外の世界へ
遠征の準備が終わった翌日、明日斗は大きなバックパックを背負って、外地に繋がる外壁の西側へ向かった。
「いよいよ遠征か。外はどんなとこなんだろうな」
「さあな。俺も直接見たことはないから、どうなってるかはわからない」
外地は、前回の明日斗では足を踏み入れる権利すらなかった場所だ。
いやが上にも期待が高まる。
いよいよ、西門に到着するという時――そいつが現われた。
「悪人、結希明日斗、おれと勝負っす!」
「何故こうなった……」
館川正義を前に、明日斗はがくっとうなだれる。
(館川って、初対面の相手に絡むようなやばい奴だっけ?)
前回の経験から館川の記憶を引き出す。
しかしどれだけ〈記憶再生〉で掘っても、出てくるのは彼がどれほど強い盾士だったかと、親がテレビ局の会長職に就いている良家の子だということくらい。
性格の情報は、何も出てこなかった。
「さあ、かかってこいっす!」
館川が大声を出すものだから、周りの視線が痛い。
まるでこちらが悪者にでもなった気分だ。
「お前はハンター法を知らないのか?」
「そうやって逃げるつもりっすか。もしかして、チキンっすか?」
館川が口を曲げた。
見え透いた挑発だ。そのようなものに引っかかるような明日斗ではない。
しかし、
「おい明日斗、喧嘩売られてっぞ! 殺せ!」
「おいっ」
斜め上の住人が顔を真っ赤にした。
「なんでお前が怒ってんだよ」
「明日斗を罵倒していいのはオイラだけなんだよ!」
「ぶっ飛ばすぞ?」
拳を握りしめると、アミィが真っ青になって両手を口に当てた。
たとえ相手が悪人であっても、他人を罵倒しちゃいけないと教わらなかったのか。
そもそも、明日斗がどれほど本気で攻撃しようとも、守りに入った館川は殺せない。
逆にこちらが殺されるだろう。
彼は〝そういう〟スキルを持っているのだ。
「ハンター同士でじゃれ合いたいなら、訓練施設にでも行け」
「結希明日斗も来るなら行くっす」
「そんな時間はない。俺は忙しいんだ」
「じゃあここでやるっす!」
「お前、人の話聞いてるのか?」
「そっちが来ないなら、こっちから行くっす!」
そう言って、館川が自前の盾を構えて明日斗に突っ込んできた。
本当に人の話を聞いていない。
「正義の鉄槌ィ!!」
明日斗はため息をひとつ吐き、館川の突進を回避。
館川が横を通り抜ける直前で、足を振り上げた。
「いい加減にしろ」
「ギャボンッ!!」
ハイキックのカウンターが顔面に炸裂。
地面に倒れ込んだ館川が「ぐおお」と呻きながらもんどりをうつ。
「よし、逃げるぞ」
「殺さないのか?」
「殺さん!」
過激な住人に突っ込みを入れながら、明日斗はその場を全速力で遠ざかる。
その背中には、冷たい汗が浮かんでいた。
(危なかった……)
館川は今後、日本最強の盾士として名を馳せる。
そこまで成長出来たのは、彼が非常に珍しいスキルを所持していたからだ。
〈完全反射〉――相手からの攻撃を、完全に反射するスキルだ。
攻撃が強ければ強いほど、〈完全反射〉で反射するダメージも強くなる。
タンク専門ハンターとして、最強のスキルである。
唯一の弱点は、〝ガードしている時しかスキルが発動しないこと〟だ。
明日斗は館川が攻撃してきた隙を突いて、カウンターを決めた。
もし彼が攻撃してこなければ、しばらくつきまとわれていたかもしれない。
あるいはカウンターを狙った瞬間に防御に回られたら、地面を転がっていたのは自分だっただろう。
(下手したら、体が当たっただけでもダメージが戻ってくるからな……)
「それにしてもアイツ、お前を悪人って言ってたな。一体何をやったんだよ?」
「知らん。そもそもあいつとは初めて会う」
「へえ。じゃあなんで絡まれたんだ?」
「人違いだったんじゃないか?」
しっかり明日斗の名前を口にしていたので、人違いではないはずだ。
だからといって、悪事を働いた心当たりもない。
(一体何だったんだ?)
考えるけれど、全く身に覚えがない。
答えが出ないまま、明日斗は西門に到着したのだった。
西門にたどり着いた後、ハンター証を提出し、身体チェックを受けた。
その後、五重になっている扉を、内側から一枚ずつ越えていく。
扉は、後ろが閉まらない限り、前が開かない仕組みになっている。
絶対に魔物を侵入させないための仕掛けだが、やたらと時間がかかって仕方がない。
やっと最後の扉が開かれた時、目の前には、壁のない世界が広がっていた。
「……うわぁ、すごい」
アスファルトから緑が芽吹き、所々で花が咲き誇っている。
壁の内側とはまるで違い、空気が澄んでいる。
もしこれが何もない大自然であれば、この風景をただただ楽しめたに違いない。
「人間がいなくなっただけで、こうも緑化するものなんだな」
かつて首都圏だった街には、多くの緑が生い茂っていた。
草木がアスファルトやコンクリートに根を生やし、すくすくと成長している。
あたりは恐ろしく静かで、風が葉を揺らす音しか聞こえない。
壁の内側とはまるで違う、退廃的な世界に、胸がぎゅっと締め付けられる。
(十年後、天使たちに襲われた後の東京も、いずれはこんな姿になるんだろうな……)
外の世界は初めてだ。念のため、メモリポイントを設置することにした。
メモリポイント
・ポイントA 2030年4月5日12:00
・ポイントB 2030年4月7日16:13
・ポイントC ――
(おっ、設置出来るポイントが増えてる。〈リターン〉がレベルアップしたからか)
ポイントAは覚醒時。ポイントBはBランクゲート攻略前だ。
これらは、なにかあった場合の帰還地点としていずれも重要だ。
出来れば消したくなかったので、ポイントCの出現は丁度良かった。
これ幸いと、新しいポイントにセーブする。
メモリポイント
・ポイントA 2030年4月5日12:00
・ポイントB 2030年4月7日16:13
・ポイントC 2030年4月11日10:36
「そろそろ行こうぜ」
「ああ」
アミィの催促に我を取り戻した明日斗は、一路西へ向かって歩き出した。




