壊れない玩具扱いするなら最後まで〜誕生日特権だからってそんなのありですか?〜
「エド、お前もうすぐ誕生日だよな」
ある日の昼下がり、ユフィーリアはそんな話題を切り出す。
用務員室では相変わらず暇を潰す為に各々好きなことをしていた。ユフィーリアは『美味しいケーキの作り方〜最新ケーキまで解説』と銘打たれた書籍のページを捲り、エドワードは日課の筋トレに励み、ハルアとショウは用務員室の隅に設けられた長椅子を占領してアイゼルネによる絵本の朗読会に参加中である。アイゼルネが急にユフィーリアとエドワードの口調と声を真似て子供向けの絵本を読み始めた時にはどうしようかと思った。
そんな暇潰しの一幕でふと思い出したのが、ユフィーリアと同じく創立当初からヴァラール魔法学院の用務員として勤務するエドワードの誕生日である。例年はレティシア王国などの都会の街で買い物をする程度なので、今年も同じような祝い方になるだろうか。それとも何か別の祝い方を望むのか。
上半身裸で筋トレに勤しんでいたエドワードは、
「そうだねぇ」
「今年も出かけるか?」
「んー」
汗だくの身体をタオルで拭うエドワードは、ちょっと考えるような素振りを見せる。何か言いたげである。
「ねえ、ユーリさぁ」
「おう」
「今年は違うのお願いしていい?」
エドワードのお願いに、ユフィーリアは青い瞳を瞬かせた。
「何か他にやりたいことがあるのか?」
「そうなのよぉ、この前ショウちゃんから面白い話を聞いてさぁ」
ショウから話を聞いたということは異世界知識に基づく何かだろうか。それだと何をしても楽しいかもしれないだろうが、当の本人であるショウは「何か話したっけ……?」と記憶にないご様子である。
異世界知識は事あるごとに明かされるので、まあ何を話して何を話していないのか覚えていないのだろう。異世界知識は楽しいものなので色々と助言を求めているうちに、もうどれを問題行動で使ったのか分からなくなっちゃっていた。こればかりは仕方がない。
ユフィーリアは開いていたケーキの料理本を本棚にしまうと、
「何がしてえんだ?」
「ユーリとハルちゃんと一緒にやりたいことがあるんだよねぇ」
「アタシは分かるけど、何でハルまで? 珍しいな」
「いやさぁ」
エドワードはのほほんと笑い、
「ユーリとハルちゃんは何に巻き込んでも壊れないじゃんねぇ」
「おい、アタシを何に巻き込む気だ」
「エド、何か嫌な言葉が聞こえてきたんだけど!?」
ユフィーリアは顔を顰め、話が聞こえていたらしいハルアもまた反応する。
何に巻き込んでも壊れないだなんて不名誉である。ユフィーリアだって死にたくないから必死に抵抗するのだ。言い方がまるで『振り回しても壊れない玩具』と言わんばかりの扱いだ。
ハルアは傷つけられても瞬時に回復するほど高い再生能力を持っているし、エドワードは身体を鍛えているので頑丈さは折り紙付きだ。一方でユフィーリアは魔法が使えるぐらいで、刺されれば普通に死ぬし殴られれば痛いのだ。取り扱いについて認識を改めてほしい。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、へらへらと笑うエドワードをジト目で睨みつける。
「お前、ふざけたことを提案したら今年の誕生日は拳だからな」
「ユーリの拳なんて痛くないねぇ」
「何言ってんだ、エド。誰が素手で殴るって言ったよ」
ユフィーリアは人差し指をツイと虚空に滑らせる。
パキパキと音を立てて氷が出現する。真冬にも似たような空気が用務員室に流れたかと思えば、ユフィーリアの目の前に出現した氷は見る間に拳の形に整っていく。
これでエドワードの誕生日に送る予定の拳は完成である。あとはぶん殴って学校の外まで吹き飛ばせば終わりだ。何が終わりって、彼の命と誕生日がである。
その誕生日プレゼントに便乗したハルアは、
「じゃあオレはヴァジュラで!!」
「待ってハルちゃん、神々の怒りを束ねた最強の神造兵器で俺ちゃんを殺すつもりぃ?」
「ユーリが拳でぶっ飛ばしたところを狙うから平気だよ!!」
「何も平気じゃないねぇ」
エドワードは「別に悪いことじゃないよぉ」と言い、
「話を聞いた時は真っ先にユーリとハルちゃんと一緒にやりたいって思ったんだよぉ。絶対楽しいからやろうよぉ」
「…………まあ、仕方ねえか」
肩を竦めてユフィーリアは「分かったよ」と言う。
ここまでエドワードが我儘を言うのが珍しかったのだ。いつもは年上らしく、そして大人らしく我儘を言う場面は少なかったのだが、ここまで推してくるのだから楽しいことに違いない。ユフィーリアも鬼ではないので付き合ってやることを決めた。
ハルアも同じく「そこまで言うなら仕方ないね!!」と狂気的な笑顔と一緒にエドワードの要求を受け入れた。こちらも普段は大いに頼りにしている先輩たってのお願いである、たまには後輩らしく先輩の後ろについていこうという訳だ。
すると、
「エドさん、俺とアイゼさんは何で仲間外れなんですか?」
「そうヨ♪ おねーさんとショウちゃんを除け者にするなんて酷いわヨ♪」
「えー」
ユフィーリアとハルアは巻き込んでおいて、用務員室の綺麗どころであるアイゼルネとショウを除け者にするとは確かに酷い。問題児の仲間ならどこまでも一緒にいるべきではないだろうか?
ここはショウとアイゼルネもぜひ混ぜるべきなのに、エドワードは乗り気ではない。特にショウは異世界知識を提供した張本人なのに参加できないとは可哀想である。
エドワードは「やだぁ」と満面の笑みでお断りをし、
「ショウちゃんとアイゼはさぁ、ほらぁ、壊れちゃいそうじゃんねぇ?」
「何をするつもりなんですか。知識提供は俺でしょう?」
「当日はキクガさんにお守りを頼んだからねぇ」
「何で父さんが出てくるんだ、エドさん。俺も連れてけ、駄々を捏ねるぞ」
「はいはいはいはい」
「むきゃーッ!!」
ジタバタと暴れる最年少の問題児を猫でも抱き上げるように宙吊りにし、決死の駄々捏ねを無意味なものにするエドワード。一応は綺麗どころであるショウとアイゼルネが怪我をしないように配慮はしたようである。
それなら、ユフィーリアとハルアは怪我をするどころか死んでもいいのか。特にユフィーリアは従僕契約もあって心中することになるのだが、それでいいのかこの筋肉だるま。
ユフィーリアとハルアは互いの顔を見合わせて、
「生きて帰ろうな」
「オレ、まだ死にたくないよ。妹の花嫁衣装を見たいもん」
「お前それ、花嫁衣装を着た妹の姿を見たら見たで花婿を殺すだろ?」
「うん!!」
「うん、じゃねえんだよな」
エドワードの企みに巻き込まれたユフィーリアとハルアは、とりあえず死なないようにしようと心に決めるのだった。
☆
ドドドドドドドド、と水が高所から勢いよく流れ落ちる音が耳朶に触れる。
「…………」
「…………」
「いやぁ、凄いねぇ。壮観だねぇ」
目の前に広がる光景にユフィーリアとハルアは死んだ魚のような光の差さない瞳で眺め、エドワードは清々しそうな笑みを見せている。
ユフィーリアたちがいるこの場所は、ルトキア大瀑布と呼ばれる巨大な滝である。高高度から大量に落ちる水が霧状になって滝壺に溜まり、世界の果てまで続いていそうな大自然がどこまでも広がっている。滝の付近には虹もかかっており、幻想的で神々しい舞台とも呼べた。
そして現在、ユフィーリアたち3人が身につけているものは海洋魔法実践室でもお馴染みの深海用礼装である。全身にピタリと張り付く黒い布地が特徴の水着は、水に飛び込んでも息が出来るように設計された特別仕様だ。
こんなものをわざわざ着ているということは、理由は1つしかない。
「1回ねぇ、やってみたかったんだよねぇ」
エドワードはニコニコの笑顔で、
「ルトキア大瀑布からのリバースダイブ♪」
「馬鹿じゃねえの!?」
「殺す気だ!!」
ユフィーリアはエドワードを罵倒し、ハルアはうっかりエドワードの我儘を受け入れてしまった自分を嘆く。
リバースダイブとは、いわゆる川に飛び込む遊びみたいなものである。普通は橋から飛び降りるのが代表的だが、命知らずは滝から流れ落ちる水と共に飛び降りてスリルを楽しむのだ。もちろん死んではあれなので、魔法や魔法兵器などで色々と対策を施してから飛び降りるのである。
エドワードが「やりたい」と言ったのは、このリバースダイブであった。しかも誰1人として挑戦者がいないルトキア大瀑布でのリバースだいぶである。本気で死ぬかもしれないという恐怖心がある。
エドワードに掴みかかったユフィーリアは、
「何でこんな場所から飛び降りようとか考えるんだよ死ぬじゃねえか馬鹿タレがぁ!?」
「でも面白そうってこの前言ってたじゃんねぇ」
「ショウ坊が話してた異世界知識ってこれか!!」
ユフィーリアもまた頭を抱える。
ショウが以前、橋から飛び降りるのが度胸試しとして元の学校で流行していたという話をしていたのだ。「度胸試しで橋から川に飛び込むのなら、こういうのがあるぞ」ということでリバースダイブの話になったのだ。その時は大いに盛り上がり、どこから飛び降りるのが最もスリリングかなどで議論が交わされたが、まさかこんな形で巻き込まれるとは想定外である。
しかも、誰1人として飛んだことのない場所であるルトキア大瀑布からリバースダイブに挑戦するなど馬鹿しかいない。死ぬしかないじゃないか。
エドワードはポンとユフィーリアの肩を叩き、
「大丈夫だってぇ、魔法があれば死にはしないじゃんねぇ」
「魔法を何だと思ってんだ!? かけるのアタシだぞ!?」
「そうだねぇ」
ほわほわと命の危機を感じていないエドワードに、ユフィーリアは「見てみろ!!」とハルアを示す。
「ハルなんか大瀑布を前に表情が抜け落ちちゃってるんだぞ!?」
「わあ、本当だぁ」
「本当だじゃねえんだこのサイコ野郎!?」
ユフィーリアと一緒にエドワードの我儘に巻き込まれたハルアは、無表情のままルトキア大瀑布を眺めていた。もう全体に悲壮感が漂っている。表情だけで「もう帰りたいなぁ」という感情が滲み出ていた。
付き合いの長いユフィーリアならともかく、後輩であり年下であるハルアをこんな危険な場所に連れてくるなど阿呆の極みである。ここにアイゼルネとショウを連れてきていたら、ユフィーリアはエドワードをぶん殴っていたかもしれない。
エドワードは「でもさぁ」と言い、
「ユーリもちょっとだけ楽しそうとか思ってたりしてないのぉ?」
「いや思うけどさぁ!?」
「確かに飛んだら楽しそうだけど」
ようやく正気を取り戻したハルアはエドワードを見上げ、
「エド、オレらのことを振り回しても壊れない玩具だと思ってない?」
「頼れる上司と可愛い後輩だと思ってるよぉ」
エドワードはハルアの質問に否定してみせるが、
「まあ、壊れない玩具だとも思ってるけどねぇ」
「この野郎」
「泣いちゃうぞ」
否定するかと思ったら肯定もしてきやがった。本当に壊れない玩具だとでも思っているようである。
「いやでもぉ、ユーリやハルちゃんだって俺ちゃんのことを壊れない玩具だと思ってるじゃんねぇ」
「頼りになる部下兼振り回しても壊れない玩具だな」
「仲良しの先輩兼乱暴にしても壊れない玩具だね!!」
「ほらぁ」
結局のところ、ユフィーリアもハルアも同じであった。
ユフィーリアにとってエドワードは付き合いの長く、さらに子供の頃から面倒を見てきたから相棒とも呼べる存在である。問題行動に巻き込む時はいの一番にエドワードの顔が思い浮かぶぐらいだし、当然だが巻き込む回数も問題児の中ではダントツだ。
ハルアもまた同じように、人生で初めて出来た先輩だからお兄ちゃんを演じなくても全力で甘えていた。遊んでもらったり、お菓子を奢ってもらったり、時に自分で起こした問題行動をなすりつけたりと色々とやってきた。壊れない玩具扱いをしてきたのはお互い様である。
「じゃあもうここは仕方がないよな」
「お互い様だもんね!!」
「覚悟は決まったようだねぇ」
そう、覚悟は決まった。
ニコニコと笑うエドワードの背後に立つと、ユフィーリアとハルアは彼の逞しい背中を蹴飛ばす。
蹴飛ばした先は、あのルトキア大瀑布である。リバースダイブをしようと企んだ先だ。やりたいならやらせてやろうではないか。
エドワードは驚いたような表情で、ルトキア大瀑布から落ちていく。重力に従い、水飛沫を全身で浴びながら落ちていく様はさぞ気持ちよかろう。
「落ちるなら1人で落ちろクソボケ」
「バイバイ、エド。オレらここで待ってるから」
そう冷たく告げて落下していくエドワードを見送ったユフィーリアとハルアだが、何故か足を引っ張られるような感覚に視線を足元へやる。
深海用礼装を身につけた2人の足には、いつのまにか縄が巻き付けられていた。しかも簡単に解けないように頑丈な結び目であり、その縄が続いているのはルトキア大瀑布の向こう側である。
つまり、今しがた蹴り落としたエドワードと繋がっているようだった。
「ばッ、おまッ」
「嘘でしょ!?」
ユフィーリアとハルアが事実を認識する間もなく、ルトキア大瀑布へと引き摺られていく。
重力に従って落下を開始。全身で浴びる水飛沫が冷たく、臓腑がふわりと浮かび上がるような落下独特の感覚が襲いかかってくる。
先に落ちていたエドワードが下にいる中、彼はしてやったり顔でユフィーリアとハルアを見上げていた。こうなることは彼の中でも予想されていたようだ。
「エド、お前ええッ!!」
「無事に生きて帰ったら覚えてなよ!!」
「あーははははは自分たちだけ助かろうとするのがおかしいんだよぉ、せいぜい最後まで玩具になりなぁ!!」
問題児きっての馬鹿野郎どもによる罵り合いは、水の落ちる大轟音に掻き消されていくのだった。
ちなみにルトキア大瀑布から見事に生還したユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は三つ巴の殴り合いの末に絆を深めるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】エドワードのことは頼れる部下であり相棒、それでいて多少の無茶をしても壊れない玩具という印象。グローリアの次に問題行動や魔法の餌食にすることが多いかもしれない。ただ、ちゃんと信頼はしているので他の問題児を巻き込みたくない場合の深刻な問題を抱えた時、真っ先に巻き込むのはエドワード。次点でハルア。
【エドワード】ユフィーリアのことは頼れる上司で育ててくれた母親的存在、それでいて乱暴にしても壊れない玩具扱い。ユフィーリアなら多少乱暴にしても壊れないし大丈夫だから遠慮はない。同じく、先輩として色々と指導をしたハルアも乱暴にしても壊れない玩具扱いすると同時に、可愛い弟的存在だと思っている。
【ハルア】エドワードは頼れる先輩で兄貴、それで乱暴にしても壊れない玩具扱い。指導してくれたエドワードには恩義はあるものの、それはそれとして全力で甘え倒しても応えてくれるし全力で乱暴にしても無事なので大好き。
【ショウ】エドワードのことは頼れる先輩だと思っている。最近はハルアの背中を見て学び、エドワードを兄代わりにして甘え倒している節がある。昔は遠慮がちだったのが、今や遠慮がなくなってきた。
【アイゼルネ】エドワードのことは頼れる先輩、そして運搬役だと思っている。身長が高いし、安定感のある運び方をしてくれているので嬉しい。進んで騎士役も引き受けてくれるのも嬉しい限りである。