向かっているのだろうか。
失礼してないといいけど……という不安は持つだけ無駄か。今頃ちゃん付けくらいしててもおかしくないのがマリアだ。
陛下……と言えばウォールの調査してた、とか言ってたよな。
俺も見てみるか。
ウォールを沿って歩いていけば10kmは保たれるから大丈夫だろう。
俺はコンパスを開き、西に向かって進み始める。
にしても、不思議なものだ。ある日突然現れ、戦争を強制的に終了させた透明な壁。
さっきマリアには知ってるふうに話したものの、俺も生で見るのは初めてだった。
そっと、触れてみる。
ちゃんと壁だ……、温度はないけど、そこに“ある”。
窓、という表現が一番しっくりくるかもしれない。
壁の向こうは……森林。セルバと呼ばれる地域だ。草原に木が生えたくらいと思っていたが、全く違う。
違う世界と言ってもおかしくない。それくらい、雰囲気が違う。
高い木が生えすぎてるせいなのか、中は薄暗い。イノシシや鹿などの動物がこちらを不思議そうに見つめている。
昔の自分ならこんなのでも気まずいって思ってたんだろうな。
ふと、地面を見てみる。
金色の何かが太陽に反射し、光る。
このサイズ感。このアンティークでオシャレな感じ……。
「これって……」
手に取ったそれは、重く、冷たい。
そして、俺に現実を突き刺してくる。
「ま、マリア……!!!!」
お、おおおおお落ち着け……、落ち着け、そう、こういう時は一旦、深呼吸をするのが大事だ……、あああぁ!!!違う!落ち着いたら能力が……ああぁ……え、えーっと。
緊急事態の時は、とりあえずガチャガチャやれって言ってたな。
俺はその家の、寝室の扉をガチャガチャする。
この能力のおかげで、俺はこの世界の扉を司る神と……いや、この言い方はやめておくか。
この世界の俺の半径10km以上離れた扉を司る神だ。扉の振動も受け取ることが出来るので、あちらの声は聞こえる。
ただ、こちらの声は聞こえないが。
何を言っているか分からないだろうが、俺も正直分からない。
『アル、どうした?』
“鍵。同じメーカー。相手へ謝罪。”
暗号化し、上記の言葉をドアノブで伝える。
『え……、あ、あの、レナさん、もしかしてあの鍵って……』
ちゃんと伝わったらしい。その後、マリアの謝罪の声が聞こえた。……良かった。どうにか誤解は解けたようだ。まぁその後、“ごめんちょっと遅れる!待ってて!”と言われたから、結局俺は待たないといけないのだが。
あの様子だと陛下かアムネジアさんがワープっぽい能力持ってそうだし、そう時間はかからないだろう。
と、なると、今度こそ本当に一人でゆっくり出来る時間だ。
俺は鍵をポケットに入れ、ウォールに沿って再び歩き始める。
空が赤く染る。
雲が紫に彩られ、今日がもう終わることを告げる。
ウォールの先が西のせいで、眩しい。だが、草原の景色も相まってとても幻想的だ。
逆光になって、所々に生えている木がよく見えない。その、黒と紫と赤が、どうにも俺の瞳に焼き付いた。
何となく、鍵を黒い木に向けてみる。
俺も、マリアみたいになれたら。誰かの扉を少しでも開くことができるような。そんな人間になれるのだろうか。
……そろそろ戻ろう。中心に戻ったらいい時間だろう。
……
「アル〜〜!!!!遅れてごめーん!!!」
遠くから走ってくるマリア。
いつもよりテンションが高い。こういう時は決まって何かが起こる。
3人は両手に紙袋を抱えている。アムネジアさんに至っては頭の上にも乗っけている。
「何買ったんですか。」
「ベビーカステラ!!」
これ全部か?正気じゃない。でもアムネジアさんめっちゃ目輝かせて食べてる……、
「ベビーカステラ……可愛い。」
「ふふっ、一時の朝ごはんはこれで足りるね。」
陛下とアムネジアさんは仲良く話している。メイドと王女って言っていたからもっと厳しい関係かと思っていたが、意外と仲良いんだな。
「あ、ねぇアル!聞いて!」
思い出したかのようにマリアは俺の方を振り向き、話しかける。次は何を言い出すのだろうか。予想しても意味のない疑問を自分の中に落とす。マリアの行動予想があたったのは今までで一回しかない。だが、悪いことではない気がする。
「なんですか?」
少しわくわくしてしまっている自分は、もうとっくにバカの方の人間なのかもしれない。半分だけ照らされた彼女は、子どものような笑みを浮かべてこういった。
「今までは近所の人達を助けてたけど、今度は世界だよ!4人で、世界に灯りを届ける!」
支離滅裂な発言かもしれない。でも、何となく彼女の言いたいことはわかった。俺は、マリアの助手だから。
「いいですね。とても、マリアに会ってると思いますよ。」
底抜けに動く明るい。人によって、彼女の捉え方は変わる。真夏の太陽のように圧倒的な光で人を照らすようなときもあれば、灯台のように迷う人の征く道を示す一本の光となるときもある。そんな彼女なら、この世の中をもっと明るく、そして優しい世界にできるのではないのだろうか。いつもやることなすこと滅茶苦茶な彼女だからこそ、できるような気がする。
「ありがとうっ!!ということで!新しい旅には新しい仲間!それでは、自己紹介お願いしまーす!」
手品師のような言い方と仕草で横にはける。そこには、新しい旅の仲間である二人が立っていた。
「改めて自己紹介をさせていただくね。名前はレジーナ。歳は28。能力はワープ。この世界を治める者として、自らいろいろな場所を巡り、その地に住んでいる人々を救う。マリアージュについていこうと思った理由はそれだよ。ということで、改めてよろしくね。」
相変わらず大人びた自己紹介だ。フォーマットがないのにも関わらず100点満点の回答ができるのは、やはり王女という立場だからだろうか。そしてもっと年上だと思っていた。老けているとかではなく、立ち居振る舞いだ。何度も言うが、本当にしっかりしているのだろう。
「ぼ、僕は……、アムネジア、です。歳、歳は、28。
えぇっと、が、頑張ります。よろしくお願いします。」
対するこっちは終始おどおどした様子だった。マリア同様、どう考えても28には見えない。恥ずかしがり屋、というより人見知りに見える。なんとなく、この4人の中で一番仲間な気がする。
「よろしくーっ!」
「よろしくお願いします。」
俺が挨拶をすると、マリアは何かを思いついた様子で走ってウォールの中心へ行く。その上を見ると、半球状の島が浮かんでいた。ものすごく高い場所にあり、隣の地域にある山よりも高い。あれが、陛下、いや。レジーナさんが住んでいる城だ。2枚のウォースが交わる場所。マリアはその真下に立っていた。
俺はその状況に目を見張る。本来、ウォールは水すらも通さない鉄壁のガラスだ。人も、電話の電波も通り抜けられないから、問題が多発している。そう、学校で習った。
もちろん、他の二人もその様子を見て驚いていた。
「ウォールを、通り抜けられるのかい?」
「え?ここにもその、ウォール?ってあるの?」
ますます持ってマリアの正体がわからなくなってくる。でも、なんとなく辻褄は合う。ウォールを知らないのは、見たことがなかったからか。見たことのないものを知ることはできない。当たり前のことだ。
「マリア、やっぱり、通り抜けられたんだ。」
口が勝手に動いた。どこにもそんな根拠はなかったのに。強いて言うなら、“知らない”と“見えない”くらいしか根拠となるものはなかった。だが、感覚的に、そう思った。
マリアが、ウォールに阻まれるのを想像できない。
普段の行動力がバグっているからとか、滅茶苦茶な人間だからとかではなく。どうも彼女には似合わない。
だからこんな言葉が口から出たのだろう。
「え?……、そ、そうなんだ。」
逆にマリアの自信がなくなっている。ってどこで自信なくしてんだよ、なんて思う暇はなかった。
「私自身、ウォールは壊したいと思っていてね。理由は、一応説明しておくと
、この世界で起きている問題のほとんどがウォールの出現によって起きているものだからね。……マリアージュ。なにか心当たりがあるなら教えてほしい。」
「い、いや、特にない、かな。あ!でも、私のお母さんとお父さんは私と同じだと思う!」
「……、二人は、どこにいるかわかるかい?」
レジーナさんはマリアに視線を合わせ、肩に手を乗せる。どこか真剣そうなその様子から、本気でウォール問題を解決したいと思っていることが伝わってきた。
「んー、ごめん!わからない!」
「……そうか。時間を取ってすまなかった。」
「ううん、全然っ!さーってことで、気を取り直して!
円陣組むよ!」
円陣が組みたかったらしい。
本来であれば、円陣とは大事な大会とか試合前にやるものらしいが……憧れていたのだろう。俺はマリアの手に手を重ねる。続いて、レジーナさん、アムネジアさんと手を重ねる。
「温かい光で、灯そう!」
マリアらしい一言を合図に、俺達はその手を天高く掲げた。
夕日が俺たちを眩しく照らす。
いつか、あの太陽みたいに。世界を明るく包み込む。そんな存在になる。
きっと、マリアも同じことを考えているだろう。
……
「っては言ったものの、どうしよっか。」
見切り発車、とまではいかないがノープランだったらしい。全く、マリアは勢いで突き進んじゃうところがあるから俺がしっかりしなくちゃな。
「とりあえずもう遅いんで、作戦会議は明日とかで良いんじゃないですか?」
「そうだね。じゃあ、宿かな。」
レジーナさんがそう言った瞬間、俺達は旅館の前に立っていた。これがワープ……なんだか夢から覚めたような不思議な感覚だ。
「えっと、部屋はアムネジアさんと俺、レジーナさんとマリアって感じでいいですかね?」
マリアが俺に、アムネジアさんがレジーナさんに同時に抱きつく。
「「やだ。」」
俺とレジーナさんは困ったように笑みを浮かべた後、俺とマリア、レジーナさんとアムネジアさんという部屋割りになった。受付をし、お互いにおやすみの挨拶をして部屋に入る。
「良い部屋ですね。」
ウォールができてから旅行客が減ってしまったので、宿屋はほとんど無人だった。いわゆる、セルフ宿?のようなものだ。特にここプラテリーアは治安が良いので特に大きな問題も起きない。これは単なる予想だが、どこの地域もこうなっているだろう。
そしてマリアは、というと、糸が切れてしまったかのようにベッドに倒れ込んでいる。いくらマリアとは言え、王女相手で疲れたのだろう。このまま一緒に旅をしてしまって大丈夫のだろうか、と少し心配だ。
「……ねえ、アル。」
ふと、口を開く。うつ伏せになっているので表情は見て取れないが、明るい声とは言えない。だが暗いという感じもなく、どちらかと言うと真剣な声音だった。
「なんですか?」
「ウォールって、いつからあったの?」
なぜそんなことを今聞くのだろうか。そんな真剣になって聞くようなものではないのに。いや、まあ、自分が知らなかった常識を知ったら普通こうもなる、のか。
「戦争が終わった頃だったから、俺が4だから……16年前ですね。」
「そっか……、ありがとう!」
おかげで少し分かった!とでも言いたげに急に起き上がる。一体何なんだろうかこの人は。と思わない日はない。考えるだけ無駄だ。どうせなにもわからないのだから。
いつか、いつか聞こう。この秘密主義者が話したくなるまで。
……
「おっはよー!!!!」
ここは宿屋のお食事処。といってもセルフ宿に朝ご飯が出て来るわけがないので(出てきたとてこれを食べになるとは思うが。)、昨日この女王が大量購入を決め込んだベビーカステラを食べていた。こっから一週間くらい食べ物はこれになりそうで少し憤りを感じるが、いろんな味を買ってきていたので黙って美味しくいただくことにする。
すでに二人は起きており、例のものを食べていた。さすが女王ということだろうか。朝が早い。
「では、早速作戦会議かな?」
「うんっ!」
「とは言え、もう私たちは色々話しているからね。アルドーレに軽い説明、って感じでいいかな?」
「あ、は、はい。」
「もう、そんな固くならなくてもいいのに。今の私達は旅の仲間だ。だからそんなに気にすることはないよ。」
「……それもそうですね。ありがとうございます。」
といってもタメ口が使えるわけもなく。というか、今考えるとすごい状況になっているな。あのレジーナさんと、一端の探偵。普通に暮らしていたら絶対に交わることがない。なぜ俺達にそんなに興味を示して、旅についていく事になったのかはわからないが、俺が今できることはその決断をしたマリアを信じて、話を聞くだけだ。
「ふふっ。じゃあ説明をするね。
私たちは今から、4つの地域で発生している問題を解決しに行く。それぞれのことはそれぞれの場所に着く時に説明するね。それで、最初はここ。プラテリーア。問題があるのはこの住宅街から外れにある農村だね。」
無駄のない説明をしてくれるレジーナさん。
「そそ!問題は食糧不足!その農村で収穫したものをここの人たちが食べているんだけど、畑に必要な水がウォールで届かなくなっちゃってね、だから私たちがその問題を解決しに行く!!ま、簡単に説明するとこんな感じかな。」
静かに説明するレジーナさんに対して、大きく身振り手振りをしながら説明してくれるマリア。常識がないと入ったが、さすが探偵ということだろう。ちゃんと説明はわかりやすい。
「なるほど……、となると、地下水から引っ張ってくる、とかになるんですかね?」
「あぁ。そうなるね。そこそこ大掛かりになるとは思うが、頑張ろう。」
横でベビーカステラをリスのように頬張りながらコクっと頷くアムネジアさん。作戦会議という名の説明会を終え、俺達は例の農村へとワープする。
本当にここは住宅街から外れにあり、歩いていたら二日ほどかかるだろう。そう考えると、この度はワープ能力に支えられると言っても過言ではないのかもしれない。
この農村の存在は誰でも知っている。なぜなら、レジーナさんが説明してくれた通り、あの住宅街で食べている食料のほとんどの産地がこの農村だからだ。農業や畜産。幅広い“食材”に対応している。
と、いうことも相まって農村とは言ったがこちらもほぼ街レベルに家が多い。流石に建物は木造が多いが、すごく広い。ものすごくこの農村、土地が広い。農業は、面積を使う。(多分)だからだろう。
そして気遣いだろうか、レジーナさんがワープするときは決まって目的地から少し離れている。こういうところで気遣いができるのはさすが大人だな、と感心してしまう。
入口付近に近づくと、桃色の髪をした男性が立っていた。
「こんにちは!」
マリアが駆け足で行き、いち早く挨拶をする。
「こんにちは。お名前言えるかな?」
屈みこみ、マリアに目線を合わせる。爽やかな挨拶に爽やかな笑顔。……これは完全にマリアを子供だと思ってるな。
「こんにちはっ!マリアージュです!!」
そんなこと全く気にしてなさそうな様子で自己紹介をすませる。よくある名前でもないのでこれで本人確認ができるだろう。
「マリアージュちゃん、あぁ、ごめんね……!あまりにも若く見えちゃって……」
言葉の節々に可愛さが見える。なんというか、朗らかな感じだ。その辺でようやく俺達も村長のもとに到着する。
声や話し方、雰囲気に対して結構上背だ。この4人の中で大きく離れて1番背が高い。
黒ベースの和服に白と赤のアクセントが入っている。お祭りのような狐のお面を頭の上に被っており、誰が何と言おうと“和風”そのものだ。
長く伸ばした桃色の髪は、柔らかい印象を受ける。赤い瞳、という鋭さを備えそうなイメージを投げ飛ばすような優しい眼差しだ。
横髪を短く小さな三つ編みにしており、クローバーの赤い紐で結ばれている。
俺があまりそういうのに疎いからはっきりは言えないが、恐らく相当な美人だ。
「いえいえ全然大丈夫です!!
ほら!自己紹介!」
マリアの横に並んだ俺は、マリアから耳打ちをされる。
「マリアの助手をやってます。アルドーレです。」
「レジーナと申します。」
「アムネジアです。」
と、続いて自己紹介をする。レジーナさんと村長は接点があるのだろうか。名前を聞いても全く動じない様子で。
「みんな、よろしくね。
私はフィオーリ。一応、この村の長をやってるよ。」
爽やかさとふわっとした癒しな感じを醸し出している。爽やかさは好青年に見える表情や仕草から、ふわっとした癒しは髪の色と目つきの穏やかさから感じるのだろう。
「では早速……」
俺が話を進めようとした瞬間。
「早速みんなに挨拶だねっ!」
マリアが口を挟む。
「……、ふふっ、わかった。
じゃあ、案内するよ。」
……やはり少し納得いかない気持ちになってしまう。まぁ、マリアが間違いだとは思っていないが……悔しいという気持ちがどうしても湧いてしまう。だがそんな気持ちも、もうとっくの前に消費尽くした。
今は彼女から、学べることを全て学ぼう。
俺は少し遅れて歩き始めたみんなについて行く。
……
村は裕福なはずだが、質素な造りをしている家が多かった。村人たちが豪華にする必要がない、と考えているからだろうか。
住宅街とは全く違う雰囲気で、歩いていても全く飽きない。
しかしまぁ……家一つ一つを訪問して挨拶をする、というのはなかなか骨が折れる。
豪華じゃないとは言ったが人口が多いので家も多い。そしてどれも快く挨拶を受け取るから一つ一つに時間がかかる。
この距離の詰め方に抵抗がない感じを見ると、やはり農村っぽいな、と思う。
そうして、挨拶を終えたのはもう日が落ちていた頃だった。
俺たちは食卓を囲んで、作戦会議をしていた。
「……、水が……、足り、ないん……ですよ、ね。」
「飲み込んでから喋ってください。喉詰まりますよ。」
何をそんなに生き急いでるんだとツッコミたくなるほどこの方は喋る。とにかく喋る。静かな時は人が寝てる時か、自分が寝てる時しかない。頼むから食べる時くらい静かにしてくれ。
「アルってたまにお母さんみたいだよね!」
「俺はあんたの母さんじゃねぇ……」
ダメだ。何言ってもこいつ聞かねぇ。
「話を戻して!
水だよね!地下水から引っ張ってくるなら……井戸になるのかな?」
「うん。そうなるね。……前々からその話はあったんだけど、ほら、ここの人たちって高齢だから中々重労働をさせられなくてね。情けないことになっちゃって……」
申し訳なさそうに説明するフィオーリさん。本当、この農村はこの人ありきって感じがする。しっかりしているところはしっかりしているし、さっきチラッと聞いたが知識も凄い。
農業だけじゃない。一体どのジャンルなら知らないんだ?と聞きたいほどこの人は本当に知識がすごい。
「じゃあ井戸作戦だ!」
安直すぎる名前だ。もう慣れたが。
いつもこうだ。
リモコンの時は“リモコン作戦”
子猫の時は“子猫作戦”
「良いね。井戸作戦。」
どうやら陛下はお気に召したようだ。ったく、ここの人たちは本当に感性がわかんねぇ……
「えーっと、それなら、私とアルは井戸の設計担当。石や素材の運搬はアムネジアちゃん、荒れてしまった畑の復興をレナちゃん。って感じになる……のかな?」
こうやってパッと人に役割を振ることが出来るのは流石だと思う。俺の数少ないマリアの尊敬できるところだ。
「そうなるね。」
「よっしゃあっ!じゃあいつもの!」
マリアはいつの間にか食べ終わっており、その場をガタッと立ち上がる。
机の上に右手を出し、俺たちが手を出すのを待つ。
俺達も立ち上がり、フィオーリさんも察したのか、マリアに手を重ねる。
「温かい光で、灯そう!」
一体この掛け声がどこ産なのか。誰から聞いた言葉なのか。それとも、自分で考えたのだろうか。いずれ聞こう。
俺たちはシャンデリアが煌々と照らす中。その輝きに向かって手を高く掲げた。
……
ということでここからはダイジェストだ。
とある一日を書いておこうと思う。
午前5時。
「おはようございます!!!良い朝!良い天気!仕事日和だーっ!!」
農家の朝は早い。とは言うが、まだ日も出ていない。俺は目覚まし:マリアージュに起こされ、渋々外に出る。
気候はほんのり暖かい。極寒じゃないだけまだマシなのだろう。俺は元気なマリアに対し、あくびをしながら畑に向かって歩いていく。
午前6時。
「ん〜……、石が足りない!アムネジアちゃん!石ある?」
「追加するの?」
せっかく可愛らしいメイド服も泥だらけだ。顔にも泥が着いており、仕事が始まって1時間とは思えない。
「うん!1個じゃ足りなさそうだし……お願い!」
「わかった。」
それだけを言い残すと、アムネジアさんは物凄いスピードで走り去っていく。確か能力は怪力……と言っていたっけか。
「マリア。ここズレてますよ。」
数ミリだが、こういう建築において数ミリは命取りだ。数ミリが重なると、数センチ。数センチが重なると、数十センチとなっていく。物作りとはそういうものだ。
「うわっ、ほんとだ……、ううぅ……こういう細かい作業は私苦手なんだよね……」
でしょうね。
「マリアは計画立てててください。設置は俺がします。」
「ありがとう……、本当に助かる……!!」
午後1時。
「おにぎりだぁ……!!
ありがとうっ!フィオくんっ!」
俺たちは横に倒れているデザインの木に腰をかけており、休憩をしていた。
「ううん。全然。こちらこそ、こんなに働いてくれてありがとう。」
「全然っ!楽しいし!」
楽しいよねっ?と聞きたげに俺の方を振り向く。俺はフィオーリさんからおにぎりを受け取り、
「えぇ。こうやって自分たちの手で畑が出来ていくのは、見ていて楽しいです。」
「……!!わかる?この気持ち……!」
フィオーリさんは俺の隣に腰掛ける。
なんかめんどくさい正解を引いてしまった気がする。そして俺の手を強く握る。
「え、……あ、は、はい……、」
「だ・よ・ね!!いやぁ、やっぱりみんなと力を合わせて何かを作るってとても素敵なことなんだよ……!そして、今回は出来ないけれど、収穫がまた最高でね……!それでそれで……」
この人、こんなに口が回る人だったのか。って違う違う。ま、マリア……助け……、
ダメだ。あいつ口角が上がってる。完全に俺が慌てているのを面白がっている。話にならねぇ。
午後9時。
「じゃあおやすみー!」
「あぁ。おやすみ。」
そう言って俺たちは別の部屋に入る。入ってすぐ、マリアは机に座る。
「ここは……いや、違う。ここを繋げたら水がこう行くから……、いっそ畑の位置を変えるのもあり……か。」
と。ブツブツ呟きながらノートに何かを書いている。大事だろうに、泥だらけの服をそのままで。……風呂沸かしてくるか。
……
と。こんな日々が1ヶ月続いた。特にハプニングが起こることもなく、全ての工程が終了した。無事に水を引くことができ、日中に種まきも終えた。
今は日も隠れ、代わりに月が覗いている時間だ。
「井戸工事完成を祝しまして〜〜〜?」
おい待て井戸作戦って名前どこいった。
「「「「かんぱーい」」」」
それを合図に、それぞれが話し始める。俺は、レジーナさんと。マリアはアムネジアさん、フィオーリさんと。
こんなことになるなんて、2年前は夢にも思わなかった。俺がこんな風に外に出て、人の役に立って、打ち上げに参加して。みんなと話す。とても充実した人生だ。……きっと、昔の自分が見たら失神するだろう。
人が言う、“良い人生”とはまさにこのことなんじゃないのだろうか。そう、自分の人生に酔ってしまう程。この時間は俺にとって、とても楽しい時間だった。
「そういえば、フィオくんの能力ってどんな感じなの?」
話題は移り変わり、能力の話題になった。……正直自分の能力にあまりいい思い出はないが、それはもう前回の事件にて吹き飛ばされた。だから別に地雷とかではないが、やはり耳に入ってしまう。レジーナさんもそれを何となく察したのか、俺たちの方の会話は自然と終了する。
「私?私は、熱を操るっていう能力だよ。」
補足のつもりなのか、農業で便利なんだよね〜と呟きながら。だが、それはあまり俺の耳には入らなかった。
俺の瞳は、マリアを捉えていた。
初めて見た。マリアがこんな真剣な顔をしているのは。絶望?思考?恐怖?……わからない。どうとも取れない。ただ、初めて。
初めてマリアの核心に触れたような気がする。
「10年前、森近くの住宅地が燃えた事件って知ってる?」
多分、この表情は俺しか気づいてない。だってレジーナさんも、アムネジアさんも。そして、実際話しているフィオーリさんも。先程と何一つ雰囲気が変わっていない。
普通なら空気感が変わるはずだ。
ただ、変わらない。
それが、彼女が“秘密主義者”でいられる秘訣なんだろう。
そんなの、なくていいのに。
「もちろん。い、いや!?もしかしてとは思うけど、私じゃないからね。」
「あ!
ご、ごめん!いや、そんなこと聞きたかったんじゃなくて……その、何か知ってるかなーって思っただけ!」
「一つだけ言えることがある。
あれは能力じゃない。“本物の”炎だってことだね。」
真剣な表情になるフィオーリさん。
そりゃそうだ。あの事件は、悲惨だった。
10年前。もちろん俺は生まれている。俺の住んでいる住宅地の近くで起きた大火事。
一夜にして1つの住宅街が消えた。あの事件。
ウォールができて、プラテリーア地域で初めて起きた殺人事件だ。
そして犯人は、未だ捕まっていない。
「そ……、そっか。ありがとう……!!
いやぁごめんね!急にこんな話しちゃって!
ねぇねぇ、フィオくんの能力って動物に使ったりもするの?」
マリアは何かを隠すように話を逸らす。ただそれが、仕草的にあまりにも自然すぎて。誰も気づけない。気づいたところで、触れられない。……触れられたくないだろうから。触れられない。
ただ、この空気を変えたいのなら。それが今、マリアの望むことなら。
俺もそうしよう。
そうして、打ち上げは良い雰囲気で幕を閉じた。
……
午前5時。
もうこの時間に起きるのが身に染み付いてしまっているのだろう。自然と目が覚めてしまう。……マリアは……、まだ寝ているか。
子どもっぽい癖に眠りは浅いんだよな。こいつ。
起こすのも悪いし、散歩にでも行くか。
俺は白いシャツを着て、いつもの茶色いセーターベストを着る。赤いネクタイを付け、帽子をかぶる。
暖かい。作物にとってはとてもいい気候だと言えるだろう。そこそこ広い村だが、最後に全部の畑を回ろう。……何となく、完成したものを見たくなった。
「朝に慣れちゃった?」
柔らかい声が聞こえる。フィオーリさんだ。
「はい。おかげさまで。」
皮肉ではない。朝に強くなったのは良い事だ。その分、動ける時間が増える。今回の井戸作戦でだいぶ体力が着いたような気がする。その感謝も含めて。
「あはは、農家の朝は早いからね。ほら、もうみんな起きてるよ。」
フィオーリさんが指した方を見る。そこには畑があり、持ち主であろうおじいさんとおばあさんが外に出ていた。
「いい、光景ですね。」
「でしょ?毎朝これが見れるのは、村長の特権だよ。」
にこっと微笑む。なんだろう、俺に兄がいたらこんな感じなのだろうか。
顔や髪色は全く違うが、そう思ってしまうくらい兄感が強かった。
俺たちは再び歩き始める。不思議と、着いてくるのか、とは思わなかった。
「そういえば、マリアージュちゃんはまだ起きてないの?」
「はい。……ここに来てからはいつも5時には起きてたんですけどね。今日はなんだか、疲れたみたいです。」
なんて、嘘をついてみる。マリアは疲れとは無縁と言っていい人間だ。どれだけ走っても息切れしているところを見た事はないし、あの性格で人疲れをするわけがない。
2年間ずっと一緒にいる俺が保証できる。
情けないことに、何故起きないのかまではわからないが。
「慣れない重労働だったもんね。」
確実に。ただ確実に言えるのは、マリアが炎、……もっと言えば火事について反応を示していたということだ。
きっとその真相に、彼女の秘密が隠されているのだろう。
もっとも、暴く気などないが。
そりゃあ気になりはする。俺自身、マリアに数え切れないくらい助けられてきた。だから、なにか悩みがあるのなら話して欲しいとも。思わないわけがない。
それくらい俺は、マリアのことを大事に思っている。
しかし、その当の本人が話したくないのであれば。無理に聞く必要も、暴く必要もない。
俺が、そうだったように。
「フィオーリさんって、なんでそんなに“人となにかを作ること”が好きなんですか?」
だが、……、矛盾していると思われるかもしれないが。俺の中でひとつ、信念と呼べるものがあった。
深堀をしないのと、無視をするは、全くの別物だということだ。
これは、単なる俺のわがままかもしれない。
お節介かもしれない。
でも、あの小さな探偵は。
自分の身にはとても大きすぎる荷物を持っているようにしか見えなかった。
「なんで……か。考えたこともなかったな。
うーん……、少し長くなるけど、いい?」
「もちろんです。」
そして、フィオーリさんは話し始めた。
フィオーリさんは昔、ちょっとやればなんでも出来るタイプの人間だったらしい。勉強、運動、芸術、その他。全てにおいて“完璧”と称されるほどの才能の持ち主。
まぁ、何となくこの雰囲気を見ていると想像はつく。
だが、彼には一つだけどうしても出来ないことがあった。
それが、人と一緒に何かをするということだ。
本気すぎて、周りが着いて行けなかった。と本人は言っていた。……気持ちは、痛いほどわかる。周りが見えなくなって、自分の熱量だけが先行してしまう気持ちは、俺も凄くわかる。
そして、親友にその難しさと楽しさを教わった。そこから、彼は人と何かを一緒にするということが好きになったのだとか。
「まぁ、戦争で死んじゃったんだけどね。」
俯いてそう呟く。
なるほど。俺に楽しさが伝わったときあんなに喜んだのも、一人でずっと村長という大変な仕事をやって行けるのも、その親友のおかげだったのか。……いや、今は自分の意思でやっている感じがする。自分の意思でやっている、というのはあくまで俺の憶測でしかないが、凄く良い話だ。亡くなっているのは……ものすごく悲しいけれど。
「そう、だったんですね……」
思わず聞いているこちらが泣いてしまいそうになる。だめだめ。フィオーリさんが泣いてないのに、俺が泣いたらおかしなことになってしまう。
「話を聞いてくれてありがとう。……普段はあまり話さないんだけどね。なんでだろう。
君には、話していいと、思ってしまった。」
その笑顔があまりにも悲しすぎて、でも、そこに希望はある。絶対、どんな壁にぶつかっても消えないような。強い光を感じた。
それなら、大丈夫だ。彼は、彼たちは十分に。俺が心配することが失礼なくらい強い。
「いえいえ。こちらこそ、踏み入った質問をしてしまってすみませんでした。」
「いいんだ……、ありがとう。
さて、そろそろ宿に戻ろう……、きっと小さな探偵さんが起きてると思うよ。」
ハッとして近くの時計を見る。時計は午前6時を告げていた。いくら何かがあったとはいえ、いつもなら起きている時間だ。きっと、今頃起きて俺を探して……、いや、探し物は得意だったな。きっと、怒っているだろう。
……
「なんで起こしてくれなかったの!!」
俺は背中をぽかぽかと殴られる。現在午前6時。次の場所にも行かないといけないので、みんなで回る時間などなかった。
そして、俺とフィオーリさんの2人で回ったのが許せなかったのだろう。私も行きたかったー!とさっきからずっと言っている。
「あ、あはは……まぁまぁ、次は収穫の時期に来たら良いよ。きっと、今よりもっといいものが見れるから。」
と、フィオーリさんが宥める。収穫、という言葉に反応したのか、俺を殴る手は止まる。
「絶対来る!!いつ?」
「ちょうど一年後。」
「うっわぁ、来れるかなぁ……、」
おそらく、マリアはここからのスケジュールを把握しているのだろう。……俺にはまだ知らされてないが。
「ふふっ、じゃあ……そろそろ行こうか。」
にこっと微笑みながらレジーナさんがいうと、みんなで村の出入口に向かって歩き始める。
「レジーナ陛下。」
レジーナさんだけが振り返る。もちろんだが俺に話しかけた訳では無い。だが、その言葉は、冷たく。
まるで、陽気な昼下がりに、季節外れの冷気が押し寄せるような。
「……、」
固唾を飲む。確実に、俺が突っ込んでいい場所じゃない。そして……マリアもきっと同じことを考えている。珍しく静かだ。
「また、お会いしましょうね。
お互い、色々と苦労が絶えない立場でしょうし。」
レジーナさんとフィオーリさんの足音が消えた。立ち止まったのだろう。それから、レジーナさんが何を返したかはわからない。
だが、表情が暗かった。
それだけは、わかった。
……
その後、俺たちは別れの挨拶をした。マリアはよほどあの農村が気に入っていたのか、まだ帰りたくない!とごねていたが……
そして現在地はこの世界の中心。
最初に見上げていた空島の白城。
……なんて堅苦しい言葉を並べても、この4人の雰囲気に合うわけがないので、
簡単に一言で説明させていただく。
ここはレジーナさん宅だ。
来客用の部屋……ではなくレジーナさんの部屋だ。恐らく。ワープで入ったのでどんな構造になっているか、というか見た目もよくわからないから白城なのかもわからないが。
ちなみに白城というネーミングをしたのはマリアだ。読みは……“しろしろ”らしい。
安直すぎる。安直すぎるが、意外と好きになってる自分がいたりいなかったりする。
「さて。次に行く地域の説明をしよう。」
何故か、今この空間には俺とレジーナさんしかいない。マリアは“しろしろ探検だー!!!”と言って部屋を飛び出てしまった。アムネジアさんは“マリアージュがやらかさないように監視しておきます。”と割と辛辣なことを言ってマリアを追いかけて行った。
他の地域について知識がないのは俺だけだ。……気を使わせてしまってすまないが、仕方がない。
「地域跨ぐんですか?」
「もちろん。
次に行くのは山の地域。モンテだ。」
モンテ───。
その言葉を聞いて、心臓あたりがチクッとする。
出来るだけ平常を装ったものの、無駄だろう。
「……モンテ、ですか。」
「なに、親元を離れるのが不安?」
「バカにしないでください。」
こうやって茶化して、わざと不安を和らげてくれているの……いや、これはガチでいじってる方だな。
「じゃあなによ。
私がいるのにそんなに不安かいっ?」
手をおでこに当て、ウインクをしながらわざとらしく横を向く。ナルシストか。気狂ってんのかこの世界の王は。
「いや、……そういうことじゃなくてですね。」
「ふーん。ま、なにか不安があるなら話しておくのをオススメするよ。
マリアージュがいないうちに。ね。」
一つ二つくらい人には言えない隠し事がある。それをレジーナさんはよく理解している。……相談っていう相談じゃないが、……話してみるのもいいのかもしれない。
「……、そう、ですね。」
ただ、何から言えばいいか分からない。1から100まで言ってしまうのは気が引けるし……
「弟はどんな能力なの?」
「古代文字を解読する……みたいな感じです。」
「じゃあ、弟さんは人として強くて、そして優しいんだね。」
レジーナさんは肘を机に置き、手で右頬を支えながら言う。優しく、母のような微笑みを浮かべながら。
「なんでわかるんですか?」
レジーナさんが言っていることは正しい。弟は、俺よりずっと優しく、人として強い。
「ある科学者が言っていたんだ。
“能力の強さと人としての強さは反比例する。”
ってね。」
耳を疑う。そんなわけない。その理論は……おかしい。だって、それなら、強ければ強いほど、人として弱いということになる。
それは違う。
何故なら、強ければ強いほど、心の安定を保てるからだ。殺される心配もない。
そして、強い人とは、努力する人間だ。努力して、強くなる。
それをして物理的に強くなった人間が、弱いなんて言うのは少しズレている気がする。
「弱ければ弱いほど、優しいってことですか?」
「少なくともこの世界ではそうなるね。
だって、弱い人は人を傷つける力がない。
ほんとうの意味で強い人間とは、
人を傷つけるという選択肢すらないからね。」
たしかに、そうだ。力を持っている人は、その使命を果たすためにその力を使う。例えば、目の前に敵がいて、守るべき存在もいる。そんな時に自分が、この世で1番強い能力を持っていたら、もちろんその力を使って敵を倒す。
呼吸をするくらい、簡単に殺すことが出来る。
だからといって、心の強さと繋がっているのは訳が分からない。
「ほんとうに、そうでしょうか。」
「あぁ。そうに決まっている。」
即答するレジーナさん。
俺は、違うと思う。だがどうしてか、口から言葉が出ない。
強ければ強いほどいい。
できないよりできるほうがいい。
知らないより知っているほうがいい。
本当に……そうなのだろうか?
強ければ強いほどいいとは言うが、
もしあの思考力の高いマリアが息をするように人を殺せるような力を持っていたら?……まず、思考力は高くならないだろう。何故なら、人を殺して完結してしまう問題はこの世に溢れかえっているから。
できないよりできるがいいとは言うが、井戸作戦は、みんながちょっとずつできないところとできる所をパズルのように組みあわせた。……その結果、一人でやるよりずっと楽しかったはずだ。
知らないより知っている方がいいとは言うが、ウォールの存在を知らないマリアは、ウォールを通り抜けることが出来る。
……そう考えてみると、強さが全てという訳では無いのかもしれない。
俺が長考していると、レジーナはニヤッと口角を上げ、こう言った。
「だって、古代文字を解読して人は殺せないだろう?」
あぁ。……その通りだ。
なんて強くて、優しい力なのだろうか。
使ったところで、誰も傷つけない。
その力は、平和な日々というものが前提で成り立つ。
もしその能力を使うならば、“自分の力”で前提まで持ってこなければならない。
ここでも、俺は弟に負けるのか。
「たしかにそうですね。弟は強い。」
諦めたような笑みが出てしまう。……仕方がない。俺はあいつに、勝てたことなんか1度もないのだから。
「でも、それは君たちも同じだ。
探し物を見つけたところで人は殺せないし、
ドアノブをガチャガチャしたところで人は殺せない。だろう?」
ウインクをしてレジーナは俺に問いかける。
答えは「はい」しかない。ドアノブをどれだけガチャガチャやってもとてもじゃないが人を傷つけることは出来ない。
せいぜいできるのは静電気をくらわせるくらいだろう。
「でも……強くなった人は、人を守るために、努力した人は……」
「武力行使意外に何も思いつかなかった馬鹿だよ。」
即答。どこまでも黒い瞳が、冷たく、鋭く。俺の黒に突き刺さる。
誰がどう聞いても、自虐にしか聞こえない。
投げやりにした、悔しがった、そんな言い方だ。
俺だからわかったわけじゃない。
きっと、誰が聞いてもそんなふうに受け取るはずだ。
「……そうですか。」
その冷たくて、突き刺さしてくるような瞳に、頷くことしか出来なかった。
「まぁ、今のは対人に限った話だ。相手が人じゃなければ、強いは正義になる。」
「ただいまー!!!!」
ドアをバン!と開き、大声で言う。今だけは、助かった。……このままあの空気は、俺にとって相当地獄だ。
「っ、はぁ……はぁ……マリア……逃げるの速いよ。」
遅れてアムネジアが到着する。怪力のアムネジアを振り切るマリア……お前らどっちもバケモンかよとツッコミたくなる衝動を押えた。
レジーナさんは……何事も無かったようにマリアと会話している。
とても、とても面白い話が聞けた。
俺にはない発想だった。……それが正しいのか、正しくないのかはわからない。
ただこの話に正解も不正解もないのだろう。
何故なら、考え方の問題だからだ。
“この人は強いけれど心も強いからその考えは違う!”
なんて言われたらあの考えは破綻してしまう。現に、レジーナさんの“ワープ”は人を殺せる側の能力だ。だが、レジーナさんは心も強い。
しかし、その考え方が俺は好きだ。
だったらもう、それでいいんじゃないのだろうか。
どちらかが正しいとか、正しくないとかを決めずに。ただ、好きな方をひとつの指針として生きていく。
とまぁ、どっちにしろ
「モンテか……、」
行く気になれる訳もなかった。