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蠢く悪意

 至誠ギルド所有ビルの最上階。

 氷室青也が、一人の男と打ち合わせをしていた。


 高い身長に、すっきりした顔立ち。エメラルドの瞳を持つその男は、卯月カイン。

 至誠ギルドの幹部であり、氷室の右腕だ。


「〝あいつ〟の裏は取れた?」

「はいぃ。他もいろいろと当たってみましたがぁ、ハンター協会のネズミから教わった情報に間違いありませんでしたぁ」

「そう。じゃあ、もう一度あいつの素性を教えてもらえるかな」

「結希明日斗、二十三才。五年前の第一次アウトブレイクで両親を失いぃ、現在一人で生活。親族はおらずぅ、仲の良い友人も一人だけ。第二次アウトブレイクで覚醒してからは、ハンターとしてソロで活動してますねぇ。個人所有のSNSはなくぅ、ギルドとの繋がりもありませんでしたぁ」

「そう。じゃあ…………」

「はいぃ。こっそり消してもぉ、問題ありませんー」

「それは僥倖だ」


 氷室はゆっくりと顎を引いた。

 今回、結希殺害の計画を動かしたのは、氷室本人だ。


 結希明日斗は、間違いなく日本のハンターのトップに君臨するだろう、ポテンシャルを秘めていた。


(対面したときの、あの隙のなさ。どこから攻撃しても対応しただろうね)


 あれだけの戦闘力を、覚醒してから一週間もせぬうちに手に入れたなど、まるで想像出来ない。


 それだけの才覚がある男だ。

 なんとしてでも、至誠ギルドで手に入れたかった。


 だが、マスター自らが赴いた勧誘は、失敗に終わった。


 その理由が、他の大ギルドに先を越されたからならば、氷室も手を引いただろう。

 しかし、大ギルドからの勧誘は至誠だけ。中小ギルドからの誘いも受けていなかった。


 理由は最後まで聞き出せなかったが、想像はついている。


『ギルドを立ち上げる気か?』と尋ねた際、結希の返答に僅かに間があいた。

 それを、氷室は見逃さなかった。


(きっと、ギルドを立ち上げる気だ)


 もし、日本最速でCランクに上がったハンターがギルドを立ち上げたら……。

 猛烈な勢いで他を追い抜き、三大ギルドを脅かすまでに成長するだろう。


「マスタぁ、質問なんですが、どうして結希なんて木っ端ハンターを消すんですぅ?」

「それは彼が、日本最速でCランクに至った〝公式記録を作ったハンター〟だからだよ」

「はあ」

「合点がいかないようだね」

「はいぃ。〝ただそれだけ〟じゃないですかぁ」


 日本最速Cランクという、公式記録は凄まじい。

 だが、氷室と比べると『ただそれだけ』。


「ふふ……。非公式記録なら、氷室の方が早いものね」


 空中に漂うエリゴスが嗤った。


 エリゴスは氷室の天使であり、影のブレーンでもある。

 今氷室が日本最強の魔術士でいるのは、〝彼女〟がいちから導いてくれたからだ。


 世界最速Dランク、Cランクの偉業を達成出来たのも、彼女のおかげである。


「でもね、あれを放置するのは危険よ。戦闘力的にはまだ問題ないけど、でも不穏な噂が〝私〟の耳に入ってる。絶対に見逃しちゃ駄目。潰しなさい」

「……」


 今回の計画を動かしているのは氷室だが、立案したのはエリゴスだ。


 だから氷室は、何故結希を見逃してはいけないのか、理由が一切わからない。

 木っ端ハンターなど、別に見逃せばいいじゃないかとさえ思っている。


(でも、エリゴスがそこまで言うなら……)


 実績は嘘を吐かない。

 エリゴスの言う通りに動いた氷室は、すべてが上手くいった。

 逆に彼女の言いつけを破った時は、大抵失敗した。


 だから、氷室は(たとえ疑問があろうとも)エリゴスの指示に従うことにしている。


「……三大ギルド体勢になってから、もう三年かな。状況はずいぶん安定したけど、その分、人は変化を求めるようになってきた」

「はぁ」

「もし結希明日斗がギルドを立ち上げたら、才能に惹かれたハンターが次々と集まって、一大勢力になる。民衆からの支持も得られるだろうね。いずれ、ぼくらを脅かすほどの力を手に入れる可能性がある。それじゃあ困るんだよ」

「なるほどぉ、たしかにそれは厄介ですねえ」

「大ギルドは三つで十分。それ以上は不要だよ」


 現在三ギルドで分け合っている様々な利権が、新ギルドに奪われる可能性がある。

 至誠ギルドの利権も、確実に縮小するだろう。


「希有な才能は毒にも薬にもなる。結希明日斗は〝ぼくらにとっての毒〟になる道を選んだんだ。だから、これ以上成長する前に舞台から下りてもらう」

「委細承知しましたぁ」

「ああ、といってもいますぐ消したらマスコミが嗅ぎつけるかもしれない。しばらくは動かないようにね」

「はいぃ。世論形成はぁ、マスタぁにお願いしても?」

「もちろん。その後の手段は――」

「お任せください。それが、わたしの仕事ですからぁ」


 にたり。卯月が口を曲げた。

 相変わらず恐ろしい笑みだ、と氷室は思う。


 今は彼の手綱を握っているから良いものを、もし他のギルドに彼が取られていたらと思うとぞっとする。


 彼は――卯月は、人を躊躇いなく、美しく、中でも残虐な方法で殺す。

 至誠ギルドきっての暗殺者だ。


 結希明日斗殺害は、彼に任せておけば問題ない。

 そう確信出来るだけの、信頼と実績が彼にはあった。


「ああ、そういえば――」


 卯月から提出された資料を眺めていた時だった。

 氷室はふと、ちょろちょろとうるさい小バエの存在を思い出した。


「ハンター協会に、こそこそ調べ回ってる小バエがいるって、前に話してたよね。いいタイミングだし、結希と一緒に処分していいよ」


 氷室が資料に印刷された、とある職員の顔写真を指さした。

 それだけで、己の成すべきことをすべて理解したのだろう。

 卯月がニタァと嗤った。


「了解しましたぁ」

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