それは、めちゃくちゃカッコ悪いってことだよ!!
少しだけ翔の話をしよう。
もともと俺は翔と親友と呼べるほどに仲が良かった。
翔とは幼稚園からずっと同じだ。
もう翔は覚えてないらしいが、同じ幼稚園の女の子が公園の蜂の巣に近づいてしまって蜂に襲われていたとき、
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫びながら蜂を棒で叩きおとし女の子に
「大丈夫だった?」
と優しく手をとり引き寄せたことがあった。
蜂が襲いかかったといっても蜂は一匹しかおらず、近づいてきただけだったが、そのとき俺は翔のことがお姫様を救った王子様に見えたし、魔物を討伐した勇者に見えた。
「ユウシャじゃん…」
「コウくんゆうしゃってなに?」
「めっちゃカッコよくてやさしいヤツってことだよ!!」
「ふーん、そうなんだ。ゆうしゃかぁ」
それから翔の振る舞いは誰に対しいても優しくなったし、幼稚園で黄色い声援が飛ぶモテモテな状態だった。
翔とはその頃、以前にも増して仲良くなった。
小、中学校と翔は変わらず、俺は幼稚園からずっと翔に憧れていた。
翔は何でもそつなくこなせる器量の良さも持っていたが、努力もしていた。
俺は努力が出来なかったから余計に憧れ続けた。
自身の努力が足りないことも、それを才能だと言い逃げていたことも自覚している。
だから余計に翔がカッコよく見えて憧れ続けた。
陸上は翔が始めた2年後に始めた。中学3年に入ってからだ。
陸上では俺の身長が翔より高かったこと、そして才能みたいなものが俺にはある程度あったんだと思う。
出会って初めて翔に勝てたことが400m走だった。
「完敗だ、幸太朗」
「ああ、ありがとう」
心のそこから嬉しかったさ。
憧れていた人に誉められたんだから。
高校生になってやっと自分を認めることができた気がしたから。
「身長が高い方が陸上はやっぱり有利なのかな…」
小さな声で翔はそう呟いた。
誰よりも努力をしていた翔が言ったからこそ、翔のその一言にムカついた。
心のどこかでやっぱり翔のことが恨めしかったんだとも思う。
「翔の努力が足りなかったんじゃないか?」
俺の声は明らかに敵意を帯びていて。
翔が努力を惜しんでいなかったことはずっと見ていたから知っていた。
翔が自身の努力を否定するのと、俺が翔の努力を踏みにじるのは全く違う。
「…そう…なのかな…」
自信がなさそうに翔が俯いていたことだけ覚えている。
その頃から翔とは対立が多くなった。
あの発言が申し訳無くて幽霊部員になり2ヶ月もしないうちに部活は辞めた。
勿論ただの自己満足だ。
翔がしばらくたって
「幸太朗、もう一度勝負しないか」
そう言ってきた。
その日の放課後
両者共に準備が完了し、スタートの合図を待っていた。
合図は同級生の名前も知らない女子が出してくれるらしい。
くだらないことを考えて気を紛らわそうとしても汗が滲む。
ドクドクと脈打つ心臓の音が大きすぎて周りの音が聞こえない。
暫く走っていないのだ。
俺が翔に勝つことなんてない。
いつだって翔は俺の理想だ。
「よーい…パンッ」
乾いた音が空中で踊る。
合図と共に両者地面を勢いよく蹴り飛ばす。
重力がいつもより強い気がする。
バランスを崩しそうになりながらそれでも前に前に、地面ひたすらに蹴る。
体が熱くなり脳が沸騰しそうになる。
もう沸騰しているかもしれない。
親友に最低な言葉しかかけれない俺だ。
喉がやけつくように熱く酸素が足りなくなっていく感覚に襲われる。
だが俺の頭はひどく冷静だった。
世界に二人しかいないような感じがする。
ただ走る。
翔は長距離が得意ではない。
体型的な問題もあるだろうが、一度タイミングを外すと軸が大きくぶれてしまうのだ。
俺の少し前にいた翔のスピードがほんの少し落ちた。
軸が少しブレている。
翔はそれでも真っ直ぐ進んでいく。
俺は翔と違って…どこまでも…
「なんでっ!!どうして手を抜いたっ!!」
俺の胸ぐらを掴み激昂する翔
「……手なんか抜いてないだろ」
結果は翔が逃げ切って勝ちだった。
「…っ!!」
胸ぐらを掴んだ手に力はもう入っておらず、翔の頬を伝って水がグラウンドを濡らす。
ずっと翔の首元をみていたため、あれが汗か涙かはわからない。
「翔、お前の勝ちだ。もう放してくれ」
「っ…」
翔はあのあと部活を辞めたとらしい。
翔の敵意はより強く言動や行動にモロに出るようになった。
しかし翔はあれからも、俺以外にはカッコいい翔だった。
周囲の人は俺か俺以外のときの翔の対応の差にひどく困惑していた。
だから俺はいやがらせにあっているというよりはただただ仕返しされているだけなのだ。
俺は頑張っていたか?と言われれば頑張っていたと思う。
ただ配慮も努力も俺には足りなかった。
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