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13:就職先決定?

※残酷な描写有り。

 美しい蒼色の竜だった。岩など軽く噛み砕きそうな銀色の鋭い牙。見る角度によって色を変える宝石のような光沢の鱗。耳には魚の尾ひれのようなものが生え、薄い蒼色から濃い蒼色へと綺麗なグラデーションになっている。

 何よりも驚くのはその体の大きさだろう。まるで山だ。

 想像でしか存在しないと思っていた竜。それが目の前にあることに感動して惚けていると、蒼い竜は頭を垂れて私の瞳を覗きこんだ。

 もの凄く綺麗な、深い海の瞳。中心には星のような不思議な形の瞳孔があり、目蓋が閉じられるたびに瞬いて色を変えた。神秘的なその瞳に一切の濁りはなく、銀色の額飾りと目の縁に飾られた紫の石が蒼をより惹き立たせてる。


「わらわに見惚れるのは構わんが、挨拶さえ無しなのかえ」

「え?!」

「挨拶じゃ。地上に住む下等生物は、礼儀も弁えぬほど知能が欠けたのかえ?」


 鋭い口の間から発せられた鈴のような美しい声、そして流暢に放たれた叱責の言葉に戦きつつも頭を下げる。


「は、初めまして。桃子と申します」

「なんじゃ下等生物の癖に名まで与えられているとは、奴らもなんとも無駄なことをするものだの」

「あのー……」

「わらわの言葉を遮るでない」


 ピシャリと撥ね付けられて反射的に体を動かし後退る。ふと石の床を見ると、先程までいたところに鋭い爪痕がついていた。もしもこの攻撃が当たっていたら真っ二つ。

 いや、意識なく事切れていたかもしれない。

 その想像にぞっとして体を震わせ、慎重に距離を取った。


「しかし上層階の奴らもついに万策尽きたと見える。差し出すものがピーチスライム一匹とはの。まあぬしもわらわに食らわれるだけ有り難いと思うのじゃぞ」


 食われる。その言葉を聞いた途端に肌が粟立つような気配があった。しかし竜は台座から一歩も動く気配もない。ただその目線ひとつだけで、こちらの体の動きを封じ込めているような。


 ────そうだ。あの地下通路で感じた威圧感そっくりの……。


 けれどその内に体が引っ張られる感覚があった。ずりずりと、意志すら関係なく石床の上を引きずられて行く。

 行きたくないのに竜の体がどんどん迫ってくる。徐々に近づく体、青色の口の奥にある銀色の鋭い牙の先。熱い息を体に掛けられ、体を太い青色の舌でべろりと舐め上げられる。

 おぞましいまでの嫌悪感。滴り落ちる大量の涎が体に掛けられ、美しい牙が頭の上に狙いを定めた。


「わ、私は貴方に食べられるためにここに来たわけではありませんッ!!」


 抵抗したいのに腕一つ動かすことができない。そのうちにぐっと牙がスライムの皮膚を突き破る。まだ痛みはないけれど、体の中に牙が入っていることに心が壊れそうなほどの恐怖を感じた。


「わぁ、私は! こ、ここを紹介されて……ひっ!!」


 コツリと体の奥にある何かに牙が触れる。

 怖い。怖い。怖い。なんでこんな目ばっかり合わなくちゃいけないんだろう。

 逃げることはそんなにいけないんだろうか、それともこちらに来た代償がこの姿であり、食われるという運命なんだろうか。

 だとしたらあんまりだ。


「私は、この世界で生きるためにここに来たんです!!!」


 そう必死で叫んだ途端、兎がくるりと踊りでて、竜の牙に手を掛けた。

 竜から比べればまるで米粒程しか無い小さな体なのに、その手だけで動きを封じ込める。

 助けられている。その事に一抹の安心を感じたけれど、一向に体から牙は抜かれることなく突き刺さったままだ。


 そうして長い長い時が流れた。

 実際はそんなに経っていないのだろうだけれど、体にぴちゃりと定期的に涎が掛かる度、いますぐにでも抑えられていない下顎を閉じられてしまうのではないか、そんな恐怖が胸のうちに渦巻き、かなり長い時間に感じられた。

 けれどももう暫くして、すっと引き抜かれていく牙の感触があった。

 こちらに向けられていた威圧感は急激に弱まり、体の拘束が解かれていく。

 そのことに安堵しながらも、体の震えは一向に収まることはない。食われかけていた。いや、実際兎がいなければ完全に食われていた。その事実と恐怖がせり上がり強烈なまでの吐き気を覚える。

 食べられなかったとはいえ、精神に与えられたダメージは半端じゃない。竜はそんなこちらの様子など一切関せず、口の端をべろりと舐め上げ目を細めている。


「随分と粋のいい下等生物じゃの。わらわの力を数秒とはいえ押し止めるなどとは」


 それは実際に私がしたわけじゃなくて兎がしたこと。けれどもう喋る気力もなくて目を伏せることしか出来なかった。


「生きるためにここに来たという。ならばぬしはわらわに何を欲す」

「…………?」

「惚けるでない。なんぞ目的があってここに来たのだろう。大方上層階に住む亜人を蹴落としに来たのじゃろうが。ぬしが求めるものはなんぞ? 追随をゆるさぬほどの膨大な力か、それとも他者を破滅へ葬るほどの美貌かえ?」


 何を言ってるのか解らずにぼんやりと竜の瞳を眺めた。考えなくては。冷静な部分ではそう思えるのに、先程の恐怖の方が優っていて思考が纏まってくれない。

 

「……え、えと」

「なんじゃ。だらだらと喋るでない。さっさと申せ。早く答えなければ今度こそ食い殺すぞ」

「ッ!!」


 早く考えなくちゃ。でも何を願えばいいのかわからない。

 膨大な力を貰う? 美貌を貰う? でもそんなの貰っても上手く使える自信が無い。

 いや、そもそもここに来たのはそういう物を貰う為じゃなくて……そうだ! あれだよ!

 

「はよう言わんかッ!!」

「し!! 就職先を探しに来ましたーー!!」


 何を望めばいいのか、何を選びとればいいのか。それ以前にこの魔界での知識も常識も何もない状態では、一体何が最善なのかがわからない。だから熊五郎の提案に従って、生活できる場所を確保するためにここまで来たのだ。

 そうしてやっと答えられたものの、竜の剣幕に耐えきれずに涙と鼻水を大量に漏らす。竜はこちらを見て大きく目を見開くと、呆れたようにため息をついた。


「ここまで来てわらわに望むは職、とはのう。ぬしは相当の馬鹿と見える……」

 

 ……それは自分でも重々理解しております。

 額を押さえて首を振る竜を見上げながら私はブルブルと震える。

 やっぱり食べられるしかないんだろうか……。

 そう思いかけた時、竜は嘆息を付きながら石の台座に体をゆったりと預け、煙管のようなものを口に咥えた。


「これまで色々な者らを見てきたが、ここまで扱いに困った者は初めてじゃ。ぬしもこの程度のことで簡単に泣くでない。どんなにみっともない様か解っておるのかえ?」

「ず、ずびばせん……」

「ぬしのような塵虫なぞ食うたら胃焼けを起こしそうじゃ。食わぬから、その汚物をさっさと拭け」


 腹の部分を摩りながら竜は嫌そうに紫煙を吐き出す。私はそれを見つめながらずずっと鼻水を啜って涙を拭いた。

 本当は今すぐにでも逃げ出したい。まだ完全に恐怖を拭えたわけじゃないけど、いま聞かないといけない気がする。それにここを出たところで、話を聞いてくれる人がいるとも限らない。


「あ、あの……」

「言い淀むでない。意思をはっきり伝えたいのなら明確に言葉を発せ。卑屈な塵虫如きに、わらわの美しい耳を傾ける気にもなれんの」


 スッパーっと勢い良く煙をこちらに吐き出す竜。恐怖と煙を我慢して、緊張に噤みそうになる口を必死で動かした。


「さ、さっきは混乱してて、ちゃんと言えなかったんですけど、ここにはある人の紹介で来たんです」

「……紹介? こんな場所に追いやるとはそやつもかなりの鬼畜じゃの。────ん? いや待て、ぬしはそやつの証を持っておるかえ?」


 証、と問われれば思い至るのは一つしかない。私はまた頭の上でくるくると廻っている兎を示しながら、竜に少しだけ近づいた。


「この兎のストラップなんですけど」

「な、なんじゃ! この愛らしい生き物は!!」

「え? いや生き物じゃなくてですね」

「ふしゃふしゃのふわふわではないか!」


 竜は目を輝かせそれをじっと見つめている。よっぽど可愛いもの好きなのだろうか、横に体をずらすと大きな目が一緒についてきた。鍵が入ってなければ上げてもいいんだけど。……いや、いまはそういう事ではなくて。


「あの、兎はこの際置いておいて、ですね。このお腹にある鍵穴のやつなんですけれど……」

「腹についている鍵穴? 小さすぎてよく見えんの」


 ずいっと近づいた鼻先にビビリつつ、大人しくその場に留まる。すると竜は目をこれ以上もなく細めて兎の腹を眺め、────瞬時にして瞳に先程よりも強い光を乗せた。


「……ぬし。何故でそれを手に入れたのかえ?」

「えと、ここを紹介してくれたその知り合いから、お守りとして預かったもので」

「……正気か……? いやしかし……」


 竜はその鍵穴を見た途端、何か険しい顔をしてぶつぶつと何事かをつぶやき、私のことなど見向きもしない。あらぬところに視線をやったまま、微動だにしない竜が心配になって手を振り翳すと、やっと竜はこちらを見てくれた。


「ぬしは、そやつとどういう関係じゃ?」


 熊五郎との関係。出逢ってまだ数十日、突然現れて色々助けてくれた。

 けれど熊五郎の本名やどういう役職についていたのか、ほとんど解らないことに気付く。知っていることといえば、この世界に昔住んでいて色々な苦労をして疲れて世界を飛び出した、ということくらいだ。


「ええと。一応……」

「一応?」

「あ、相棒です。とはいっても私迷惑ばっかりかけて、助けられちゃってて、正直お荷物になってるんですけどね……」

「ほう。では質問を変えよう。ぬしはそやつが好きか?」


 好きか嫌いか。その二択で言えば、おそらく好きだ。あの顔と声を聞いてると落ち着くし和む。それにあちらから一緒に来た唯一の仲間。そう思うと余計に大事な存在に思えてくる。

 けれどそれがどういう分類なのかはわからない。友達というにはちょっとおかしいような気もするし……。


「どうじゃ?」

「えと。……好き、ですね」

「……首皮一枚で繋がったのう」


 竜は何故か居心地悪そうに顎を擦りながら苦く唸る。その言葉の意味が良く解らなかったけれど、竜はこちらを見て美しい瞳を閃かせると、煙管を口の端に咥えたままに、ニイと口の端を上げた。 


「まあいい。モモコというたか……。それでぬしはそやつに言われるままに職を探すのかえ?」

「いいえ。初めはそういうつもりはなかったんですけど、実際住人に襲われたり、魔物に食われかけたりして……私にはこの世界は生き難いと……」

「ほう?」

「……この世界で生きていけるだけの知識と、生きていけるだけの立場が欲しいから、就職をしたいのです」

「食材如きが立場や常識など得てどうするのじゃ。意思など聞かれることなく食われるだけの運命だというのに」


 解ってるんだ。そんなこと。ここに来るまで……、いや今だって散々突きつけられた事実だ。


「私にこの世界のことを教えてください。お願いします!!」


 スライムだけど、食材だけど。もう解りきっているけど、まだ動いてないから、自分の意志で欲しいものを見つけていないから、それまでは足掻いていたい。

 竜はそんな私を見て何故か笑う。それはそれは楽しそうに。


「そこまで言うのならばいいじゃろう。だが義務を果たさずに何もかも教えてもらえるとは思うなえ? どのように扱われても文句を言うことも許さぬ。よいな?」

「……はい」

「では現時点を持って、モモコはわらわの小間使いじゃ。きりきりと働くが良いぞ」


 そうして竜は美しい瞳をきらりと瞬かせて、私の頭を煙管でスコンと小気味良く叩いたのだった。

 熊五郎。就職出来たよ。

 けど超怖い上司が出来たようー……。

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