3-13:冥夜の宴3
闘技場の中心に二人の男性が対峙する。
一人は白い甲冑を着た細身の男性。金の装飾のついたレイピアを胸の前に掲げ、対戦相手に礼を取る。容貌は見えないが、まるで若木のようにしなやかで均整のとれた体つきをしていた。
対するは筋骨隆々とした厳つい兎族の男性。角刈りが似合う強面の顔に、ピンク色のウサ耳と尻尾という、ある種凶悪な様相である。
拳にはいぶし銀の刺付きナックルを付け、余裕の笑みをみせている。体格だけから判定するならば、明らかに兎族の男性の方が有利だろう。
しかし細身の男性は怯む様子も無く、静かにその剣先を構えていた。
「────始め!」
司会の声が上がると同時に、兎族の男性は細身の男性の顔目掛けて拳を振り上げる。背中にまで盛り上がった筋肉から伺い知れる強い衝撃。刺付きのナックルがもしも生身に当れば、五体満足ではいられないだろう。
若干捻りも入った振りを見事にかわし間合いを取ると、細身の男性はそのレイピアの先端を兎族の男性の胴へ突き入れた。
細く静かな攻撃は、兎族の男性にたいしたダメージを与えることはない。兎族の男性はすぐさま第二撃を繰り出し、後方に飛び退いた相手を舞台の角へと追い詰める。そして追い討ちを掛けるがの如く、素早い攻撃を放つ。一打二打目視できたのはそれまで、まるで甲冑ごと抉り取るように鋭い拳は執拗なまでに腹部を狙う。
だが細身の男性も負けてはいない。手甲を盾として上手く使い、腹、腕、顔と上半身目がけて繰り出される剛腕を退ける。だがその度にミシリと音を立てて手甲は沈み、ナックルによって無数の傷を付けられていた。
「ハァッ!!」
細身の男性が広い場所へと身を翻し、ついにその太い右腕に剣先を突き刺すも相手は痛みに呻くこともなく、むしろ獰猛な笑みを馳せ、剣をその身に突き刺したまま開いた左の拳を繰り出す。
細身の男性はついにその腹に強い衝撃を受けて体を折る。咳き込む相手をいたぶるように拳が突き出され甲冑を抉る。その身を沈める気なのか上段から仕掛けられるフック。だが何かに足止めをされたように兎族の男性は動かなくなった。
「チッ!!」
一瞬の隙を付いて足に目がけて突き刺されたのは細いレイピア。まるで縫いとめるかのように兎族の男性の足に沈み、素早く抜かれた。
ボロボロの体のままにようやく攻勢に回った細身の男性は、針のように細い先端を、関節部分目掛けて数回突き刺し相手の行動力を奪っていく。
どれも迫力に欠けているものの、確実に急所を突くその攻撃は、ついに兎族の男性を地に這わせた。いぶし銀のナックルを地に付け、悔しげな顔で膝打ちするその姿。
周囲がざわつき始め、決着がついたかと思われたその瞬間。
「────まだ終わってねえぞッ!!」
細身の男性が油断したところを狙って開いた片手で足を引きずり倒し、その体に馬乗りになる。残忍なまでの笑みを馳せた兎族の男性はその両腕を一気に振り下ろした。メキッと音を立ててへし折れたのは細身の男性の甲冑と体。鳴り響く絶叫にも構わずに炸裂する拳の雨と体液の飛沫。
その猛攻についに手の中からレイピアを手放した男性に、兎族の男性は勝利の咆哮をあげて静寂をぶち破る。
「ッしゃあああああ!!!」
「そこまで────勝負あり!」
司会の声の後に素早く打ち鳴らされた鐘の音。周囲は一瞬呆気に取られ、しかしすぐに歓声が闘技場を埋め尽くす。
あるものは花束を勝者へと投げ渡し、あるものは敗者へ野次と共に塵を飛ばす。白い甲冑を破壊された細身の男性は、医師に付き添われながら担架に運ばれて退場。
兎族の男性は周囲に投げキスを振りまきながら、勝利の余韻に浸っている。
「す………すっごいですね……」
「うむ。見た目は妙だがなかなかに力がある男じゃの」
兎族の男性は女王が賭けた相手だ。いまもにっこり笑いながら声援に応えている。
「さっすがカヲールちゃん! もっともっとやっちゃってー!!」
「ギャー!! カヲールちゃーん!!! 頑張ってーー!! 下層階期待の星になるのよー!!」
「ハァイッ! ありがとうミンナ! 玉のお肌が傷付いちゃってタイヘンだけど、ワタシいまとっても輝いてる! 人生で一番輝いてるわ! 次も一杯頑張っちゃうから応援ヨロシクねぇッ!」
「あのー。次つかえてるんで、さっさと降りて欲しいんですけど……」
「きゃあ! カンザスちゃん! やっだぁ、思ったとおりお肌もお尻もプリップリー!!」
「ぎゃああああ!! 尻を揉まないでください!」
……どうもあの強烈なキャラがウケているらしい。戦闘中はかなりの残忍だったけれども、一戦終わると人が変わったように陽気だ。司会助手の貞操が今度は危ないみたいだけれども、冗談と取られてるのか助けの手が差し伸べられることはないようだ。
一方ネブラスカは勝負運がないのか、この初戦の裏で行われた二回戦目の賭けにも負け、苦笑しながら侍従に負けた分のコインを没収されていた。
「運が無いのう、ネブラスカ」
「陛下の強運には敵いませんな。直接戦うのならば、正確な技量がはかれるのですが」
「なんじゃ。負け惜しみかえ」
「はは、そう取られても仕方有りませんな」
熱狂する場に充てられたのか、ネブラスカはタイを少し緩めて苦笑する。女王はそれを見て少しだけ妙な顔をし、暫くするとふいっと顔を逸らしてオペラグラスを手にとった。
「ふん。ならば下に降りてあれ等と戦ってみるかえ?」
「いいえ。今日はそういう目的でここに来たわけではありませんから。陛下をお守りするのが私の役目。それを放棄して愉しむことなどできますまい」
ネブラスカはペンギン時のようにせかせかと煩くもせず、普段よりも紳士的に勤めていた。意外や意外、もっと負けたなんだと喚くと思ったのに、いつもと違って大人しい。姿が違うとこうまで変わるのだろうか。まるで別人のような動作を改めて眺めていると、女王に何故か頬を引っ張られる。
「にゃにふゅんでしゅか、へいか」
「ふん。惚けておるからじゃ」
もしかしてヤキモチ? って流石にそれは飛躍しすぎか。
そうして頬をもにもにされている間に、後ろの扉からノックの音がして立ち上がる。誰が来たのかと外に配置されている警備に確認する前に、格子窓の向こうに黒い影が出来ていた。
マホガニー色の格子戸をスライドさせて、その隙間からちらりと見えた容貌。全身真っ黒で、ストールだけが黄色のあの特徴的な姿は……。
ぎょっとして扉から離れ、慌てて女王の下に駆け寄る。
「へ、陛下! ネブラスカ様!」
「騒々しいぞ。もう少し侍女として落ち着きを持ってだな……」
「それは一旦置いておいてですね! 東領の方がお見えになっています。クロムフォード様です!」
そう告げた途端ネブラスカは椅子から立ち上がり、先程よりもキツイ目で扉を見据えた。
「なんじゃ、折角次の選手を品定めしようとしておったのに。南の王のように適度に色ボケしておればよいものを」
「陛下、お会いになられるのですか?」
「仕方あるまい」
女王はオペラグラスをテーブルに置くと、私をこちらに呼び寄せ、ネブラスカに目顔で指示し扉を開けさせる。
程なくして入ってきたのは黒いスーツを着た東領の王。真っ黒な様相だけれども、近くで見ると意外に小柄で手足は細長い。王は白いドレスの女性を扉の前に残し、颯爽と歩みを進めると女王の手を取ってさっと口付けた。
「ご機嫌麗しゅうございます、サフィーア女王陛下。貴女の楽しげな声に釣られてふいと立ち寄ってしまいました」
「聞き耳を立てていた、の間違いではないかえ、東の。また梱もせず悪さでも企んでおるのかえ?」
「いえいえ。貴女を楽しませようと思うことはあれ、悪さなど私が致しましょうか」
「ほざけ」
女王はさも面倒という体で訪問者をあしらう。手の甲でしっしとまるで犬でも追い払うような仕草にも関わらず、東の王は躊躇うことなく女王の長椅子に乗り上がり、色のある仕草で腰に手を回す。女王はそれを払うこともせず、しかし静かに眉間に皺を刻んだ。
「先程ぬしの領民らに合うたが、ぬしに似てどれもこれも節操の無い屑共じゃった。己の華を放ってわらわに媚を売るような愚か者ばかりでな。程度が知れるというものよ」
「いえいえ、私の領民は皆正直者なのですよ。貴女と比べればどの華も塵芥。この美、この艶を前にして、己の華がどれほどに劣って見えるか自覚してしまったのでしょう。それを思い知らしめた貴女の美貌こそが罪なのです」
言葉は丁寧だけれど、その内容は些かどうなのかと微妙に思う。折角機嫌が良かったのに、女王は東の王に腰回りをまさぐられ怒りを募らせ始めているように見えた。
これはとても危ない兆候だ。それこそ怒鳴り散らしてこの会場を破壊しかねない表情なのだけれども、不機嫌がマックスまで跳ね上がる前にネブラスカが側に立ち、東の王の手を捕らえて捻り上げた。
「陛下の御身体に触れて良いのは王配のみにございます。お戯れはおやめ下さい」
「これほどの華を前にして、手折らない男がいるかね。だとしたらそいつは相当の腑抜けだ。男としての度量もない屑だと思うがね」
「華はただ手折るだけでは映えません。切花のように打ち捨てるものではなく、最後の時まで慈しむことこそが最上と、私は考えております」
「へえ、随分と流暢なことだ。目の前で枯れるのを見ているだけとは」
「たとえ何を言われようとも、生涯を掛けてこの御方を守りぬくのが私の役目。無駄な害虫を寄せ付ける訳にはいかないのです」
「はっ! 害虫とは言うねえ」
ネブラスカの冷えた目と、東の王の誂うような声が響く。完全に傍観者な私は、一体どちらの男性が女王の愛を勝ちとるのかとドキドキしながら眺めていた。
というかネブラスカがなんだか格好良く見えるのは気のせい? 錯覚?
「男と見つめ合う趣味はないのだかね。いい加減この手を離してくれないか?」
「これ以上陛下に手出しされないとお約束して頂けるならば」
睨みあう男と男。そしてその間に挟まれる絶世の美女。
下手なドラマを見るよりもドキドキするシュチュエーションを興奮しながら眺める。欲を言えば自分がこういう体験をしてみたかったけれども、小間使いは見た!的な位置でもこの緊迫感は充分に伝わってくる。
二人の邪魔しないように、女王の後ろに隠れて固唾を飲んで見守る。私が支持するのは勿論ネブラスカだけれども、女王の心次第ではどう転ぶか解らない。
そうして後方からひっそりと応援しようとしていたのに、その緊張の糸は件の人物によって完全にぶっつりと引きちぎられた。
「───これだから人型は煩わしい」
心底嫌そうに一言吐き捨てた後、瞬時に変化した女王の体。それこそ顔と胸と腰回り、女性的に見える部分は全て竜に変化しており、もの凄いインパクトがあった。
そう、この場を崩すくらい強烈なインパクト……。
事実、東の王は目に見えて肩を落とし、ネブラスカはほっとしたように息を付いていた。
私も若干がっかり……いやいや、しない。していませんとも! 女王に横目でギロッと睨まれて、慌てて笑顔を張り付ける。
それでも王の目を覚まさせるには効果絶大だったようで、王は脱力しながら女王の腰から手を離し、体も引いてしまっていた。
「それはないんじゃないですかね。サフィーア女王」
「何を言うのじゃ。こちらの姿とてわらわには代わりはない。ほれ、手折れるものなら手折ってみせよ」
「おや、女王本人からお許しが出るとは」
「陛下!」
「もっとも、都合よく手折らせるほどわらわは柔ではないがの」
軽い口調とは裏腹に、常にない剣呑な光を灯した女王の眼。銀の爪はすでに人の形をしておらず、竜のそれだった。岩をも容易く砕く鋭い爪先が、音を立てて王の喉元へと深くめり込む刹那、王は女王から素早く離れて仮面の奥で不気味に笑う。
「おお、怖い怖い。この華には鋭い棘があるのようだ」
「つまらぬ戯言はもうよい。要件が無いのならさっさとここから去れ」
煙管を燻らせて遠くを見る女王の側に、ひっそりと立つネブラスカ。一応軍配はこちらに上がったということなのだろう。硬い表情の中にも嬉しげな気配を覗かせているネブラスカにはもう構わず、東の王は大仰に肩を竦ませて心外だと言い放つ。
「それがあるのですよ、サフィーア女王陛下。今回発表された新商品について二三お聞きしたいことがありましてね」
「商品説明については各開発者に委任してある。あれらに聞けばよかろう」
「それが聞いても要領の得ない言葉ばかりでね。────ピーチスライムを使った新商品。素となった魔獣はいま何処に居るのです」
突然出てきた一言に驚いて視線をそちらに向ける。ピーチスライムを使った新商品? そんなもの聞いたことがない。
けれども女王は驚いた様子もなく、逆につまらなそうに煙を吐き出す。
「あれはいま城に置いてある」
「本当にそうですかな? 派手好きな貴女のことだ。今回も見せびらかすために魔獣をここに連れてきているのではないのですか」
「くどいの。この場を見てなおそう言えるのならば、ぬしの目は相当の節穴じゃ」
東の王は仮面の奥からひやりとした目を向ける。先程の誂いを含んだそれとは違う、温度差を含んだ視線がすっと動き、周囲を巡って私とぱちりと目があった。
仮面の奥にある瞳は上下に分かれていて、上が薄い紫で下が濃い紫という不思議な眼をしていた。どういう構造になっているのかと思わずじっと眺めていると、王の眼がすっと細められる。
「……貴女がこんなにも若い侍女を侍らすなんて珍しいことだ。名前はなんと?」
「わらわが駄目ならば今度は侍女かえ。いい年をしてみっともないのではないか、東の」
「愛らしい相手を前にして年など関係ありますかね。それでこの娘の名前は?」
女王の侮蔑を含んだ視線と王の愉しむような目線が絡む。その姿を見ながらそうっと東の王から見えない位置に隠れた。
「ふしゃふしゃのフシャじゃ」
「フシャ?」
それは私の名前でなく、確か女王が兎に付けた愛称じゃありませんでしたか……。
けれども女王の意図が解らないし、口を挟める状況でもないので大人しく口を噤む。
「またこれは妙……いや失礼。愛らしい名前だ」
いいながら颯爽とした足取りで近づいてくる王は、逃げようとした私の手をぎゅっと握りこんで、強く引き寄せた。
「うわ!」
一瞬にして抱き込まれた体。腕の中に捉えられ、逃げる間もなく顎に指を掛けられる。細い指なのに節張っていて結構固い。頭一つ分ほど上にある王の顔が、驚くほど間近に迫って黒い仮面の奥から紫の瞳が瞬くのが見える。
その透明感のある瞳に一瞬呆気に取られ、硬直してしまった。
え、なにこの状況。こういう時ってどうすればいいんだっけ?! わ、わけわからん!!
「ああああの、その……?!」
混乱している合間に黒い仮面が首元近くに寄って、すんすんと匂いを嗅がれた。熱心にも耳の後ろから鎖骨あたりまで嗅がれて肌がぞわっと粟立つ。
え? なに? もしかして私なんか臭ってる?? 人様が気になるほどに何か臭ってるのかッ?!
「……ねえな」
「は、はひ?」
「申し訳御座いません、クロムフォード様。これは私の養い子でもあります。手出しされぬようお願い致したく」
ネブラスカが抱き込まれていた体をべりっと王から剥がしてくれて、急いで女王の方に逃げ隠れた。なんか解らなかったけれども、びっくりした。すんげーびっくりした! ドキドキするよりも、衝撃の方が強すぎて女王の肩口に背後からぴたっと張り付く。
「へえ? 女王一筋の君にそんなイイ趣味があったとは驚きだね」
「孤児だったところを貰い受けただけのこと。深い意味はございません。それにこれはまだ半人前ゆえ、貴殿のお相手も充分には出来ますまい」
すらすらと嘘を並べ立てていくネブラスカの姿に呆気に取られながらも、口を出さずに頷いておく。あんな怖そうな黒仮面の王と正直何喋っていいのか解らないし、また匂いをスンスン嗅がれるのも微妙だ。
出来ればさっさと退室願いたい。そう思ってしまうほど、何か苦手な感じがする。
「ならば仕方ない。成体まで育ったら連絡をくれ。私が隅々まで可愛がってあげよう」
「申し訳御座いませんが、これの嫁ぎ先はすでに決まっております。今回ばかりはご容赦願いたい」
ネブラスカがすっと東の王の前に立ちはだかる。暫くはそうして睨み合っていたけれど、東の王は喉の奥を鳴らしながらくるりと踵を返した。
「そんなに大事な娘ならば、誰の目にも触れさせずにしまっておくことをお勧めするがね。それこそ君の知らぬ間に、簡単に手折られてしまうかもしれないよ」
軽快な足取りで出て行った東の王は、扉の外に立っていた白いドレスの女性を従えて去っていった。
ネブラスカが少し疲れたように扉にむかい、外にいる警備に何か言い含めてこちらに戻ってくる。完全に扉が閉まった時点で、私はもう脱力して女王の膝下に座り込んでいた。
「……な、なんだったんですか。あの微妙な方」
「ただの愚王じゃ。節操無しだと思うていたが、まさかモモコにまで目を付けるとはの」
「まったくです。モモコ。間違ってもあの王と二人きりになるでないぞ。あれに捕まれば死ぬまで痛め付けられるからな」
「痛め付けるって……」
具体的にはどういう感じなことをされるのか。しかし想像が付かなくてネブラスカに問うと、いままで見たこともないような、なんとも形容しがたい苦い顔をした。
「まあ何と言うかだな、……言葉の通りだ。お前は知らなくても良いことだが。万事気を付けるに越したことはない」
「は、はい」
ネブラスカの嘘八百には色々とツッコミたい所はあったけれど、結果的にはあれでよかったかもしれない。嫁ぎ先が決まってるとか言い出したときは、流石にびっくりしたけれども。
危険そうな人から守ってもらえたのは有難いことだ。
「もっとも他領の王と顔を合わせるのも今日限りのこと、あまり気を揉むでない。それに折角の宴の席なのじゃから、楽しまなくては損じゃぞ」
「そうですね。ほら、モモコ。私のラダを分けてやる。気になる相手がいればお前も賭けてみるのだ」
大人な二人にそうして諭されて、ラダコインまで渡されてしまえば俄然好奇心が湧くわけで、さっきの事などすっかり忘れて選手達を眺め始めた。
お金がないから我慢していたけれど、実をいえば少しやってみたかったのだ。コイン十枚がどれほどの額に相当するのか解らないけれど、ネブラスカは改めて太っ腹だなと思う。
そうして次の対戦枠にある狼族の男性と、牛族の男性を比べて見てみた。
「どっちに賭けたらいいでしょう? コツとかありますか?」
「最初じゃからな、無駄なことは考えず適当に割り振れば良いぞ」
「負けても構わん。運だめしと思って好きな方に賭ければよいのだ」
二人共何故か普段と違って異様に優しい。それを不思議に思いながらも、選手同士の体を眺める。
狼族の男性はボクサーのように引き締まった体にグレーのズボンを履いているだけ、というシンプルすぎるスタイルだ。自分が強いと思っているからこそのスタイルなのかは解らないけれど、武器はなに一つなく拳一つのみで立ち向かうようだった。
対するのは頭に鋭い角を持つ牛族の男性。皮の胸当てと膝当てを身につけ、身長ほどはある長いランスと盾を所持している。武器がある分、こちらの方が有利なのだろうけれど。
「うーん。じゃあ、こっちに賭けます!」
そうしてラダコインを思った方に十枚置く。さっき二人が使っていたものとは少しだけ色の違うコイン。黒と白のラインが入ったそれを置いて満足して顔を上げた。
「これでいいで、す……よね?」
あれ? 気のせいか……?
振り返って見上げると扇子を掲げた女王の姿。すでに人の姿に戻っているけれど、その頬は満足そうで先程よりも上機嫌だ。対するネブラスカは顔を紅く染めてなんだか戸惑っている。
「ネブラスカ様? どうかなさったんですか? 顔がもの凄く真っ赤ですけど……」
「……い、いや。気にするな」
気にするなっていうレベルではないくらいなのだけれど。本当に大丈夫なのかと女王を仰げば、こちらも熱っぽい表情で暑そうに扇子をはためかせている。
「陛下? 大丈夫ですか? 何処か具合の悪いところでも……」
「いや、気にするほどではない。それでいいのじゃな? モモコ」
「あ、はい」
なんだろうこの違和感。それが何かは解らなかったけれどもとりあえず頷いて、私は再びラダコインを賭けた選手を見る。
闘技場に上がる二人の姿と観客が目に入る。けれど私が賭けた選手が、こちらをじっと見ているような、そんな不思議な感じがした。