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3:転がる雪だるま

 小動物のレーザー光線から這々の体で逃げ出した私は、いま生死の境目にいた。雪+傾斜+球体の体は何の障害もなく、雪の斜面を滑っていってしまう。

 小動物の追討ちから逃げ出せたものの、今度はこの体の丸みの所為で、ゲレンデを高速回転しながら滑走しているのである。

 まさか異世界でスキージャンプの世界を体験できるとは……と、呑気に感動に浸っていたのはほんの数十秒の事。

 ごろごろと転がるうちにいつの間にか雪の鎧を全面にくっつけ、巨大な塊と化していた。


「スライムの次は雪だるまか……うふふ、あはは」


 もはや思考も朧げ。丸々と太った雪だるまに変化する前に、遥か遠くに目視した細くよじれた崖の先端。

 そこまで滑走したら、確実に墜落死できるだろう。

 周囲に止められるような障害物など何もなかったし、文字通り手も足も出ない状態で自分で止められる術などない。

 そうして諦めにも近い気持ちを抱きながら、短い異世界生活の中で得た喜びを探す。


「って思い出もくそもなんにもねーわ……ッ!!」


 せいぜいここで得た記憶といえば、やっと異世界に来た感動と、スライムの体に対する失望と、熊五郎と小動物のレーザー光線くらいだ。

 涙が出てくるのを抑えることも出来ず、雪玉と共に転がることしか出来ない。

 ……ああ、回転がきつくなってきた。すごく気分が悪い。


「フッフフ……さよなら異世界」


 そして感じる浮遊感。及び急激直下による重力を体全体に感じながら私は宙を舞い、雪玉と共に華々しく散ったのだった。



 桃子が諦めの境地で三途の川を渡ろうとしていた頃。

 その遥か離れた石造りの城の中で、銀のフレームメガネを押し上げながら書面を見つめる男が居た。もしも桃子がこの場所にいたのならば狂喜乱舞して「待ってたこんなクール系メガネ美人!」と叫んでいたであろう。

 銀髪碧眼の、彫刻のように整った美貌を持つ男だ。

 壁もカーテンも、暗灰色で纏められた重厚な雰囲気漂う執務室の中、ローズグレイの布張りの椅子に座った彼は、曇り一つ無い艶やかな机の上に乱暴に書類を投げやった。


「どういうことだ。魔物の全体輸出量が減っているではないか」

「申し訳ありません。時節柄なのかどの魔物も冬ごもりの傾向にありまして……」

「そんなのは理由にもならん。さっさと人間界の墓でも荒らしてグールなりスケルトンなりかき集めてくれば良いだろうが。こんな量では先方が納得せん!」


 怒鳴られた痩せぎすの男は、額の汗を拭きながら平伏すのみ。その態度にますます彼は眉根を釣り上げ、書面を男に投げつけた。


「今すぐにでも魔物をかき集めろ。稀少な魔物ならばもっと買値を吊り上げてやる」

「は、はい」


 痩せぎすの男は、己の顔が映り込むほどにしっかりと磨きこまれた石床の上で苦悶に呻く。薄い胸の上から胃のあたりを摩り、しかし書面をすぐに拾い上げ、彼から逃げるように立ち去った。

 だがその姿を見て、彼はますます苛立ちに顔を歪めて立ち上がり、椅子を蹴り上げる。


「畜生ッ!」

  

 頭を片手で掻き毟りながら今度は机を蹴り上げた。

 その強力な力によって、重厚な机をあっさりと半壊させた彼は、荒い息をつきながら、怜悧な顔にそぐわない獰猛な光を眼に宿した。


「こんな回りくどいことをせずとも、魔王様が早く帰城なさってくれれば……」


 荒々しい気配を周囲にまき散らしながら、彼は部屋の中の物をのべつ幕無しに叩きつける。

 磨きこまれたランプブラックの机や、丁寧に螺鈿模様が彫刻された椅子。それらが無惨にも破壊されていく。繊細な模様を施された蒼い壺は、ガシャンと音を立ててその欠片を周囲に飛散させた。

 そうして目に付く物をあらかた破壊し終えると、彼はやっと苛立ちを抑えて鼻を鳴らした。


「居るか、バーガンディ!」

「はい。宰相閣下。ここに御りますよ」


 虚空の中から黒い波紋を広げながら呑気な顔をして姿を見せた男、バーガンディは宰相の荒らした部屋を眺めてほうと息を付く。


「また派手におやりになりましたね。修繕費は宰相閣下御自身に……」

「構わん! そんなことよりもお前に命じた任務はどうなっている!」


 ガンッと最後に残っていた椅子を蹴り上げて壊し、宰相は眉尻を釣り上げてバーガンディの額に光線を命中させる。

 強力な光線はバーガンディの頭を打ち抜くかに見えた。

 しかしバーガンディの体には一切の傷なく、痛がる素振りも見せず、衝撃の所為で乱れた髪の毛を手ぐしで直していた。


「やめてくださいよ。これでも三十分かけてセットしてる髪型なんですから」

「色気付く前にさっさと任務を果たさんか!!」


 激情の後、再度宰相はバーガンディの体を目掛け連続で光線を放つ。すべて急所を狙ったそれを難なくかわし、バーガンディはため息を付くと両手を上げて降参した。


「止めてください、閣下。あーもうせっかく水銀蝶の羽で作ったマントがボロボロじゃないですか」

「うるさい! そんなもの魔王様が戻ればいくらでも!」

「そもそも、魔王様。本当に帰ってくるんですか?」


 バーガンディはさして興味も無さそうに、耳をほじくりながら呆れたように宰相を見る。宰相はその目線に押し黙るとぐっと掌を握り締め唇を噛んだ。


「来る。魔王様は約束は守って下さる方だ」

「とか言って、かれこれ一万年も待っているのに一向に帰って来やしないじゃないですか」


 バーガンディの指摘に、宰相はその美しい顔を崩し、獣のような咆哮を上げて怒鳴りつけた。


「うるさい! さっさとお探ししてこんか!!!」


 癇癪を起こして再び部屋を破壊し始めた宰相に、バーガンディは呆れて半眼になる。しかし己の任務を思い出し、魔王探索の為にその足を元きた虚空へと向けた。


 ある日突然、『この生活に疲れた』と言って一万年前にこの世界を出ていった魔王陛下。いまでも思い出せるその悄然とした姿、そしてその背中に追いすがった宰相閣下。


「あんな状態で出て行った魔王様が今更帰ってくると思ってんのかね」


 バーガンディは悔しげに顔を顰める宰相を思い出し、苦笑するしかなかったのだった。

サブタイトルがもう思いつかない

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