記憶の入れ墨
金満の一言一言に、周囲のメンバーの顔が青くなっていく。
こちらに矛先が向かないか、怯えているのだ。
さすがはハウンドドッグ。
他人だけでなく、ギルドメンバーでさえ暴力と恐怖で支配しているようだ。
「――そうだ、いいこと思いついた。お前、うちのギルドに入れ。うちのギルドはいいぜ。他のギルドと違って自由がある! 何をやってもいい」
「何をやっても?」
「ああ。欲しければ奪えばいい。いらつく奴は殺せばいい。それが、本来生物が持っているはずの自由だ。部下に金を貢がせてもいい。うちのギルドなら、下の奴らにゃ何をやっても自由だ」
「そうなのか」
「どうだ、ハウンドドッグに入らねえか? ギルドに入れば、これまでのお前の行動を見逃してやってもいい」
「なるほどな」
ハウンドドッグはギルドの中でも中堅以上だ。
規模は大きく、高価なアイテムもギルド内で回っていると言う噂がある。
前回の明日斗なら、この勧誘を魅力的に感じられたかもしれない。
だが――、
「答えは?」
「お断りだ」
自由と好き勝手は違う。
自由には責任が伴うが、好き勝手な生き方には責任もなければ品性もない。
明日斗の目標は、強かった頃の神咲真生だ。
ハンターとしての責任を一身に背負い、格上の魔物にも挑んでいった氷血姫だ。
ハウンドドッグはその対極にあるから、微塵も惹かれない。
「そうかそうか。だったら仕方ねぇな」
男が軽く手を上げた。
それと同時に、他のハンターが横に広がった。
「……悪いが、相手してる暇はない。そこをどいてくれ」
ハウンドドッグと戦っている時間はない。
今すぐ神咲のいる病院に行かなければ、母親の命が尽きるかもしれない。
もし母親が死ねば、これまでの努力が水の泡だ。
「はいそうですかって、通すと思ってんのか?」
「――ッ!」
横を通り過ぎようとした明日斗は、殺意を感じてバックステップ。
眼前を、男のつま先が通り過ぎた。
明日斗は武器に手をかけながら、じっとハンターを見回した。
「…………」
近接系ハンターならば、動きで攪乱すればどうにかなる。
しかし、ハンターの中には杖を持っている者がいる。
魔術攻撃だけでなく、デバフまで飛んでくるとなると、逃げ出すのはまず不可能だ。
そもそも、何故彼らがここにいるのか甚だ疑問だ。
今は、まだ日も上がらない朝の四時。
いくらここが眠らない街といえど、人通りはかなり少ない。
この場所にゲートが発生したことすら、知らない者がほとんどである。
この時間帯に、どうやって彼らは明日斗がここに入ったことを認知出来たのか?
たとえ優秀な情報屋であっても、明日斗の居場所を掴むにはあまりに早すぎる。
(……内通者か)
ゲートを発見した場合、第一発見者はハンター協会に報告する義務がある。
そのハンター協会の中に、ハウンドドッグに通じている者がいると仮定しなければ、これほど速く、それも明日斗を狙ってこの場に集ったことに説明が付かない。
(くそっ、ハンター協会の管理体制はどうなっているんだ)
明日斗は内心悪態をつく。
「ハウンドドッグに、正面きって喧嘩を売ってきた愚か者は久々だからな。オレが直々に相手してやる」
男は笑みを浮かべ、ネクタイを緩めた。
まるで、人を殴り殺すことが人生の楽しみであるかのような、歪んだ笑みだ。
「頼むから、そこそこ抵抗してくれよ。じゃなきゃ、楽しめねぇからよ」
男がシャツを脱いだ。
その体は均整が取れており、美すら感じるほどだった。
彼の筋肉は、不必要には盛り上がっていない。見せるためのものではなく、実戦のためだけにあるものだからだ。
彼はポケットから、鈍色に輝くナックルを取り出しはめた。
(拳闘士か、厄介だな)
拳闘士はアサシンと同じく、敏捷で相手を翻弄し、一撃必殺の攻撃を繰り出すタイプのハンターだ。
ランクは同じくらいか少し上。
(こんなところで時間を浪費してる場合じゃないのに……!)
胸の中で、焦りと不安が膨らんでいく。
明日斗は頭を悩ませた、その時だった。
男の肩に描かれた入れ墨に目がとまった。
その入れ墨は、中心にオオカミが描かれていた。
この模様を、明日斗は忘れようはずもない。
(……そうか、こいつらか)
前回、神咲に乱暴を働き、彼女からあらゆるものを奪った。
その集団は、ハウンドドッグだったのだ。
途端に、焦りと不安が消え失せる。
腹の底の奥底で、ボッと灼熱の炎が灯った。




