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2-6:女王陛下のお願い


 ネブラスカと共にぐったりしながら書斎のテーブルに寝そべる。医療施設でのタイムロスを詰めるために、講義の速度は二割増になり、時間ギリギリまで粘って頭の中に知識を詰め込むだけ詰め込んだ。

 とはいえ期限の三日を使いきって吸収できた知識は五分の二程度。小間使いとしてのどの程度まで自分が仕上がっているのかいまいち実感が湧かない。あとは女王の評価次第なのだろう。


「しっかりするのだ下等生物」


 突っ伏していた顔を無理やり引き上げられ、ジョウロのようなものを口の中にツッコまれる。それを抗議もせずに無言で吸い込んだ。中身はただの水だ。アズラミカに言われた通り一日で消費した水分を補うように、両手の塞がっている私の為にネブラスカの手ずから飲ませられている。

 そうすることで疲労が回復していくのだから便利といえば便利なのだろうけれど、やはり気分的には複雑だ。外観はまん丸なスライムですけれどね。中身はちゃんとした人間なので、美味しいご飯やらを食べて、せめて五時間ほどはしっかり眠って心身ともに回復したいものです。

 というか、思い起こせばこの世界に来て食べたものっていったら、魔物の生き血とかいうマニアックなものしか……。うう、思い出してもの凄く凹んだ。


「む。そろそろ支度をせねばならんな」


 ネブラスカは時計の文字盤を眺めるとジョウロを放り出し、チェストに向いながらああでもないこうでもないと服を体に合わせ始めた。

 まるでデートにでも行くようなその姿を横目で見ながらも、口をはさむこと無く礼の練習をする。バランス感覚が掴めてきたのか、転がることも少なくなった。あとは本番で土下座にならないことを祈るばかりである。


「よし! 行くぞ下等生物」

「え。あ、はい!」


 先程着ていたものと寸分違わず同じ服に身を包み、戸口に立つネブラスカを見て慌てて本を閉じて付いていく。行儀が悪いけれど、暗記用に書き記しておいたメモを読みながらである。最後の悪足掻きだけれども、やらないよりはマシだ。幸いネブラスカはこちらをちらりと眺めただけで何も言ってこなかった。


「下等生物。いやモコモコといったか。私からの最後の講義だ」

「はい。なんでしょうか?」

「上手くやろうとはするな。これまで覚えたことを淡々と、かつ丁寧にこなすのだぞ。不意の事態が起こっても焦ることなく冷静に対処するように。そうすれば失態は少なくなる筈だ」

「……はい!」

「それと最後に一つ。これは忠告だが……」


 ネブラスカはそう言いながら、何故か言い淀んでしまった。躊躇うようなその仕草を見ながらじっと言葉を待っていると、ため息を付きながら額に谷を刻んで言った。


「誰彼構わず懐くのではないぞ」

「は? なんでですか?」


 ネブラスカはこちらを見ることはない。ただ口元を覆い隠しながら口早にいう。


「……それくらいは自分で考えるのだ」


 言われながら体を押され、先に追いやられる。目の前にあるのは昨日見た蛇腹式のエレベーター。ネブラスカが円柱を回して押し込むと、徐々に加速しながら階層を下がり落ちていく。意外にも降下速度は早い。体が浮かないように側にあった手すりにすがり付いて体勢を保った。

 その間ネブラスカは始終無言。しかもしかめっ面をして一切こちらを見ない。そんな姿を不思議に思いつつも、私はあることに気がつき声を掛けた。


「あの、ネブラスカ様」

「なんだ? また質問なのか?」

「いえ。あの、ありがとうございました!」


 今のいままでネブラスカにちゃんとお礼を言っていなかったことを思い出したのだ。色々と言いたいことは他にもあるけれど、まずはお礼だろう。


「は? 何に礼を言っているのだ?」


 けれどネブラスカの目はこれ以上もなく嫌なモノを見るような目付きだった。何もしていないのにそんな不審な目を向けないで頂きたい。


「この三日間色々とお世話になりましたし、脱水で倒れた私を医療施設に連れて行ってくれたりしたじゃないですか。そのお陰でいまこうしていられるわけですから。だから、諸々を含めたお礼です」

「ふん。それならば当然だろう。お前に死なれては私の野望が達成できなくなるのだからな。少しでも有り難いと思うのなら、陛下の前で失態を晒さぬよう気を付けるのだ」

「……あ、はは…。精一杯頑張ります」


 もっともな事を言われてしまえば頷くしかない。ネブラスカだけでなく、私の今後の処遇も決まってくるわけなのだし。水を飲みまくって体もすっきりもしたし、やれることはやらないと。

 

「ああ、それとですね」

「……まだ何かあるのか?」

「そんなに怖い顔しないで下さい。これで最後ですから」

「なんなのだ。早く言うのだ」

「私の名前はモコモコじゃないです。桃子です」


 虚を突かれたような表情の後に、もの凄く罰の悪そうなネブラスカの顔。結構見ものだと思ったけれど、あまり凝視するようなことはしなかった。ネブラスカは暫くそのまま唸っていたけれど、もの凄く小さな声で「…すまん」と呟いたのだった。

 

 

 ネブラスカの後に続き女王の居る石碑の間に入る。三日前にも見た甲冑を着た騎士達とこれまで一度も見かけなかった侍女達、そしておそらく上階層の役人らしき人物がずらりと立ち並んでいた。およそ三十余名。その一糸乱れぬ姿と立ち居振る舞いを見て圧巻されてしまう。

 女王はそんな異様な雰囲気の中にあって、一切を気にすることもなく静かに書類に眼を通している。


「陛下。警備隊隊長ネブラスカ、並び陛下付き小間使い……モモコ。両名が参じました」

「うむ」


 側に立つ執事のような羊顔の男性が声高に告げる。するとようやく女王はこちらを振り向いて、何故か眼を見開くとにやりと笑った。


「ほう。幾分面構えがまともになったのうモモコ。ネブラスカ。この三日にして良く教育したようじゃの」

「は! 陛下直々にこのような任を賜り、ありがたく存じます」

「ふふ、ぬしの努力をひとまずは褒めて遣わそう。────モモコ」

「はい。陛下」


 女王に呼ばれてこれまでネブラスカに教わったようにきちんと手を組んでお辞儀をする。

 転ばずにできたことにほっとして、私は女王の姿を見上げた。挨拶は笑顔が基本だ。こちらに集中する矢のような視線を感じながらもしっかりと眼を見て微笑む。すると女王はニンマリと顎に手をやり、小さな声を立てて笑った。


「うむ。では早速仕事に取り掛かってもらうぞえ」

「お待ちください陛下。この者はいま…」

「────ネブラスカ」


 ぴりりとした冷気が場を覆う。声色一つで変わったその雰囲気に呑まれそうになる。女王の貫禄。まさにそれを肌で感じながら、思わずピンと体を伸ばした。


「わらわの側においで」

「へ、陛下……っ!?」

「わらわの傍らで己が育てた者の行く先をしかと見届けるのじゃ」


 美しい眼で見つめられ艶のある仕草で顎に手をかけられる。ネブラスカはうるうるした瞳のままにふらりと女王に身を寄せ、完全に陥落した。

 ………あらためて思うけど女王のネブラスカへの影響力は半端ない。そしてネブラスカの女王に寄せる愛情度も相当なものだ。

 臣下一同から鋭い視線が向けられているのに、奴はとろんとした眼で女王の手の内でごろんごろん転がされているのだ。女王しか完全に眼に入っていない。威厳台無しなその様に、部下らしき騎士達が生ぬるい眼を向けているにも関わらずである。

 とりあえずネブラスカのことは幸せ状態だから置いておくとして、問題は私がなにを任されるかだ。スライムという体型だから姿勢を正すことなんかしても、やっぱりそうは見えないけれど、周囲の視線が再びこちらに向けられてもビビらないようにぐっと体に力を込める。


「ではモモコ。小間使いとしての最初の仕事じゃ。地下4階にいる侍女頭にこの書類を渡し、荷を持ってまいれ」

「はい」


 ネブラスカの予想が早くも外れた。けれど慌てていることを表に出さないように恭しく書類を受け取る。四階の何処だろう。書斎に行くまでだって結構部屋数あったしなぁ…。


「それから厨房にいる料理長に荷を渡し、レブラ産のシャンパンと黒チーズを持ってくるのじゃ」

「畏まりました」

「ひとまずは以上じゃ。ぬしはここに来て日も浅い。道が解らぬようならばそこの者らに聞くと良い」

「はい。ご配慮いただきありがとうございます」


 た、助かった……。心の底から女王に礼を取りながら執事らしき人に部屋順を聞き、石碑の間を静々と出て行く。正直どう見られているのかわからないけれど、あの視線の中出てくるのはかなり疲れを感じる。けれどこれはまだまだ序の口なのだろう。この城で働くならいずれ慣れなくちゃいけないこと。

 折れそうになる気持ちに気合を入れるためにべちっと両頬を叩いた。


「よし!」


 そうして元来た道を戻りながら、私はまったく考えていなかった。

 あんな大きな竜の女王が飲むボトル。それをどうやって一人で持ち帰るのかを。

  

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