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番外:四月馬鹿に見る夢

「さあ、僕のお姫様。こっちにおいで」


 超絶美形(多分)な彼が笑顔を振りまきながらこちらを振り返る。

 その笑み一つで空に飛び交う蝶や鳥を、瞬殺できそうなほどにスンバらしい笑顔。

 金の髪に青い目、白磁の肌に白を貴重とした王子様風の衣装。

 勿論空気を読んでかぼちゃパンツなんか穿いてない。

 彼のさらっさらの髪が風に靡き、日の光を浴びて天使の輪を作り出す。

 神々しいまでのその姿に、レースのハンカチで涎を抑えつつ駆け寄った。


「殿下ったらッ! お姫様だなんて、私をおからかいにならないで!」


 いやむしろからかって!

 そんな内心の気持ちの動きを感じ取ってか、彼は美しい笑みを形取り、指毛もささくれも無い美しい手を差し出す。

 きっちりと着込んだ袖の縁から見える、手首の括れ具合がまたたまらんです。


「からかっているわけじゃない。君の瞳に僕は囚われて動けない。まさに愛の奴隷。君の香りが、君の存在が僕の気持ちを離さない」

「殿下……」

「もう君無しでは生きていけないんだ。……もしも、君が僕の手を取ってくれるというのなら、僕は君を生涯愛し続けることを誓おう」


 飾りすぎて臭すぎる台詞も、彼に発せられることによってまるで詩の様に胸のうちに入っていく。

 ああ、私ってば愛されているのね。愛され主人公だったのね。

 いままでの出来事は全部夢。本当のポストは弄られでなく、愛されだったのね!

 完璧に恋という甘い熱に酔いながら、彼の手を取りうっとりと寄り添う。

 最高です。異世界ってこんなに素敵なところだったんですね。


「ああ、君はなんていい香りがするんだ。本能を揺さぶられるようなこの甘い誘惑……理性が吹き飛んでしまいそうだ」

「で、殿下ったら、そんなに顔を埋められたら恥ずかしいですわ……!」

「ふふ、こんなことくらいで? 可愛いね」

 

 そういって彼は私をさらに抱きこみ、首元に熱い吐息が掛かる。

 おっふうう!! くすぐったい! でもこんな場面で噴き出したら、折角の雰囲気が壊れちゃう。

 くすぐったさと笑いを必死で我慢しながら、彼の胴に縋りつく。

 するとその瞬間爽やかな香りが私の鼻に触れる。そう、例えるならマスカットのような……。

 電車にいるおっさんから漂う古い油のような加齢臭じゃない。

 彼の体臭はどこまでも華麗臭だった。


「殿下こそいい香りですわ……」

「ふふ。可愛い人。さあ、もっと僕の香りに溺れておくれ」 

 

 彼はそのまま、体をがっちりと固定した。

 い、いでで! そんなに強く抱き締められたら内臓出ちゃう! もっとソ・フ・トに!

 うっとりとして見上げた先にある彼の顔。なんて素晴らしい顔かたち、そして声。

 近づく顔にそっと目を伏せる。これからめくるめく十五禁の夜が始まるのね……。

 ……興奮しすぎて鼻血出そう。


「桃子、君を愛しているよ。もしも許してくれるのなら、君のその柔らかな体に触れさせておくれ。そして……」

「……そして?」


 しかし彼がその言葉の続きを発しようとした途端、晴れた空が曇り初め、雷の音が雰囲気を乱す。

 小鳥のさえずりから鴉のけたたましい声にBGMが変わり、美しい花々が一瞬にして彼岸花に早変わりする。

 蜜を吸う蝶はドドメ色した蛾に変わり、その蛾を鴉が美味しそうに摘んでいた。

 その光景に震えて思わず彼にすがりつく。


「どうしたのそんなに震えて」

「え、えと。なんか雰囲気が違うというか。ファンシーから一転、完全オカルト展開というか……」

「ふふ、些細なことだよ。気にしないでいい」

「でも」


 言いかけた途端、彼の顔からぼろりと何かが剥がれ落ちた。

 それは美しい彼の顔の────皮。

 肩口に落ちたセロファンみたいに薄いそれが風に揺れて落ちたのを眺めながら、私は必死で上を見ないように更に彼を抱き締める。

 これは夢なんだ。夢だから違うのだ。今見たものは、ただの幻。


「どうしたの? なにか怖いことでもあったの?」

「いいえ! べ、別になにも」

「じゃあこちらを見て、僕にその愛らしい目を見せて桃子」

「感激に溺れて、顔面涙でぐちゃぐちゃなので無理です!」

「そんなことは気にしないよ」

 

 美しい手が顎に触れ、そっと優しい仕草で上に向けられる。

 その手がするりと頬を撫で、目蓋を撫でる。


「僕と目を合わせて桃子」

「殿下」

「ほら何も怖くない」


 そうして優しく促されそっと目を向けると、目の前にあったのは半分剥がれた彼の美しい顔。

 しかしその反面には真っ黒な────あの時対峙した魔物ノックスの顔が存在していた。


「怖がることなど何もないんだ。僕の身の中に入ることで、僕と君の愛は永遠になる。さあ桃子! 僕のお口に飛・び・込・ん・でッ!!」


 真っ青な口の中。そこにあるのは大量の────。



「みぎゃあああああああああーーーー!!!」

「煩い!!!!」


 スコーンと小気味いい衝撃の後、一気に覚醒する。

 慌てて周囲を見れば目の前にあるのは石碑の間。そして超凶悪な私の上司様。

 

「ぬしの寝言は煩すぎるぞえ! 耳の穴が破けるかと思うたわ!」

「す、すみません。そして起こしてくれて本当に有難うございます。感謝感激雨あられです! 良かった夢で! 現実万歳! 現実が一番無難で最高です!」


 一気にまくし立てながら、恐怖を拭うために目の前にあった水路の中に飛び込む。

 怖かった。どんな罰ゲームだよ、マジありえない。も、ほんとアホかと。


「お、おい。ぬし、気は確かかえ?」

「大丈夫です。もの凄く正常です。どんなに環境が四面楚歌でもバリバリ働けます」「四面草花? それは新種か? 何を言っているのじゃ?」

「私はいつでも元気です! 粉骨砕身の覚悟で御仕えいたします!」

「……ぬし寝ぼけておるな。もうよいわ」


 竜は水の中にいる私を鋭利な爪で摘むと手の中で転がす。その間も私の体は夢の所為で無意識に震えていたのだけれど、優しく揺らされる間になんとか落ち着いてきた。


「まったく、夢でうなされるにせよ、もう少し静かにできんのかえ? いいかえ、小間使いの心得というのは、まず第一に主を立て……」


 ああ、良かった夢で。

 大体スライムがドレス着て王子様とフォーリンラブとか、傍目コントでしかないもんなー。人間分相応が一番だよ。うん。


「聞いて居るのかえ、モモコ!」


 というか夢くらいは普通に見させてくれてもいいんじゃないのかな。

 あーもう只でさえストレス溜め込んでるっていうのに、眠りでまで弄られて精神的に不安定になるわ。

 それでなくともこの世界には癒し空間が一つもないというのに。


「モモコ!」

「は? ……あ、ごめんなさい。今なんて言いました?」

「ぬしという奴は……」


 再び開始された説教は心地よく、退屈なヒーリングBGMとなっていた。

 それを聴きながら、再び猛烈な睡魔に襲われる。なまじ良い声なものだから余計に眠気が増していった。

 側にこんなに強い上司が居るんだから、今度は怖い夢も見ないだろう。

 そんな風に完全に寝ぼけまくって。


 次に起きたとき思い切り怒鳴られ、往復ビンタ+アイアンクローという制裁を受ける羽目になるとは一つも考えもせず。

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