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孤独の愛  作者: 西の丘夕月
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あいはきょうかん

お願いします!

午前の授業が終わり、これからお昼ご飯を食べます。

この学校は給食ではないので、近くの人と机をくっつけたあと、バックから弁当を出して、いただきます、と言います。ゆんの前には松本くんがいて、他にも四人、同じグループの人がいます。斎藤くんに、相田さんに、飯野さんに、出戸くん。思えばこの子たちの名札を見たのは初めてかもしれません。それにこのクラスになって、三ヶ月くらい経つのに、目すらも合わせたことがありません。

今日も昨日と同じく、ゆん以外のクラスメイトは話しています。どんな話をしているのかな、と耳をすませていても、まったく内容がわかりません。みんなの話しについていけなければ、置物と同じく、話しを聞くことしかできないのです。

それがいやだから、ゆんは今日、昨日考えてきた計画を実行します。

ゆんは昔みたいに、自分の家にクラスメイトが来て、夕方のチャイムが鳴るまで一緒に遊んで、また明日ね、って、そんな日常を送りたいのです。そのためにゆんは、いなくなったみんなを取りもどさなければいけません。

きっとこの計画は上手く行くはずです。昨日みたく、失敗なんてしません。悪いことをしてママが愛をくれたように、クラスメイトも愛をくれるはずなのです。

かくごを決めて、ゆんは立ち上がりました。

置物が急に動いたからか、近くにいたクラスメイトはゆんに視線をずらしました。

松本くんは立ち上がったゆんを見上げています。表情を変えずに真顔で、ゆんを見続けています。

ゆんは松本くんに近づきました。

牛乳パックを左手に持ち、松本くんの真横に行きます。

松本くんは首をかしげ、どうしたのだろう、と言いたげな顔をゆんに向けてきました。

ゆんは、クラスメイトから愛がほしいだけなのです。

それ以外はなにも望みません。ゆんはただ、

お金では買えない、愛がほしいだけなのです——

ゆんは左手に力をこめ、松本くんの顔に、服に、牛乳をかけました。

「……」

松本くんはなにも言わず、自分の顔と服をさわりました。

赤色の服が白くなり、かみの毛とまゆ毛が、しらがみたくなってしまいました。

どうして松本くんは動かないのだろう——そう思ったときでした。

松本くんが遠ざかっていき、ゆんの身長がみるみる低くなっていきました。そのままなにかに当たると、背骨が折れるようなしょうげきを受けました。

どうやらゆんは松本くんになぐられて、そのままそうじロッカーに当たったようです。立ち上がろうと思ったのですが、手足に力が入らず、だらんと座っているだけでなにもできませんでした。こわれたおもちゃみたいに下を向いていると、ぽたぽた、と鼻と口から血がたれてきました。

「おい! てめえふざけるな!」

松本くんは怒鳴ると、ゆんのかみの毛を上に引っ張り上げました。

「人に牛乳をかけやがって。なに考えてんだ!」

松本くんの顔は、えものをいかくしているようなライオンみたいです。

見られたら身動きが取れなくなる、そんなするどい目をゆんに向けています。

——このままだと、またなぐられる。

次は意識を失うかもしれない——

そう思ったときでした。

だれかが、松本くんの体にだきついて、松本くんの動きを止めようとしました。

「ゆうや、なぐっちゃだめだよ!」

松本くんを止める、女の子の声がしました。

「くそ、はなせ! お前には関係ないだろ!」

「ある! だってゆうやはスポーツマンでしょ? 人はなぐっちゃだめだよ!」

「……」

松本くんはだまりこみました。

歯を食いしばって、お腹の底からわき上がる感情をおさえているようにみえます。

その感情をゆんにぶつけるようににらみつけ、舌打ちをすると、

「お前、気持ち悪いんだよ」

はき捨てるようにそう言い、松本くんは教室から出て行きました。

……どうして、こうなってしまったのでしょうか。

悪いことをしたらママみたいに愛をくれるかと思ったのになぐられてしまいました。

ゆんはなにも、間違えた行動をしていません。

ただ、みんなから愛をもらいたかっただけなのに。ゆん、だいじょうぶ? と言ってくれるだけでよかったのに——

机みたいに重い頭を上げて、ゆんは周りに立っているクラスメイトを見ました。

「……」

首をわしづかみされているように、なにも言葉が出てきません。

これを生き地ごく、というのでしょうか。

だって、ゆんを見るみんなの顔は、人を見る目ではなかったのですから。




松本くんになぐられた日、家に帰ったらママにすごく愛をもらいました。学校でいじめられているのではないか、担任からたいばつを受けているのではないか、と今までにないほどの量でした。ここでゆんが、うん、と答えたら、二度とクラスメイトからの愛をもらえなくなってしまうので、ゆんは友だちとプロレスごっこをしていた、とうそをつきました。ですが、ママを説得するのに一時間はかかりました。きっと、ゆんの部屋を見て疑っていたのでしょう。ふつうの部屋なら、破れたノート、二つに折れたボールペン、牛乳まみれになったじゅうたんを放置して学校に行くなんてありえませんから。

松本くんになぐられてできた傷は、日が経つごとにちょっとずつ治り、今ではかさぶたが取れてあと一歩のところまできています。ママはこれを見て、ゆんはいじめられていない、と判断したようで、ゆんの傷が日を超えるごとに治っていくように、ママの顔に少しずつ笑顔がもどってきました。

ですが、松本くんになぐられた次の日から、ゆんは自分の机に落書きがされていたり、トイレに行っている間に筆箱がゴミ箱に捨ててあったり、体には残らないような暴力を受け続けました。もちろん担任は気がつきませんし、ママだって、ゆんがいじめられていると気がつきません。さすがに頭の悪いゆんでも、こんな状態で、クラスメイトからの愛をもらうなんて無理だとわかります。

前まで、体に傷を負っていたからママから愛をもらうことが容易でしたが、最近はそれすらも難しくなってきました。日に日に傷ついていくのはゆんの心だけで、他は今まで通りに時間が過ぎていきました。

そもそも。

最近わからなくなってききたのですが、愛って、いったいなんなのでしょうか。

ゆんは愛をもらうためだと言って、いろいろと悪いことをしてきましたが、なにかが違うような気がするのです。右手をけがして、大丈夫? と声をかけられるのが愛なのでしょうか。顔に深い傷を負って、大丈夫? と声をかけられるのが愛なのでしょうか——今思えば、せんぶ、ゆんはだれかに心配されたくてやっていたことなのだとわかりました。もしも、心配することが愛だったら、愛はだれにでも分け与えられるものになってしまいます。ほとんどの人は捨て猫を見て、かわいそうだな。この子はだいじょうぶなのだろうか? と思うに違いありません。ですが、家でその猫をかうか、かわないかになると、話しが違ってきます。この時点で、心配は愛ではないことなんて明らかなのです。

ゆんの心は、愛ではないと満たされないような気がします。

だれにでも分け与えられるようなものではない、そんな愛が必要なのです。

ゆんはベッドにねころがり考えます。

愛とはいったい、なんなのか。

どうしたら愛をもらえるのか。

そんな、だれでも知っているような愛について、ゆんは考え続けます。

考えても考えても、答えが浮かばなかったので、ゆんはテレビをつけました。画面には今日の犯罪者が映っています。どんな犯罪でつかまったのかを見てみると、この人はハイジャックをしようとした容疑でたいほされたらしいです。六十二のおじさんなのに、どこの会社に勤めるわけでもなく、一人で生活していたらしいです。性別、それから生きている時間はゆんとは違いますが、ひとりぼっちという意味では同じなのかもしれません。

「……あ」

頭の中で、花がぱっと咲いたような気がしました。

直感ではありますが、もしかしたらこれが、みんなから愛をもらえる、世界にたったひとつだけの方法なのかもしれない、と思いました。

ですが、ゆんはこのおじさんみたいに、ハイジャックなんて起こせません。飛行機がある場所なんてわかりませんし、爆弾なんて作れません。お金で買ったとしても、ママに見られてしまえばどうなってしまうのかが目に見えています。

なのでゆんは、もっとかんたんにできる方法でやります。わざわざ爆弾を用意しなくても、もっと手軽にできる方法でみんなから愛をもらいます。

確か、一学期の終わりにやる大掃除は、明後日にあります。

その日に合わせて、ゆんはクラスメイトからの愛をもらうための準備を整えようと思います。

やってはいけない。そう叫んでいるゆんがいますが、ゆんはもう限界なのです。愛をもらわなければ、おかしくなってしまいそうなのです。ママはゆんを心配してくれるだけで愛なんてくれませんし、担任とクラスメイトはママよりも愛をくれません。だからゆんは、やるしかないんです。救われるためにも、やるしかないのです——

有り難うございました!

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