氷室青也の内心
「足止め……と言いましたけど、結希さん、すべて倒してしまっても構いませんよね?」
「えっ……」
強気発言に、明日斗は固まった。
(先輩ハンター四人を前に、よく言えるな)
さすがは天才といったところか。
その自信が羨ましい。
「まあ、ハンター法を破らない範囲でね」
「承知しました」
頷くと同時に、動き出す。
明日斗は入り口へ、神咲はハンターに向かった。
「――おいあれ、まさか、結希明日斗じゃねえか?」
「マジでマスターが言った通り来やがったのか……」
「見てんな、止めろ止めろ」
至誠ギルドメンバーの四名が、明日斗に歩み寄る。
その間に、神咲が割って入った。
「結希さんには指一本触れさせません」
「誰だテメェは、邪魔すんじゃねぇ!!」
ハンターたちが神咲に襲いかかった。
一応、日本にはハンター法という建前がある。
誰かが死ぬような結果にはならないはずだ。
明日斗は神咲の力を信じ、入り口へ。
館川正義からもらったIDを守衛に見せる。
「結希です。館川から話は伝わっていますか?」
「あ、はいはい。聞いてますよ。こちら、結希さんのカードです。どうぞお入りください」
「ありがとう」
謝意を告げ、もらったゲストカードでセキュリティゲートを越える。
(さすがは権力者だな)
明日斗は館川に『テレビ番組に飛び入り参加させてくれ』と要望を伝えた。
普通ならばあり得ない願いだが、さすがはテレビ局社長の御曹司。鶴の一声であっさり番組への参加許可が下りた。
無論、そこには番組制作側の『渦中の人物が登場すれば、より視聴率が稼げる』という思惑もあったに違いない。
結果、こうしてテレビ局への侵入に成功した。
残るは本番のみ。
用意したJOKERを切るだけだ。
「なあ明日斗。さっきの姉ちゃん、一人で大丈夫か?」
「まあ、大丈夫だろ。神咲は天才だからな」
「あー、もしかしてあれがお前の言ってた天才か?」
「……よく覚えてたな」
「一度聞いたことを忘れるような下等生物とは出来がちげぇんだよ!」
「はいはい」
「で、どの辺が天才なんだ?」
「三週間前にあった時とは、比べものにならないほど成長してただろ? あれだけ一気に成長出来るハンターは他にはいない」
「お前、それ本気で言ってんのか? それとも天然か?」
「ん? どういうことだ」
「あの姉ちゃんよりも、お前のほうがよっぽど成長してるだろ」
それは、その通りだ。
アミィから見れば、明日斗の成長は一瞬だ。
だがそれは、〈リターン〉あってのもの。
命を失わずにあれだけ成長出来る神咲のほうがすごい。
「あれが天才なら、お前はバケモンだ」
「……そう、だな」
○
「いくら謝っても、被害者の悲しみとか悔しさって、絶対に消えないと思いますけど、かのハンターは逃げ回ってばかり」
カメラに向かって雄弁に語った氷室青也は心中で、作戦の成功を確信していた。
結希明日斗の勧誘に失敗して以来、氷室は天使エリゴスの指示に従い、彼が二度と表舞台に立てぬよう各方面に働きかけを行ってきた。
民衆は常に、猛烈なストレスを抱えている。
『そんな人間の前に、わかりやすい悪人を提示するとどうなるかわかる?』
――面白いほどよく燃える。
『理性的な振りをしてるけど、人間っていうのは感情的な下等生物なの。〝結希明日斗なら殴っても許される〟と思えば、死ぬまで殴るのを止めない。だから、まだまだ燃えるわよ』
エリゴスが言った通り、結希明日斗はよく燃えた。
その炎上ぶりは、腰の重いハンター協会さえ動かすほどだった。
たとえ真偽不明の事案でも、対応が少しでも遅れれば、今度は協会が市民の標的にされるからだ。
しかし、一度動けば制裁を加えるまでは止まることを許されない。
『どうしてかわかる? 既に結希明日斗を殴った人間にとって、彼が無実だという結論を認めると、〝無実の人間を殴った自分〟も認めなくちゃいけなくなるのよ。だから、それは絶対に認めない。自分が悪人になりたくないから、必死に協会へのバッシングを続けるわ』
『世論に圧されて動いてしまったハンター協会にはもう、結希明日斗を断罪する道しか残されていないのよ』
これも、エリゴスの言う通りになるだろう。
人間をコントロールする能力が恐ろしく高い。
このような上位生命体が自分の天使で良かったと思う反面、彼女の期待を裏切った時の反動が恐ろしい。
(でも、大丈夫。ぼくはうまくやってる……)
氷室はエリゴスが企てた作戦を、一度だって失敗したことがない。
だから今回もすべからく上手くいく。
そう、自分に言い聞かせながら、氷室は口を開いた。
「最低ですよ、ほんと最低! もしぼくが間違いを犯したら、逃げ回らずに、まずはみんなの前で土下座しますね」
強い口調で言い切った時、横にいるアナウンサーの机に、ADが紙を一枚乗せた。
それを見たアナウンサーが目を丸くした。
「速報が入りました。なんとこのスタジオに、ハウンドドッグのパーティを壊滅させた容疑者の、結希明日斗ハンターが現われました」
「――ッ!?」
氷室は目を剥いた。
うっかり声を上げるところだったが、なんとか歯を食いしばり耐える。
いま結希は、卯月の下にいるはずだ。
今日の十二時まで足止めをし、ハンターライセンスを確実に奪う作戦だったのだ。
(なのに、なんでここに!?)




