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4-1:夢の中の邂逅

 夢を見ていた。

 なんにも無い場所に一人きりでいる夢だ。

 女王やネブラスカ、カレンやミラリナ、アズラミカやシュトルヒ、ランカスタやマリエッタ、そしてリンパギータ。頭の中で目まぐるしく入れ替わる人達の顔、そこには側にいて欲しいと願った、あの人の姿もある。

 けれども最終的に、私の側には誰もいなくなった。

 寂しくて、怖くて、必死に手を伸ばす。叫んでも自分の声が反響するばかりで、応える声も無く。真っ黒な闇と、全身にまとわり付くような、ねっとりとした空気に咽る。

 どれだけ闇の中を歩いたか解らない。

 気がつけば口が、喉が、叫びすぎてカラカラに乾いていた。

 唾を飲み込むと鉄の味が広がって、どこか口の中が切れていることを知る。

 けれどどんなに呼んでも、誰も出てこない。


 誰も、一人も。


 自分しか、いない。その事実に段々と絶望感に苛まれた。

 それだけは嫌だった。夢だと解っていても、また一人にはなりたくなかった。

 泣いて呻いて、暗闇に怒鳴り散らして。それが傍目から見ればどんなに惨めな姿だろうと、あの人達に会いたかった。

 だから夢中で走っていた。真っ暗な中で何かに蹴つまずいても、転んでも構わない。

 少しでも会える可能性があるのなら……。

 そうして巡ったその先で、ぽつんと中央に座った、熊のぬいぐるみを見て安堵する。

 やっと会えた。それが嬉しくて笑う。

 涙を拭くのも煩わしくて、両腕を伸ばしてその体に触れる。


「熊五郎……」


 けれども私の手に渡った途端、ずずんと重みを増して大きくなるぬいぐるみ。

 いつの間に巨大化という技を身につけたのか、あっという間に大きくなってこちらを圧迫する。ぷくぷくに膨れていく体にあっぷあっぷしながら、それでも落とさないように必死に支えていた。


「ぐう……ッ!」

「おうおう、頑張ってくんろ」

「え?!」


 背後から声を掛けられて、苦しくなりながらも振り返る。 

 するとそこには、熊五郎を呼び戻してくれた、あの兎のストラップが宙に浮いていた。

 正確には金の鍵だけれど。熊五郎からのお守りだと思って持ち歩いていたあのストラップは、暗闇のなかでスポットライトを浴びてくるりと踊っている。


「……ええと。あの、貴方誰ですか?」

「通りすがりの兎のすとらっぷとでも思ってくんろ」


 けれどもその口から発せられるものは確実にお爺さんの声で、正直かなりの違和感があった。

 兎はふわぁと欠伸を掻くと、宙から降りてちょこんと黒い地面に座り込む。


「しかし泣いたり叫んだり騒がしいのう、嬢ちゃんは。せっかく面倒事も片して寝付けるところだったんに。あんな声で泣かれたらびっくらこくべよ」

「ここって貴方の住処だったんですか? ごめんなさい。私てっきり夢かと思って……」

「まあええだで。嬢ちゃんは儂にとって所詮羽虫程度のもんだ。いちいち目くじら立てたりせんで」

「は、羽虫」


 それはそれでどうなんだろう……。

 微妙な気持ちになりながらも、ぬいぐるみの重さにすぐにそんな気持ちも薄れていく。

 というか相当重い。気を抜いたら本当に羽虫みたいに、プチっと音を立てて潰されるかもしれない。


「嬢ちゃんのこと、見ている分には面白いけんどな。ピー。になると思うとちょっと複雑だべ……」

「は、はい??」

「まあやっとこさ見つけたピー。だべ。しっかり役目を果たしてくれんと、こっちにピー。意味がなくなっちまうかんな」

「ええと、全体的に突っ込みどころ満載ですが、いまの部分、一体なんて言ったんですか?」


 こんなに近くにいるのに、ところどころ聞き取れない言葉。

 本当は聞こえていい筈の距離に居るのに、まるで検閲が入ったようにピー音が邪魔をする。というかそのピー。の中身こそが気にかかるんだけど。


「あ? 聞こえねえのか。嬢ちゃん若いのに耳遠いんだべなぁ」

「……い、いや、そういうわけではないんですが」

「ま、ええだで。とりあえず嬢ちゃんは、これからも目の前のことをきっちりやってりゃええんだでな。それとピー。と仲良くしてくんろ。ちいっと癖はあっけど、根っこは優しい奴だで。嬢ちゃんと気が合うと思うべな」


 一体誰と仲良くしろというのか。

 問いかけようとする前に兎が飛んで、私の肩口に乗っかる。何をするつもりなのかと眺めていれば、兎は膨れ上がってパンパンになった熊のぬいぐるみを、その小さな手で撫でさすり始めた。


「ピー。が立ち直るまでは、力貸してやっけ。ついでにこれも、さーびすだべ」


 そう言って体を撫でると、ぬいぐるみの体がしゅるりと縮まり、まるで新品のように綺麗になっていく。

 傷一つ無くなったヒラメ顔のぬいぐるみ。目の部分も全部治っているのを確認して、しっかりと抱き込んだ。


「良かった……」


 一瞬本当に押しつぶされるかと思った。安心してふにふにのお腹を堪能していると、向かいにいる兎は鋭い歯をむき出しにして笑う。

 サメのような鋭利な歯はちょっと怖いけれど、喜んでいるというのはなんとなく雰囲気で解る。


「嬢ちゃんの気持ちは恥ずかしなぁ。素直で純粋で甘甘でな。最初は儂もどうなることかと思ったけんど。ピー。はそれが心地ええんだべな」

「だからさっきから誰の事を」

「胸も尻もちぃちゃいのに、度量は大きいべな~」

「なんの事かは解りませんが、体についての一言は余計だと思います」


 褒めてるんだか、貶されてるんだか。

 自分でも気にしていた部分を、真正面から指摘されて複雑な気分になる。

 体のとある部分に集中する兎の視線が気になって体を隠すと、熊のぬいぐるみがもふっと首周りに抱きついてきた。


「熊五郎……?」


 意思を持って動く体はそのまま、けれども言葉を発することはない。不思議に思いながらも抱き留めていると、徐々に景色が切り替わっていった。

 真っ黒に染まっていた周囲が月に照らされ青白く光り、足元に広がっていたトロテッカの景色を真っ青に染めていく。

 女王と見たあの夜景と同じ。

 以前本で見た広大な大地はコウモリの翼の形をしていて、よくよく見ればうっすら見える海底部分が形を成して翼に繋がるようになっていた。

 北の先端に位置する部分は頭だろうか。胴体からなだらかなS字ラインに流れるように繋がった尻尾の部分には、細く長く小さな島々が隆起している。


 ────大陸ではなくて、まるで生き物の形みたいだ。


 大きな翼を持った竜が海の中に墜落したような、そんな不思議な形。

 それをぼんやりと眺めていると、兎が隣でニタァと笑った。目の際まで釣り上がる鋭利な口元。見ているだけでもゾッとする笑みを馳せ、かと思えば両の手で恥ずかしそうに口元をペチッと手で隠してしまう。


「あら、やんだ。恥ずかしなぁ。そんなに見つめないでくんろ」

「……貴方は一体……」

「ナイショだべな。その方がみすれりあすでカッチョいいべ!」


 ……それを言うならミステリアスです。

 言い慣れてないのか言葉がなんともぎこちなくて、脱力してしまう。けれども兎はこちらの気も知らず、機嫌良さそうにくるくる踊っていた。


「さぁて、嬢ちゃんの願いはしっかり叶えたで、今度は儂の番だべな。ピー。のことは任せたで、しっかり腰据えて頑張ってくんろ!」

「は、え? 願いってなんの? ……ちょっと、待ってください!」


 兎はこちらの制止の声も聞かず、さっさと月に向かって飛び立ってしまう。それを慌てて追いかけようとするも、何故か体が動かなかった。

 そうしてもがいている間に、兎はその体に月の光を浴びて、もう直視することもできなくなっていく。その神々しさはまるで神様のようでいて、……けれども田舎弁で喋る神様ってどうなの?と疑問に思ってしまった。


「っていうか、まぶしッ!!」

「喧嘩せず、仲良うするんだで~」

「だから、貴方一体誰なんですか?! さっきから何の事を言っているんでふふぁッ!!」


 必死で口を動かすのに、何故か呂律が上手く回ってくれない。

 なんで叫べないのか、何が邪魔をするのか。ムムッとしながら自分の体を見下ろして、あることに気がつく。


「何、これ」


 真っ黒い無数の細い糸が、口に、首に、びっしりと巻き付いていた。

 手で触れると黒い鱗粉のようなものが零れ落ちて、指の先で合わせるとしゃりっと砂のような音がする。

 慌てて振り返れば、そこにはまだ分断されたように深い闇が広がっていて、……何かが浅い呼吸をしていた。姿形は見えない。けれどもかすかに感じる呼吸音が髪や肌に触れて、その大きさを知らしめる。


「……誰ですか?」


 声も何の反応もない。ただじっと暗闇の中からこちらを見つめている。けれど不思議と怖くはなかった。

 こんな真っ暗闇の中で一人にされるより、誰かが側にいてくれた方が安心するし、いまは熊五郎も側にいる。

 暗闇の中から伸びてきた柔らかなもの。それに包まれるように、全身をぽふっと抱き込まれても、安心して目を閉じられた。

 例えるなら高級羽毛布団。いや毛があるから毛布なのか。そのふっさふさの感触に安堵して、熊五郎ごとその暗闇に手を伸ばす。

 すると、目の前にいる何かがぐるぐると喉を鳴らした。

 暗闇の中に居る何かがうごめいて。そして……。





「────キュッキュキュー!」


 そんな可愛らしい鳴き声で、暗闇は呆気無く消え去った。

遅くなってすみません。新章開始です。お付き合い頂ければ幸いです。

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