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3-1:遅れてきた男

 タンクルルを連れて歩いてすでに四ヶ月。

 バーガンディは、ピーチスライムが見つからないことにかなり焦っていた。その特殊な形体と芳香から誰かに見つかれば即食べられてしまうという可能性。もしも食べられてしまえば己の目的は達成できず、バーガンディは一生を宰相補佐兼お守役として終える羽目になる。一万年にも長きに渡るその苦行を、それこそ延々と送らされるのだ。

 苛立ちまぎれに氷を噛み砕き、光線を無数に投げて殺そうとし、癇癪を起こしてバーガンディに八つ当たりする、あの宰相の元で。


「地獄だ……」


 お先真っ暗な未来を想像して蒼白になったバーガンディは、その災厄から逃れるため、そして己の思い描く薔薇色の未来の為に必死になった。今更危機感を覚えたとしてもすでに遅いのだが、束縛からの解放を諦めることはできなかった。

 バーガンディには物心付いた時から、ある一つの夢があった。

 それはいま付き合っている彼女達を集めて、自宅にハーレムを作ること。

 宰相が聞いたのなら眉根を寄せて盛大に罵られるであろう猥雑な夢ではあるが、バーガンディは真剣だった。

 バーガンディは女性が好きだ。側にいるだけで安心し、触れるだけで天上に昇るような気持ちにさせられる。どの女性も個性があって可愛らしく、バーガンディの心を揺さぶってならない。

 我侭をいわれるのも好きだった。際限なく甘えられるのも好きだった。子供のように窘められ叱られるのも好きで、相手が求めるならば時に鬼畜に、時に下僕のように跪くことすら出来る。恋に臆病な女性を綻ばせ、恋に巧みな女性をさらに艶やかに咲かせることに幸せを感じる。他愛のない会話や、駆け引きに興じるのも楽しくて仕方がない。

 世界中の女性、全てと関わりを持ちたいと真顔で言うほどの変態である。

 しかしそう出来るほどの容姿も、地位も、財産も備わっているために始末に負えなかった。

 バーガンディはそうした明るい未来を勝ち取るために、一刻も早くピーチスライムを見つけなければならない。

 捜索数はすでに百回。魔王捜索の時に比べればどうということはない数字だと、バーガンディは沈みそうになる意思を奮い起こす。

 そして結晶石の洞窟に入り込んだとき、瞳を赤く光らせたタンクルルを見て、バーガンディは歓喜による叫びを上げた。


「や、やった……ッ!!」


 後はスライムを見つけるだけ。バーガンディはタンクルルの入った籠を下に置き、捕獲のための準備を始めた。間違って己が食べてしまわないように用心の為にガスマスクにも似た特殊仕様のマスクを付け、逃げられないように捕獲用投網をしっかりと装備する。


「ハァハァ……! ピーチスライム様! どこですかー!」


 傍目から見れば完全に変質者でしかないが、誰もいないのだしこの際構っていられないとばかりに、バーガンディは羞恥を心の隅に追いやった。そして入り口から入念に、結晶石の間を覗き込みながら進む。


「ハァハァ……ハァハァ……」


 静かな洞窟の中に荒い呼吸音が響き渡る。それはバーガンディの聴覚を刺激し、なんともいえない複雑な思いにさせる。通気性が悪いのかたまに口の端からピー、プーと音が抜けるのが耳障りであった。わずかではあるが密閉された空間では無駄に響くのである。

 

「ハァハァ……」


 しかしなかなか見つからない。隙間を良く見渡すために結晶石を倒してみるも、軟体生物の物陰一つなかった。水銀蝶がひらひらと目の前を飛び回る。その美しさにも見とれる暇なく、掌で適当に避けて進む。


「…………」


 息が苦しくなってきたところで、バーガンディは無表情のままにマスクを取り去った。完全に素の状態に戻ったバーガンディはがっくりと蹲る。もしも付き合っている彼女たちに見られれば、確実に幻滅されるだろうその姿。それを客観的に想像した結果でもある。


「僕は何をやっているんだろうか……」


 あまりの情けなさにマスクを床に投げ捨てたとき、背後で何か生物の荒い息が聞こえた。苦しそうな、何かを押し殺すような声。もしやピーチスライムが倒れているのか。

 焦ったバーガンディはすぐさまマスクを装着すると、その岩の陰を覗き込む。


「大丈夫ですか! ピーチスライムさ……」


 しかしそこにいたのはバーガンディの望む姿ではなく、むしろ苦手な者の姿であった。

 洞窟の壁と結晶石の間で蹲り、腹を抑えて苦しげに口元を抑える男。茶色の少し癖のある髪に、濃い紫から薄い紫へと濃淡が美しい透き通った瞳。体つきは青年というよりはまだ少年に近く、甘さのある柔和な顔立ちは年上の女性から受ける顔である。

 黙っていれば美少年。だがその内面を知っているバーガンディからしていえば、憎たらしいとしか思えない人物が転がっていた。


「クロード……。なんでお前がここにいるんだ……」

「オレが先にここにいたんだっつのっ! なのに気が付きもしねーで、いきなり奇行をおっぱじめやがって…! 笑い死にさせる気かよッ!? しかもあんたの今のツラ……ッッ!! アハハハハ……ッ!」


 いいながら先ほどの光景でも思い出したのか、クロードは腹を抱えてよじれ転げている。バーガンディはいままでの奇行を見られていた羞恥と怒りに、白い肌を真っ赤に染めてクロードに吠えた。


「居たなら声くらい掛ければいいだろう!!」

「ばっかだなぁ。こんな面白そうなの、オレが止めるわけねーじゃん」

 

 ひときしり笑い転げたクロードは、笑いによって生じた涙を拭きながら蝙蝠の羽をゆさりと震わす。尖った耳を覆い隠すように巻き角を生やし、蝙蝠の羽と尻尾を持つ有翼亜人。バーガンディと似て非なる趣味をもつ男だ。


「つうかよ、そんなけったいな格好までして何してんの?」

「今更聞かないでくれないか。僕はねえ、これでも重要な任務をね……」

「嘘付けよ。年がら年中、女のケツしか追っかけてねえ癖に」

「それはお互い様だろうがッ! いや、ともかく。クロードには関係ない」


 バーガンディは苛立つ気持ちを隠すことなく吐き捨てる。するとクロードはその柔和な顔をわずかに酷薄そうに歪め、しかしバーガンディが気が付く前にさっと笑みを浮べた。


「あっそ。そういやあんたまだアクセル様のとこにいんのか?」

「逃げ出せるものならそうしたいけれどね。お前も宰相の側にいてみろ。本気で気が触れるよ。早く役目を終えて彼女達と戯れたいものだ……」

「ほー」


 クロードが呆れた声を上げたことも無視し、バーガンディは夢想する。この洞窟にいるのが各地に居る恋人達であればどんなにいいだろう。その溢れる魅力と美しさ、そして素晴らしさを思い起こしバーガンディは笑みを馳せる。

 そんなふうにぽやんと頭に花を咲かせたバーガンディを、クロードは白けた顔で眺め、暫らく何事かを考える素振りを見せた。

 しかしタンクルルの鳴声を聞いた途端に二人は我に返り、バーガンディは取り繕うようにマスクに付いた埃を振り払った。


「とにかく、この任務が終われば僕は役目からも、こんな場所からもおさらばできるんだ。邪魔なんかしないでくれよ」

「へーへー。べっつに、邪魔はしねえよ」


 そうして狭間を開けて飛び去っていくバーガンディを見つめながら、クロードは一人ごちる。


「……ピーチスライム、ねえ。邪魔はしねえけど、多少引っかき回すくらいは許されるよなぁ」


 バーガンディの首元につけられた紅い眼の宝石を思い出しながら、クロードはニヤリと口の端を上げると翼を広げて洞窟から飛び去った。



「……うーん、まずかったかな」

 

 狭間の中を駆け抜けながらバーガンディは眉根を寄せて唸っていた。他者に奇行を見られたこともだが、あの場でピーチスライムのことを口に出してしまったこともだ。あんなことを聞けばクロードは確実に介入してくるだろう。

 しかももっとも最悪な形で。


「宰相に言うか。ああ、でもなぁ」


 言わずとも解る。そんなことをすれば確実に怒り狂い、バーガンディに苛立ちをぶつけるだろう。そして言われるであろう罵倒の言葉は「余計なことを増やしやがって」だ。

 クロードはなぜか、バーガンディや宰相に干渉したがる。何かを嗅ぎつけるとその翼をはためかせながらやってきて、先を付いて悪巧みし、必ずといっていいほどに迷惑を掛けるのだ。

 己が楽しければそれでいい。それに関して周囲がどんなに迷惑を被ろうと知った事ではない。そういう横暴な考え方を持っている。そしてまた厄介なことに己が蔑ろにされたり、除け者にされるのが我慢ならない性質であり……。バーガンディにとってはとても扱い辛い『お子様』だった。


「ああ、面倒くさい」


 ぼそっと一言放ち、蒼い光の灯る通路の脇に体を落ち着けた。どうすれば宰相の怒りを買わずに、かつ己に矛先を向けずに事を運べるか。そしてクロードの件も片付けるか。冷静に考えたいというのに、タンクルルが暴れてとても煩い。


「まったく。クロードといい宰相といい。お前まで僕に反抗するつもりなのか?」


 どうせ連れ歩くのならば、雌にすればよかったとひとりごち。しかし布を開けた瞬間、赤く光った目元を見てバーガンディははっと周囲を見回した。

 思えば外ばかり探すことに集中して、一度も捜索していなかった狭間の中。バーガンディにとってここは、それこそ単なる通用口としての役目しかなかった。だがもしもピーチスライムが狭間を渡れるならここを通るはず。

 いつにない初歩的なミスに自嘲しながらも、先程よりも慎重に捕獲の準備を進めた。

 マスクを深く被り、音を出さぬように足を運ぶ。近づくに連れて赤い光を増すタンクルルの目が揺らめき、完全に攻撃態勢に入ったのを見てバーガンディは籠に布を下ろして視界を遮断させる。

 目の前にある黒い物体は、どうみてもスライムの体型とは違う。丸い頭の上に二つの耳、なだらかな腹を見せた胴体には丸太のような太い四肢がつく。全体的にぷくぷくとしているが、スライムには四肢はない。そして近づくに連れて徐々に姿を表した物体に、バーガンディは奇妙な眼を向けた。


「どうしてこんなものがここに……?」


 薄暗い狭間の通路の中央で、まるで人を待つかのように熊の縫いぐるみがちょこんと鎮座していたのだった。


新章開始。今回は一章のように他視点入り交じりになります。

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