夜の外地の恐ろしさ
「おいおい、お前まさか、こんなところで寝るつもりか?」
「ああ。それがどうした?」
「お前、夜を舐めてんだろ」
アミィが呆れたようなため息を吐いた時だった。
こちらに近づく魔物の気配に気がついた。
それも、一匹や二匹じゃない。
「魔物避けスプレーはかけたはず。なんで魔物が近寄ってきてるんだ?」
「夜だけ凶暴になる種族がいるんだよ。魔物避けスプレーが効かないくらいな」
即座に起き上がり、武器を抜く。
相手の姿はまだ見えないが、茂みの中に相当数隠れている。
集中すると、たくさんの魔物の息づかいが聞こえてくる。
明日斗が深呼吸して、臨戦態勢となった、その時だった。
茂みの中から、音を立てて魔物の群れが現われた。
「くそっ、レッサーリカオンかッ!」
四足歩行と二足歩行を巧みに使い分ける、犬型のモンスター。
牙と爪でハンターに襲いかかる、Cランク上位の強敵だ。
既に周囲はリカオンに囲まれている。その数ざっと二十体。
無理矢理包囲網を突破できないこともないが、鞄を背負う隙を見逃してはくれまい。
鞄の中にはハンター証と保存食が入っている。
このまま放置して逃げる選択肢はない。
つまり――、
「戦うしかなさそうだな」
「馬鹿言え、さっさと逃げろ!」
「出来るもんならやってる」
こちらは実質Bランク。相手はCランクだが二十体近くいる。
一対一なら余裕だが、数で圧されればこちらが危うい。
明日斗は視線を動かさず、システムを起動する。
流れるような手つきで、ポイントをステータスに割り振った。
○名前:結希 明日斗(23)
レベル:45 天性:アサシン
ランク:C SP:25→0
所持G:100198
○身体能力
筋力:75 体力:60→70 魔力:19
精神:19 敏捷:115 感覚:65→80
○スキル
・中級短剣術Lv3(6%)
・致命の一撃Lv2(64%)
・回避Lv5(13%)
・跳躍Lv4(94%)
・記憶再生Lv3(70%)
・可死の魔眼Lv2(78%)
・リターンLv2(0%)
長期戦を見越して体力を底上げ、さらに奇襲に備えるため感覚を上げた。
(これで、戦う!)
明日斗はシステムを消し、呼吸を止めた。
次の瞬間。
「シッ!!」
瞬き一つで、明日斗はリカオンの喉元を切り裂いた。
人工灯無き闇の中、可死の光はよく目立つ。
すぐさま反転し、別のリカオンに向かう。
その前に、早くも反応した個体が明日斗を襲う。
爪の攻撃を寸前のところで回避。
懐に潜り込み、命脈を一突き。
即座に離脱。
大勢のリカオンが、コンマ一秒前まで明日斗が居た場所に爪を振り下ろした。
絶命したリカオンが巻き添えを食らい、一瞬でズタズタに引き裂かれた。
リカオンの群れが、明日斗を見失った。
僅かな隙で、死角に入り込んだのだ。
だが相手は嗅覚が鋭い。すぐにこちらの居場所を見つけるだろう。
その前に――、
「――ッ!!」
静かに、素早く、命を綺麗に刈り取っていく。
夜はアサシンにとって有利な舞台。
たとえ凶暴化したリカオンが相手だろうと、あっさり手玉に取れるほどだ。
リカオンを圧倒しながらも、明日斗は僅かな焦りを感じていた。
(一体、どれだけいるんだ!)
倒せども倒せども、魔物の気配が減っていかない。
むしろ、魔物の血が流れ出るせいで、他の魔物まで引き寄せているようだ。
「あーあ、だから逃げろって言っただろ」
「うるさい、黙れ」
「ここはダンジョンやゲートじゃねぇ。魔物の死体は残るんだぜ。血の臭いに気づいた魔物が次から次へとやってくる。どうすんだ? ほら、どうすんだよ?」
「く……」
悔しいが、アミィの言う通りだ。
ダンジョンやゲートでは、魔物の死体は次元の狭間に飲み込まれる。
だがゲートがブレイクし、この世界に降り立った魔物は、死んでも死体が消えてなくならない。
死体が残るからこそ、様々な素材が剥ぎ取れる。
素材を使えばハンター用の強い武具が生み出せるし、売却すればいいお金になる。
本来はありがたい状況が、今は恨めしい。
死体から発する臭いが新たな魔物を呼び、周辺一帯が殺気で淀んできた。
集まった魔物の中には、ボスとおぼしき強い気配もあった。
それが、いつこちらに襲いかかってくるのか考えると、気が気ではない。
次から次へと魔物が押し寄せる。
次第に、攻撃が間に合わなくなってきた。
「くっ……」
徐々に、明日斗は後ろに押されていく。
だが後ろにも、魔物が待ち構えている。
倒しても倒しても、魔物が減らない。
魔物には恐怖がないのか。
前の魔物が一瞬で殺されても、後ろの魔物はまるで気にすることなく襲いかかってくる。
このままでは押しつぶされる。
「う、おおおおお!!」
声を上げ、一気に攻めに出る。
その時だった。
明日斗の足が、絶命して地面に倒れた魔物に引っかかった。
「しま――」
必死に体勢を立て直そうとするも、相手はCランクの魔物。僅かな隙を見逃してはくれない。
強い力で腕を掴まれ、身動きを封じられた。
失敗した。甘く見ていた。こんなはずではなかった。
今の自分なら出来ると――思い上がっていた。
頭の中で、後悔が回る。
「あーあ、駄目だったか。まあ、天狗になった人間にゃお似合いの末路だな。せいぜい魔物の臭い口の中を堪能して逝けや」
アミィの姿が、魔物の向こうに消えた。
次の瞬間、無数の牙が体に食い込んだ。
激しい痛みとともに、明日斗の意識が闇の中へと消えていったのだった。




