光の勇者様
おそらくステータス順で男女別に部屋が用意されたのだろう。
これからは4人で一部屋だそうだ。
一部屋と言っても俺と母が暮らしていたマンションよりは広い。
転移してからしばらく時間が経ったがいまだにふわふわと現実感が薄い。
4人部屋でも200人なら50部屋必用だが、もともと王宮騎士が利用していた部屋だったらしい。
王宮騎士と言っても周辺地域の領主の子ども等が名目上賜る称号らしく奉公する際に使用する部屋らしい。
現在王国周辺地域も魔物が活発なため、そう言った形式的な奉公は行わず、周辺地域の魔物の掃討を命じているらしい。
「めちゃくちゃ広いですぞ、浅沼氏、宮田氏!!」
「「おおー!!」」
綺麗に隅々まで掃除されていて、ベッドも日本と同じくらい清潔でフカフカだった。
「ふっかふかでござるよ木ノ下氏、浅沼氏!!」
「「アハハハハハ」」
トイレは魔石なるものを使っているらしいが水が流れて驚いた。
トイレットペーパーはなく水が貯めてあるだけっだったが特に抵抗はない。
「トイレ流れるンゴ!」
「「「ここは我々の」」」
「楽園ンゴ!!」
「楽園でござーる!!」
「楽園ですぞー!!」
一般家庭でもトイレは綺麗なのだろうか…?
だとしたら非常に衛生的だ。
明日から戦闘訓練やこの世界についての説明があるそうだ。
「そう言えばステータスはどんな感じだったでござるか?」
「まあそこそこだったンゴ。」
「ステータスとかテンションがやっぱりあがりますなぁ!」
後ろで騒いでいるのは眼鏡に痩身の木ノ下。
ふくよかな体で「ンゴ」使いの宮田。
髪が目にかかりそうなおかっぱヘア、ござるの浅沼だ。
「境本氏!!異世界ですぞ、い・せ・か・い!」
そうハイテンションで木ノ下が喋りかけてくる。
「あ…ああ、」
「男が異世界に憧れないはずないでござる!我々は同士、隠し事など無用でござる!」
「今日は少し疲れたんだ…時間になったら起こしてくれ」
「勿論ですとも兄弟!我ら生れた時は違えども...」
契りならお前ら三人でかわせよ…。
思考が急速に鈍くなる。
夢ならばきっとここで覚めるのだ。
「起きるでござる、境本氏!!もうすぐパーティーでござるよぉぉ!!」
ハイテンションの浅沼がおかっぱをリズミカルに揺らしながら声をかけてくれる。
「あぁ…ありがとう」
寝過ぎたのか非常に頭が痛い。
「いえいえ、兄弟のためなら当然でござるよ!」
「まあ、これからよろしくな、義兄弟」
回らない頭で適当に返事を返す。
「え…はっはい!!もちろんでござるよ!!」
と浅沼が困惑と喜びとをまぜこぜにした表情をしている。
「境本氏ってそういうこと言うタイプだったんでござるね。」
と顔が緩んでいる浅沼が言うと残りの二人も勢いよく頷き
「「「生まれたときは違えども~!!」」」
この部屋ではもうパーティーが始まっているようだ。
パーティーと浅沼は言ったが勇者召喚成功を祝して行うお祭りらしい。
「可愛い子に言い寄られたりしてしまうんでしょうか…困りますねぇ。だって我々魔王を倒してこの世界を救わなければなりませんからね」
木ノ下の顔は緩み切っている。
「「「…フヒヒ」」」
三人組はトリップしているので先に行くことにする。
「待ってくださいよぉ、境本氏!!」
「あぁ…」
会場は最初に召喚されたところより広い部屋だった。
きらびかな食器や美味しそうな料理が載せられた机がいくつも設置してあり、楽器を持った人たちが音を踊らせ、貴族思われる人々や俺たちと同時に召喚された勇者たちがかなりの数集まっていた。
「緊張するンゴぉ」
「みんなそうですよぉ!」
「すまないが、パーティー中いや、あの部屋の以外では俺に話しかけないでくれないか?」
「境本氏、どうしてでござるか?」
そう浅沼が真意を推し量るように、なおかつ俺に配慮するように優しく聞いてきた。
「知ってるだろ?俺は嫌がらせを受けてる。あとは、わかるだろ?」
「わかりました。ですが、我々はもう友です。あなたがそう思っていようといまいと。言いたいことはわかりますよね?」
木ノ下は俺を追い越しながら優しく笑いそう言いながら会場に入っていった。
宮田と浅沼はおずおずとおっかなびっくりついていく。
はぁ…あいつイケメンかよ…。
パーティーは基本的には順調に行われた。
貴族の献上品の説明や大道芸等の出し物などが行われ、ダンスも一通り落ち着いたところで高いステータスや能力を持っている勇者の説明を行っていた。
これは後にわかったことだが、貴族は勇者の功績や、将来性をかんがみて支援を行っていくそうだ。
10名程がピックアップされた。
芦田は勿論その中にいた。
ピックアップされた同級生たちのなかでも芦田の力は圧倒的だった。
「能力はどうやって使えば…?」
芦田は能力の使用を促され少々困惑した様子だった。
「そのスキルのことをイメージすればできるはずです」
答えたのは俺のステータスを記録していた人だ。
この場に居るということはただの記録係ではないのかもしれない。
少しの間翔が虚空を見つめ
「我が……敵を…討ち滅ぼせ……」
芦田の声が小さかったことも原因なのだろうか?
詠唱と同時に起こった地鳴りのような轟音に翔の声がかき消された。
目を瞑った芦田は右手を体の正面に掲げ口を動かしている。
そして翔を禍禍しい黒い瘴気のようなモノが覆い、瘴気の中から神々しい光が光線銃のように勢いよくいくつも飛び出し会場を照らす。
その光は影を照らすだけではなく、他の光さえ塗り潰してしまいそうな強く鋭く、それでいて優しく暖かい光だった。
俺が目を開けたときそこにいたのはまさしく勇者だった。
この世の物とは思えないほどの真っ白で軽やかそうな鎧と、その白を隠すかのような真っ黒の外套。手には金色に煌めく剣を握っており、瞳はえんじ色に、そして髪の毛の色は真っ白に染まっていた。
誰一人言葉を発せず、そこにいるすべての人間が芦田翔という勇者に目を奪われた。
翔はこれがきっかけで光の勇者様と呼ばれるようになった。
翔がスキルを使用してからは明らかに貴族たちの芦田への態度が変わった。
値踏みするような視線から、畏怖し、崇拝するような信仰に近いものを感じた。
「他にスキルは持っていますか?」
芦田はアルノヴァ王に聞かれ、
「スキル欄には祝福との文字がありますが、考えても何もおこりません。」
「祝福?…ふむ」
アルノヴァ王はそういうと少し考え込む
「呪文がわからない場合はまだ完全に習得できていない、例えば適性があるがLVが足りないなどの理由が考えられますが...。」
貴族たちが徐々に声を潜めて喋りだす。
それを遮るようにアルノヴァ王が、
「勇者翔よ。貴方は元の世界で聖教を信仰されていたと聞きましたが、お間違いないですか?」
と言い翔を見る。
きっと話を合わせてくれと言うことだろう。
「ええ、私はせいきょうを信仰しています。」
自信に満ちた表情で芦田はアルノヴァ王の問いかけに応えた。
アルノヴァ王は翔に優しい視線を投げ
「聖教の教えは正しかった!!翔様たちは魔を討ちこの世界に安定と幸福をもたらしてくれる!!」
威厳と確信に満ちた声が会場を震わせる。
貴族の中には涙を流してさえいる者もいた。
パーティーは笑顔や希望に満ち、滞りなく行われた。
翔はすぐに元の格好に戻ったが瞳の色と髪の色は戻らなかった。
パーティーが終わり部屋に戻ると
「境本氏!あんなやつにいじめられてたんですか?」
木ノ下は心配そうにこちらを見てくる。
「いじめられてたって言うか嫌がらせだな。俺も悪かったし。今やられたら殺されそうだけどな。」
「笑えないでござるよぉ」
浅沼がおかっぱを不安そうに揺らし
「大丈夫僕たちがついているンゴ!」
宮田はパーティーの前より明らかに大きくなったお腹を揺らしてファイティングポーズをとった。
「「「「………」」」」
上手く返答することができず、全員が押し黙ってしまった
気まずい空気を無理やり押しのけ木ノ下は喋りだす。
「そっそうだ!お互いの能力やステータスを大まかにでも開示しあいませんか?」
「名案ンゴ!」
宮田は明るく同意していた。
ステータスやスキル、この世界のことについて話しているうちに夜は更けていった。
きっとこいつらもいきなり異世界に来て不安だったんだと思う。
だから気丈に振る舞っていたんだろう。
もし俺がもっとこいつらを信用していたら。
何を言ったってもう今さらなのだが。
後悔が先立つことなどないのだ。
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