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2-2:新人と指導教官と

 女王の瞳にうっとりとして囚われていたペンギンは、暫くして惚けていた口元をさっと直すと黒い目をこちらに向けた。

 まるで品定めするような目線は心地の良いものではない。けれど逸らすことも出来ずにじっとしていると、やがてペンギンはため息を付きながら口を開いた。


「……謹んで拝命致します。心身共に鍛え上げ、しっかりとお側付きを勤められるよう教育致しましょうぞ」

 

 そうして恭しく礼を取るペンギンを見て、女王は楽しげに声を立てて笑うと、私を転がしていた手を止める。


「核を傷付けねば、三日はどのように扱っても良い。ただしそれはわらわの所有物じゃ。食らうことは許さぬ。騎士等もそれは心得、各部署へ伝達するようにの」

「は!」


 女王の言葉によって直立不動だった騎士達は、統率の取れた動きで礼を取り、石の間を出て行った。あの黄色い目はこちらに向けられることはなかったけれど、なんとなく雰囲気で困惑しているというのがわかる。

 それに女王の含みのある言い方に少しだけ違和感を覚えてならない。雇用された時の条件が条件だったから、これからの処遇に対して文句は言えないだろうけれど…。

 そうして気がつけば石の間に残されたのは女王と私と、もの凄く機嫌の良さげなペンギンだけだった。

 ペンギンは仕切りに左カールを撫で付け、女王に上目遣いを送っている。完全に媚びているのが傍目にも解っていたけれど、女王が何か言うこともない。

 個人的には他人の恋愛模様を見るのは好きだけれど、竜とペンギンという一種相容れない、アレでソレな関係に足を突っ込んだら………なんとなく厄介なことになりそうで気が引けた。

 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやら、という言葉もあることだし。

 うん。今回は口を挟まず傍観しよう。そうしよう。


「それで陛下。もしも命を達成できたら、私めと…!!」

「……考えてはやる。モモコ、この城で警備担当をしておるネブラスカじゃ。三日の間だが、しっかりと指導してもらうのじゃぞ」

「は、はい…」


 女王に声を掛けれた途端、ペンギンの目線がチクチク肌に刺さるような感じがして、なんとも居心地の悪さを感じながら頷くと、女王は笑みを馳せながら私の頭を撫でさする。

 もしかして女王、わざとやってるんじゃなかろうか…。もしもこの瞬間、視線に攻撃力があったのなら、私の体はズタズタなのではと思うくらいに鋭さを増している。


「では陛下。三日後に…」


 暇の言葉に対し女王が緩慢な仕草で手をやると、ペンギンことネブラスカは嬉々として礼を取り、私の体を摘まみ上げて床に引きずった。かなりの悪意がこもっている気がしないでもない。


「言い忘れていたがのう、モモコ」

「はい?」

「期間中、このもしゃもしゃは預かっておくぞえ」


 大きな銀色の爪の先に小さなピンク色の米粒。しかしよくよく目を凝らしてみればそこにあるのは、兎のストラップ。

 いつの間に取られたのだろう。慌てて手を伸ばそうとするけれど、その手が届く前にネブラスカによって振り払われた。

 どうしよう、熊五郎からの預かり物なのに…。女王が兎を無下に扱うようなことは多分ないと思うけれど、その鋭利な爪先で揺らされているのを見てちょっとだけ心配になった。

 揺らされている兎はといえば、あれほど俊敏な動作をしていたのに、いまでは電池が切れたように垂れ下がったままだ。

 一体どうしたんだろう…。けれど心配している合間にも歩を進めるネブラスカを引き留めることも出来ず、離れて小さくなっていく兎を見ていることしかできない。

 そのうちにかなり距離が離れてしまい、中の様子も見えなくなる。

 …あの兎の状態が何故か気に掛かった。

 けれどネブラスカの存在を思い出して、私は気持ちを必死で切り替える。これから三日間はお世話になる人なのだし、何か粗相があってはいけない。最初なのだしきちんと挨拶をしなくてはと私は意欲を奮い立たせる。


「あの、ネブラスカさ────」


 しかし声を掛けた瞬間、────私はその場に転がされ放置された。

 何が起こったのか解らず見上げると、ネブラスカはこちらに目もくれず一人で歩いていってしまう。それを見て慌てて体を跳ね上げて前進させる。けれど二足歩行のペンギンと、体重移動で前に向かっている私との速度は容易に縮まることはない。

 ポムポムと跳ね上がる体と、揺れる視界が邪魔してなんとも歩きづらいのだ。


「あ、あの! ちょっと待って…くださ……」


 情けないけれど声を上げると、ネブラスカはこちらに振り返り、先程の比ではない冷淡な視線を向けてきた。

 そして黄色い嘴をぱかりと大きく開けると、すうっと息を吸い込んで高速開閉した。


「どういう手を使ったのか知らんが、下等指定生物の分際で陛下のお側に侍る権利を得るなどなんという業腹。そして美しい女王の手の内で転がされ、ムニムニとされなんと羨ましくも憎たらしいことを! このやろう変われこのやろう。陛下はお前のような矮小な生物にも、平等の愛を与える心優しき御方だということは重々理解しているが、何 故 に お 前 な の だ 。私だって手の内で転がされたい…! そして思う様に陛下の暖かな手に包まれて眠りたい…! それなのに何故にお前が陛下のお手の中に鎮座しているのだ。まっっっっったく持って忌々しい!! ピンク色でちょっとばかり珍しいからといっていい気になるなよ! お前など陛下の交配相手にすらならない雌なのだからな! 私はお前が陛下に従事している間にも着々と競争相手を突き落とし、いずれ王配として召し上げられ、手の内でごろんごろん転がされる予定なのだからな! 羨ましかろう。溜まらぬだろう。お前など所詮陛下の小間使いでしかないのだから、この機会に十分に身の程をわきまえて猛省しろ!」


 黒い瞳をカッと見開きながら、まったく息継ぎなしに言われた言葉。一つづつ反芻したかったけれど、途中から「うらやましいんじゃボォケが!」という言葉が脳内で一括直訳された。

 ……うん。すごいなこのペンギン。普通いわないようなことをすっぱりくっきりと言われて唖然とする。というかあまりにも内容が欲望まみれで驚いた。

 ある意味で、私と似ているところがあるような気が……しないでもない。

 一通り罵声を放って満足したのか、ネブラスカはすっきりした顔を取ると、視線をこちらにくれることもなく尖った口先だけを横に向けた。


「さっさと歩け下等生物。指示されぬと動けぬ幼児でもあるまい」


 その鋭い口先を見つめながら、何故かどっと疲れを感じた。ついでに言えばこのまま付いて行っていいのか不安になってくる。

 しかし躊躇する間にも、黒い水掻きの付いた足を大理石の通路にリズミカルに打ちつけて歩くネブラスカを見て、置いていかれないように体を跳ね上げて前進した。ネブラスカはその間も一切こちらも見ること無く、階段を登っていく。

 あらかた不満を行ったからか、口笛まで吹いて機嫌はかなり良さ気である。

 ………………まああれだけ言えば、すっきりするよねー……。

 面と向かって文句を言われたらいつもはヘコむけれど、内容がアレなので精神的ダメージは少ない。ある意味で清々しい人なのかなぁと感じながら暫く黙って付いて行くと、ネブラスカからふいにこちらを振り向いた。また口撃されるのかとおもわず身構える。

 

「下等生物」

「は、はい…」

「この城についてお前が知っているのはどの程度なのだ」


 城についての知識? 突然の問いかけに戸惑いながらも考える。とはいえ名前くらいしか知らないような。そんな程度の知識でもいいのかと不安に思いながらも、目先で促されて口を開く。


「えっと、カルフォビナという城の名前しか知りません」


 その瞬間、ネブラスカの軽快だった足音が止み、何故か信じられない物を見るような目を向けられた。


「………なん…だと…」

「あのう…?」


 ブルブルと震えるネブラスカは、その黒い両の手をぐっと握りしめた。

 ま、まさかまた口撃を受けるのか?! それとも普通の攻撃?!

 口腕を突き出して慌てて身構えると、ネブラスカはその手を振り上げ────ることはなく、さっと両頬に当てて、それはそれは嬉しそうに呟いた。


「………そうか、これは試練なのだな! 陛下は私の愛を試されているのだな!」

「………はい?」


 頬を紅潮させながらくねり捻るその姿は一種異様。なんとなく近づくのも躊躇われてそっと距離を取る。なんだろうペンギンなんだけど、見た目は可愛いんだけど…………気味が悪い。

 するとネブラスカは腰を振りながら更に体をくねらせ、胸に手を当て右手を掲げた。

 スポットライトを浴びた舞台役者のようなその仕草に、ツッコミを入れることもできずただ見送ることしかできない。

 

「ならば私は陛下への愛を証明してみせよう! この下等生物を立派な小間使いとして仕立て上げようではないか!」


 クワッっと声を鳴らしたネブラスカを見ながら、正直ドン引いてしまった。

 あ、愛が暴走過ぎる。私からしても、ただ厄介ごとを押し付けられたとしか思えないというのに…。


「下等生物!! 私の野望を達成する為に、その矮小な脳にみっちりと知識を叩き込んでやるから覚悟しろ!」

「は、はあ…」

「覇気のない返事をするな!! もう一度!!」

「はいぃ!!!」


 楽しげに鳴くネブラスカの後に続きながら、私はもう無心で体を前進させることに集中した。

 …うん。三日だ。三日だけだからどうにかして頑張ろう。そう思いながら。


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