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オープニング

《オープニング》


人生は、悲劇で出来ている。


全ての出来事は悲劇にて終結してしまう。

それが、人生というものだ。

変に期待なんて、するだけ無駄である。

だから俺は、もう期待することをやめた。

ただ閉じこもって、ただただその終わりを待つ。

悲劇を経験するリスクを背負うくらいなら、何もしない方がいい。


それが、大抵の人が辿り着く答え。

世の中で成功している人間は、それに辿り着く前に成功している。いわゆる、才能を持っている人間だ。


はぁ。嫌なことを思い出してしまった。


もう、4時か。

暗闇が染み付いた俺の瞳は、明るくなり始めた空を捉える。

眩しい。

カーテンを閉めてベッドに横になる。

大して何もしていないのに体は重い。眠い

今日は……いや、今日も、もう寝よう……、


俺は静かに、瞳を閉じた____


……


“コンコン”


戸を叩く音が聞こえる。朝ごはん……だろうか。俺は重い体を起こし、目を閉じながら扉を少しだけ開いて手を伸ばす。


「おぉ〜っ!握手っ!!握手だね!

いいね握手!はいっ!握手!!!」


聞き取りやすい声……数年の静寂に包まれた俺の耳には痛いほど通る声で俺の手を握る。

俺はそっと、ゆっくり瞼を開く。

俺の視線は下に行き、その声の正体を見る。

チェック柄のベレー帽。

肩まで伸ばした茶色い髪に、白い紐リボン。

綺麗に整えられた前髪。

くるっとした丸くて大きい緑色の目。

やわらかそうな頬。

ケープ型のコート。白いシャツ。中にチェック柄のベスト……そして全体的に茶、砂色だ。


こいつは……俺の母ではない。断じて。


「誰ですか。」


「リアクション薄!!」


何そのリアクション、と笑い始める少女。……せっかく人が寝ていたところを、こいつはなんて礼儀知らずなんだろうか。


「もう少し静かにして貰えますか。

耳が痛いです。」


「い、いやいやいやいや!他にツッコむところあるでしょうが……!!」


わくわくした様子で俺の両手を握り、見上げる。こういったスキンシップはあまり得意ではないんだが……。まぁいい。少しくらいの子守りなら俺でもできる。


「……あんた、誰ですか。」


「ふっふっふ〜!!よくぞ聞いてくれたっ!

私はマリアージュ!この辺で探偵やってるんだっ!」


「……はぁ。」


「何その反応!!びっくりしてよ!!」


喜怒哀楽が激しい子だ。拗ねたように俺の手を離して視線を下に落とす。


「いや……それくらい、見ればわかるし。」


別に慌てることでもない。見ず知らずの人、もちろん今後関わることもない人に気を遣う意味がない。俺は思ったことをそのまま口にした。


「見ればわかる!?本当!?やっぱ雰囲気がね!大人びてるし!探偵っぽいよね!」


……意味は全くもって理解できないが、どうやら“正解”を言ってしまったようだ。嬉しそうに目を輝かせながら飛び跳ねている。


「っていうか……不法侵入ですよ。帰ってください。」


「いや〜?ちゃーんと“依頼して”来たからね!

不法じゃない!合法!」


自身げにピースを俺に向けて言う。無性に腹が立つも、強気に追い返せない。……きっと、俺を見た母の気が狂って、こんな探偵ごっこをしている少女に依頼をしたのだろう。なんだか……それは母に申し訳ない。

追い返してこの娘を泣かせでもしたら……あぁ、想像しただけで心臓に穴が空きそうだ。


「……何の依頼されたんですか。」


「ちっちっち、わかってないなぁ……、

私は“依頼された”んじゃなくて、“依頼した”だよ!依頼の内容は君とお友達になるーっ!」


探偵はその場で1回ターンをして両手の指を銃のようにし、俺に向ける。


「は、はぁ……」


「はぁ、じゃない!!初対面だよっ?今からお友達になるんだよ?

やっぱ最初は自己紹介でしょーっ!」


「……わかったよ。

ほら。立ちっぱもきついだろ。」


この感じは友達にならないと帰らないだろうな。……ってなると……ああぁ、面倒なことになった。

俺は部屋に探偵を招くと、置いてある低い机を挟んでカーペットの上に座る。


「…………、あっごめんごめん!で、名前は?」


探偵は俺の部屋に入って、周りを見渡していた。だが、俺の部屋には見るものなんてない。見るものがない、様子を不思議そうに見ていた。ように見える……。

探偵が不思議がるのも無理はない。

この部屋には本当に何もない。

椅子、かつての勉強机、ベッド、タンス、低い机、カーペット、カーテン……。

勉強机の上にも今はなんの本もない。


「アルドーレ。」


「じゃアルくんだ!!よろしくねっ!アルくん!」


「……よろしくお願いします。」


子供はみんなこんな感じなのだろうか。よく言えばはっきりしている。……悪く言えばとてもうるさい。


「ねぇねぇ、自己紹介!」


「自己紹介……、年齢は18……。」


あぁ、良くねぇな。こういうのも。こういう時に気の利いた補足とか出来れば、もっと上手に……上手くできるんだろうな。もっと自信を持って、相手の目を見て話す。たったそれだけのことなのに。


「おー!!18!ふっ、若いねぇ……」


にやり、と効果音がなりそうな笑みを浮かべる。若い?絶対お前の方が年下だろ。……一つ仕掛けてみるか。


「あんたの方が年下でしょう。」


「あらやだ、若く見える〜?よく言われるのよねぇ。」


わざとらしく、くねくねしながら煽る。……やっぱ腹立つなこいつ。


「いいですから。……何歳なんですか?」


「20。」


「嘘つけ。」


なわけねぇだろ。身長は高く見ても140後半……、顔の形、雰囲気、……そして何より態度。こいつは恐らく……いや、絶対に俺よりずっと年下だ。


「まぁまぁ!細かいことに気すると嫌われるよ!」


「うっ……」


中々刺さる言葉を言ってくる……、まぁ、実際探偵の言う通りだが。


「本好き?」


俺のダメージに一切興味を示さない……いや、気づいていない……?それとも気づいてないフリをしているだけか。まぁいいが、俺のダメージを他所に自分が持っていたカバンをがさがさと漁りながら問いかけられる。


「興味無い。」


「なら良かったー!!」


“ドンッ”


おい。このテーブル真っ二つになるぞ。

反射的にその言葉を口にしそうになるくらい、大量の重そうな本をテーブルに置く。

一本の塔を建設するんじゃなくて住宅地みたいにしてくれ……、机が割れてしまう……

俺は小さく溜息をつきながら塔を住宅地にしていく。


「……なんですかこの量。」


「本!!」


「見りゃわかるわ!」


ダメだ。俺こいつが相手だと口が勝手に動いてしまう。


「よし。じゃあ今日は一冊読もう!」


探偵は元気よくそういうと、住宅地から1冊取りだして俺に渡す。そこそこの量。持った時に重さがわかるくらいだ。そして大きい。普通の文庫サイズではない……それに年季も入ってる。藍色の表紙に金の縁どりのような感じで模様が入っている。一体いつの、そして何の本なんだ……


「……わかりました。」


どうせやることもないしな。これが、せめてもの親孝行になるなら仕方がない。こいつの言う通り本を読もう。まぁ適当に流し見しときゃ終わるだろ。


内容は……探偵小説か。いや、そりゃそうだな。逆にこいつが他の小説持ってきてたらツッコんでたわ。

ほう……、ちょっと呼んでみるか。


……


終わった。

終わってしまった。

まだ読みたいっていう感情と、綺麗に終わったという感動でぐっちゃぐちゃだ。

だが、俺は今それ以上に……わくわくしていた。


「読み終わった?」


そっと話しかけてくる探偵。……なんか意外だな。ちゃんと余韻に浸らせてくれるくらいの余裕がある。


「はい。」


「最後のシーンってどう思う?」


最後のシーン。探偵小説らしい終わり方だった。本編で言うなら、犯人を突き止めて、自白するシーン。どう思うも何も、それ以上でもそれ以下でもない。


「どうって……、」


彼女が何を聞いているかわからない。感想としての文章を望んでいるのか、それとも解釈とかの話なのか……


「私、犯人あの人じゃないと思うんだよね。」


真剣な顔でそんなことを言う。


「いや、だって本に……」


「本が書いてあることが全てとは限らないんだよ。その分……考察しがいがあるって思わない?」


にこっと笑みを浮かべながら俺を見る。

あぁくそ。まんまと引っかかってしまった。こいつは俺に本を読ませること、が目的じゃなかった。

目的は読んだ後の“考察大会”か。

まぁでも、実際悪くない。この話はそれくらい面白かった。

最悪だ。

こいつ絶対確信持ってこの本勧めてきたな

この探偵ごっこ野郎……、探偵、?お、お前、ガチ探偵か……?い、いや。そんなことはない。こんなこと程度で探偵なんて、探偵に失礼だ。

これは、そう、ただの……ただの子どもの構ってちゃんだ。子どもが考えた、ズル賢い作戦……


「思う。」


あぁ、俺って意外とバカなんだな。でも、仕方がない。だって本当に……いや、やめよう。これ以上心の中で言い訳をしても俺に得することは何一つない。


「じゃあまず最後のシーンなんだけど……」


……


そうして、大考察大会が開催された。

あぁでもねぇこうでもねぇと、その議会は燃えに燃えた。あんまり議会とかは知らないが、ここまで燃えることはあんまりないと思う。

そうして時間は流れて夜の9時。


「いやだから、これはこうですって。」


「いやいや!ここはこの人が」


永遠に終わらなさそうな話は強制終了させられた。ドアの開く音だ。ガチャ、と音はするも、そっと開かれ、母が片目を覗いている。


「マリアージュさん……、そろそろお時間が……」


やっぱり……あれは嘘か。この感じ、絶対母さんが依頼してる。


「えっ!?うわっほんとだ……、ごめんアルくん!お昼……」


「良いですよ。俺も気づいてなかったので。」


まぁどっちにしろ良かった。……良かった?

俺は、……今何を感じてる?


「夜……食べられますか?」


「いえ!夜はちゃんとあるので大丈夫ですっ!」


「わかりました……準備が出来たら出てきてくださいね。」


母さんの表情はよく分からなかったが、ものすごく申し訳なさそうだった。その声と、雰囲気が、俺の心に深く刺さる。

胸の当たりに締め付けられるような痛みが走る。


でも、それだけじゃない。

俺は……、今日、こいつと話して……


「いっやー……盛り上がっちゃったね!」


いつの間に脱いでいたケープを着たり、大量の内の数冊を鞄に治したりしながら。……まぁ、こいつも楽しかったなら良かったか。

“も”?……いや、もうとっくに俺も理解している。

俺は今日、こいつと一日話して楽しかった。


「ですね。」


「中々こんなに話せる人いないから超楽しかった!……よしっ、こんなもんかな……」


鞄を持ち、立ち上がる探偵。俺も立ち上がり、自分の部屋のドアまで見送る。


「残りの本はどうするんですか?」


忘れ物がないかと振り返ると、そこには大量の本が置かれてあった。


「明日も来るからそのままでいいかなって!あ!邪魔だった……、?」


邪魔なわけないだろ。……どうせ何も置くことはないし。


「……そんなことないですけど。

これ、読んでてもいいですか?」


「……!!うんっ!もちろんだよ!!」


俺が興味を示したのがそんなに嬉しかったか。みんな忙しいからこんなガッツリ考察できる時間もねぇし、そもそもこのジャンルを読む人っていうのはあんまりいないだろうし。


「じゃあ、また明日っ!!」


彼女は振り返り、俺に笑顔で手を振る。


「また。」


俺は短くそう言い、扉が閉まるのを見届ける。

よし、今か。

俺は扉に耳を当て、外の音を聞く。

……

……

……聞こえない、か。

ならいい。探偵が置いてった本を読むか。

正直、読書なんてハマるわけないと思っていた。だって、本は全てフィクションで。偽物で。そんな物語に心を打たれるなんて絶対にありえないと思っていた。

でも、違った。

この話は本当に、人間の全てが描かれており、最後のシーンは特に。本当に綺麗で、感動した。

フィクションだからこそ……輝くのか。

読もうと思ったが、……今日は異様に眠い。それもそうか。4時に寝て、恐らく8時に起こされ、そっから頭を使ってしまった。

でも、一日中人と話してても疲れなかったな。

あのバカみたいなテンションの探偵だからなのか、それとも、俺が思ってるよりも……、いや。変な期待はやめろ。俺は無理だったんだから。今更、何も出来ない。


俺はベッドに横たわり、瞼を閉じた。


……


なんて思ってたのが今では馬鹿らしい。

あれ以降もあの探偵は「他の仕事は大丈夫なのか」と心配になるほど毎日来た。そして毎日考察大会を開催した。たまに解釈違いで言い争いになることもあったが、なんだかんだ楽しい一ヶ月だった。


“だった”____


今日は、あいつが来てからちょうど一ヶ月経つ。現在時刻午前7時46分。


「おっはよー!!」


大抵8時に来るが、今日は何故か早い。……俺が今から言うことまでバレてそうで怖い。

いつもすぐに座って本を読み始めるが、今日はそれをしない。なんならキャリーケースを片手に持っている。


この一ヶ月本当に楽しかった。でも、わかったのはそれだけじゃない。こいつは、“探偵ごっこ”じゃない。“ガチ探偵”だ。考察も、俺は着いていくだけで必死だった。(なんなら補足して説明してもらったくらいだ。)


だから多分、……バレてる。


「おはよう。……あの、話したいことがある。」


「話したいこと……?」


とぼけやがって。絶対、わかってるくせに。

俺は息を吸い、吐く。瞳を閉じ、覚悟を決める。

この言葉を言う、ということは、“その気がある”というのを自分で認めるということだ。

2年間。2年間だ。……もう、無駄なのかもしれない。今更できることなんて何一つないのかもしれない。でも、俺は……、何でも自由奔放に行動する彼女を見てきて、初めて。

“変わろう”と思えたんだ。


「俺は、何かをする金はある。

時間もある。

そして、あんたと会って、今は

何かをする意志もある。

でも、勇気だけが、俺にはない。」


こんなこと、急に言われても戸惑うだろうか……という心配はない。なぜなら、相手は探偵だから。きっと俺が今日、今、このタイミングで言うことはとっくにバレていた。

いつからか、なんて考えるのも無駄だ。

俺はこいつの考えていることが、多分一割も理解出来ていない。

だからこそ、情けない。こんな頼り方しかできないなんて。俺は……


「じゃあ、私が勇気を貸してあげる!」


彼女は笑顔でそう言ってみせる。

眩しい、太陽のような笑顔で。


「……、勇気を貸す、か。」


その発想はなかった。でもたしかに、貸すという表現がものすごくピッタリくる気がする。俺がいつか、1人の勇気で進めるようになるため、今だけは勇気を貸す。……そういうことか。


「ふふっ、当たり前じゃん!

で、何するか決まったの?」


「それが……まだ決まってないんですよね。」


でも、“何か”はしたい。今までみたいに、ずっと家に引きこもってるんじゃなくて。いや、正確には引きこもってもいいが、“何か”をしたい。でも……何からすればいいか、何をすればいいか、2年間ひきこもってた俺にはわからない。


「あ!!じゃあさ____」


その言葉に、俺は……驚かなかった。

何故なら、これくらいなら俺にも推測出来たからだ。

彼女は探偵のくせにずっと一人だった。

一人じゃなければずっとここに来るなど不可能だからだ。それに、何か連絡をしている様子もなかった。

驚かなかった。

代わりに、とても心が動いた。


「アル!私の助手になってほしいっ!!」


彼女は相変わらずの笑顔で俺を真っ直ぐ見る。正直、俺にはもったいないくらい良い子だ。

だがそれと同時に、他の人は着いていけないくらい頭が良く、そして常識が少し欠けている。秘密も多い。

でも俺は、そんな彼女だからこそ。

隣にいたい。隣で、世界のことも、彼女のことも、謎のことも。もっと色んなことを知りたい。そう、思った。


「こちらからお願いしたいくらいですよ。

マリア。よろしくお願いします。」


マリアは嬉しそうに手のひらを俺に見せる。

その手を軽く叩き、パチン、と音が鳴った。

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