表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/69

ハウンドドッグ・パーティ

「く……ハッ……!」


 意識が戻った時、明日斗は自らの胸元をきつく握りしめていた。

 そうしなければ、自分の居場所すら危うくなりそうだった。


「なん、だ、今のは……」


 先ほど見た幻覚は、今の神咲ではない。

 おそらくは、前回の神咲が辿った記憶だ。


 だが、現世にはいない他人の記憶を夢で見られるなど、聞いたことがない。


 夢見の滴は、文字通り夢を見るアイテムだ。


 無作為に選ばれた本人の記憶の断片が、ランダムに結びついて夢が発生する。

 目が覚めた後もはっきりと覚えており、性質としては明晰夢に近い。


 それ以外の効果がなく、中毒性すらもないアイテムだと言われており、一般人の需要はない。

 しかし、ポールマッカートニーが夢でLet It Beのメロディを思いついたように、夢は時折創造的なアイデアを与えてくれる。

 そのためクリエイターなどには人気の商品だった。


 商品説明にある『夢を叶える』という言葉も、〝嘘〟は言っていない。

 それだけに悪質だ。


 さておき、夢見の滴には、夢を見る効果はあれど、別の未来の出来事を夢見る効果はないと、結論づけられたはずだった。


(……まさか、〈リターン〉のせいか?)


 明日斗は〈リターン〉スキルを持っている。

 これがあるおかげで、別の未来で起こった出来事と、現在の明日斗の意識が結びついたのだと推測出来る。


(あれはもしかすると、夢見の滴の解明されていない効果なのかもしれないな)


 想像にしては、あまりに生々しすぎた。

 衝撃的すぎて、吐き気がするほどだ。


 あれが明日斗の記憶だけで作られたとは、到底思えなかった。


「う……あ……」


 神咲のうめき声を聞き、明日斗は一旦考察を中断した。


「神咲さん、大丈夫?」

「え……あ、はい……。ええと、今の……夢? ……は、なんだったんでしょうか?」


 嫌な予感がした。

 このまま尋ねず、何事もなかったようにダンジョンを出て、彼女と別れてしまえ。

 そうは思ったが、あんな最低な夢を見た直後だ。聞かずにはいられない。


「……もしかして、知らなかったの?」

「何がですか?」

「夢見の滴は、夢を見るアイテムだ」

「夢を、かなえるんじゃ……?」

「ある意味においては。夢が見たい人に、願い通りの夢を見せるから、〝夢を叶える〟とも、言えるんだ」

「…………ッ! 騙したなアイム!!」


 神咲が鋭い剣幕で空中を睨付けた。

 そこに、件のアイムがいるのだ。

 ――弱った神咲を悪意で唆した、最低の天使が。


「……だって、アイムはこれがあればお母さんを助けられるって…………えっ、そんなことは言ってない? そんな……」


 神咲の瞳が、絶望に染まる。


 天使は嘘をつかない。

 だが、〝真実を言っているとも限らない〟。


 実際に神咲は言った。

『願いを叶えるアイテムを手に入れれば、お母さんを助けられるかも』と、天使に教えてもらったと……。


 天使の手口を知っている明日斗は、それが〝嘘ではないが、真実でもない〟とすぐに見抜ける。

 だが神咲は――。


「そん、な……酷い。お母さん、助けられると……思ってた、のに。信じてた、のに」


 天使の言葉を本当に、心の底から、信じていたのだ。


 もはや気力さえ失われたように膝が折れ、ストンと尻餅をついた。

 ぼろぼろと、神咲の目から涙がこぼれ落ちる。


 ぽた、ぽた、ぽた。

 涙の滴が地面に落ちる小さな音に、明日斗は震えるほど拳を強く握りしめる。

 手の内側に爪が突き刺さり、プチプチと皮膚を突き破る。


「もっと早く気づいていれば」


 明日斗ならば、神咲が夢見の滴の効果を勘違いしている――天使に騙されている可能性があることに、もっと早く気づけたはずだった。

 実際に、違和感はあったのだ。


 なのに、小さな違和感を、掘り下げようとしなかった。

 重要なヒントを、見逃してしまった。


 それは明日斗が神咲を、強い頃の氷血姫と重ねていたせいだ。


 氷血姫なら、自分が指摘出来るような簡単な間違いを犯すはずがない。

 なにか考えがあるはずだ。

 たとえば――夢見の滴を売却すれば、回復アイテムに手が届く……とか。


 だが、実際は違った。


(俺が知っていたのは、十年後の神咲だ。連戦連勝で、強かった頃の姿だ)

(今の神咲を、俺は何も見ていなかった……)


 己の先入観のせいで、天使の甘言にまんまと騙され絶望の淵に落ちゆく神咲を、救うことが出来なかった。


 後悔が激しく胸を焼く。

 その時、ボス部屋に何者かが近づいて来た。



          ○



「ん、誰かいるぞ?」


 ハウンドドッグ、ダンジョン攻略リーダーが、その気配に気づき足を止めた。

 じっと目をこらすと、ボス部屋にボスはなく、人間が二人いるのみ。


「おい見張り役三人、てめぇらよそ者の侵入を見逃しやがったな!?」

「ひっ」「すみません!!」「ち、ちゃんと見張ってたんですけど、人が入ったようには――」

「――るせぇ死ね!!」


 リーダーは怒りのまま、見張り三人を殴りつける。

 倒れたところをさらに上から殴る、殴る、殴る……。


「ず、ずびばぜん……」「ゆるし、て……」「ひう……」


 見張りの男達は顔面血だらけになりながら許しを請う。

 だがリーダーは決して、彼らを許さない。


 ハウンドドッグは力こそが正義。

 これで手を緩めては周りに示しが付かないし、舐められれば指揮系統が崩壊する。


 男達が白目を剥いて気絶したころ、ようやっとリーダーは拳を降ろした。


「さて、と」


 振り返り、二人のハンターを眺める。

 一人は男性で、二十歳前後といった見た目だ。整った顔立ちで、涼しげな表情など浮かべようものなら女好きしそうである。


(ケッ、イケメンめ、ぶち殺してぇ)


 もう片方は、顔がよく見えないが女性である。


 どちらも装備は初心者の域を出ないもので、辛うじてある武器もまた、ゴールドショップに格安で販売されているものだった。


(クソ雑魚じゃねぇか!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ