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3-20:繋いだ手

 熊五郎にぎゅうぎゅう抱きつきながら泣いて泣いて、頭がガンガン痛みはじめた頃。

 ようやく涙も止まって、でもなんとなく離れがたくて、ぐりぐりとそのやわっこいお腹に顔を押し付けた。

 歓声もなにも、消えてなくなった暗闇の森の中で、あれだけ怖かったのが嘘みたいに気持ちが落ち着いている。

 目の前に確かにある熊五郎の存在。

 そして安心できる感触にほっとして、腫れぼったい目を閉じる。すると熊五郎が優しく頭を撫でてくれて、心地良さにますます眠くなった。

 正直このまま、熊五郎のお腹を枕にして眠ってしまいたい。

 そのくらい体もだるいし、思考もぼんやりとしている。

 そういえば、いまどうしてるんだっけ。なんでこんなまったり……。


「……あ!」

「どうした桃子」

「あのね、熊五郎。陛下やネブラスカ様は? リンパギータちゃんはどうなったの?」

「全員医療施設に転送した。バーガンディが上手くやってくれるだろうから安心していい」

「バーガンディ、さん? ってあの医師の?」

「俺の部下、いや元部下だな。彼が医療施設にいるのを確認している。まだ治療中だろうが、心配なら会いに行くか?」

「……うん。皆が無事なのか。ちゃんと知りたい」


 体を貫かれたネブラスカと弱々しく鳴いていたリンパギータ。二人の姿を思い出し、徐々に落ち着かなくなってくる。

 「死ぬわけないだろう」ってネブラスカの叱る声を直に聞きたい。そう思って視線を向けると、熊五郎のほにゃっとした顔と目があった。


「解った。しかし嬉しいものだな」

「え?」


 熊五郎は仕切りに私の頭を撫でながら、こちらをじいっと見つめている。思えば久しぶりの対面で、フェルトで出来た目と合うだけで、次第に胸がドキドキして落ち着かなくなってくる。

 さっきはそれこそお腹に触ったり、枕にして眠りたいとすら思っていたのに。


「どうした桃子」

「えッ?!」

「凄く顔が紅いぞ? ほら」


 ぽちゃっとした丸顔が近づいて、額がぴとっと合わされる。

 ────その瞬間、ぼぼっと顔が火照った。

 目の前にあるのはヒラメ顔で緊張感なんか皆無で、色気なんぞ有りもしない真綿の詰まったぬいぐるみ。

 なのに顔がどうしようもなくかーっと熱くなってきて、間近にある目を見ていられなくなる。

 ぷっくぷくで、ふわふわで真ん丸でメタボなお腹なのに。 

 確かに好きだとか側にいて欲しいとか思ってるけど、それは相棒的な意味なはずで。

 会いたかったけどそれも相棒的な意味なはずで。

 お嫁さんって聞いたときは舞い上がったけど、ぬいぐるみと結婚なんてお役所的な意味でゴーサインは貰えないだろうし、そういう状況に憧れただけで、そういう意味ではないはず、……で?

  

「桃子、もしかして君……」

「あう……え?」


 けれど至近距離でじいっと見つめられるだけで、頭の中が一瞬真っ白になってしまう。

 返事しなくてはいけない。そう思うのに熊五郎の手が私の頬を優しく撫でるものだから、余計に熱が引かなくてしどろもどろになった。

 これだけドキドキしてれば、熊五郎にも聞こえているんじゃないだろうか。

 そう思ったけれど、熊五郎はぽむっと自分の額に手を当てると、場違いなほど穏やかに頷いた。


「水分が足りないんだな」

「────へ?」

「泣きすぎた所為で体内の水分が減少しているんだろう。君は本当によく泣くからな」


 熊五郎は丸太ん棒の手で空中にくるんと円を描くと、その狭間の中からビンを取り出す。こちらにあるものと同じ青ラベルの水の入ったビンの蓋を、丸い手で器用に開けて差し出してくれた。


「干乾びて死ぬ前に、少し補給しておくといい」

「あ、うん。ありがとう」


 相変わらずな言い方にちょっとだけ苦笑いして、内心で胸を撫で下ろす。気づかれていないようで正直安心した。火照った顔を手で扇ぎながら、なるべく別の事を考える。

 気になるといえばあの骸骨とクロムフォードの事だけれど、……今はそのことについてはあまり触れたくはない。

 それよりも重要なのは、ネブラスカとリンパギータだ。

 水を飲んで少し経つと、頭痛がようやく少しだけ治まってほっと息を付く。石畳の上から体を起こして熊五郎を見ると、私が飲み干したビンを狭間の中にしまい込んだ。


「顔色も少し元に戻ったな。行こうか」

「うん」


 熊五郎の手によって開かれた狭間の中、そこには懐かしい蒼い光の灯った通路が見えた。

 少し高い段差に片手を伸ばして乗り上がろうとすると、そっと目の前に丸い手が差し出される。

 

「手を貸そう」

「え? 大丈夫だよ。一人で出来るよ」

「だがその腕では、な」


 微妙に動きづらい首を下げて見てみる。クロムフォードに切り取られ、失った右腕。今更だけれど見られたくなくて、その部分を左手で覆い隠した。

 指摘通り、腕にあまり力は入らない。けれど、以前よりも確かになった熊五郎と私の体格差、それを感じて少し躊躇してしまう。


「でも」

「遠慮することはない。ほら」


 それにその手を握るだけでまた体温再上昇というか、落ち着かなくなるので少しばかり、遠慮したかったのだけれど。


「どうした?」


 心配しているのか、へにょっとハの字になってしまった熊五郎の眉を見ていたら、なんだか拒否しているのも申し訳なくなって、そろそろと左手を伸ばしてその手を握った。

 ふにってして全然男らしくない手。

 強く引っ張ったら、根元からボリッともげるんじゃないか。そうしてハラハラしたのだけれど、私の体重を片手で支えられるほど、しっかりとしていて力強かった。

 とってもファンシーな手なのに、繋いでいるだけでとても嬉しい。

 一体どうしてしまったんだろう。以前はもっとどういう風に接していただろう。

 気恥ずかしさに俯きそうになって、慌てて顔を上げる。熊五郎に余計な心配は掛けたくない。

 そう思ったのに通路に上がった途端、今度は首元からぎゅっと抱きつかれてまた顔が熱くなってきた。


「ど、っどおしたの?!」

「腕が気になるんだろう? ならローブを着た方がいいかと思ったんだが、先に言うべきだったな。驚かせてすまない」

「あ……。ううん。ありがとう」


 いつの間に出したのか。脛まで隠れるほど長い蒼のローブを肩に掛けられて、前紐をまんまるな手で器用に蝶々結びにまでしてくれる。そうしてフードまでしっかりと被せると、熊五郎は全体を見下ろし、私の手を再び取って先を歩いて行った。


 そうして二人きりで蒼い通路を通る間、会話の機会は沢山あった。

 いままでどうしていたのかとか、何処に行っていたのかとか聞くことも一杯。

 なのに目が合うだけでドキドキするし、優しい声で名前を呼ばれただけで、ぎゅーっと胸の奥が掴まれたみたいに苦しくなって声が出なくなってしまう。

 目を合わせているのも恥ずかしくて、いまローブで顔を隠せることがとても有り難かった。これが無かったらそれこそ髪とか服装とかぐちゃぐちゃで、おかしくないかとか一杯気になっていたと思う。

 それでなくても熊五郎のぷくふわな手や、相変わらずな美声に身悶えしてしまって、全然まともに会話も出来なくて……。

 蒼い通路の先に出口が見えたときには、逆にほっとしてしまったくらいだった。


「桃子」

「うん……」


 熊五郎に手を引かれ、出口から石畳の通路に降り立つ。

 深く被ったフードを少しずらして周囲を見渡すと、噴水広場には沢山の人だかりが出来ていた。

 綺麗にライトアップされた噴水と数々の美しい彫像。

 その場には少し不釣合な、黒い仮設テントの入り口で、色んな種族の人が話し込んでいる。

 今回の件で一体どれだけの被害が出たのだろう。

 折角楽しかった宴の場を、一瞬にしてどん底まで突き落としたクロムフォード。『楽しい』というただ一時の感情と引き換えに得た現状、それに強い憤りを感じてしまう。

 それはいままで感じたことのない嫌な気持ちで、それを振り払いたくて、熊五郎の柔らかい手をぎゅっと握る。


「どうした、桃子」

「……なんでもない」


 けれどこの気持ちを熊五郎にぶつけるのはなにか違う。そんな気がして慌てて飲み込む。そうして複雑な気持ちを抱えたまま、混み合った通路を通り抜ける。

 けれどもその先に、この場にいる筈のない二人を見つけて驚いた。


「カレン様、ミラリナさん。こちらに来ていたんですか?」

「あら、モモコ……様ッ!?」

「モモコさんッ!?」

「え?」


 フードをずらして見上げた二人の顔は、何故かもの凄く驚いていて、けれどもカレンはすぐに目を眇めると、私を側にあったテントの中に引っ張り込んだ。

 どうしてそんなに慌てているのだろう。視界に被さるフードを取り去った途端、今度はテントの中に居た侍女の眼と口が、まん丸に見開かれていく。


「きゃあああ!!」

「うわ!」


 キーンと耳をつんざくような悲鳴を聞きつけて、黒いスーツの警備が剣を携えてテントの中に入ってくる。けれどもその人もこちらを見て唖然としていて、悲鳴を上げた後に卒倒してしまった侍女を後から来た警備の一人が慌てて助け起こしていた。

 何故みんなしてそんな顔をするのか。首を傾げようとして、けれどもあまり動かないことに気がつく。右に振っても横に振ってもなにか変で、しかも動かすたびに向かい側の人達が目で追ってくるのが不思議だった。


「あの……。私なにか変、ですか? どうなってますか?」

「くッ!」

「く?」

「────モモコ様、こちらへお座りください。すぐに医師様をお呼び立て致します」

「医師って」

「ミラリナ。手の空いている医師、いえ、アズラミカをすぐに呼んできなさい」

「はい……ッ!!」

「警備の方もこのことは他言なさらぬよう。万が一にも吹聴した場合は、相応の覚悟をなさいませ」

「は、はいッ! 失礼致しました」


 ミラリナが羽を瞬かせテントを飛び出し、カレンに鋭い目線を向けられた警備は、気を失った侍女をベットの上に素早く寝かせて配置に戻って行く。

 それを見送りながら、自分でも体を確認しようと手を伸ばした。一体どうなっているのか、開いている手で首に触れようとしてカレンに素早く止められる。


「駄目ですわ。きちんと診察してからにして頂かないと」

「は、はい。……あ! それよりもカレン様! ネブラスカ様はどうなりました!? 陛下やリンパギータちゃんは!? こちらの方に送られたと聞いたのですが」


 早く結果を聞きたいのに、カレンはこちらから目線を逸らしてしまった。そのまま口をつぐみ、静かに目を閉じてしまう。

 ────まさか、本当に最悪の事態に陥ってしまったのか。


「とにかく、いまは体を治すことが先決ですわ。ちゃんとした治療をなさってから、お会いになられて下さいまし」


 私の顔を両手で掬い上げ、ハンカチで優しく拭きながらそう答えるカレン。

 ネブラスカやリンパギータの状態を聞いても一切答えてくれない。そんな違和感のある対応に、嫌な予感ばかりが膨れ上がっていく。

 どうして教えてくれないのだろう。もしかして本当に手遅れだったのか。もう二人には会えないのか……。

 ネブラスカの顔やリンパギータの顔、それが頭の中にちらつき、居ても立ってもいられなくなる。

 慌てて腰を上げるとカレンに腕を掴まれそうになった。けれどもそこには有るべき物がなくて、カレンは肩透かしを食らったように驚いていた。


「モモコ様!」


 それでも構わずにテントを飛び出て、何処にいるかも解らない二人を捜す。

 せっかく全部が上手くいきそうなのに、また大事な人を失う羽目になるのか。また悲しい思いをしなくちゃならないのか。

 じわじわ溢れてくる涙を拭きながら、真っ黒な空の下にある黒いテントを見回す。

 そんな時、後ろからぽこんと頭を叩かれた。


「こらこら」

「く、くまごろぉ……」

「心配なのは分かるが、早とちりするんじゃない。ほら、ちょっと落ち着くんだ」


 目元をふにふにと丸太の腕で拭かれていると、息が詰まって仕方がなかった胸の内にすうっと空気が入ってくる。吸ってー吐いてーという熊五郎の合図に合わせて息をしていたら、少しだけ不安な気持ちが解けていった。


「桃子。周囲の人は対面した時点で、悲壮な面持ちをしていたか?」

「……無かったと思う。むしろ私にびっくりしてた」

「たくさん怪我をしているからな。ではなぜ桃子が質問したとき、あの侍女は事実を言わなかったと思う?」

「……私が……頼りないから?」

「ふむ、そうきたか。じゃあ言い方を変えよう。もしも君の前に、とても混乱状態にある負傷者がいたとして、そんな相手に対して、まず取る行動はなんだろうか?」

「ええと、落ち着かせる?」

「ああ。まずはそうした方がいいだろう。その方が事実を聞かせやすいし、精神的負担も軽減される」


 混乱状態にある負傷者、というのは当然私のことだろう。

 そうして言われてやっと、自分がテントの中に入ったときの状況を思い出すことができた。

 自分では実際その怪我を確認してはいないけれど、見ている方が卒倒するくらいの怪我だ。そんな重傷者を見つけたら、まずは治療をって思うのは当たり前の事だったと思う。

 カレンの行動は正しい。

 それは解ったけれど、上手く気持ちの処理ができなくて、勝手に出て来る涙を止められない。慌てて手の甲でぐいっと拭うと、熊五郎が少し困ったように眉を下げた。


「色々なことがあって、不安になる気持ちもあるだろう。あんなことがあれば特にな」

「……う、ん」

「けれど君が大切な人達のことを心配するように、君自身も、あの人達にそう思われているということを忘れてはいけない。────ほら、迎えが来たぞ」


 言われて振り返れば、そこは息を荒くしたカレンが居て、熊五郎の本当に言いたいことが解ってきた。

 後方からきたカレンの顔は、いつものきりっとした表情ではない。眉根を寄せて、でも私を怒るでもなく、少し離れた場所から来るのを待っていてくれる。

 女王達を心配するのに気を張っていて、今の自分がどういう風に見られているか、そしてどう思われているのか全然気がつかなかった。

 それと同時に、本当に自分は焦って騒いでいるばかりなのが解って、とても恥ずかしくなる。


「それに俺も本心を言えば、桃子には先に治療を受けて欲しいと思っているよ」


 熊五郎はそう言って眉をハの字にして、口元に手を当てた。その仕草が妙に可愛くて、張り詰めていた気持ちが徐々にほどけていく。


「俺が治せればいいんだが、医療関連についてはあまり明るくなくてな。まさか君がこうした形になるとは、想定外だったし」

「心配、してくれてるの……?」

「当たり前だろう。君が俺の事を心配してくれたのと同じ気持ちだ、といえば解って貰えるか?」


 小首を傾げて可愛らしく言われてしまえば、素直に従わないわけには行かないわけで。むしろ嬉しくて、でも嬉しく思ったら心配させている熊五郎に申し訳ないわけで。


「……うん。そうだね。ごめんね」

「謝らなくていい。だが自分の体も大事にしてくれ」

「うん」


 まだすんすんと鼻を鳴らしていると、黒い狭間からティッシュを出されて顔に押し付けられた。顔を拭いてもう一度深呼吸して、カレンに向き直る。

 

「……あの、カレン様、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。先に治療を受けたいと思います。でも、どうしても心配なので、後で陛下方の状態を教えてもらっても宜しいですか?」

「えッ?! え、ええ。か、構いませんことよ?」

「それと、先程の侍女さんにも、驚かせてごめんなさいとお伝えしたいのですが」


 そうしてカレンを見上げるも何故か強張った顔で、頬をヒクっと引き攣らせている。何かあったのだろうか。返事を聞こうと近づくも、額を抑えて唸ってしまった。


「カレン様?」

「モモコ様。ええと、その、ぬいぐるみは一体?」

「あ、はい。熊のぬいぐるみの熊五郎っていって……」


 熊五郎の手を引いて目の前に連れて行くと、カレンはズザッと体を瞬時に後退させて距離を取る。その顔には汗がだらだら張り付いていて、綺麗な顔が驚愕に見開かれていた。


「どうしたのですか、カレン様」

「もしや……」

「え?」

「────いえ。やはり止しましょう。私如きが介入していい事ではありませんわ。侍女のことについては、私からきちんと事情を説明しておきますのでお気になさらず。ですが、治療はいますぐにでもいたしましょう。……完璧に細部まで再生させなくては」


 いつも冷静なカレンがそうして言い聞かせるように頷くと、熊五郎ごと私をがっちりと抱き上げてしまった。

 常に無いカレンの様子を不思議に思いそれを問うも、珍しくそっぽを向かれてしまう。一瞬だけこちらを見下ろしながら口を開き、けれどもきゅっと引き結んで前を向く。

 そして無言で私を抱えたままにテントの方に連れて行った。出て行ったことを相当怒っているのか、まともにこちらを見てもくれない。

 ……いままでがいままでだったから、こんな事があっても心配なんかされないと思っていた。けれども想像とは全く違うカレンの表情に、改めて申し訳ないと思う。

 そして、繋いだ手の先に居る熊五郎にも。


「ここでお待ち下さいませ」


 倒れてしまった侍女のいるテントとは違う、別の所に連れて行かれ、熊五郎ごとベットに座らされる。ちょっとでも動こうとすると睨まれるので、大人しく座るしかなかった。

 微妙な緊張感の中で縮こまりながら待っていると、暫くしてテントの外からアズラミカとミラリナがやってくる。

 以前見た時よりも艶々とした肌をしたアズラミカは、手元にある書類を抱え直しながらこちらを見て朗らかに笑った。

 

「あら~! モコモコちゃん!! 設計したものよりもかなり可愛らしくなったわねえ~!! ちょっと薄汚れてるけど~。あらあら、ほっぺたもふにふに~! 良かったわね~!!」


 こちらを見るアズラミカの顔は、いつもの倍キラキラしていてとても嬉しそうだ。女王達が治療中なのに何故そんなにも元気なのか。若干不安になりそうになって、はたと気がつく。

 そういえば亜人化してから一度も会っておらず、しかもお礼すら言っていないことを思い出す。

 今日一日で本当に本当に、色々なことがあった所為だろう。慌ててお礼を言うと、アズラミカはもの凄く嬉しそうにぎゅっと私の体を抱きしめてくれる。


「いいのよいいのよ~。アタシの方もゴメンねえ~! あの時は彼の一人が結婚するとか言い出して、かなりムシャクシャしてて~。でもモコモコちゃんのお陰で前より格好良い彼がデキちゃったから、あれやこれやはもうチャラってことでぇ~!」

「は、はあ。そうだったんですか。でも本当にありがとうございました。……ええと、そしてごめんなさい」

「んん~? どうしたの~?」

「あー……これのことなんですが……」

「────はぁッ?!」


 折角亜人化させてもらったのに、この体たらく。

 ローブをたくし上げて右腕を見せると、アズラミカは目を見開いてローブをばさっと取り去った。

 そうしている間にもするすると衣服を脱がされそうになり、慌てて衣服を引き上げた。

 カレンやミラリナだけならいい。けれども熊五郎の目の中で、裸に剥かれるのは嫌だ。


「ちょ、ちょっと待ってください。アズ先生」

「モコモコちゃん! 一体誰にヤラれたの!?」

「え?」

「いますぐ報復しに行ってくるから言いなさい。私が毎日毎晩、それこそ徹夜で丁寧に丁寧に設計した体をこんなにしやがって!! そいつ今すぐぶっ殺してくるわ!」

「い、いえ。アズ先生。その人は一応捕まりましたから」


 いつもは温厚な瞳に殺気を潜ませたアズラミカを見て、どう対処すればいいのか分からなくなる。犯人の名前を正直に言って、今度はアズラミカが何かをされるのも嫌だ。

 そうして悩んでいるうちに、カレンがこちらに歩いてきて、怒り狂うアズラミカの頭を片手でスパーンと叩いた。

 アズラミカは頭を抑えながらも、憤怒の形相をカレンに向ける。


「患者の前で取り乱すなど、はしたないですわよ。アズラミカさん」

「だって有りえる?! アタシの最高傑作をこんな……。腕までばっさり!」

「まず怒る方向が違うでしょう? 医師ならば己の感情を優先するでなく、まず傷ついている患者に向き合いなさいな」

「でもぉ~!!!!」

「でも、ではありませんわ」


 すっとカレンが目元を細めて凄み、ミラリナが隣で頷く。するとアズラミカはほっぺたをぷくーっと膨らませながらも、渋々私の体を診察し始めた。

 けれどもすぐに服を脱がされそうになり、慌てて熊五郎に脱いだローブを被せる。

 熊五郎のこともちゃんと皆に紹介したい。けれど、アズラミカの怒りようが半端ないので、仕方なく小声で熊五郎に伝える。


「こっち、見ないでね?」

「……解っている」


 妙に間があったのが気になったけれども、完全に視界が隠されていることを確認して安心して服を脱いだ。

 無くなってしまった右腕と、皆が見ていた顔から首のあたり、そして全身に残る痣や色々な部分を書類に丁寧に記録していく。

 クロムフォードに付けられた傷は思っていたよりも多くて、それを自分でも確認しながら、けれども段々足に力が入らなくてよろめいてしまう。

 傍らにいたミラリナに咄嗟に抱き込まれ、ほっとして体の力を抜いた。


「……モコモコちゃん~」

「はい……。なんでしょうか」

「大体の診察は終わったわ~。治療の方はここではちょっと難しいから、暫く横になっていてくれるかしら~」

「はい。ありがとうございました。……それと、折角作ってもらった体、こんな風にしてごめんなさい」

「……バカね。モコモコちゃんが故意でやったことじゃないでしょ~。そんなこと気にしないで、さっさと寝ちゃいなさい~」

「は、はい……」


 体を動かすのもだるくて、ミラリナに手伝ってもらいながら白い手術着に着替えさせてもらう。

 そういえばアズラミカは女王達の診察に立ち会ったのだろうか。診断の結果を聞いてもいいか、カレンの方を見上げると目顔で許可が降りた。


「あの、……聞いてもいいですか?」

「なぁに~?」

「陛下方がこちらの方にいらっしゃると聞いたのですが」

「ああ、そのこと~。それならいま治療が終わったところよ~。一番奥の天幕でもうぐっすり寝ているから、面会は今度ね~? モコモコちゃんもちゃんと体を休ませなきゃ駄目だしねえ~?」

「お二人とも、それとリンパギータちゃんも無事ですか?」

「当たり前~。陛下たちが死ぬなんて有り得ないわ~。それに今は優秀な医師がしっかり看護についてるもの~」

「そう、ですか。……よかったぁ……」


 その言葉を聞いてようやく安心して、全身の力が抜ける。

 起きて色々聞きたいこともあるけれど、眠くて眠くて仕方がなくて、それでも眠りに付く前にベットの上に手を伸ばす。

 端っこでローブに包まって、じっと待っていてくれた熊五郎。ローブを手繰り寄せると、熊五郎はその中でも律儀に両手で目元を抑えていた。

 その仕草に笑って、ゆっくりとその手を解いていく。


 ……やっぱり、側にいると凄く落ち着く。


 さっきは変な気分になったけれど、多分怪我の所為で色々おかしくなっていたんだろう。目の前にある柔らかい感触に安堵して目を閉じる。


「熊五郎」

「ん?」

「……側に、いてね」


 今度こそ、その手を離さないように。

 ぷくぷくな手をしっかりと握って、そのまま眠りについた。

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