おむつなおでかけ
今日は休日。なのに目覚ましで起こされる。本当はもう少し寝ていたいが今日は予定があるため仕方がない。東条拓人は目をこすりながらスマホのアラームを止める。そして小さくため息。いつものことだと分かっていても嫌になる。
下半身が冷たく、何か乗っているような感覚。今までこの感覚がなかったことはない。だがわずかな期待も込めて体を起こし、ズボンをすらして紙のパンツをめくる。案の定中はぎりぎりまで黄色に染まっていた。もう一度先ほどよりも大きなため息をつく。見ているのも嫌になるので手を離ししばらくはズボンの中に封印する。
「・・・いつになったら治るんだろ」
自分の部屋で誰も聞いていないのは分かっていても思春期男子の口からは「おねしょ」という単語を口にしたくはなかった。目はとっくに覚め、今日は出掛けなくてはいけない用事があるから早起きしたのにこれでは無駄になってしまう。そのまま立ち上がり、おむつが下がらないように腰に手を当てて自分の部屋を出て階段を降り、トイレに直行する。
ズボンとおむつを下ろして用を足し、おむつのサイドを破いて手に取る。吸収体全体が黄色く染まっていて重たい。少しでもおむつという感覚を和らげられるようにと母親が買ってきたおむつは青や緑のラインが入った男女兼用の子供用のおむつだ。一時期は大人用に切り替えたこともあったがデザインの問題ともう一つの問題でこのおむつになっている。
おむつを丸め、トイレの端に置いてあるおむつ用ゴミ箱におむつを入れる。中にはすでに同じ柄のおむつが入っている。もちろん使用済みのものだ。いつものことなので何も気にかけず、ノーパン状態でトイレを出て脱衣所で下半身を洗い、普通の布でできたパンツに履き替える。
脱衣所を出てリビングに行くと食卓にはもうすでに起きていた妹の小春がスマホをいじっていた。先ほどのおむつの使用人だ。
「おはよ」
「・・・・・・おはよ」
中学一年にこの春になったばかりの妹も絶賛思春期真っ盛りなようで最近はなかなか返事まともなを返してくれない。自分の惨状をごまかすために妹とおむつの使用量を比べてしまうが両方毎日必ずぐっしょりなので残念ながらこれ以上悪化しようがない。二人とも昼間はトイレが近い程度で収まっていることがまだ救いだろうか。細かいところを突くと妹の方が朝のトイレで捨ててあるおむつが少し大きいところくらいだろうか。
そんな妹は涼しい顔でスマホをいじりながらジュースに手を伸ばす。
「小春~今日はこの後お出かけでしょ?ジュース飲んでたら途中でトイレ行きたくなっちゃうわよ」
「ちょっとくらいなら大丈夫だって」
「今日ちょっと車で遠出しなきゃいけないから二人とも念のためおむつでお願いね。渋滞にハマっちゃうと困るし」
「え~大丈夫だって」
「あんたが一番トイレ近いんだから大人しく穿いておいてくれる?この間近場だからっておむつ穿かなくて渋滞にハマった時緊急でペットボトルにしたの忘れてないわよね」
「お母さん!分かったからもうその話はしないでよ!」
小春は顔を真っ赤にしながら反論し、言い終えると気分転換のためかイヤホンを出し、音楽を聴き始める。
今日のお出かけはお出かけという名だが小春の部活の道具を買い出しに行くのだ。そのため尚更反論できないのだろう。それだけで済めばいいのだが・・・・・・なぜか自分にまで火の粉が飛んできて自分まで穿くことになるとは。確かにシートを濡らすよりいいとはいえもちろん抵抗感はある。
そんなことを言っている間に母親が朝ご飯を作り終え、今日の運転手の父も起きてきて朝ご飯を食べ始める。
食後は脱衣所に置いてあるおむつのパッケージから一枚おむつを取り出して部屋へと向かう。着替えが部屋に置いてあるからだ。パジャマを脱ぎ、先ほど履き替えたばかりの布のパンツも脱ぎ、先ほどと同じ柄の紙のパンツに履き替える。そしてジーンズ生地の長ズボンを穿き、適当なTシャツを着る。上から見下ろしてすぐにわかる下半身のふくらみ。おむつを穿いているのが外から丸わかりだ。比較的隠れやすいだろうということで大きめのTシャツにしたがそれでもわかる人にはわかるだろう。シャツをしっかり入れる。ズボンの上からおむつがチラ見えしないように。
絶妙に入れ場に困る替えのパンツは持って行かなくても大丈夫だろう。実際に今まで昼間は何とか耐えていたのだから。あとは財布やスマホ、ハンカチなどを準備して一階に下り、他の人が準備を終わるのを待つ。
妹の今日の衣装はスカートだった。別に着たいというような変な思いはないがおむつを穿くとき、外から膨らみがわからないのは羨ましいとは思う。妹も分かっているうえであえての選択だろう。下にジャージでも着てしまえばもしめくれてしまっても特に問題はない。非常に羨ましい。
「準備できた?じゃあ行くわよ」
母親の合図で電気などを切り、戸締りもして出発する準備をする。そして家を出る前にもちろんトイレに寄る。そして車に乗り込み、出発だ。
♢
家を出発する。五人乗りの乗用車に運転席に父、助手席に母、父の後ろに小春、母の後ろに拓人が乗り込む。だいたいはこの場所だ。暑いのでエアコンをつけて窓を閉め切る。小春も拓人も基本的にはスマホをいじり、たまに外の景色を見て酔うのを防止する、という感じで車内を過ごす。
拓人が大人用のおむつから子供用の今のおむつに変わった理由は二つ。一つがおむつに対する抵抗感を薄くするため。もう一つが小春が今まで穿いていたおむつがサイズ的に厳しくなり、サイズアップするときに今のおむつを母親が買ってきたが「入っている枚数の違うおむつを二種類も買うのは面倒だし無くなるのにかかる時間が違うから買うタイミングを気をつけないとけないのは面倒だし一緒にして」という理由だ。毎日おむつを消費し、常に罪悪感を感じている拓人にとって母親のためということで断るわけにはいかなかった。もちろん妹と共通というのは意識して考えないようにしているほど恥ずかしい。
車に乗るときにおむつ、他にもいるのか気になりネットで検索する。まだ世の中に同じ状況の人間がいると思うだけで少し気が楽になると考えたからだ。調べてみると少し予想を超えていたが高校生にもなって同じ状況の人がいるようだった。まだ二年猶予がある、と思うだけで少し気が楽になる。
さすがにこの記事を小春に共有する勇気はなかった。小春もきっと同じ悩みを持っているだろうがおむつについて今二人で語ることができるほど妹との関係は親密ではない。
車に乗り四十分ほどが過ぎた。道は渋滞というほどではないが進みにくくなってきている。尿意などはまだないがふと小春の方を見ると小春は一見涼しい顔をしているように見えるが、スマホで隠して股をぎゅっと抑えているような気がした。小春だけ朝ジュースを飲んでいた。その一杯分だろう。目的地は小春も昨晩のうちに聞いていたはずだ。かかる時間も渋滞も理解していたはずだ。それでも大丈夫だと思っていたのだろう。その十分後、車は完全に渋滞にハマってしまう。
「やっぱり休日だとみんな出歩いてるのね。二人ともトイレ大丈夫?しばらくどこも寄れるかわかんないけど」
「大丈夫」
『大丈夫』
小春も涼しい顔で応答し、父親もそれを信じてしばらくどこにも寄らない宣言をする。どちらかというと「寄れない」という風が正しいかもしれないが。
後ろを振り向かない母親は何も気づいていないようだったが明らかに小春の顔は険しくなっていた。やはりトイレを我慢しているのだろう。だが思春期の妹はトイレに行きたいと言い出せない。だからといって今後車に乗るときにおむつを穿かされる口実を作られたくないためおむつを使わないように必死に我慢する。
更に十分。さすがに母親も違和感に気づいたようだった。
「小春?もしかしてトイレ我慢してる?」
「・・・・・・うん」
「だからジュースはやめときなさいって言ってたのに・・・・・・どこかに寄れるか分かんないわよ?」
もう隠す必要がなくなった小春はもう隠さずにぎゅっと両手で押さえる。
「・・・・・・寄れたらお願い。あと兄貴こっち見ないで」
「分かってるって」
景色を見るふりをして小春の様子をうかがう行為を封じられる。かなり尿意がきている小春に対し、拓人はまだ全く大丈夫だ。さらに五分後、そろそろ限界なようだった。
「・・・・・・そろそろ限界かも」
「もし限界だったらおむつ使っちゃっていいわよ。限界まで我慢して病気になってもらっても困るし」
「もう少しだけ頑張る」
「そう?まああとは任せるけど」
小春は返事を返す余裕すらなかった。息を荒くし、頻繁に足を組み替える。そしてさらに数分が経った頃だった。小春の足を組み替える動きが止まり、息の間隔が長くなる。直接妹の方はもう向けないのでガラスの反射越しに様子をうかがう。なんとなくどういう状態かは分かる。限界で少し漏れてしまい、慌てて止めたものの次の波に耐え切れず止まらなくなってしまったのだろう。音楽がかかっているおかげで音は聞こえてこない。
動きが止まって一分ほどするとわずかながらにつんとしたアンモニアのにおいが漂ってくる。
「・・・・・・お母さん・・・・・・ごめんなさい」
「・・・・・・もう、次からは気をつけなさいよ?窓開けておくわね」
そういうと母親が窓を開け、父親が残りの窓を操作して上部を開ける。ぬるい風がゆっくりと入ってくるのがわかった。当然小春にかける言葉は見つからない。ここはそっとしておいた方がいいだろう。妹の方を向かず、何も言わない。これが一番のやさしさなような気がした。
その後一番混んでいた箇所が終わりゆっくりと再び車が流れ始める。そのタイミングで母親から「トイレ休憩は挟まず、そのまま目的地まで行く」ことが伝えられた。さらに一時間ほどで目的地に到着する。到着したのは郊外のショッピングセンターだった。ショッピングセンターだが建物が一つではなく複数に別れている。目的の店が入っている建物の近くに車を停め、最初にトイレへと向かう。母親たちは先に店へ行くらしく、トイレに行く妹と二人になる。拓人も念のためトイレに行くことにした。
二人になると尚更気まずい。だが小春が声をかけてくる。
「・・・・・・あのさ、ひとつお願いがあるんだけどいい?」
「まあ」
小春に誘導され、トイレの近くのベンチに腰を下ろす。小春は極端に浅く腰掛ける。理由は聞かなくても分かっている。
「で、どうかした?」
「あのさ・・・・・・替えのおむつとか持ってない?」
「え?」
「え、だって帰りだって心配だしシート汚したらお母さんに怒られるし。だからっておむつ買ってとも言いにくいし・・・・・・」
「ごめん、さすがに大丈夫だと思ってたから予備も替えも持ってきてないや」
少し絶望しているようだったがどうしようもない。おむつは少なくともこの建物には売っておらず、これ以上長引いていては親にも心配をかけてしまうだろう。だからといって小春も拓人もおむつをこの後買ってという勇気もない。
ここで小春は最終策に出る。
「・・・・・・耳貸して」
人に聞かれたくない話なのは分かり、黙って耳を貸す。
「あのさ、兄貴おむつ使ってないでしょ?それ貸してほしいの」
「え?」
「それしか方法ないでしょ?お願い!兄貴なら帰り穿いてなくても大丈夫でしょ?」
「あの・・・・・・俺そうしたらズボン一枚になるしさすがにそれは・・・・・・」
「一生のお願いだから!私のパンツ代わりに使っていいし!」
さすがにそれは・・・・・・と言いかけたが小春は涙目で今まで見たことがないほど切実な顔をしている。これ以上親を待たせると不審に思われるだろう。諦めて拓人が折れ、鞄で隠して小春からパンツを受け取り、まず最初に拓人がトイレに向かう。
社会的にも倫理的にも妹のパンツを履くわけにいかないだろう。それに極力見るのも避けたい。個室に入りまず先におむつを脱ぐ。その後一応ノーパンで何とかならないかを試す。パジャマのような柔らかい生地ならまだ何とかなるかもしれないが固めのジーンズ生地というせいで痛く、さすがにこの後この状態で店の中を歩き回るのは難しそうだった。
仕方なく先ほど受け取った布切れを取り出し、極力見ないように足を通す。普段穿いているパンツよりも小さく股上が短い。足回りも普段のパンツとは感覚が違う。肌触りはこちらの方がいいような気がする。
見えないように再びズボンを穿き、シャツを入れるときに薄い水色の生地と小さな白色のリボンが見えてしまう。反射的に目を逸らし、意識しないように気を付ける。
トイレを出、小春におむつの入ったカバンごと渡し、小春が濡れたおむつと拓人が今まで穿いていた濡れていないおむつと交換する。比較的すぐに出てきたが小春の頬が赤い。
「・・・・・・ありがと。あとお母さん達には秘密だからね?」
「あ、うん」
想像以上に時間がかかってしまったような気がする。主に自分が色々試していたせいだが。急いで親の元へと向かう。親は遅いと言っていたが変に探られることもなく小春の部活用の道具選びが始まる。
♢
すべての用事を終え、夕方帰路につく。帰りのおむつの話はなぜか母からされなかった。結局今回のお出かけで小春がおむつを使い、拓人が使わなかったという母親の認識なため、拓人は夜もそのおむつを使いまわすことになった。
実際使わなかった拓人のおむつは小春に渡っているが母親が知る由もない。帰り道でおむつを使うことはなく、LINEで小春と夜のおむつについてやり取りをする。最終的には小春がもらった新品のおむつを拓人に渡し、拓人が小春に渡したおむつは小春がそのまま夜使うことになった。返されるのも気まずく、小春が「兄貴が変なことに使いそうで嫌だから」ということだった。そんなことをするつもりはさらさらないが。
風呂に入るときに小春に借りたパンツを脱ぎ、洗濯機に入れる。そして風呂上りに新しいおむつに足を通す。ある意味変に緊張していたため逆におむつが落ち着くような気がした。パジャマも着て部屋へと向かい、寝る準備をして布団の中に入る。母親たちも寝室に入っていく足音がしてしばらくたった後、小さくドアをノックする音が聞こえる。
「・・・・・・起きてる?」
小春だった。今日色々あった後だ。二人で話したいこともあるだろう。
「うん」
それだけ言うと小春はドアを開けて入ってきた。拓人も体を起こし電気をつけ、小春にドアを閉めるようにジェスチャーする。妹なだけあってちゃんと意思疎通ができる。戸が閉められ、拓人はベッドに座り、小春を勉強机の椅子に座るように促す。二人ともパジャマのお尻の部分が膨らんでいる。当然おむつで。
「あのさ、今日はありがと。これくれて」
「まああの時俺にできることそれしかなかったしいいって。一応言っておくけどこっちも借りてたけど見てないし変なことしてないからね?」
「うん。信じてる。だから本当はまた返してもよかったんだけど兄貴嫌かなと思って。LINEであんなこと言ったけどこっちが恥ずかしいから返したくなかっただけで・・・・・・あんなこと思ってないから気にしないでね」
「わかった。今回のはお互いになかったことにしよう。その方がいいでしょ?」
「うん。でもごめんね、私のせいで今後も二人ともお出かけの時におむつ穿くこと決まっちゃって」
「いいって。・・・・・・まあまた何かあったときに助け合えるし。あと一人よりも気楽でしょ?」
「ありがと。普段言ってないけどほんといつも兄貴には感謝してるから。じゃあこんどからもよろしくね」
「極力大丈夫だと願ってるけどね」
「うん」
久しぶりに見た小春の笑顔。やっぱり笑顔で接してもらえるのが一番だと思った。あのはにかんだ顔を見るとなぜかこっちが恥ずかしくなる。
「えーなに照れてんの?まあいいや。おやすみ」
「うん。小春も部活頑張れよ?」
「うん」
小春は自分の部屋へと戻っていく。後ろ姿もやはりおむつの形に膨らんでいる。そして生地の関係かわずかに柄も透けているような気もする。だがさすがに言えない。
小さく手を振り、扉が閉まるのを見届けて再び布団に入り、電気を消して眠りにつく。
翌日もいつもと変わらずおむつは濡れていた。トイレに行くと同じ柄のおむつが捨ててある。そしていつものルーティーンをこなしてリビングに行くと同じくおむつを濡らした人間が座っている。
「あ、兄貴おはよ」
「おはよう」
例の件以降、妹との距離が縮んだ兄だった。きっかけは二人にしかわからない――
そして小春がSNSを通じておむつにハマっていくのだが。それはまた別のお話。