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3-2:変化

 カルフォビナ城に就職して早四ヶ月。

 勤め初めの一・二ヶ月は毎日ため息を吐くのが日課だった。

 住人に話しかけても基本無視、修理費を請求しても「担当者が来るまで渡せません」と何時間も役員の合間をたらい回しにさせられ、月一回の頻度で行われる定期検診に行けば、必ずといっていいほどに長時間体を弄繰り回される。女王の前までは笑顔で対応してくれていた人も、石碑の間を出た途端に無視されるようなこともあった。当時はそれこそ悲観にくれて、もしかしたら一生こうして無視されるのではと本気でヘコんだ。

 けれど勤めて三ヶ月目に入ると、一部の住人の態度が一変した。もの凄くそわそわとした目をこちらに向けるようになり、挨拶をするとそれなりに会釈をしてくれるようになる。もしかして周囲に認められたのだろうかと甘い期待を抱いたのも多分この頃。

 そして四ヶ月目。

 あまりにも解りやすい形で、この城の住人達はこちらに厚意を示し始めた。

 色とりどりの包装紙とリボンの巻かれたプレゼントボックス。それが所狭しと部屋の前に立ち並ぶ。普段部屋として使っている物置き小屋のような木製の小さな部屋が、一日にしてバニラカラーの明るいお部屋に変わり、布を畳んだだけの質素なベッドは、赤チェックとアイボリーのパッチワークキルトが掛けられた可愛らしいミニベッドに変わった。

 次の日に部屋に帰れば、バスケットカラーのローテーブルと揃いの丸椅子が置いてあり、窓際には蒼緑色の双葉が生えた植木鉢がちょこんと置かれているのである。

 初めはそれこそ舞い上がって馬鹿のように浮かれた。やっと、やっと認められたんだ、と喜んだ。

 けれども日に日にやまないプレゼント、というよりも物による厚意の押し売り。そして鍵が掛かっているにも関わらず、いつの間にか部屋の中に増えていく品々に、段々と嬉しさよりも得体の知れない恐怖が勝ったのも事実。

 そうしてふと我に返ってみれば無視されてきた二ヶ月前の記憶が鮮やかに蘇り、今更ながらに周囲の人々の掌を返したような変わり様に疑問は募っていった。

 しかし何度も何度も己の行いを振り返っては見たものの、やはり不特定多数の住人に認められるような功績や善行を成した記憶はなく……。

 まったく原因を思いつくことが出来なかった私は、結局上司に相談をしたのだ。

 ────女王曰く。


「ありがたく受けておけ。それはぬしの功績じゃからの」

「え? はッ? いいんですか貰って?!」

「いままでぬしがされてきたことを考えれば気分は良くはないだろうが、奴らは恩を仇で返すことはせぬからの。しっかりと絞りつくし、己の身の内に納めておけばよい」


 女王の言い回しは相変わらず何かが引っかかる。その言葉に一度は安堵したものの、やはり良心が邪魔をして素直に頷けなかった。


「なんじゃ不満か? ならば、わらわからも褒美をやろう」

「はッ?! 陛下まで一体どうしたんですか!?」

「別におかしいことではないじゃろう。ぬしの意外な働きにはわらわも感心しておるのじゃ。そうじゃの。この間、体を洗う専用の器が欲しいと言うていたな。花柄のついた白磁の小鉢を買うてやろう」


 普段くだらない質問をすれば速攻で張り倒しに来るあの女王が、もの凄く上機嫌な上に気前がいい。そして質問の合間にも通帳を眺めては、ニッヤァッと笑っている。あの美しい見た目に反して意外にも賭け事が趣味という女王。けれどがめついわけではなく、賭けによって手に入ったお金は貯蓄することなくぱっと振舞うタイプのようだった。賭け事に使用しているお金は、全てポケットマネーだそうだが真相は定かではない。

 しかし意味もなく物を貰うのはなんとなく嫌な予感がしたので、その申し出は丁重に断った。

 そうして疑問をさらに深めつつも、今度はもっと身近で気楽に聞ける人の元へと赴いた。

 ────ネブラスカ曰く。


「お前は知らずともいいのだッ!!」

「え?! な、なんで怒ってるんですか??」

「これが怒らずにいられるか! ……のアレのお陰で私は前以上に被害を被っているのだ! 陛下も何を考えておられるのだ。あんなものが世に出回れば風紀が乱れるというのにッ!」

「アレ?? ってなんですか?」

「だから、お前は知らずともいいのだと言っているだろうが。というか私に聞くな! そこの菓子でも食って外で遊んでいろ!」 


 むんずと掴まれた来客用の菓子と飴を、おもいっきり口に詰め込まされて兵舎から追い出される始末。ふと思い起こせば、その場にいた騎士の視線もかなり生暖かいというか、微妙な感じだったような気がする。例えて言うなら昼間から酒を飲んだようなぽわぽわ~っとした空気。それを蹴散らすようにネブラスカは荒れていた。そして八つ当たりを食らったので早々に退出した。

 けれども疑問は残り、もっともっと身近な人に聞いてみようと最後に戸を叩いた場所で、本来ならばその場に居るはずはない人を発見して驚いた。最初は引き返そうかとも思ったけれども、私が正面きって質問できる人はそんなに残っていなかったので、諦めてソファに体を乗せる。

 ────そして、ある意味で異色の組み合わせであるアズラミカとミラリナ曰く。


「うふふ~。まだ機密事項だから~、モコモコちゃんには教えられないの~」

「ご、ごめんなさい、モモコさん」


 アズラミカにはこれ以上もなく艶のある微笑みを向けられ、そしてミラリナはなぜか真っ赤な顔をして俯いてしまった。

 ミラリナは私の匂いにノックダウンしたあと、それはもうこちらが申し訳なく思うほどに頭を何度も下げて謝罪してくれた。なんでもミラリナの好きな人と私の匂いが酷似しているようで、色々鬱憤が溜まっていたこともあり、我慢が効かなかったとのこと。匂いに影響されたのだから仕方がないし、匂いを消している今では襲われることもない。

 そうして三ヶ月間のうちに徐々に気まずさを解消し、今ではありがたい事にお友達として色々相談出来る仲でもある。その関係に付随して『様』から『さん』への呼び方の移行は結構嬉しいものだった。

 アズラミカのことはまだ少し苦手だけれども、別に嫌がらせをされるでもなく、ただ体を揉まれるだけなので回避できれば特に文句をいうこともない。

 しかし侍女と医者。接点も薄いだろうそんな二人が、いまは揃って気だるげなため息を付き、頬に手を当てている姿というのは一種異様だった。


「お二人とも何かあったんですか?」

「う~? うん~。ちょっとねえ~。あ、そうそう。ミラリナちゃんは最近彼氏が出来たのよ~!」

「え?! ほ、本当ですか!?」

「は、はい。お慕いしていた方と、無事に寄り添うことが出来まして」

「長年の夢が叶ったのよね~」

「わぁ~! 素敵ですねえ! よかったですねえ!!」

「ありがとうございます……!」


 ほんのりと頬を染めて喜ぶ姿は本当に本当に幸せそうで、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう。

こんなに綺麗なミラリナなのだから、恋人も相当な美形なのだろう。アズラミカの複数人いるらしい恋人を見たことがあるけれど、どの人も目にも心にも眩しい男性方だった。それこそこの世界に来た時に出会っていたら、パブロフの犬並みに興奮しながら床をローリングしていたことだろう。

 ……いまは程度をわきまえて壁際に隠れて悶える程度だ。

 けれど複数人の恋人が居ることで色々弊害というのもあるようで、アズラミカはほとぼりが冷めるまで、男子禁制であるこの地下四階の侍女室で寝泊りしているそうな。逆ハーレム運営も結構調整が大変なようである。

 

「でも本当にいいんでしょうかね? こんなに色々してもらって、後で全部返せとか言われたりしたら……」

「そういうのは無いと思うわ~。だって皆ものすっごく満足しているもの~。ね~。ミラリナちゃん」

「わ、私に振らないで下さい」


 頬を真っ赤に染め、目元を極限まで潤ませたミラリナがついに顔を覆ってしまうまでに至り、それ以上は追求することができなかった。しかし今の質問によって、私に関係することで皆の私生活が十分過ぎるほどに潤っているということは解った。

 …………しかし、しかしだ。


「……なんで私には、そういうあれこれやがないんでしょうか……」

「え~と~……。それは~、ねえ~?」

「そ、そうですわね。ええと……」

「そりゃアンタがスライムだからでしょ」

 

 いつからいたのか、どこから来たのか、私の背後にはなぜか嫌味なお犬様がちんまりと両足を付いて座っていた。厨房でしか見かけない、否、見ないだろうと思っていたのに何故ここに!


「ど、どどどどして!」

「こっちに用があったから来ただけ。────つうかさ、アンタ出会いが無いとか、男が寄って来ないとか勘違いしてるんだろうけど、スライムに発情する奴がいるわけ無いから。いたらいたでソレ相当の変態だから。たとえ遊びでもスライムに手を出したなんて周囲に知られたら、一生笑いものにされるっつの。ちょっと考えれば解ることじゃん」


 酷い! いきなりガールズトークに乱入してきたばかりか、なんて酷い事をいうのだ!


「遊び前提なんて解らないじゃないですかッ!」

「怒るトコ間違ってるだろ……。男欲しがる前にそのビミョーな受け答えをどうにかしたら?」


 なぜか首を振りながらやれやれとため息をつくシュトルヒ。猛烈に言い返したいのを押しとどめて、いつものように身構える。嫌味ついでにまたナイフでも投げられたら堪ったもんじゃない。

 けれども奴にしては珍しいことに、こちらを完全にスルーしてアズラミカとミラリナの元へ歩いていった。背中には白いケーキボックスを携え、なぜか尻尾の先が揺れている。

 珍しいこともあるものだ。いつもは下働きに任せて自分では一切配達をしないと聞いていたのに。


「シュトルヒ君~。こんにちは~」

「こんにちは、アズラミカ女医……とミラリナさん」

「はい。シュトルヒさん」


 すいっと目線がミラリナと絡んで外される。ん?? なんだろう。いま微妙に違和感があったような。けれどそれは一瞬のことで、ミラリナは今までと同じく普通に笑っているし、シュトルヒも普通にしている。アズラミカは言わずもがな、だ。 


「あれから体の調子はどう~?」

「問題ありませんよ。たまに目測を誤りますけどね」

「そう~よかったわね~。でも何か不都合なことがあったらいつでも言ってね~」

「多大なお気遣いをドーモ」


 相変わらず嫌味なところは変わらないけれど、他の人と私の前での態度は幾分違うようだ。微妙に含みがあるような気がしないでもないけれど、その言葉の中に斬り付けるような鋭さはない。まあそれはどうでもいいとしても、何故男子禁制のこの場所に、生物学上では一応雄犬のシュトルヒが入ることを許されているのだろうか。それとも魔獣は男として含まれていないのか……。

 疑問に目線をさ迷わせると、ミラリナとシュトルヒが顔を付き合わせて何かを喋っているようだった。シュトルヒから渡されたケーキボックスを受け取り、ミラリナはその中を見て眼を輝かせている。シュトルヒは暫く黙ってそこにいたけれど、二枚の伝票を置くとさっさと立ち去ってしまった。

 私を見る度に嫌味を言って攻撃するシュトルヒにしては珍しい。そうして戸口を眺めていると、ミラリナが突然立ち上がった。


「折角遊びに来てくださったのに申し訳ありません。私この荷物を先輩方にお届けしに行かなくてはならなくなりました」

「え、いますぐですか?」

「はい。日持ちしないお菓子なので、届けるならなるべく早めにとシュトルヒさんに言われたので」

「構わないわ~。こっちは適当にお茶飲んだら出て行くから~、全然気にしなくても大丈夫よ~」

「ありがとうございます。アズラミカさん。モモコさん。また後でゆっくりお話しましょうね」

「あ、はい。引き止めちゃってごめんなさい。行ってらっしゃい、ミラリナさん」


 足早に扉を開けて駆けていくミラリナの背中を見送りながら、私は呆然としてしまう。なんだろう。何かを見落としているような?


「どうしたの~モコモコちゃん」

「あ、いえ。ミラリナさんとシュトルヒさんって、もしかして仲良いんですか?」

「うん~。そうよ~。同じ時期にこの城に配属されたから~、一応同期ってことになるのかしらね~」

「……同期。なるほど。だからミラリナさんに対しては、シュトルヒさんもトゲトゲしてないんですね」


 さっきの違和感の正体がやっと解ってすっきりした心地でいると、アズラミカはふふっと笑ってソファの上で足を組み直した。


「まあそれよりも~。アタシ前からモコモコちゃんに聞きたいことあったの~。聞いてもいい~?」

「はい? なんでしょうか?」

「モコモコちゃんって好きな人いる~?」

「………………はぁ?」


 唐突すぎる質問に困惑しながらアズラミカを見上げると、彼女は眼を爛々と煌かせてこちらを見詰めている。一字一句聞き流さないぞ、というような前のめりな体勢にこちらも引け気味になる。というかそんなこと知ってどうするつもりなんだろう。


「……え、ええと」

「うんうん~?」

「そういう人はいません、よ?」

「ええ~。絶対嘘でしょ~!」

「いや、本当に。こちらに来て関わり合いになった男の人ってそれこそネブラスカ様くらいですし。それにあの人は陛下命だから」


 ネブラスカのことは教官としての三日間の印象が強かった所為か、なんとなく教師に向けるような気持ちがしっくりと来るかもしれない。けれどもアズラミカはまだ納得できないのか、厚めの唇をむにゅっと尖らせて3の字にしている。


「ふぅ~ん? でも恋人は欲しいんでしょ~?」

「あ、アズ先生、いったいどうしたんですか? いきなりそんな事……。それにいたら楽しいだろうな~ってくらいですぐに出来るわけないし、無理矢理に作るものでもないような……」

「甘いッ!!」


 突然びしりと目の前のテーブルを叩かれてビビる。いつもののったりとした雰囲気はどこへやら、まるでカレンにも似たキツい目元にビクっと体が揺れた。しかも普段おっとりとしている分、アズラミカが怒るととても怖い。


「そんなことじゃダメなのよ~。ときめくような恋人が欲しいなら一杯一杯出会いを探さないと~。いつか王子様がとか~ありのままの私を受け入れてくれる人が~、なんて待ちに入ってるのは~、自分が怠け癖なのを誤魔化してるだけの、ただのお馬鹿さんなのよ~!」

「うぐッ!!」


 図星突かれたー! しかも王子様のくだりは、この世界にくる前に実際思っていただけにかなり痛い。


「そのうち斜に構えだして男なんてどうでもいいのとか言ってるうちに~、気がついたらオンナの賞味期限が切れて誰にも相手にされなくなるの~。焦って周りを見渡してみても良い男の隣はすでに誰かに取られちゃってるのよ~! そしてものすご~くオバサンになってから~、あの時一杯男と遊んでればよかったとか~、あのとき自分磨きしてもっと一杯恋愛してればよかった~とか後悔しちゃうようになるの~。そんで自分よりも冴えない感じの子が眼に入るともっとオシャレして恋愛しなさいよ!とか上から目線で言っちゃうの~! こわ~い!!! そんなこと言ってる時点ですでに終わってるのに~!」


 ……なんだろう。この妙に実感のこもったような言葉は……。過去にそんな嫌なことでもあったんだろうかと、おもわず勘ぐってしまいそうになる。 

 

「恋愛は常に争奪戦なのよ~! 花の命は短いのよ~! モコモコちゃんはそんな枯れたオバサンスライムになりたいの~ッ?!」

「そ、そりゃあ勿論、なりたくないですけど! でも……」


 スライムと真剣に付き合ってくれる人なんているのかな。もしもいたとしたら変態とまで言われてしまったのに、わざわざ変態になりたい人なんていな────。


 その時私の頭の中に、ぱっとある人の姿がうつった。


 本当にぱっと、全然この話題に関係ない、むしろ一番遠ざかってる人の姿が。

 ……っていやいや、あれはない。それにあっちだってスライムなんか無理に決まってるし、食材とかきっぱり言われてるし。相変わらず連絡取れないし、何処にいるのかも解んないし。

 いつまで経っても会いに来てくれないし……ッ!!

 なんだか思い出してるうちに胸のあたりがムカムカとしてきた。約束を忘れるような人じゃないだろうけど、四ヶ月だ。四ヶ月も放って置かれた所為かなんか無性に苛々する。そもそも損傷した部分だってちょこっと縫い合わせれば、すぐに戻ってこれるはずじゃないのかと……。

 って違う! 助けてくれた人に対して怒ってどうする……。ああもう!!


「だからね~! モコモコちゃん~!」

「なんですかッ?!」


 こんがらがった思考のままにアズラミカを見上げれば、もの凄く楽しそうな顔。……あれ? 私この顔最近どこかで見たことある。そのときは自分の直属の上司の顔だったような気がするけど不思議だな。顔かたちは全然違うのに、種類というか雰囲気がよく似てるなぁ。


「────お見合いしてみない?」

 

 そして艶やかな唇から放たれたのは、とんでもない一言だった。


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