乖離
僕の名前は芦田 翔だ。
僕は日本で幸多朗に嫌がらせをしていた。
理由はもう、正確にはわからない。
幸多朗は僕とは違って何でも器用にこなし、それでいて、いつも本気でやっていなかった。
だからこそ羨ましかった。
僕は笑顔だって会話だって、人と関わる上で必要になることは一通り練習した。
勉強だって運動だってそこそこにはやったさ。
でも、幸多朗は誰の前でも変わらなかった。
自分を偽らず飾らない幸多朗の在り方がただ羨ましくて眩しかった。
彼にとってくだらないことに固執した僕に対する当て付けのようにも感じた。
そんなことをするような奴だとは思っていない。
考えれば、考えなくともわかることだ。
僕はある時、力量で負けた。
誰がどう考えたって、彼のセンスと努力と、僕自身の努力不足によるものだ。
「努力が足りないんじゃないのか?」
彼の言葉はただひたすらに正しく、なにも言葉が出なかった。
悲しいのか悔しいのか、やるせないのか。
めちゃくちゃに気持ちが混ざりあって溢れた。
きっと僕は幸多朗を下にみていたんだと思う。
しばらくたってもう一度走った時には勝ちを譲られた。
そして僕は僕の自分勝手なプライドで幸多朗に当たり散らした。
本当に僕は最低だ。
どれだけ後悔しても反省しても、僕は幸多朗に会う度に当たり散らした。
きっとどこかおかしいのだと思う。
「僕が勇者?」
ステータスを見た時あり得ないほど高揚した。
よくわからないが、今は、エンデという国にいるらしい。
この世界が夢なのか現実なのかわからないけれど、明らかに力が強く、精神的に落ち着いている。
正確には落ち着いた、だ。
勇者召喚を祝うパーティーで【レクレッタ】というスキルを使った。
【レクレッタ】
おっかなびっくり心の中で唱えると、僕ではない何かが僕のなかに流れ込んできて、とても不思議な気分だった。
気がつくと僕は物語の中の勇者のような姿をしていた。
アルノヴァ王に
「他に何かスキルは持っていますか?」
と言われスキル欄を改めて確認すると先程まで無かった、【祝福】という文字が追加されていた。
後のこの世界についての講義中に説明を受けたが基本的に神聖魔法と呼ばれるものは、聖教の敬虔な信徒が厳しい修行をしない限り習得できないらしく、祝福とは神から選ばれた者だけが使えるとされているそうだ。
この世界に転移した学生の中で今一番注目されているのはきっと僕なのだ。
魔王のことはよくわからないし、この先どうなるかわからないが、もし可能なら芦田と仲直りしたい。
そう思うものの、僕の意思とは反対に僕の体と心は幸多朗を避けるのだ。
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