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5:ここはどこの異世界だ

 危機的状況に陥ったヒロインを助ける為に現れるのは、見目麗しい騎士とか皇子とか従者とかで、そんな騎士やら王子やら従者やらと恋に落ちるのが鉄版。

 異世界恋愛譚ではもはやお約束な展開だと思っている。

 そんな状況下に憧れを持っていた私も類に漏れず、そういう夢を妄想していたわけなのだけれど、……いまの状況にはどうも微妙な気持ちになった。

 決して助けに来てくれたのが嬉しくないと言う訳じゃない。けれども期待をかなり斜め上に裏切られて気分的に急降下というか。乙女的に何か盛り上がりに欠けるというかだね。

 まあとにかく言えるのは、セオリー丸無視もここまで来るといっそ清々しいということだ。


「そろそろ美形要員は欲しいけどね……」

「桃子? どうした?」


 心配そうに小首を傾げてこちらを見つめてくる熊五郎の顔は、美形とは全くかけ離れたおマヌケな目鼻立ちで緊張感に欠ける。可愛らしいけれど、望んでいるのはそういう色物フラグじゃない。

 我儘だとわかっているけど、それじゃないんだよ……。


「いや。ごめんね……助けに来てくれてありがとう。熊五郎」

「……その名前はちょっと嫌だ。それにまだ助けるとも言っていないんだが……まあいい」


 熊五郎は腕を組むとふむと鼻を鳴らすような仕草をとる。けれどどうにも様にならずに滑稽でしかない。笑ったらいけないと体をプルプル震わすことも出来ずに、私は枝の上に静止した。


「けどこれからどうやって逃げるの?」

「なに。簡単だ」


 熊五郎はすっとその手だか棒だか分からない腕を上げると、空中にぐるりと円を書いた。円の中心に黒い深淵が開かれると、その縁に熊五郎は器用に手を掛ける。


「この穴から逃げる。さっさと飛び移れ」

「く、熊五郎。いつの間にそんな異世界特殊技術を身につけたの?!」

 

 かなり普通にやってのけたが、空中に穴をあけるなどあっちの世界じゃ有り得ないスキル。それも熊のぬいぐるみが超簡単にやってのけたことに驚愕する。けれど熊五郎は興奮して見つめる私に、呆れたように肩を竦めて木の根元を示した。


「いいからさっさと来い。そろそろこの木を切り倒されるぞ」

「げ?!」


 言われて下を見れば目をギラつかせながらこちらを見上げている住人が、ノコギリと斧を交互に使い分け、木を切り倒そうとしている。そしてその後方には準備良くも捕獲用の投網と、切り味良さそうな刃渡り40センチはあるであろう刃物を用意するおばさん方。


「それとも食われてやるのか?」

「い、行くよ。行くけど、後でどういうことなのか説明してね」


 ついでにその便利魔法の使い方を教えてくれと思いながら、私は熊五郎の後に続いて深淵の中に飛び込んだ。


「わあ!」


 木の上から黒い通路に入った途端、一瞬にして切り替わる景色にまず感動した。

 ゲームに良くありがちな移動手段といえばそうなのだが、実際感じるのでは感動の度合いも違う。種類で言えば黒魔法とかそういう暗黒系なのだろう。真っ暗なトンネルの中ではぽつぽつと青い光が灯り、ほの暗い道を僅かに照らしている。

 熊五郎はあれか、異世界を超えた所為で特殊能力を持ったぬいぐるみになってしまったのだろうか。


「桃子。行きたいところはあるか」


 ふよふよと宙に浮かびながら熊五郎は言う。けれど行きたいところと言われても土地勘のない私にはここが何処だかすらもわかっていない。


「えーと。熊五郎はこっちの世界に詳しいの?」

「多少は。けれど桃子には行きたいところがあるんだろう?」

「は? どうしてそんなこと……」

「この世界に来る前に『異世界に行きたい』と大声で叫んだじゃないか」


 熊五郎は可愛らしくも小首を傾げている。確かに言った。

 その場面に熊五郎もいたし、そういう発言の意図も解る。解るけれども……。


「桃子はこの世界に何か目的があって来たんじゃないのか?」


 その言葉を聞いた途端、私は頭を抱えたくなった。

 いや、そんな大それた目的なんぞ無く。ただ単にこっちの世界でアレでそれで楽しい冒険とか、恋愛とか美形とか美形と遊ぶとか、美形と戯れるとかそういうことしか考えていなかったわけで、熊五郎がそんなに真剣に考える必要は無いわけで……。

 けれど本気でこちらを心配している声色に、理由も言えず言葉を濁すしか無い。

 

「……えーと。まあそれは置いといて。とりあえず私は元の姿に戻りたいというかね」

「元の姿……ああ人間の方か」

「戻れるの?!」


 もしも戻れるならば戻りたい。誰が好き好んで異世界ライフをスライム形態で甘んじるか。そうして内心で毒づいていると、熊五郎は刺繍糸で縫われた四角い眉を八の字に下げた。


「戻ることはできる。だが戻った瞬間、君の体は腐ってしまう。それでもいいなら構わないが……」

「は?! 腐るって、なんで……??」

「ここは桃子がいた世界とは全く異なる世界というのは、もう解っているだろう? 環境もかなり特殊でな……なんというかまあ、人間であると非常に住み難い場所なんだ」


 熊五郎はそうして渋く唸ると、顎を擦りながら決定的な事実を言う。


「ここは異世界の中でもかなり特殊な位置にある混沌の世界。────魔界だからな」


 よりにもよって魔界。驚愕の事実におマヌケにもぽかんと口を開けて固まるしかない。

 魔界……魔界って、目の保養になるような美形っているのかな…。

 バフォメットとかベルゼブブとかあんな凶悪な面構えの御方と恋愛できるの?

 あまりの事に呆然としてしまって、思考が追いついていかない。

 何の言葉も返せずに、私は熊五郎に手を引かれながら、ずるずると地を這うしか出来なかった。

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