2:異世界散策
日も傾いて夕焼けに染まった森の中。
ある程度散策も終了し、私はとりあえず食料らしきものの確保に成功した。
入手したのは毒々しい蒼紫色のイボイボマンゴーもどきと、真っ赤に黒い斑点のついた明らかに毒キノコ風情のキノコ。
異世界ならではの配色に、正直これは口にしてもいいものなのかとかなり迷った。けれど、リスと鳥が混じったような小動物らしきものが胃の中に収めているのを見て、とりあえず一緒に持ってきたバックの中に入れておく。
もしも空腹を感じたら、かなり嫌だけどこれを食べよう。
そう思いながら散策の途中で見つけた木の上の部分に、私と荷物が入りそうな洞を見つけ、中に手を伸ばした。
「うーん。腕が伸びるのって結構気持ち悪いんだなぁ」
みょみょみょーんと長く伸びたクリアピンクの腕を駆使し、荷物と共に洞の中に引き上がる。勿論、相棒も一緒だ。
漂流した人がヤシの実に名前をつけて孤独を濁すような行為をまさか自分がするとは思わなかったが、私はこれから長い付き合いになるであろうその熊にしっかりと名前をつけた。
「よし! お前の名前は熊五郎だ」
ネーミングセンス皆無。見たまんまの名前だが、日本的な情緒溢れる名前に安心する。
私は熊五郎を体に抱きしめ、洞の中で一休みした。
せっかく異世界に来たというのに、何か思惑とはかなり違ったことになっていることに若干涙が出たが、とりあえずこの世界に来られたことに感謝する。
希望を言えば天蓋ベットつきのお姫様待遇で、メイドさんとお風呂で「や、やめてください! 自分で洗えますからぁ~!」ってキャッキャウフフな展開を楽しみにしていたわけだけれども……。
「……ぐすっ……明日はもっと遠くまで散策してみよう……」
己の妄想に激しく泣けてきた。こんなスライム形態になってさえ疲れたり眠気もある。熊五郎を抱き締めながら私は一人、埃臭い木の洞の中で、寂しげにぷるんと体を揺らしたのだった。
そうして翌朝。
一面銀世界の中に私は何故か一人で転がっていた。
「あれ?」
洞の中で寝ていたのにいつの間に地面に落っこちたのか、疑問に体を震わせながらも私は腕を伸ばして洞の縁に飛びついた。
熊五郎をそのまま置いていくのは無理だし、あちらから持ち込んだ荷物も持っていかなくてはいけない。そう思ったのに何故かその洞から手が払われる。
「ん?」
よくよく見ればそこにはあのリスで鳥な小動物の姿。昨日毒々しい果実やキノコを食べていたあれである。
小動物はキシャーっと奇声を上げると私に向かって食べ終わったらしい果実の種を投げつける。
しかし軟体な体にはダメージにもならず、ぷよんと体から弾き返され、その場にぽとりと落ちた。
「あちゃー……。もしかしてあそこあの子らの住処だったのか」
種をぶつけられたことよりも、眠ったまま洞から蹴り出されても起きなかった己に呆れが生じる。
それでもせめて熊五郎と荷物だけは取り戻したい。しかし小動物は私の手をべしべし長い尻尾で払い、尖った歯をむき出しにしてがぶりと噛み付く。
「いっ!……あれ? 痛くない」
しかしダメージにはならずに牙は私の手を通りぬけ、あろうことか体の中に取り込まれていた。
「ギャーーーーーーッ!!!」
「うわ! ちょっとまさか」
体の中に取り込まれた小動物はみるみるうちに私の胎内で溶けていく。その姿にぎょっとして手を払い、小動物を胎内から解放した。
「も、もしかして私の体ってこうやってご飯食べるわけ!?」
もしもあのまま小動物を放っておいたら、生きたまま私の胎内で溶けるというかなりグロテスクな姿が見れただろう。想像にぞっとして、溶けて毛の無くなった体を必死に舐めている小動物に謝ることしかできない。
「ご、ごめんね! 食べる気は全然なかったんだよ!? 本当だよ!」
謝るも小動物の警戒心はますます膨れ上がったのか、私を見るとギーッと一際大きな声で鳴き、なんと仲間を呼び寄せた。
総勢三十数にもなる小動物の群れは一斉に目を紅く光らせ、牙を向きこちらに飛びかかってくる。慌てて体を揺らし、上部にある木の枝をたぐり寄せて乗り上がる。
先程まで私がいた雪の上には、一斉に小動物の群れが覆いかぶさり、肉団子のようにギイギイと声を上げていた。
もしもあと一瞬でも遅かったら、真正面から攻撃を受けていただろう。それに冷や汗を掻きつつ、樹の枝の上から遠くにある洞を見つめる。
荷物を取り返したいけれど、今の状況では無理だろう。
こうして回避している合間にも、小動物の目は爛々と紅く光り、こちらに攻撃を見定めている。
「げっ!!!」
そして次の瞬間、驚くことに小動物はその目に力を込め始め、赤い閃光を放った。己のすぐ横にレーザービームのような光が走り、体のすぐ横の枝部分がぽきりと切れ落ち、こんがりと焼け焦げていく。
流石にこの状況に恐怖を感じ、私は一目散にその場から逃げ出した。
「ごめん。ごめんね熊五郎!!!」
折角出来た相棒を置いていくなんて心苦しく思う。
けれども小動物は、私に考える隙すらも与えてくれない。
いつか必ず迎えに行くからと訳の分からない切迫感に駆られながら、赤い光から逃れる為に私は必死で木々に腕を伸ばしすしかなかったのだった。