事故物件にまつわる怖い話 ①
大学生のころ、一人暮らしをしていたアパートの近所に事故物件がありました。
それを知ったのは、大学入学前に不動産屋にアパートを探しに行ったのがきっかけでした。
候補をいくつか挙げてもらった際、家賃が異常に安い物件があったのです。
「あぁ、これですか。一応ご説明しときましょうか」
担当さんは事故物件とは言いませんでした。
業界では『告知事項あり物件』と呼ぶそうで、その中でも『心理的瑕疵有り』に該当するそうです。
『心理的瑕疵有り』というのは、殺人事件や死亡事故、自殺などの不審死が発生している物件に付けられる告知事項で、その物件の場合は自殺でした。
一瞬、家賃が安いならここでもいいかと考えましたが、4年間耐えられる自信が無かったので借りるのはやめました。
大学2年の夏休みが明けた9月のある日の夜、僕は友人2人と部屋で飲んでいました。
友人Aが突然言いました。
「お前らさ、事故物件って知ってるか?」
彼は先日テレビ番組で事故物件という存在を知ったらしく、ひどく興奮していました。
「あぁ、それなら近所にあるよ」
僕は簡単にそう言ってしまってから後悔しました。
「まじ? すげーじゃん。行こうぜ、そこ」
予想通りの反応が返ってきて、うんざりしましたが、後の祭り。
友人Bも酒の酔いが手伝ってかやけに乗り気で、結局三人で見に行くことになりました。
その事故物件のコーポは、僕が住んでいるアパートから歩いて10分くらいの位置にありました。
道の細い住宅地に入って小さな公園を抜けると、そのコーポはありました。
2階建てでそれぞれの階に5部屋づつ、計10部屋のそのコーポは、事故物件と知らなければ何の変哲もない普通のコーポに見えます。
「自殺のあった部屋って何号室?」
友人Aはためらうことなく聞いてきました。
記憶では103号か104号だった気がするのでそう伝えると、Aは「よし」と言って、Bと共に部屋の前まで歩いていきました。
どちらの部屋も玄関扉付近には何もありませんでした。
表札に名前もありません。
「どっちも住んでなくね?」
Bが言いました。
「まあ、なんと言っても事故物件だからね……誰も住まないでしょ」
僕がそう言うと、玄関扉の横の小さな窓に顔を近づけていたAが、
「そうだ、電気メーター見れば分かるぞ」
と言いました。
3人で電気メーターを確認すると、両部屋とも動いていませんでした。
やっぱり、誰も住んでないのか……
僕がそう思って黙っていると、Aはおもむろに103号の玄関扉のドアノブに手を掛けました。
当然、鍵が掛かっていて開きません。
それを見たBは104号のドアノブに手を掛けました。
玄関扉は音もなく開きました。
「何してんだよ! 閉めろよ!!」
僕は咄嗟に言いました。
意外にも冷静な様子のBは、ちょうど顔が入るくらいまで玄関扉を開けると、中を覗き込みました。
「おい! やめろって!」
僕は声を張らないようにしながらも、Bに聞こえるように言いました。
しばしの沈黙が流れた後、Bは顔を引っ込めて、ゆっくりと扉を閉めました。
「な、なんかあったか?」
興奮気味のAが聞くと、Bは首を横に振りました。
「暗くてよく見えなかったけど、たぶん何にもない」
「もういいから帰ろう!」
僕はたまらずそう言って、半ば強引に二人を引っ張って帰宅しました。
そんなことがあった一月後、Aが訪ねてきました。
心なしか青ざめて見えるAに僕は少し不安になり、なにがあったか聞きました。
彼は最初言い淀んでいましたが、ゆっくりと話し始めました。
3人で事故物件を見に行った数日後のこと、Bからアプリでメッセージが届いたそうです。
そこには『変な画像送るのやめろ』と書かれていました。
心当たりのないAは知らないとBに伝えました。
それでもBは納得しません。
なぜならBの言う『変な画像』は、Aのアカウントから送られてると言うのです。
あらぬ疑いをかけられたAは、とにかく自分じゃないと主張し続けました。
Bは『お前かお前じゃないかはどうでもいい。とにかく気持ちの悪い画像を送るのをやめろ』とだけ書き残して、そこで連絡が途絶えたそうです。
それから数日後、突然Bのアカウントからメッセージが送られてきました。
それは一枚の画像でした。
Aは震える声で、
「お前なら分かると思うけどさ……俺もお前もこんな写真撮れるわけないんだよ」
そう言いながら、スマホの画面を僕に見せました。
人がドアを開けて中を覗き込む姿が写っていました。
それは明らかにあの夜、Bが104号の玄関扉を開けた時のものでした。
ただ、奇妙なのはBの姿でした。
腰から下が写ってないのです。
しかも、その写真はBの姿を真後ろから捉えています。
あの時、僕とAは103号の前に立っていて、104号を覗くBの後ろには誰もいないはずでした。
たしかにこれは、Aに撮れるはずの無い写真でした。もちろん僕にも……
連絡の途絶えたBは大学にも来なくなりました。
Aは以前のような快活な感じは無くなったものの、なんとか授業にだけは出席しているようで、たまに大学内で見かけることがありました。
社会人になってしばらく経った頃、大学時代の別の友人と話す機会があり、共通の友人であるBの話題になりました。
その友人によると、Bは大学2年の秋にバイクで腰の骨を折る大事故を起こしたそうです。
命に別状はなかったらしいですが、大学は長期的に休学となり、結局そのまま自主退学したそうです。
事故とあの時の行動になにか関係があるのか、そもそもあの写真はなんだったのか、今も分からないままです。
友人や知人から聞いた実話を元に、極々短い小説を書いています。