取得不能な偉業
ロードが口を開いた、次の瞬間。
明日斗は左手の短剣を全力で投擲。
――ザクッ!!
短剣がロードの喉元に浅く刺さった。
投擲スキルがなく、武器も弱かったため、急所への攻撃でも致命傷には至らない。
しかし、効果はあった。
「カッ――ハッ!!」
丁度、上気道あたりに当たったことで、衝撃が喉を圧迫。
咆哮を出す前に、ロードが反射的に咳き込んだ。
両手で喉を押さえ、前のめりになる。
その隙を、見逃す明日斗ではない。
相手の体に集中し、意識を高めていく。
より強く、より鮮明な可死の光を発見。
流れるような手つきで、明日斗は短剣を突き出した。
可視光が、最も強く輝いたのは、攻撃を繰り出した瞬間のコンマ一秒。
まさに刹那のタイミング。
がら空きになったロードの胸に、明日斗は短剣を深々と突き刺した。
心臓の脈打つ鼓動が手先に伝う。
死は、まだ訪れない。
(まだか!)
ドクドクと、血液が傷口から溢れ出す。
しかしまだ、心臓は止まらない。
ロードが両手を広げた。
明日斗を絞め殺すつもりだ。
道連れになる気はさらさらない。
明日斗は短剣を力任せに捻る。
「グアァァァァ!!」
胸から、口から、血が噴き出した。
手先に伝わる脈動が、ようやく止まる。
つかみかかろうとしていた手が、下がった。
短剣を抜き、バックステップ。
支えを失ったロードの体が、ゆっくりと前に倒れ込んだ。
「……ふぅ」
起き上がる気配がないのをしっかり確認してから、明日斗は残心を解いた。
まさか心臓が貫かれてもまだ動けるとは、思いも寄らなかった。
恐るべき生命力の高さである。
「う、わ……マジで倒しちまいやがった……」
明日斗の横で、アミィが青ざめている。
「お前、マジでどんなスキルを持ってやがるんだ……」
「さてな」
「もしかして、〈成長加速〉か?」
「っ……」
そんなスキルもあるのか!
明日斗は内心羨望の思いがこみ上げた。
だがそれをおくびにも出さず、
「……よくわかったな」
「嘘つけ! ぐぬぬ……」
「まあ、今回は俺も倒せるとは思ってなかったさ」
「涼しい顔してよく言うぜ。で、ずっと気になってたんだが、どうしてBランクゲートに挑んだんだ? さすがのお前でも、一歩間違えれば死んでたぜ?」
「だろうな」
大当たり。七十回以上死んだ――などとは口が裂けても言えない。
明日斗は慎重に表情を消して、口を開く。
「少しでも速く強くなりたかったからだな」
その言葉に、嘘はない。
明日斗は少しでも速く成長し、誰よりも強くなって、万全の状態で十年後の侵略に立ち向かいたい。
しかし、本当の狙いは別にあった。
明日斗はシステムを開き、インベントリ・カートを確認する。
(……あった)
Bランクゲート攻略報酬があり、明日斗はほっと胸をなで下ろした。
○神樹の朝露(SSR)
説明:神樹の新芽についた朝露を集めた霊薬。これを口にすれば、どのような外傷もたちまち治癒する。ただし病には効果がない。
明日斗がこのダンジョンに来た理由は、このアイテムを入手するためだ。
これがあれば、神咲の母親を助けられる。
神咲のために、明日斗が命を賭けて朝露を手に入れる義理はない。
見返りだって、なにもないのだ。
だが、明日斗は神咲が天使に唆されていることに気づけなかった。
きちんと頭を働かせていれば、彼女が罠にかかっていると気づけたはずなのだ。
だからこれは、自分のせいで苦しんだ神咲への、精一杯の贖罪だった。
未来の情報から、明日斗はBランクのゲートの出現時間がわかり、さらにそのゲートの報酬で『神樹の朝露』がドロップすることを知っていた。
これがあれば、神咲の母が助けられる。
だから遙か格上のBランクゲートに挑んだ。
強い魔物と戦うことに、もはや恐怖はない。
恐ろしいのは、自分が愚かなばかりに、他人の未来が消えることだ。
だから明日斗は戦った。
帳尻が合わせられるなら、いくら死のうと構わない。
百回死んでもクリア出来ない壁だって、明日斗には〈リターン〉がある。
戦った経験を、持ち越せる。
だからきっと、百一回目は上手くいくかもしれない。
一万回死のうと、百万回死のうと、自分さえが諦めなければ、可能性は絶対に消えない。
そう信じて、ひたすらに突き進んだ。
結果、Bランクゲートを無事攻略出来た。
あとは神樹の朝露を神咲に渡すだけだ。
(あれっ、もう一つアイテムがあるな)
狙いのものとは別に、もう一つアイテムがインベントリに入っていた。
その理由は、ステータスをタップして判明する。
>>新たな偉業を達成しました
・Bランクのゲートを、単独かつBランク以下で攻略
報酬1:ALLステータス+5
報酬2:風壁のリング
「これか」
偉業達成により、ステータスが一気にレベル6つ分も上昇した。
ぱっと見は破格の報酬だが、達成条件が恐ろしく高難易度だ。おそらく地球上のほとんどのハンターは達成不能である。
○風壁のリング(SR)
説明:風壁を展開出来る魔道具。使用者の魔力を吸い取って、弓矢などの攻撃を防いでくれる。使用者の魔力が尽きた場合は発動しない。
(これ、売ったらいくらになるんだ……)




