口座残高が増えてゆく
地震の話です。
見たくない方は退出してください。
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「よっしゃ! オレはついてる!」
九頭馬龍次は、つい口に出して思わずガッツポーズをしていた。
正月早々だというのに、大きな地震が起きたのだ。
九頭馬龍次は◯◯チューバーとして、そこそこの収入を上げている20代後半の男だ。けっこう贅沢をする生活費のほとんどは、そこから稼ぎ出している。
龍次のアカウントは複数ある。それぞれのアカウントに固有の「イメージ」を持たせた名前をつけ、1つが不調でも他が稼ぐ——という形をとっている。
それが龍次の収入を高いレベルに保つ仕掛けだった。
例えば、子猫などの動物動画を投稿する「かわいい系」。
例えば、裏事情くさい適当な話をニュース形式で放送する「陰謀論系」。
ひたすら過激な発言をする「炎上系」。
街中で際どい悪ふざけなどを行なって中継する「中継系」。
などなど・・・。
それがこのところ、どのアカウントも今ひとつ再生回数が伸び悩んでいるのだ。
龍次は焦っていた。
このままでは今住んでいるマンションも、もう少し家賃の安いところに移らなければならないかもしれない。
ちっ。 何か起死回生のアイデアはないもんか・・・。
そんなことを考えていた時、おあつらえ向きの大災害が起きたのである。
龍次は、うずうずと頬が緩んでくるのを止められない。
災害時の衝撃映像は、再生回数が爆上がりする。
もちろん龍次は被災地にいるわけではない。だから実況中継ができるわけではないが、しかし、こういう時のために作り貯めてあったフェイク動画があるのだ。
過去の地震や津波、海外のそれなどのニュース映像を編集して若干加工したもので、いかにも目の前で起きているように作り込んである。
「さて、どの垢で中継するか・・・?」
龍次はまずかわいい系で投稿しているアカウントを使って、直ちに津波の映像に音声をつけて投稿した。
「あれ! あれ! うわあ! うわあぁあ!」
ほんの10秒ほどの映像で、すぐにスマホの画面が揺れて向きが変わり、撮影者が逃げ出したように作ってある。
警報が出ているだけで確たる情報がないこの段階が、再生回数を稼ぐチャンスだ。
普段、ほっこりした動画でつかまえているフォロワーだから、この程度の映像でも本気で引っかかってくれるだろう。
「来た、来た、来たぁ!」
再生回数が跳ね上がっていく。
「よぉっしゃあ!」
他にも、家がつぶれる瞬間や、車がペシャンコになる瞬間などの映像を、それぞれ別のアカウントで投稿する。
全て、過去のニュース映像などを元に、龍次が加工して作り上げたものだ。
閉じ込められて助けを待つ中継映像なんていうものも作ってある。
陰謀論系のニュース垢でも、ちょっと裏風な話を入れてやればこういう時は再生回数がバカ伸びる。
「稼ぐにはそれなりの準備ってもんが必要なんだよ、貧乏人どもぉ。」
龍次の投稿は、拡散目的の面白半分ではない。歴としたビジネスである。
だから単なる愉快犯のようなカネにならない投稿はしない。あくまでも本家の再生回数が伸びるようにフェイクを作り込む。
その効果は龍次が期待したとおりに、あれよあれよと言う間に再生数を積み上げていった。その数字はそのまま、龍次の口座残高を増やすことに直結するのだ。
見ろよ。頭のいいやつにかかればこのとおり、金儲けなんて簡単なんだぜ。
いろいろキレイごと言うヤツはいるけどよ。結局は稼いだヤツが勝ちなのよ。
さらにこの間に龍次は、もう1つ金儲けのための仕掛けを準備する。
これは「裏」の仕事だ。
義援金詐欺——。
法的には完全にクロだから、サイトを準備するにも足がつかないよう普段は暗号化された形で隠してあるし、パソコンも普段使うものとは別のものを使う。もちろん、海外のサーバーを経由させるのは言うまでもない。
被災地の自治体のロゴマークなどを貼り付けて、いかにもそれらしい義援金サイトに仕立ててから、暗号を外して「表」に出すのだ。
もちろん、「義援金」は全て、龍次の口座に振り込まれるようになっている。
当日に義援金サイトが立ち上がってはいかにも嘘くさいから、これを表に出すのは翌日にする。そこから3日ほどで、再び暗号化して隠してしまうのだ。
やり過ぎては警察に尻尾を掴まれ、元も子もない事態になりかねない。
「頭は使うためにあるんだよ。」
龍次はぐんぐん上がっていく再生回数を眺めながら、独り悦に入った。
翌日偽サイトを立ち上げると、面白いように龍次の口座の残高が増え始めた。
「あっはっは!」
龍次は思わず椅子の上で手を打って反り返り、危うくひっくり返りそうになった。
いや・・・、笑顔のままでひっくり返った。
「痛ってぇ! あはは・・・。な・・・なんだ?」
部屋が揺れている。
「うっわ! なんだ? 地震? でっけぇぞ!」
龍次はすぐにスマホを構えて中継に入った。使うのは中継系のアカウントだ。
「こっちも来たぁ! でっけぇ! すげー揺れだ!」
室内の様子をスマホで写す。龍次自身が床に這いつくばっての撮影だが、それが臨場感をいや増してゆく。
机がひっくり返り、パソコンが吹っ飛んだが、ソファの上に落ちたので壊れずに済んだ。そのモニター画面の中で、再生数がこれまでにないほど伸びてゆく。口座残高もぐんぐん増えてゆく。
「うわあ! うわあ!」と悲鳴をあげながら、笑い出しそうになる自分を龍次は必死で抑えていた。
これあ、億万長者だぁ!
龍次は内心笑いが止まらない。
・・・・・・・・
ところが止まらないのは笑いだけではなかった。
不思議なことにいつまで経っても揺れが収まらないのだ。普通の地震じゃない。
「な・・・何だ、これ?」
長周期地震動ってやつでもなさそうだ。このマンションは立地がいいというだけの築年数の古いマンションで、いわゆるタワマンじゃない。
地震の揺れがこんなに長く続くというのは、ちょっとあり得ないだろう。
「いったい、どうなってるんだ?」
龍次は外を見ようと思うが、揺れがひどくて立ち上がることができない。リビングの窓の方を見ても、この姿勢ではベランダの手すりが邪魔で下の方は見えない。
手すりから上には、隣のビルの屋上くらいしか見えていないのだ。
そして・・・。
龍次は奇妙なことに気がついた。
隣のビルの屋上に立っている基地局の細いアンテナが、全く揺れていないのだ。
「このマンションだけ?」
揺れているのは・・・?
「何が起こってるんだ?」
龍次が呟くのと窓のガラスが割れるのが同時だった。サッシが歪みに耐えられなくなったのだ。
びゅうっと冷たい風が入ってきた。
突然、ビシッという音が部屋の隅で聞こえた。
龍次が這いつくばったままそちらに目をやると、コンクリートの柱にX型の亀裂が入り、そこからコンクリートのかけらが弾けるように剥がれて飛ぶのが見えた。
鉄筋が露わになり、それが曲がって室内にはみ出してくる。
コンクリートが揺れに耐えられなくなった?
ゴゴン!
という音とともに天井が下がった。
柱の鉄筋が大きく室内に曲がって出てくる。
柱が潰れ始めた!
龍次は、以前見た1階層まるまる潰れたビルの画像を思い出した。
「冗談じゃねーぞ!」
隣のビルのアンテナは、相変わらず全く揺れていない。
揺れてるのはこのマンションだけなのか? 何が起こっているんだ?
龍次はスマホでニュースを見ようとするが、スマホの画面が切り替わらない。中継状態のままだ。
パソコンのモニター画面の中では、再生数と口座残高がぐんぐん増え続けている。
ゴゴン! とまた天井が下がった。
「なんだよ、いったい?」
揺れに翻弄され、恐怖がじわりと胃の腑から這い上がってくる中で、龍次はさらに恐ろしいことに気がついた。
再生回数の伸びと、柱の崩壊が連動している?
間違いない! 確かに連動している!
再生数の万の単位の数字が1つ上がるたびに、口座残高の頭の数字が1つ変わるたびに、柱が潰れて天井が下がってくるのだ・・・。
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
柱のコンクリートが弾ける速度が速くなり、柱が力を失ってゆくのに合わせて、天井もまた潰れ落ちる速度を速めてくる。
「た・・・助けてくれぇ! 誰か!」
龍次は叫びながら中継を止めようとスマホをいじるが、スマホが反応しない。
再生数の伸びはさらに大きくなった。
<すげー中継やってるぞw>
<マジで天井崩れてる?>
<クズ魔だよな? こいつw>
<フェイク乙 今地震起きてるとこねーしw>
<どこまでやるかな?ww>
「た・・・頼むぅ! 見ないでくれ! 動画を見ないでくれぇ!」
再生回数の上昇速度がさらに上がった。
口座残高が増えてゆく。
了
実は、しいなさんの『冬のホラー企画』の時期に書いたものなんです。
でも、さすがにあの時期にUPするのは不謹慎かと思い、そのまま塩漬けになっていました。φ(。。;)
そろそろ6月になるし・・・、もういいかなぁ・・・と。