邪悪な笑み
ダンジョンの奥から、短槍を持った魔物が現われた。
トカゲのような見た目で、二足歩行をしている。
その姿を見た瞬間、真生は彼我の差を悟った。
(絶対に、勝てない)
まるで太刀打ち出来ない。
瞬き一つしただけで、絶命する未来が見えた。
逃げようとしても、逃げ切れまい。
即座に後ろから槍を突き刺されるはずだ。
恐怖に、心が飲み込まれそうになった。
次の瞬間だった。
――ザクッ!!
気がつくと、結希の姿がリザードマンの目の前にあった。
その手で握った短剣が、深々と胸に突き刺さっている。
(い、いつの間に……!)
真生は、全体を見ていたつもりだった。
だが結希の姿はまったく認知出来なかった。
近づく姿だけでなく、動いたことさえわからなかった。
驚き呆けている間にも、リザードマンが前のめりになって地面に倒れ込んだ。
たった一撃で、結希は魔物の命を刈り取ったのだ。
「……すごい」
それ以外の言葉が思い浮かばない。
ハンターランクは全部で十段階あると言われているが、一段階変わっただけで、戦闘力が大幅に変化する。
たとえばEランクのハンターを押さえ込むには、Fランクのハンターが十人は必要と言われる。
現在真生はGランクだが、自分が100人束になっても結希を押さえ込めるとはまるで思えない。
さらにリザードマンを圧倒したところを見るに、最低でもDランクはあるだろう。
(結希さんって、ベテランハンターさん!?)
人は見た目によらないとはいうが、これほどとは想像もしていなかった。
短剣を鞘に収めた明日斗が、すぐに奥に歩き出そうとした。
「ゆ、結希さん。魔石はいいんですか? 結構な価格で売却出来ますけど」
「うん。魔石に変わるまで待ってたら、魔物がリポップするかもしれない」
「リポップ……?」
「倒した魔物が復活すること」
「そ、そうなんですか」
「すぐにリポップするわけじゃないけど、万一討伐に時間がかかったら、後ろから襲われかねないからね」
「ひっ……」
結希が戦っている間に、後ろから忍び寄るリザードマン。
その攻撃が胸を貫く瞬間まで、不思議なほど生々しく想像出来た。
(なんでこんなにはっきり想像しちゃったんだろう)
普段は考えたこともない、グロテスクなシーンだった。
真生は己の想像力の豊かさを呪う。
「今回は稼ぎに来たわけじゃない。もったいないけど、先を急ごう」
「は、はい!」
そこから、結希の快進撃が始まった。
リザードマンは恐ろしい。真生が戦っても、手も足も出ずに殺される。
しかし、そんなリザードマンでさえ、結希には指一本触れられなかった。
(すごい……)
これなら、確実に夢見の滴に手が届く。
その予想は現実のものとなる。
ダンジョンで一番奥の部屋に到着するなり、結希がボスに攻撃を仕掛けた。
ボスは、二回りほど大きなリザードマンだった。
鋭い瞳を見た瞬間、真生は呼吸が止まった。
それはバンジージャンプで飛び降りた瞬間、ゴム紐がないことに気づいた時のような気分だった。
――死。
睨まれただけで、死を連想した。
背中に冷たい汗が流れ落ちる。
そんなボスを相手に、結希は華麗に立ち回った。
相手からの攻撃を一切許さず、致命的な攻撃を一方的に繰り出し続けた。
さすがに、通常モンスターのように一撃で倒せる相手ではなかった。
だが結希は相手の生命力を確実に削っていく。
そして、
――ずぅぅん。
ボスリザードマンの巨体が、ついに地に伏した。
血振るいして短剣を鞘に収める結希を見て、真生の鼓動が上がる。
(かっこいい……)
「ねえ真生」
「ひゃうっ!?」
不意にアイムに声をかけられ、真生は口から心臓が飛び出そうな程驚いた。
「な、なにかなアイムくん」
「あのお兄さん、すっごく強いね」
「う、うん」
「おかげで夢見の滴が手に入ったね!」
「うん!」
これで、母親が助けられる。
最悪の未来を回避出来たことに、真生はほっと胸をなで下ろした。
世界には間違いなく神様がいて、本当に困った時に救いの手を差し伸べてくれる。
そう思えるほど、今回の巡り合わせは奇跡的だった。
ハンターに覚醒していなければ、アイムから夢見の滴の話を聞けなかった。
夢見の滴の確保に動いていなければ、結希明日斗には出会えなかった。
「神様……ありがとうございます」
どの神様か知れないが、この運命をたぐり寄せてくれた何かに対して、真生は手を合わせ感謝した。
その横で、アイムが微笑んだ。
しかし気のせいだろうか。一瞬――ほんの僅かな間だけ、恐ろしく邪悪な笑みが浮かんだように見えたのは……。




