基礎練習
何か夢を見た。
別に思い出せるわけではないが、非常に不快な夢だった。
目をあけると3人がこちらを心配そうに見ていた。
「寝言がうるさかった?」
「そんなことはないンゴが...」
「うなされていましたよ?」
「心配ありがと」
それだけ言って顔を洗うために立ち上がる。
魔法をぎりぎりまで使ったら精神的に追い詰められるのだろうか。
水桶に写った自分の顔色は真っ青でひどいくまが出来ていた。
念入りに揉んで多少でも血流を良くしておく。
こちらの世界に来て今日で5日目になる。
4日目には剣の扱いに関する授業が行われた。
木を削っただけの簡素な木刀を使い王国剣技と言われる流派の型を一通り行った。
今日は実際に騎士剣を使い練習を行うそうだ。
一気に知らないことを知って、体を動かして、美味しいものを食べて、
気がつけば5日目だった。
母に弁当箱を渡していない。
日本に帰れば怒られるだろう。
訓練場で全員に貸し出された騎士剣は想像よりも重かった。
「よし。全員持ったな。」
アイーネ先生は俺達を見回した後、剣の柄に手をかける。
小さな金属の擦れる音を立てながら剣を抜いた。
「剣は君たちを守り、何かを殺す道具だ。」
無論知識も例外ではないがな。
アイーネ先生は自嘲気味に呟くと続けた。
「エンデ騎士剣は刺突に重きを置いた両刃の直剣だ。
魔物の種類によっては剣で斬りつけても刃が通りにくいもの、弱点が体内にあるもの、回復速度が速いものがいる。だから、剣を突き立て、」
座っている俺達に体の側面を向けた瞬間アイーネ先生は1m先にいた。
追いかけるように踏み込んだ音と髪が赤黒の閃光になって前方に走り抜けた。
「体内から切り裂く。」
突きの姿勢から右回りに薙ぎ払う。
剣が空気を切り裂く音が強烈に耳に残った。
何事もなかったようにアイーネ先生はこちらを向き、
「では1列に距離をとって並んでください。」
柔らかい笑顔を浮かべていた。
突きには大きく4種類、 右重心と左重心、右半身が前の時と左半身が前の時がある。
重心は非常に単純で後ろにあればあるほど突きが届くのが遅れ、振り抜く距離の関係で威力が増す。
だが右半身と左半身では動作そもそもが変わるのだ。
右半身の際は手を返すように剣を持ち、そのまま突き出す。
その際に突き立てることに重きを置くなら右の踵を軸に、すぐに距離をとるならつま先を軸にして剣を突き出す。
だが左半身であれば左手を剣の柄にそえ体重を乗せるように突きだすそうだ。
言葉での説明の上で実際に見せられても体はなかなか思うように動かない。
実際の戦闘では剣を体に寄せ体重で突き刺すことが多いとアイーネ先生は言っていたが、何度突きをしても早く突けない。
昨日も同じ動作を何度も繰り返しているためじれったく感じてしまう。
刺突動作を繰り返せば繰り返すほど剣が重くなるように感じる。
汗が滝のように流れてくる。
休憩を挟み、次は剣を垂直に構え振り下ろす。
動作として実践的だとは決して思えないがアイーネ先生の動きに近づくように丁寧に振る。
周りの学生たちはもう飽きて長い間座り込んで休んでいるものや駄弁っている者も多くなってきた。
特に身体能力が向上しているものたちはその傾向が顕著であった。
アイーネ先生は継続して剣の振り方について一人一人アドバイスを繰り返している。
午後からは魔法の練習だった。
基本的には魔力のイメージを掴むために魔力を手から足へ、足から手へ流すようにとのことだった。
まるで意味がわからない。
魔力のイメージは少しつかめてきてはいるが、長時間繰り返すだけで剣を振るよりも疲れる。
こちらも遊んでいる生徒が増えだした。
宮田や浅沼、木ノ下がいうには専門的な魔法や、実践的な形式での練習が増えたらしいが、アイーネ先生はあくまで基礎的な練習を行っている。
6日目、7日目と基礎練習的な授業が行われ、ついに生徒たちの不満は爆発した。
アイーネ先生は困ったような顔をしていたが、テントの張り方、装備品の装備理由、最低限の防護部位や騎士剣以外にも槍や斧などある程度のバリエーションを持たせてくれた。
と言っても8日目、9日目と剣と魔法の基礎的な練習は大きく変えず、繰り返すように野営の基礎、最後に走り込みが追加された。
授業に参加しない生徒が増えたのは言わずもがなだった。
走り込みといってもただ走るわけではなく、エンデ騎士鎧を身に着けて訓練場を走るというものだった。
一言でいうなら地獄だった。
走る度に重力に引かれた鎧が頭や肩、腰にぶつかる。
蒸れ、重く硬い。
もともと足には自信があったが、日本にいた時に俺よりも足の遅かった奴の方が軽々と走れていたりと自信を失うことも多かった。
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