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12:謎の地下通路

『何かあったら俺を呼べ』

 そんな格好いい台詞を最後に、熊五郎に送って貰ったワープホールの中。

 閉じてしまったそこをちらりと眺めながら、やっぱり少しだけ心細くなっていた。相変らず緑色の液体は私の体の中をぐるぐる廻っている所為か、気持ちは不安定だし、薄暗いワープホールの中は結構怖い。

 怖さを紛らわすために持って来たカエルのストラップをプピッ、ゲコッと鳴らしながら移動する。

 あちらから持って来た荷物は、持っていたら不便だろうから全部熊五郎に預けた。スライムである私が着替えなんぞ持っていても意味が無いし、携帯は電源が入らず使い物にならなかったのだ。

 結局木の洞から持ち出せたのは、熊五郎から渡された鍵の入った兎とカエルストラップのみ。

 そうして暫らくプピッゲコッと鳴らして遊んでいると、気持ちが落ち付いてきて、仄暗いホールの中を見渡すくらいの余裕が出てくる。

 蒼白い灯りはどういう原理でできているのか、燃料無しにぽっと息を吐くように揺らめいていた。

 でもこの世界に来たときよりも感動とかはあまり感じない。これからの事に対する事、そしてこの世界で無事に生きていけるのか、そういう不安の方が大きい。

 

 バラバラに粉砕した十年間の幻想への痛手も結構なものだけど。


 ゲコッとカエルの両脇を潰しながら、そうぼんやりと考えていたら、突然足元が無くなった。


「おふう!!」


 ワープホールの出口の部分。足場が無いことに気がつかずに落下してしまい、しこたま頭をぶつける。一瞬意識を飛ばし、慌てて上を見ると、ワープホールはすでに完全に閉じられていた。

 気持ちを準備する暇もなく落とされた通路の中で、恐る恐る手を伸ばす。すると人工的に作られたのだろうか、石材のごつごつとした断面が肌に触れた。そこには綺麗な細工が施されているようだったけれど、残念ながら手元が暗いので文字を読むことは出来ない。

 地下通路というだけには勿体無いような大きな通路だ。

 ……むしろ何か目的を持って作られたような彫刻の形を指で辿り、緊張感を解すために片手でプコゲコとカエルを鳴らす。

 正直かなり怖い。その文様の彫られた場所だけ、なにか違和感があった。よく解らないけれど体に圧迫感と異様な息苦しさを感じる。

 ────まるで、誰かに見張られているような……。

 震える体を誤魔化すように、熊五郎が渡してくれたお守りを握り締める。見た目はただの兎のストラップだけれど、お守りと思うだけで心が落ち着く。

 浅く深呼吸を繰り返し、少し落ち着いたところで音を立てないように先へと進んだ。


 そうして歩き進めるうちに次第に見えてきたのは二手に分かれた通路。

 あの格闘コマンドのような通路順を思い出し、右左と進みながら、詰まりそうになる息を無理矢理に吐き出す。

 日本では夜中でも煌々と街灯が点いていたから気が付かなかった。

 灯りがないことがどんなに怖いことか。月明かりも星空もない通路では、まさに一寸先は闇。

 この暗い通路を通る内に、大分目は慣れてきたけれど、今度は何もない所から化け物が襲い掛かってくるんじゃないか、その先にまた魔物がいるんじゃないだろうか。

 普段だったら絶対考えないような、怖い妄想ばかりが思い浮かんでしまう。

 それでも必死に腕を遠くまで伸ばして何もないことを確認し、のろのろと体を進めた。

 けれど行けども行けども出口は見えてこない。


「……うう。く」


 まごろう、と続けてしまいそうになって慌てて口を押さえる。

 ……アホか私は……。怪我した熊五郎をこんなに早く呼んでどうするんだ!

 べしりと頬を叩いて、意識を取り戻す。


「お、お守りがあるから大丈夫。あんな大きくて頑丈な鍵がお守りに入っちゃってるんだからね!」


 ……まったくどういう作用をするのかわからないけど。

 大丈夫。大丈夫。そうして自分に言い聞かせながら通路を進み、はたと気が付く。


 ────────これ何番目の通路だっけ。


 だらだらと冷や汗が出てくる。右左右左、うん。四つ完了。後は上下左右上だよ。そうそう。でもなんで道が三つもあるのかな? 見間違いかな?

 光も差さない薄暗い通路の中に現れた三つの通路。通路の入口は目のような形の彫刻が刻まれている。その真ん中を通ればいいということなのだろうか。

 でも本当にそうなのか自分では判断がつけられない。下手に進んで間違いだった場合、どんなことが起きるのか想像もつかない。

 それにこの場所は真っ暗なものだから、一人ぼっちだと余計に怖くて、長居すること自体が苦痛だった。


「こ、こういう時こそアレだよ! うん。お守り!」


 思い切って兎のストラップことお守りをそっと地面に置く。けれど怖くて首から下げられたチェーンを握っていると、兎はひょいと起き上がりその小さな手足を一生懸命に動かし、まっすぐに歩いていった。

 のったりとした単調なその動きだけれど、やはり方向は真ん中の通路を示している。


「なんだやっぱり真ん中……」


 しかしほっとしたのもつかの間。兎は突然道の前でピタリと止まり、足や腕をぐるぐると回す。そして足にぐぐっと力を込め────次の瞬間。ヒュンッと空を切りながら、一気に上昇し天井目掛けて飛び抜けた。


「ひょえぇぇぇえええーー!!?!」


 びっくらこいた。こんな小さな体のどこにそんな力がと驚愕する暇も与えられずに、小さな兎は私を引っ付けたままに上空に進み、くるくると廻っている。

 上に上、更に上を目指し、高速回転しながら進む。

 もう下を見れる余裕もなくて、必死に振り落とされないように細いチェーンから手を伸ばしてしがみ付くことしかできない。


「い、いぎができな……」


 あまりにも早く廻りながら上がる所為で気分は悪くなるし、なんかもう視界までもぐるぐると廻っている。

 そんなこちらのことなどお構いなしに、兎はさらに速度を増し空を切る。ついで現れた分岐も下左右、さらに上と移動し、私をしこたま通路にぶつけまくった上に────急停止しやがった。


「ぎゃふッ!!!」


 反動で思い切り石の壁に叩きつけられて目を回す。痛くはなかったけど目の前に一瞬だけ星が現れたような気がした。

 グラグラ揺れる頭と視界を振って見上げると、お守りは役目を終えたかのように、その場に落ちて静かになる。


「うう、目が回る……」


 あの俊敏な動きが嘘のように、兎は地面に伏してまったく動かない。お守りというにはかなり危険な類のような気がしたけど、熊五郎に貰った手前置いていくわけにもいかない。腕を伸ばして本当に動かないか確認してから、そっと拾い上げる。

 すると兎はこちらの警戒心も他所に、チェーンをくるくると振り回しながら愉しそうに手のひらの上で踊り始めた。


「……随分陽気なお守りだなぁ。けど、ありがとう」


 人間の姿だったら確実に全身複雑骨折で死んでたけどな……。

 すると兎は更に機嫌を良くしたようにくるくると踊り、腹にある鍵穴の部分を叩く。


「…………喜びの舞?」


 心強い暴走兎、もといお守りをなんとなく手に持つのは気が引けて、頭の上に乗っけて移動する。兎は私のことを振り回しながらも、しっかりと出口まで案内してくれたようだ。

 僅かに灯りの洩れてきている方に視線を向けると、扉の縁から煌々と光が漏れてこちらを照らす。

 

「あれが出口かな……」


 超特急でついてしまったからいまいち実感が湧かない。金属で作られた格子戸を眺めながら、そろそろとドアノブに手を伸ばす。

 けれど鍵を掛けられているのかそこは開かなかった。

 何度もノブを回すもやはり扉は閉じられたまま、このまま通路に立っているわけにもいかずにどうしたものかと途方に暮れかける。

 すると兎は頭の上からくるりと降り立ち、その扉をノックした。途端、あっさりと扉の鍵は外され、ドアノブの部分が金音を立てて崩れ落ちる。

 呆気に取られているこちらのことなどお構い無しに、兎は頭の上によじ登りくるくると廻りだした。


「う、うーん。まあいいか」


 考えても解らないことはとりあえず後に回す。熊五郎が戻ってきたときにでも聞こう。そうして開け放たれた扉を潜り、目の前にある景色に大きく口を開けて呆然とした。

 私の目の前にあったのは────。


「……嘘でしょ……」


 幾重にも立ち並ぶ、まるで墓標のような石碑の山。その頂きにある石の台座の上には、美しい蒼色の竜が大きな体をゆったりと凭れさせ、こちらを静かに見つめていた。

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