ハウンドドッグ・パーティ
「く……ハッ……!」
意識が戻った時、明日斗は自らの胸元をきつく握りしめていた。
そうしなければ、自分の居場所すら危うくなりそうだった。
「なん、だ、今のは……」
先ほど見た幻覚は、今の神咲ではない。
おそらくは、前回の神咲が辿った記憶だ。
だが、現世にはいない他人の記憶を夢で見られるなど、聞いたことがない。
夢見の滴は、文字通り夢を見るアイテムだ。
無作為に選ばれた本人の記憶の断片が、ランダムに結びついて夢が発生する。
目が覚めた後もはっきりと覚えており、性質としては明晰夢に近い。
それ以外の効果がなく、中毒性すらもないアイテムだと言われており、一般人の需要はない。
しかし、ポールマッカートニーが夢でLet It Beのメロディを思いついたように、夢は時折創造的なアイデアを与えてくれる。
そのためクリエイターなどには人気の商品だった。
商品説明にある『夢を叶える』という言葉も、〝嘘〟は言っていない。
それだけに悪質だ。
さておき、夢見の滴には、夢を見る効果はあれど、別の未来の出来事を夢見る効果はないと、結論づけられたはずだった。
(……まさか、〈リターン〉のせいか?)
明日斗は〈リターン〉スキルを持っている。
これがあるおかげで、別の未来で起こった出来事と、現在の明日斗の意識が結びついたのだと推測出来る。
(あれはもしかすると、夢見の滴の解明されていない効果なのかもしれないな)
想像にしては、あまりに生々しすぎた。
衝撃的すぎて、吐き気がするほどだ。
あれが明日斗の記憶だけで作られたとは、到底思えなかった。
「う……あ……」
神咲のうめき声を聞き、明日斗は一旦考察を中断した。
「神咲さん、大丈夫?」
「え……あ、はい……。ええと、今の……夢? ……は、なんだったんでしょうか?」
嫌な予感がした。
このまま尋ねず、何事もなかったようにダンジョンを出て、彼女と別れてしまえ。
そうは思ったが、あんな最低な夢を見た直後だ。聞かずにはいられない。
「……もしかして、知らなかったの?」
「何がですか?」
「夢見の滴は、夢を見るアイテムだ」
「夢を、かなえるんじゃ……?」
「ある意味においては。夢が見たい人に、願い通りの夢を見せるから、〝夢を叶える〟とも、言えるんだ」
「…………ッ! 騙したなアイム!!」
神咲が鋭い剣幕で空中を睨付けた。
そこに、件のアイムがいるのだ。
――弱った神咲を悪意で唆した、最低の天使が。
「……だって、アイムはこれがあればお母さんを助けられるって…………えっ、そんなことは言ってない? そんな……」
神咲の瞳が、絶望に染まる。
天使は嘘をつかない。
だが、〝真実を言っているとも限らない〟。
実際に神咲は言った。
『願いを叶えるアイテムを手に入れれば、お母さんを助けられるかも』と、天使に教えてもらったと……。
天使の手口を知っている明日斗は、それが〝嘘ではないが、真実でもない〟とすぐに見抜ける。
だが神咲は――。
「そん、な……酷い。お母さん、助けられると……思ってた、のに。信じてた、のに」
天使の言葉を本当に、心の底から、信じていたのだ。
もはや気力さえ失われたように膝が折れ、ストンと尻餅をついた。
ぼろぼろと、神咲の目から涙がこぼれ落ちる。
ぽた、ぽた、ぽた。
涙の滴が地面に落ちる小さな音に、明日斗は震えるほど拳を強く握りしめる。
手の内側に爪が突き刺さり、プチプチと皮膚を突き破る。
「もっと早く気づいていれば」
明日斗ならば、神咲が夢見の滴の効果を勘違いしている――天使に騙されている可能性があることに、もっと早く気づけたはずだった。
実際に、違和感はあったのだ。
なのに、小さな違和感を、掘り下げようとしなかった。
重要なヒントを、見逃してしまった。
それは明日斗が神咲を、強い頃の氷血姫と重ねていたせいだ。
氷血姫なら、自分が指摘出来るような簡単な間違いを犯すはずがない。
なにか考えがあるはずだ。
たとえば――夢見の滴を売却すれば、回復アイテムに手が届く……とか。
だが、実際は違った。
(俺が知っていたのは、十年後の神咲だ。連戦連勝で、強かった頃の姿だ)
(今の神咲を、俺は何も見ていなかった……)
己の先入観のせいで、天使の甘言にまんまと騙され絶望の淵に落ちゆく神咲を、救うことが出来なかった。
後悔が激しく胸を焼く。
その時、ボス部屋に何者かが近づいて来た。
○
「ん、誰かいるぞ?」
ハウンドドッグ、ダンジョン攻略リーダーが、その気配に気づき足を止めた。
じっと目をこらすと、ボス部屋にボスはなく、人間が二人いるのみ。
「おい見張り役三人、てめぇらよそ者の侵入を見逃しやがったな!?」
「ひっ」「すみません!!」「ち、ちゃんと見張ってたんですけど、人が入ったようには――」
「――るせぇ死ね!!」
リーダーは怒りのまま、見張り三人を殴りつける。
倒れたところをさらに上から殴る、殴る、殴る……。
「ず、ずびばぜん……」「ゆるし、て……」「ひう……」
見張りの男達は顔面血だらけになりながら許しを請う。
だがリーダーは決して、彼らを許さない。
ハウンドドッグは力こそが正義。
これで手を緩めては周りに示しが付かないし、舐められれば指揮系統が崩壊する。
男達が白目を剥いて気絶したころ、ようやっとリーダーは拳を降ろした。
「さて、と」
振り返り、二人のハンターを眺める。
一人は男性で、二十歳前後といった見た目だ。整った顔立ちで、涼しげな表情など浮かべようものなら女好きしそうである。
(ケッ、イケメンめ、ぶち殺してぇ)
もう片方は、顔がよく見えないが女性である。
どちらも装備は初心者の域を出ないもので、辛うじてある武器もまた、ゴールドショップに格安で販売されているものだった。
(クソ雑魚じゃねぇか!)




