まやかしの手がかり
相手を見切ったリーダーは、肩で風を切りながら二人に近づいた。
こちらは平均Dランクのハンターが十六人――見張りが三人気絶したので、十三人は戦える。
対してあちらはたったの二人。それも初心者だ。
――殺生与奪権はこちらが握っている。
「おいクソ野郎。よくも俺たちハウンドドッグのシマに手ぇ出しやがったな」
「……」
「くそっ、ボスまで狩りやがって!」
リーダーが男の足下に落ちている大きな魔石を見て悪態をついた。
どうやら彼は、既にボスを討伐してしまったようだ。
(なんてこった。これからボスを倒す予定だったってのに……)
リーダーは血がにじむほど奥歯を噛む。
最低でも、ボス討伐分の金は巻き上げなければ、ギルドの幹部に殺される。
このダンジョンの討伐チームの頭を任されたリーダーは、粛正の二文字に怯えた。
「どう落とし前をつけてやろうか」
「おっ、リーダー。あそこの女、かなりな上玉ですぜ!」
「……そりゃいい」
女を幹部への手土産にすれば、こちらの被害はある程度軽減出来る。
「おいテメェ、そこにいる女を置いていけ。そうすりゃ半殺しで済ませてやる」
無論、半殺しで済ませるはずがない。
飽きるまで殴り、飽きたらダンジョンの中で殺して魔石に変える。
報酬の魔石が一つ増えるついでに、口封じも出来る一石二鳥の手だ。
リーダーの言葉は、しかし男の耳にまるで入っていない様子だ。
足下の魔石をポケットに入れ、女の手を取った。
「おいテメェ、聞いてんのか!?」
「ぶっ殺すぞコラァ!!」
「すかしてんじゃねぇぞ!!」
仲間達が一斉に怒声を上げた。
だがそれにすら、男は一切反応せず、
「行こう」
ただ一言静かに、女を誘導した。
「……ぶっ殺してやる」
ここまでコケにされたのは初めてだ。
このままでは自分だけでなく、ハウンドドッグも舐められる。
この世界は舐められれば終わりだ。
地盤が一気に崩落する。
リーダーは抜剣し、いつでも男を切れるよう構えた。
だが、
「やめておけ」
「「「――ッ!?」」」
その一言で、その場が凍り付いた。
男は大声を出したわけでも、強い言葉を放ったわけでもない。
だが、ただ「やめておけ」と言われただけで、体が痺れたように動かなくなってしまった。
(くっ、なんだこれは。まさか、魔術か!?)
弱体化魔術の中には、動きを拘束するものがある。
まさかそれを使ったのではないか?
その思いはすぐさま打ち砕かれた。
「今は、誰でも殺す気分なんだ」
「――――ッ!!」
男は、リーダーが見たことのないような瞳をしていた。
ハウンドドッグのギルマスや、幹部たちよりも、恐ろしい。
あれは、人を殺したことのある目だ。
それも、一人や二人じゃない。十や二十を軽く超えている。
男は、言葉の脅しや武力のハッタリが通じる相手ではない。
――本物だ。
(死ぬ。……殺される!!)
ガクガクと足が震える。
だがその震えさえ、動いていると見なされれば殺されるのではないか?
恐ろしくて、必死の思いで震えを力で抑えつける。
威圧により身動きが取れなくなったリーダーは、ただ男たちが通り過ぎるのを、黙って見守ることしか出来なかった。
○
「今は、お母さんと一緒にいたほうがいい」
ダンジョンを出て地上に戻った明日斗は、神咲を母親のいる病院まで送った。
さらに、近くにいた看護師に、彼女の様子を見てもらうようお願いした。
そうしなければ、どんな無謀な行動をとるかわからない。
病院へ送っていったのも、その場で別れれば何をするかわからないからだ。
それほどまでに、神咲は追い込まれていた。
無理もない。
アウトブレイクで重傷を負い、死が間近に迫っている。そんな母を急ぎ救うため、天使の言葉を信じたせいで、貴重な時間を無意味に失ってしまったのだから。
天使の裏切りに深く傷つき、己の無知に後悔しているはずだ。
そんな彼女を、放っておくことなど出来なかった。
「そんで、今日は家に帰るのか?」
「……ああ」
「やっとかよ。オイラ、もうくたくただぜ」
「……」
「おい、なんとか言えよ。天使は疲れないんじゃないのかーとか」
「……」
「チッ、つまんねぇの」
アミィの絡みを無視して、明日斗は格安コインロッカーに向かう。
そこに預けている私物を取り出し、なじみのネットカフェに入った。
「お前、普段からこんなところで寝泊まりしてんのか?」
「ああ」
「家はどこにあるんだ?」
「そんなものはない」
「えっ、いや、冗談だろ?」
「冗談だったら良かったな」
「……まじかよ」
ナイトプランのお金を支払い、備え付けのシャワーを浴びた。
ブースに戻り、タイマーをセット。
椅子の背もたれを倒せるだけ倒し、背中を預けて瞼を閉じる。
普段寝る時間よりもかなり早かったが、疲労がたまっていたのだろう、明日斗はあっさり意識を失った。
その五時間後、タイマーの音に明日斗は目を覚ました。
時計を確認すると、午前二時。ド深夜だ。
すぐに椅子から立ち上がり、支度を調えネットカフェを出た。
「おい、やけに早いじゃねぇか。お前、普段からこうなのか?」
「いいや」
「じゃあどうしたってんだよ?」
「なあ、アミィ。もし俺に、〝次に出現するゲートがわかるスキルがある〟っていったら、信じるか?」
(十や二十を超える)人を殺したことがある=明日斗の死亡回数。
なので、リーダーの直感はある意味正しい。
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