魔物を避けて初キャンプ
少し歩くと、ちらほら魔物の姿が見られるようになった。
フェアリーキャット、ウッドワーム、ローゴブリン。いずれもEランクの魔物だ。
格の違いを本能で察知しているのか、遠巻きから明日斗を眺めるばかりで、近づいてくる気配がない。
「倒さないのか?」
「ああ。大して経験もないからな」
Eランクの魔物を何十匹倒したところで、明日斗のレベルは上がらない。
追ってまで倒すのは時間の無駄だ。
襲ってくるものだけと戦い、先へと進んでいく。
(どれくらい移動に時間がかかるかわからないから、なるべく急ぐか)
足下に気をつけながら、明日斗は走り出した。
草木が生えたアスファルトは、所々穴が空いていたり、割れている。
そんな路面でも、意識することなく普段通りに走れる。ステータスが大幅に上昇したおかげだ。転んだり、足を捻る不安を微塵も感じない。
「なあ明日斗。どこまで行くつもりなんだ?」
「遠くまで」
「……お前、またなにか隠してんな?」
「さて、な」
内心ぎくりとしたが、表には出さない。
あらかじめ情報を渡すと――アミィは裏で他の天使と情報を共有出来ないとは言っていない――邪魔が入る可能性がある。
たとえば福岡にある吉武高木遺跡に行くと伝えた場合、他の天使に情報を流し、他のハンターが明日斗の前に立ちはだかるとか……。
だからなるべく、相手が対応出来なくなるギリギリまで予定を伝えたくはない。
しばらく走ると、徐々に魔物のランクが上がってきた。
ロックワームにゴブリンエース、レッドキャップなどDからCランクの魔物が、明日斗に襲いかかってくる。
「くっ……」
短剣を抜き、スキルを意識しながら魔物を倒していく。
まだまだ苦戦するようなレベルではない。
だが、一度に襲ってくる魔物の数が多いため、手を焼かされる。
「おおう、ゲートとかダンジョンと違って、うじゃうじゃいるんだな」
「ハンターがいないからな」
外地のゲートは基本的に放置されている。攻略するハンターがいないからだ。
なのでほとんどのゲートは、そのままブレイクする。
おまけに駆除するハンターもいないので、魔物は増える一方だ。
明日斗は襲いかかる魔物を、次から次へと一撃で倒していく。
「おお、強ぇ強ぇ。やっぱお前、すげぇよ」
「心にもないことを」
この調子で襲われ続けたら、想定よりも行程が遅れてしまう。
明日斗は目の前のレッドキャップを蹴り上げ、全力で逃走。
いかにCランクの魔物とはいえ、実質Bランクを超えるステータスの明日斗には追いつけない。
しばらく走り、魔物をあらかた撒いたあと、明日斗は速度を緩めてゴールドショップを開いた。
○魔物避けスプレー 500G
説明:自分よりもランクの低い魔物を退けるスプレー型魔道具。効果は抜群。ただし非常に成分が強いため、お肌が弱い人はかぶれるかも。
走りながらスプレーを購入し、自らに吹きかける。
するとその直後、これまで感じていた周囲からの敵意が、途端に薄くなったのを感じた。
「おお、効果てきめん」
「魔物避けアイテムに気づきやがったか……チッ」
「……」
「~~♪」
舌打ちを目で咎めると、そっぽを向いて口笛を吹き出した。
(なんて野郎だ)
太々しいアミィの態度に、こめかみがピクピクする。
明日斗は天使を殺せるスキルを持っている。
だが、殺せばハンターの能力のすべてを失う。
だからアミィは殺せない。
それをわかっているから、このような態度に出られるのだ。
「前みたいにビクビクしてる方がマシだったな」
「ああん? 喧嘩売ってんのか?」
「聞くまでもない質問だな」
「野郎! いいぜ、来いよ。アミィ様が相手になってやる!」
しゅっしゅっ、と拳を前に突き出す。
しかし彼の拳は明日斗の眉間を通り抜けていく。
何も痛みはないが、ものすごく邪魔だ。
「おい、そこをどけ」
「どいて欲しいなら、それ相応の礼儀ってもんがあるよなあ? おおん?」
「うっざ……」
「ケケケッ!」
何の実にもならない会話をしながら、順調に進んでいく。
人が居なくなり、破壊された街の景色が過ぎ去っていく。
夕方になる頃には、小田原に到着。
秀吉が一夜のうちに城を築いたことで有名な跡地――公園で野営することにした。
(この調子なら、一週間あれば福岡に到着出来そうだな)
焚き火の前で保存食を胃に流し込みながら、明日斗は携帯電話を確認する。
電波は圏外。小型基地局のほとんどが死んでいるので無理もない。
「念のためバッテリーを用意してきたが、無駄遣いだったか……」
これではただの時計だ。
それでも、ないよりはいい。
明日斗は思考を前向きに切り替える。
時間は夜の八時。約十時間走りっぱなしで、東京から小田原まで到達出来たのだから、相当な速度である。
「ハンターになる前だったら、考えられなかったな」
食事を終えると、すぐに横になる。
明日斗はジャケットのファスナを上げて、焚き火の前で丸まった。
空を見上げると、満天の星空が広がっていた。
小さく弱々しい光まではっきり捉えられる。
弦月で月明かりが弱いせいもあるが、人工の光がないからこれほど綺麗に見えるのだ。
その美しさに息を漏らすと、空中で白く色づいた気がした。
昼間は暖かかったのだが、ずいぶんと気温が落ちてきた。
だが、ステータスが上昇しているおかげか、そこまで寒さは感じない。
気温よりも気になるのは、背中のゴワゴワ感だ。
「一応、いい場所を選んだつもりだったんだけどな」
公園は草木が繁殖し放題で、ところどころ明日斗の背丈を超えるほどの草もあった。
一応、中でも草の少ない場所を選んだのだが、背中の異物感が強い。
日々手入れしていた作業員の労力が、いかに大事だったかを思い知らされる。
「除草しておけばよかったか……」
かといって、草を刈るために短剣を使いたくはないし、除草剤など持っているはずもない。そもそも除草剤があったところで、効果が出るのは先なので、意味はない。
ゴールドショップにも除草剤があるにはある。
名前は『除草毒』。かなり即効性の高いアイテムだが、小さなアンプルに入っていて、広範囲の除草には向かない。
おまけに『除草毒』というだけあり、人間にとっても致死性の毒になる。
そんなものを撒いた場所で眠れるはずがない。
一見するとただのゴミだが、とある使い方をすればこの世界では唯一無二の貴重なアイテムに化ける。
現時点においてこの除草毒の正しい使い道を知る者は明日斗しかいないが、効果が限定的すぎて、使い道を知っていてもあまり意味がない。
(そもそも、いきなりそんなものを作っても、アミィに警戒されるだけだしな……)
「おい明日斗」
「なんだよ?」
「お前、まさかこんなところで寝るつもりか?」




