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11:意気消沈

「熊五郎……ごめんね」

「いや。たいしたことは無い。そんなに心配するな桃子」


 理性を乱して怒り狂ってボロ泣きし、完全に異世界への幻想を打ち砕かれていた私は、熊五郎の損傷に気づく余裕もなかった。

 私が食べられている間もなんとか助けようとしてくれた熊五郎。

 体を拭っていてくれた反対側の腕はぼろぼろに千切れ、耳の部分からフェルトの目の部分にかけて黒く焼け焦げていた。熊五郎はぬいぐるみだけれど痛覚はあるようで、その痛みを必死に抑えて私が落ち着くまでずっと待っていてくれたのだ。

 それなのに自分だけ悲壮感に浸って、泣いていたのが恥ずかしい。熊五郎が呻いてぽふんと雪の中に倒れなければ、絶対に気が付かなかっただろう。

 ……だって基本顔がシュールなもんだから。

 それから私は慌てて洞の中から荷物を取り出し、持って来た着替えを切り裂いて熊五郎の損傷した腕を布でぐるぐる巻きにして固定した。

 しかし巻いた後で全然治療にすらなってないと気が付く。せめて裁縫セットくらい持ってくれば良かったと今更ながらに後悔する。

 

「ごめんね。ろくな治療もできなくて……」

「平気だ。ほらあまり泣くな。これ以上水分が無くなると死ぬぞ」

「ずびッ……う、うん」


 魔物の血を吸って小山程度に膨れ上がっていた体は、あれからずっと泣いていた所為で再び元の大きさくらいに戻っていた。

 体の中に残っていた血はそのまま私の体の中に養分として残り、まだぐるぐると巡っているのが見える。正直かなり、気持ち悪いけれど、もう仕方がないと諦めていた。


「やっぱり縫い糸でちゃんと繋ぎ合わさないと駄目だよね」

「まあな。新しい体があればそこに入ることも出来るが」

「新しい体って、ぬいぐるみならなんでもいいの?」


 確か携帯のストラップにちっちゃい兎がついてたような気がしたけれど、私は一瞬躊躇してしまった。だって兎にしてしまったら熊五郎って呼びづらい。

 ……というのはただの建前で、本当はこのヒラメ顔に愛着が湧きすぎてしまって、いまではこの姿でないと嫌だなと感じているのもある。

 勿論、ただの我侭でしかないので、携帯のストラップを急いで外して差し出す。

 けれど、熊五郎はなぜか受け取ってはくれなかった。


「どうしたの?」

「熊のつぎは兎…………ハァ……」


 何故か溜息を付かれ、兎のストラップはぽよんと足元に投げつけられる。


「無理」

「え?! な、なんで怒ってるの? 兎嫌だったとか? あ! ならこっちにあるカエルとか?」


 体の両脇を押すと腹が飛び出て、ゲコッと音の鳴るゴム製のカエルストラップ。お腹の感触が気持よくて付けていたものを手渡せば、熊五郎はそれを見るなり盛大に眉を顰めた。

 

「論外」


 熊五郎は更に不機嫌になって、ぺちぺちとリズミカルに私の頭を叩く。痛くないから別に構わないけれど、さっきの大人な対応を見ていたから違和感がある。

 ……怒り方が意外に子供っぽいんだな、熊五郎……。まあ人のこと言えないけどさー。

 とりあえず熊五郎のぺちぺち攻撃を黙って受け、機嫌を直しては貰えた。

 けれど、今度は唸るような声を発しながら、熊五郎は再びため息を付いた。


「せめて状況を把握してからと思ったが、この体では流石に無理がある。とりあえず俺は一旦体を修復してこようと思う」

「えと。裁縫なら私できるよ? 針と糸があればだけど」

「厚意だけ受け取っておく。どちらにせよ一度……」


 言い澱んだ熊五郎に目先で促すと、熊五郎はぐりぐりとこめかみを揉んで低く唸る。


「約束と違うと怒られそうだが。こんな状態では桃子に仕事先を見つけてやれることも出来なくなってしまった。すまない」

「え?! いいよそんな。今はそんなこと言ってる場合じゃないんだし」


 こんなときまで就職先の心配をしてくれている熊五郎に、逆にこちらの方が慌ててしまう。けれど熊五郎は納得いかないのか、更にこめかみを揉んで僅かに溜息を付く。


「だが別の手段を考えた。少し反則的だが、まあ問題ないだろう」


 熊五郎は体の脇に小さなワープホールを作り、腕を差し入れて何かを取り出そうとしている。ガサゴソモニュっと変な音がした後、そこから大きな大きな鍵を取り出した。

 そこらに生えている木よりも巨大な金色の鍵。

 呆気に取られている私にも構わず、熊五郎はそれに息を吹きかける。すると鍵は瞬時に杖ほどの長さに変わり、その場で金属音を立てながら高速回転し始めた。


「そのまま一人で行かせてもいいんだが、俺が居た時と現在ではおそらく状況も違うだろう。知り合いがいればいいが、もしもその場所にいなければ、桃子はすぐに調理場行きだ」

 

 ……ナチュラルに酷いこと言ってるの気が付いてるかなー。いや、気付いてないんだろうなー。


「俺の体を修復するまでにはかなりの時間がかかる。その間、桃子を一人にさせてしまうのは心配だしな。その間のお守りだ。丁度いいからそこに入れてやろう」


 熊五郎がすっと鍵を私の体に定める。え? まさか体の中に何か入れるつもりなんだろうか。

 しかしこちらの心配を他所に、熊五郎は鍵を私から逸らし、地面にある兎のストラップにその切っ先を向けた。腹というよりも全体をぐっと押し込むようにして、鍵があてられ、地にめり込むストラップ。完全に鍵に押しつぶされている状態だ。

 中に鍵を入れようとしているのは分かるのだけれど、鍵穴も何もないモフモフの体にはそんな隙間などない。


「────開け」


 けれど熊五郎の一言でぽっかりとストラップの中心に穴が開き、驚くほどなめらかに鍵が小さなストラップの中に入っていく。その不思議な光景に目を奪われて、ぽかんと口を開けていることしかできない。

 そんな超常現象に思わず興奮して目を輝かせていると、熊五郎は鍵の入ったストラップを拾い私の目の前に持ってくる。

 腕を伸ばして受け取ると兎のストラップのお腹の部分には、これまた不思議なことに小さな金色の鍵穴がついていた。


「当分はそれが桃子を守ってくれる。とはいえ防御しかできないから使い勝手は悪いがな。それをこれから行く先で見せていれば、取り敢えず襲われることは無い……筈だ」

「筈っていうのが怖いけど。えと。これ持っていけばいいんだね?」


 すると熊五郎は再びワープホールを開けて、その縁に手を掛ける。


「ああ。それを持ってこの先にあるカルフォビナ城という所に行くんだ。城から少し離れた地下通路にワープホールを開いておいたから、住人に見つかることもないだろう。……本当は一緒に行ってあげたいんだが、……すまないな」

「い、いやいや。これだけして貰ったら十分だから」

「そうか……」


 なんだろう。こう熊五郎が心配してくれているのは分かるんだけど、どうも対応が生暖かいというか。まるで幼稚園児を扱うようなそれにちょっとだけ複雑な気分だ。 

 ……いや、わかっているけどさー。お荷物だということは。

 でも落ち込むよりもいま、優先すべきことは、熊五郎の体のことだと意識を切り替える。

 

「大丈夫大丈夫。意外に心配性なんだから熊五郎ってば!」

「……桃子? 本当に一人で平気か? カルフォビナはこのワープホールを抜けた後、通路を右左右左上下左右上の順だからな?」

「ちっちゃい子じゃないんだからそのくらいは出来るって、……なにその複雑さ……」

「だから心配なんだ。まあ迷ったときは、そのストラップの指示に従えば間違うことはないだろうが」


 ど、どんだけ入り組んだ通路があるんだよ。けれどこれ以上熊五郎に心配をかけてはいけない。


「右左右左上下右左上ね。うん! ちゃんと覚えたよ! だから早く行って!」


 そうして熊五郎の背をずりずりと押す。

 遠慮なく行ってくれ。そして早く帰ってきてくれ……とは、流石に言えない。

 体が治った後もすぐに戻ってこれるかも解らないし、もしもその先に熊五郎の知り合いがいなければ……と考えると正直一人では怖い。

 ────でも、ずっと痛い体を引きずって私の側にいるよりはマシだ。


「ほらほら、熊五郎」

「桃子」

「熊五郎が安心して治療出来るように一人でも頑張るよ。仕事の事もちゃんと頼んでみるし。まあ食材じゃ仕事なんてないかもだけれどねー」

「桃子」


 ぽこっと頭を叩かれる。熊五郎の手は真綿で出来ていて、ぷっくぷくに柔らかいから全然痛くない。けれど、人間だったら暴力行為で訴えられると思う。

 

「通路順を間違っている。最後の順路は右左上じゃなく左右上、だ」

「……う」

「それとすぐに自分を卑下することはよくない。桃子にだってここでやれることはある。出来なくても少しづつ学んでいけばいいんだ。……だからそんな拗ねた顔をしていないで、ちゃんと俺と目を合わせてくれ」


 再びぽこんと額を軽く叩かれた後、撫で撫でされて思わず体が熱くなった。

 み、見透かされてる。ってか凄く恥ずかしい。うわー恥ずかしい恥ずかしい!!


「桃子?」


 心配そうな声色で熊五郎が小首を傾げる。相変わらずヒラメでシュールな顔。

 緊張感とか本当に全然ないんだけれど、妙に安心するんだよなぁ……。

 ……うん。いいや。熊五郎だったら。

 散々鼻水垂らして泣き喚いたのも見られているし、いまさらどうって思うことも……無い。

 そう遠慮する必要もない、わけないけど、言うだけ言う!


「あ、あの。そのね?」

「なんだ」

「…………い、色々、助けてくれてありがとう……あと、心配してくれて、ありがと」

「……ああ」

「そ、それとね! 体、治ったら…………ちゃんと戻ってきてね?」


 何故か疑問系になったけど思い切ってそう伝えたら、熊五郎は残っていたフェルトの片目を器用に半月形に細めたのだった。

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