その策略を、ぶち壊す
「俺が殺人犯に仕立て上げられてるのも、お前らのせいか」
「え、ええ。ハウンドドッグの連中は、偽装を快く引き受けてくださいましたよぉ。ゲート内の犯罪は、証言がすべて。あなたはもう逃げられませんー」
「そうかそうか」
結希の瞳が、キラリと光った。
――来るか!?
攻撃に備え、カインは身構えた。
「――だそうだぞ、館山。これだけ聞いても、まだ俺を悪のハンターだと言うつもりか?」
「……いえ、結希さん。疑ってしまって、本当にごめんなさい」
「なっ――」
結希が声をかけたのは、ギルドメンバー最強の盾士、館川正義だった。
彼は物陰に隠れ、『ハイディングマント』を使って姿を消していた。
もしカインが攻撃されたら、間に入って防御しろ。それまでは決して動くなと命令していたはず。
(何故ッ。館山は〝魅了の瞳〟を使って完全に操っていたはずなのに!)
〝魅了の瞳〟を使用すると、対象者は一定時間、使用者の命令に従うゴールドショップのアイテムだ。
効果は非常に高く、高レベル盾士の館川でさえ抵抗出来ないほどである。
反面、値段が一つ五千ゴールドと高く、易々と使用出来るものではない。
しかし今回、結希明日斗の潜在力を最大に見積もったカインは、魅了の瞳の使用した。
(なのに、何故……)
わけがわからない。
カインは混乱する。
「まこと、もう目を覚ましてもいいぞ」
「えっ、もういいのかい? やれやれ、まさかボクがこんな目に遭うとは思わなかったよ」
「何故、生きている!?」
結希の言葉とともに起き上がった銀山の姿で、混乱に拍車がかかった。
もはや、至誠ギルド幹部としての上辺など、繕う余裕すらなかった。
「さて、ここからはお仕置きの時間だな」
「……待て。至誠ギルドと本格的に敵対するつもりか?」
「何を寝ぼけたことを言ってんだ? こんなことされて、敵対する以外ないだろ」
「我がギルドが本気を出せば、ハンターの一人や二人、簡単にひねり潰せる。それがわかって――」
十メートルは離れていたはずの結希の姿が、霞んだと思った、次の瞬間にはもう、カインの鼻に拳がめり込んでいた。
「――ガボッ!!」
殴られたカインは、猛烈な勢いのまま後ろに吹き飛んだ。
宙を回転し、落下。
地面を滑り、柱に激突してやっと停止した。
体中が激しく痛む。
平衡感覚が狂って、どこが上かもわからない。
もしコートの下に防具を装備していいなければ、地面への落下と柱への激突で、死んでいたに違いない。
今の攻撃には、それほどの威力があった。
うろんな状態で、カインは辛うじて明日斗を見上げた。
彼は、ベテランハンターの卯月ですらぞっとする表情を浮かべていた。
「誰が、誰を、潰すって?」
「き、貴様ァ、こんなことをして、ただ済むと、思うなよ……!」
「戯れ言を抜かすな」
結希が強い殺気を放った。
あまりの気配に、体がガクガクと震え出す。
「お前たちが一線を越えた瞬間から、お互いただでは済まなくなったんだ。お前はそれを、まだ理解してないのか?」
「……」
カインは、現実に頭が追いついていなかった。
だが、これだけはわかった。
(わたしは、決して手を出してはいけない相手に、喧嘩を売ってしまったのか……)
「もう二度と、俺に関わるな」
結希が膝を曲げ、カインと視線を合わせた。
途端に、まるで自分の命が素手でつかまれたような恐怖がこみ上げてきた。
まっすぐ目が合った。ただそれだけで、心が、あっさり押しつぶされた。
「ハウンドドッグにも伝えておけ。次に俺や、俺の友人に手を出してきたら、徹底的に潰す」
「……わ、わかった」
震えながら頷くと、結希がすっと目をそらした。
――生き延びた。
恐怖から解放されたカインは、安堵とともに襲いかかってきた激痛により、意識を失ったのだった。
○
「結希さん、本当に済みませんでした!」
「いいよ。誤解は解けたわけだし」
「でも……」
「館川には悪意があったわけじゃないからな」
「そう言って頂けるとありがたいっす」
明日斗の前で、館川が居心地悪そうに体を小さくした。
彼は自分の名前の通り、正義に生きている。
前に襲いかかってきたのは〝魅了の瞳〟で洗脳されていたせいだし、今回に至っては明日斗はなにもされていない。
彼を裁く道理はない。
「まさか至誠ギルドが、こんなに腐っていたとは思わなかったっす」
「それは俺も同感だ」
前回底辺から抜け出せなかった明日斗には、至誠ギルドの本性をうかがい知る余地がなかった。
驚きや怒りを通り越して、呆れるばかりである。
「館川はこれからどうするんだ?」
「こんな最低なギルドに居座るつもりはないっす。即刻脱退します」
「そうか。もしよければ、いくつかお願いを聞いて欲しいんだけど」
「えっ、あ、はい。自分が出来ることなら、なんでも言ってくださいっす!」
「……なんでも?」
外で待たせておいたタクシーに乗りながら、明日斗は満面の笑みを浮かべ、館川にいくつか提案をするのだった。
 




