強大なボス
明日斗の横で、アミィが体を震わせた。
無理もない。アミィにとっては、覚醒してからほんの数日の出来事なのだ。
たった数日のうちに、GランクのハンターがBランクの魔物と対等以上に渡り合う姿を見れば、誰だってこういう反応をする。
「お前は戦闘の天才だ」
「いや、俺は天才じゃない」
明日斗は首を振る。
天才なら、死なずに強くなれる。
天才じゃないから、才能がかけらもないから、命をいくつも失わなければ成長出来ないのだ。
「お前が天才じゃなかったら、誰が天才なんだよ」
「……さあな」
天才と言われて頭に浮かんだのは、未来の神咲の姿だった。
誰にも頼らず、どこのギルドにも所属せず、地の底から独りで這い上がり、頂点に至った。
そして頂点に君臨してもなお慢心せず、傲慢にもならず、力を求め続けた。
あれこそが明日斗が思う天才だ。
だがわざわざそれを教える義理はない。
口をつぐみ、明日斗は短剣を抜いた。
右手には黒鋼の短剣を、左手には鉄の短剣を装備する。
このスタイルは、ノーマルオークと戦う中で編み出した。
短剣は片手で扱う武器だ。そのため、短剣が重くなると、重心が乱れやすくなる。
そこで反対側に、バランスをとるための錘代わりに、鉄の短剣を持つことにした。
これが、上手くいった。
短剣が二本になったからといって、手数が二倍になるわけではない。
だが、咄嗟の反撃に対処しやすくなったし、なにより相手の意識を両手に分散出来る。
明日斗の攻撃の幅が広がった。
これを戦闘中にアドリブで出来てしまうのだから、中級短剣術は尋常なスキルではない。
「さて――」
呼吸は整った。
連戦での疲労も抜けた。
体調は万全だ。
明日斗は一度深呼吸をしてから、ボス部屋に足を踏み入れた。
ボスはオークロード。
Bランク最上位に位置する、ボスモンスターだ。
ノーマルモンスターに比べて身体能力が何割も高い。
ボスは、パーティで討伐する相手だ。
たとえAランクのハンターであろうとも、ソロでBランクボスの討伐は行わない。
小さなミスが命取りになるからだ。
だが、心配は無用。
明日斗なら、勝つ可能性がたった1%でもあれば――――絶対に勝つ。
「――グオォォォォン!!」
オークロードが咆哮。
その大声に、ビリビリと体が震える。
かかとを浮かせていたはずの足が、べったりと地面に張り付いた。
(――スタンか!)
咆哮にスキルが乗っていたようだ。
明日斗は足を意識的に動かす。
ロードが手にした巨大な戦斧を掲げ、地面を踏み込んだ。
――ドッ!!
空気を破壊するような音とともに、ロードが猛烈な勢いで近づいてくる。
高く掲げられた戦斧が、明日斗に叩きつけられる。
その寸前で、慌てて地面を転がり回避。
次の瞬間だった。
――バリバリバリバリ!!
戦斧が叩きつけられた地面が、蜘蛛の巣状にひび割れた。
頭から、血が落ちる音が聞こえた。
ぞっとして、背筋が震える。
起き上がるなり、明日斗はバックステップ。
ロードとの距離を取る。
「ぬわぁぁぁ!! なんだよ今の攻撃、やべぇよ! 当たったら死ぬよ! どうすんだよ!? お前、絶対死ぬぞ!?」
「ちょっと、黙ってくれ」
アミィの言う通り、万一スタンがもう少し長く続いていたら、明日斗は全身が血煙になっていた。
とてつもない膂力。恐るべき破壊力だ。
なるべく安全な距離を保って、隙をみて攻め入るべきだ――普通のパーティならばそういう決断を下しただろう。
だが、ソロの明日斗が取るべき選択は一つしかない。
――戦え!
相手の膂力は恐ろしい。
だが、攻撃は見えている。
速度はこちらが上。
足で攪乱して隙を作り――可死の光を貫く。
そのためにも、徹底的に攻め続ける。
――戦え! 戦え! 戦え!
明日斗は集中力を高めていく。
あらゆる音が消え、世界には自分とロードだけになる。
「すぅ……」
息を吸って、止める。
次の瞬間、明日斗は全力で地面を踏み込んだ。
瞬き一つでロードの懐に入り込む。
相手が反応。
横向きに戦斧が振るわれた。
屈んで回避。
頭の上を音を立てて死神が過ぎ去った。
その隙に脛を切りつける。
(甘い!)
光のラインから僅かにずれた。
ロードの足先がピクリと動いた。
うなじがチリチリする。
直感に従いサイドステップ。
次の瞬間、
――ボッ!!
コンマ一秒前まで明日斗がいた場所を、ロードの足が素通りした。
この足蹴りだけでも、防具のない明日斗にとっては致命的だ。
一撃たりとも、受けられない。
(光の線が見づらいな)
ボスの生命力が高すぎるからか、あるいはレベルに開きがあるからか。ノーマルオークに比べ、ロードの体に浮かび上がる可死光は、とても弱々しい。
だが、隙が生じれば、光が強くなる。
(攻めの方針はそのままだ)
隙を作り、可死光を斬る。
そのために、もっと速く。もっと正確に。
死に直面し、明日斗のギアが一気にトップに入る。
世界がコマ送りになる。
相手の息遣いさえ感じられる、とても静かな世界。
その中で明日斗は、ロードに攻撃を仕掛け続けた。
「うおおおおおお!!」
僅かでも引けば、あっという間に飲み込まれる。
弱気になりそうな心を奮い立たせる。
ロードとの体格差は五倍以上。
巨大な体躯の威圧感は凄まじい。
その反面、死角も大きい。
脛、腱、足の甲、膝裏、手首。
明日斗は相手が嫌がる場所を斬りながら、意識的に死角に入り込む。
嫌らしい攻撃の連続に、ロードの目の色が赤くなっていく。
「スゥゥ……」
明日斗の耳が、小さな擦過音を感知。
ロードが僅かに胸を張る。
――咆哮が来る。
現在ロードの間合いにいる明日斗がスタンすると、死が確定する。
今から慌てて距離を取っても、間に合わない。
であれば、やることは一つ。
(――攻める!!)




