3-3:お見合い
翌週の休日。私は城の中庭にある噴水前で、ある人を待っていた。
初めて会う人に少しでも良い印象を持って貰えるように、そしてせめてもの乙女の抵抗として、頭に赤いリボンと体に斜めがけ出来る可愛いポシェットを作ってもらった。
小物を作るのが趣味というミラリナにお願いして作ってもらったポシェットは、クリーム色でワンポイントにグリーンとオレンジの組紐で編んだお花のコサージュが付いている。縁の部分には控え目にレースが付けられてて、一見もの凄くファンシーに見えるんだけれど、しっかり小物が入る機能性に優れたものだ。
出来上がったときはもの凄く嬉しくて、それこそミラリナに飛びついてしまったほど。
スライムの体でおしゃれなんてたかが知れてるけれど、これを着けてるだけでも女子力が上がったような気がしてかなり心強い。
これで見た瞬間、雄と間違われることもないし。
けれども待つにつれて緊張がせり上がってきて、体が自然にほこほこと熱くなるのはどうしようも出来なかった。
「うあ~!! すっごくどきどきする!!」
興奮しすぎておもわず声に出してしまったらしい。衆目を集めてしまって慌てて体を縮こませて大人しくする。なるべく目立たないように注意しながら、これから来るであろう人のことを考えた。
アズラミカの話では今日来る相手はランカスタといって、カルフォビナ城内にある食品技術部に勤務しているそうだ。容姿については特に聞かなかったけれども、立場としては私よりもかなり上。主任として部下を纏める立場にありながら傲慢さもなく、物腰柔らかな人らしい。
当然年齢も私よりもかなり上。……大人の男の人、だ。
一週間前にアズラミカと話したことを思い出しながら、私は暫くそうして噴水の前で小さく悶えていた。
*
「お、お見合い?!」
「うん~。私もモコモコちゃんにお世話になった口だから~前からお返ししたいなって思ってたの~。さっきのモコモコちゃんの話を聞いてる限り~、そんなに奥手になってたらこれから先も出会いなんてなさそうだしね~。だからいっそのことそういう場を作っちゃおうかな~と思って~」
作っちゃうってそんな簡単にアズラミカさん。そりゃあ彼氏が出来るものなら欲しいけど、そんなに上手くいくんだろうか。というか相手は誰。来るの男。出来るの彼氏。
でもお見合いと言われるとやっぱり抵抗があって、そんなに乗り気にはなれない。そんな反応の悪い私を見て、アズラミカはふふっと微笑んで唇に指を当てた。
「うふふ~。そんなに気構えなくて大丈夫よ~。アタシの選んだ子はみんな可愛い性格だからモコモコちゃんもすぐに馴染めると思うわ~。もしもその中で気に入った子がいれば~、お持ち帰りしてにゃんにゃんしちゃってもいいし~」
「にゃ、にゃんにゃん……ッ?!!」
「そう~、にゃんにゃん~。まあ出来るかどうかは~、相手のノリもあるけどね~」
にゃんにゃんってにゃんだそれ。というかお相手を一杯集める時点でそれは見合いじゃなくて、すでに合コンっぽいような気がする。
……いやでも、異世界で合コンが出来るなんて、逆に考えればもの凄いことかもしれない。
もう聞いてるだけで体中が熱くなってきたというか、こちらは猛烈に恥ずかしくなっているというのに、アズラミカはいつも通りの笑顔で超余裕だった。流石モテる大人の女は違うぜー……。
「どお~? モコモコちゃん~。恋人ができたら一緒に遊びに行ったり~じゃれついたり~、ぎゅって抱きしめちゃったり、抱きしめ返したりも出来るのよ~。とっても楽しくな~い? お見合いしたくな~い??」
まるで洗脳するように目の前でくるくると回る指の動きを見ながら、そんな夢のような未来を考えてみる。もしも恋人ができたら、ちょっとした休日には一緒に遊びにいったりできるわけで。しかも辛い時は慰めてもらったり、甘えたりも出来るわけで。しかもその先も……?
「め……」
「め~?」
「めっちゃくちゃ楽しそうですし、したいですけど……ッ! で、でも出会ってすぐにそんなこと!!」
「んふふ~。ナニ考えてるか大体解るけど~、ちょっとがっつきすぎ~。徐々に関係築いていかないと相手に逃げられるからね~」
つんつんと体をツツかれて我に返る。
……そ、そうか、私がっつきすぎなのか。恋人という単語に舞い上がり過ぎて、考えが変な方向にいってしまった。気を付けないとなぁ。
けれどいままで身の回りに男の「オ」の字も転がってなかったのに、何故いまここでそんな話が降ってくるのだろう。確かにそういうのが目的でこの世界に飛び込んだようなものだけれど。
……え?! マジでそんなチャンス到来なの……?!
「ちなみにモコモコちゃんはどんな子が好み~?」
「ふへッ?!」
「好きな人はいなくても理想くらいはあるでしょ~? 例えばお肌つるつるでとっても触り心地がいいとか~、お尻の形がとっても可愛いとか~、手先がとっても器用とか~」
「び、微妙に選び方えっちいですね、アズ先生……」
「あら~? そお~? ワリと重要なことだと思うけど~。それでどんな子かな~?」
それって理想のタイプってことだよね。けれどそれを告げるということは、いままでの妄想や欲望をぶちまけちゃうことにも繋がるんだけど。いいのかな、ドン引きされないかな……。
いやでも折角紹介してくれるかもしれないんだし、どうせなら好みのタイプが来たほうが嬉しいし!
「え、えと、じゃあ言いますね?」
「うんうん~」
「……せ、背が高くて、顔とか声とかとっても格好良くて」
「ふんふん~」
「困ってたりすると自然に手を差し伸べてくれたり、いつも包みこんでくれるみたいに優しくしてくれて、甘えさせてもくれるんだけど、でもちゃんと駄目なところは駄目って叱ってくれて」
「……う~ん」
「寂しいっていったらどんなに遠くにいても文句一つ言わずに飛んできてくれて! そんでもってぎゅって抱き締めてくれながら『お前が一番好きだよ。一生お前だけだ。愛してる』、なんて言ってくれちゃうような人です!!!」
「………………」
ぎゃー! は ず か し い !! ぽっぽと熱くなる頬を抑えながらおもわずソファにローリングしていると、アズラミカは何故かふいーっと息を付きながら遠くを見た。
……あれ? 私的にかなりの大告白をしたのに、なんでそんなに冷静になってしまわれるのかしら。
それからもアズラミカは一度もこちらを見ずに、白衣のポケットから煙管を取り出し一服していた。そして数分煙を燻らせると、遠くを見ながら言う。
「……モコモコちゃん」
「は、はい」
「その理想、とってもステキね」
「え! ほ、ホントですか?!」
「うん。でもね。そんな好条件の男がいたら、天然ぶった計算高い女に捕まってさっさと結婚してるか、アタシが先に喰ってるから。そんな男が今現在、独り身でいるなんてことあり得ないから」
「あ、あずせんせい……?」
かなり冷静な口調で言い放つアズラミカ。その語尾には長ったらしい「~」はなく、きっぱりはっきりとまるで言い聞かせるような感じだった。
……あれ? もしかしてこれってダメ出しされてる?? え? なんで?
目線で問うも、アズラミカはいつも通りの笑顔に戻ってお茶を飲むだけ。なにがいけないのかも指摘されなかった。
「モコモコちゃんって、見た目だけじゃなく中身まで希少生物だったのね~。びっくりしすぎて素に戻っちゃったわ~」
「え? いままでのアズ先生は? 素じゃ……」
「うふ~。女にはイロイロあるのよ~」
まるでそれ以上聞くなとでもいうような、笑顔の奥にある冷たい眼差しを見て慌てて口を噤んだ。アズラミカはおっとりしているように見せてるだけで、本当はかなり怖い人なのかも知れない。
「まあそれはともかく~。モコモコちゃんみたいな性格の子は~、沢山の子と付き合うよりも、一人とじっくり付き合う方が向いてるかもね~。だとするとちょっと予定変更かな~」
「え、ええと? それってどういう?」
「ん~。今度の週休みの日~、朝方に~、噴水前で待ち合わせ~」
え? それってまさか……。
「一対一の形式に変えるわ~。とっても可愛い子紹介するから楽しみにしててね~」
*
そうしてアズラミカの言葉を思い出していると、段々冷静になってきた。気構えなくてもいいと言っていたし、不安になって後で聞いたら嫌だったら帰ってもいいとも言ってくれた。
あのとき一瞬だけ脳裏にうつった人の事は、とりあえず気の迷いとして置いておくことにした。考えてるだけで胸がイラっとも、モヤッともして自分の気持ちがよく解らなくなってしまうし、だったら初めから考えないようにした方が精神的にも楽だから。
……なるべく気楽にいこう。折角のお見合い、というかデート?なんだし。
一応万が一の為にとお守りに持ってきた兎のストラップも、ポシェットに入れてあるし何の心配もないはずだ。
そう思って目線を上げたら、視界の中に何かが写った。
アッシュグレーの細めのズボンに白地に黒のラインが入った皮靴。それが私の前にあって暫く動かないでいる。不思議に思って更に見上げてみると、ブラウンのインナーに白地に青ラインの入ったローブを着た男の人が深めに被ったフード越しにこちらを見ている。
その奥にある瞳とかちりと眼が合わさると、途端にその人はほわ~っと柔らかく笑った。
「よかった……。やっと気がついてくれた」
「え!? ど、どちらさまですか?」
「あれ? 今日のことアズラミカ先生に聞いてるよね? 技術部に勤務しているランカスタっていうんだけど……」
「あ……!」
そうしてフードを下ろしながら目の前に現れたのは、もの凄く爽やかな男の人だった。
すっきりと短く切り揃えたアッシュブロンドの髪に、ココア色の落ち着いた瞳。彫りが深くて眉がちょっとだけ太め。伏し目がちの瞳に高い鼻。それに続く薄い唇が笑みを形どると少しだけエクボが出来て、男の人にこう言うのもなんだけど凄く可愛かった。
もの凄く美形ってわけでもない。けれども親しみを感じるような雰囲気を持っている。
おそらくこの人がアズラミカの紹介してくれた人なんだろう。でもまさかこんな素敵な人が相手なんて正直驚きすぎて、思わずジロジロと凝視してしまった。
「……は、初めまして、桃子と申します」
「うん。初めまして。先生に聞いてた通り、とっても可愛い子だね」
可愛い……?! いまとっても可愛いとか言われたよ! 凄いよこれ!
いままで塵虫とか、食材とか、下等生物とか散々な言われようだったのに、ここにきて可愛いという形容詞がきた。
思わずほっぺた抓ったけれど、痛くなくて擽ったかっただけだけど、多分夢じゃなーい!
「え、えと。ど、ども、ありがとうございます」
「そんなに畏まらなくてもいいよ。今日は沢山甘えてくれていいからね?」
「あ、甘えッ??! でも……初対面の人にそんな、あの……」
「ん? ちょっと恥ずかしがり屋さんなのかな? でも大丈夫、帰るまでには絶対仲良しになってみせるからね」
……どうしよう。なんかもの凄く嬉しい。けど恥ずかしくて、目も合わせられなくなってきた。こういう時って何喋ればいいの? これからどうすればいいの?
数ある乙女ゲーとか恋愛小説とか読んできたけど、実戦じゃ全然役に立たないよ?! いつも適当に選択肢選んでたから解らなかったけど、男の人が喜ぶような会話の糸口が掴めない。ネブラスカが持っているハウツー本女版がいますぐ読みたくなってきた。
「……っと。ここじゃ落ち着かないから移動しようか。ちょっと失礼」
「へ?」
いいながらひょいっと抱き上げられる。目と鼻の先にあるのは、ランカスタの爽やかな笑顔。けれどあまりにも近くにありすぎて、ぎょっとしながら体を震わせると彼は眉を少しだけ下げて笑った。
「むさい男に抱っこされても嬉しくないだろうけれど、少しだけ我慢してくれるかな?」
「は、はひ……」
もうだめ。私いまこの瞬間、心臓発作起こして死ぬかも。こんなに至近距離だと、胸のドキドキまで相手に聞こえやしないかと心配になってくる。それに普通だったらこういうデートの場合、手を繋ぐだけで終わりそうなのに抱っこ。
抱っこですよ! 姫だっこではないけれど、男性に抱っこされたのなんて初めてだ。
あーもー、今なら死んでもいいやー。
「モモコちゃんは甘いモノは好きかな?」
「は、はい。大好きです」
「ならよかった。この先に美味しい焼き菓子が置いてあるお店があってね。かなり人気のお店で前から気になってたんだけど、男一人じゃ入りづらくて。モモコちゃんが一緒に来てくれたら嬉しいんだけど、どうかな?」
「あ、はい。わかりました。お供しますよ」
「ありがとう……! ああ、モモコちゃんの分は俺が持つから、遠慮しないで沢山頼んでいいからね」
────いや、待て。死ぬのはまだ早い。いまこそ、この状況を満喫しなくては……!
そうしてキュンキュンしながら、ランカスタの腕に抱っこされつつ、噴水場を後にした。