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孤独の愛  作者: 西の丘夕月
3/6

こわれたあい

最後の方の描写、注意してください(笑)

ふつうに病んでるので

 時間が経つにつれて、駅前で歌うその女性の周りには、人がひとりふたりと少しずつ増えてきました。今はもう歌も終わり、その女性は帰り支度を進めていますが、周りにいる人たちは帰ろうとしません。その女性に話をかけて笑ったり、手で口をふさいでおどろいたり、とよいんにひたっています。はたから見ていると楽しそうですが、ゆんはそれを遠くで見ているだけで加わろうとは思いません。歌声を近くで聞いていなかったから、もありますが、なにより、周りの人たちと話すのが怖かったのです。あの歌声に感動したのはみんなと同じでしょう。しかし、もしもあなたはどんなところに感動したの、と聞かれたとき、みんなと同じ意見を言える気がしなくてゆんは近づけないのです。

「……どうしよう」

さっきからゆんはにげてばかりです。

公園で幸せそうな家族を見たときも、おもちゃ屋さんで仲の良さそうな親子を見たときも、現実から目をそらすようににげてきました。そして今も、みんなと違う意見になるのが怖くて近づけずにいます。

情けないです。

ゆんはあの家にもどらないと決意したのにもう根を上げています。そろそろ夜の十時になり、これからもっと外の世界は怖くなるというのに、ゆんの気持ちはすでにぼろぼろです。

「やだよ……やだ」

どれだけ辛くても、苦しくても、外の世界にはゆんを助けてくれる人はいません。

みんな、みんな、ランドセルを背負ったゆんを見ても、なにごともないかのように素通りしていきます。まるでこの世界にはゆんだけしか生きていないような感じです。

ゆんは電柱にもたれかかりながら、これからどうしよう、とこみ上げてくる感情をおさえながら考えていると、右肩をとんとんとたたかれました。

だれだろう、と思い、右を見てみると、そこには見覚えのある服を着た人が二人立っていました。

「きみ、名前は?」

けいさつです。

見た目はいかつくないのですが、ゆんはその人を見ただけで背筋がこおりました。

この人たちに声をかけられたのは、悪いことをしたからに違いありません。

「金澤優、です……」声に力がこもりませんでした。

呼吸が浅いせいで、頭が回りません。

さっきまでくっきりしていた建物や人が、ゴーグルを付けないでプールに入ったように見えなくなってきました。すると少しずつ、電車の音や人が歩く音も、耳せんをされたかのように聞こえなくなってきて——

「……すみません」

ゆんは泣きたい気持ちを必死におさえながら目をそででこすってあやまりました。

思えば今日、ゆんは悪い子でした。

ママにわがままを言ってしまったり、ママの代わりの人をなぐったりもしてしまいました。他にも学校をズル休みしたり、お金をどんどん使ったり、悪いことしかしていません。

あやまっても許されないかもしれませんが、ゆんは何度も、すみません、すみません、とあやまり続けました。これからはいい子でいますから、といっしょうけんめい伝えました。

「泣かないでいいから。ほら、これで顔ふきな」

頭を上げて、とけいさつは言うと、ゆんに白いハンドタオルをわたしてくれました。「お母さんが心配してるよ」

「……え、ママ?」

「そう、ママだよ。ママから優ちゃんをさがしてって、言われたんだよ」

けいさつはにっこり、ゆんに温かい目を向けると、「じゃあお家に帰ろうか」

そう言って、ゆんが持っていたお人形さんの入っているビニール袋を持ってくれました。腕が軽くなり、肩が楽になりました。そのとき、ゆんの心も、軽くなったような気がしたのです。ふわっと、なにか重いものがぬけていくような、そんな感じです。

ママがゆんをさがしている。

この言葉はゆんにとって、真っ暗なところから助けてくれた希望の光とさえ感じました。

昨日までゆんは、学校に行ってきます、とママに伝えて外で時間をつぶしていましたが、今日は、ママなんてだいきらい、と伝えて家を出て行きました。ゆんはあのとき、もう二度と家にはもどらないと決意していました。じゃないとママが、ゆんの気持ちを理解してくれないと思ったからです。けれど、そんな決意も砂の城のように消え去ってしまいました。

ゆんは外の世界をあまく見ていました。

外の世界ではだれもゆんの世話なんてしてくれません。死んでしまいたいと思うくらいに辛くて、はやくその場からにげ出したくなっても、だれもゆんに手を貸してはくれませんし、にげてもにげても外の世界はゆんを追いかけてきます。公園で幸せそうな家族から目をそらそうとしても、今度はおもちゃやさんで同じような現実を見せつけられました。それで結局、ゆんってみじめだな、と心の中でくり返し、一人で電柱にもたれかかりながらなみだをこらえる始末です。けれどもゆんは、これから救われようとしています。

ママの代わりの人ではなく本当のママがゆんのことを助けようとしてくれています。これはきっとゆんが悪いことをしたから、本当のママが動いてくれたに違いないのです。だってママは、ゆんが泣いても怒っても、動いてくれませんでした。

ママなんてだいきらい。

そう言ってママの代わりの人をなぐり、学校をズル休みし、家出なんてしたからママはゆんに関心を持ってくれたに違いありません。

これでやっと、ゆんは人の引き付け方がわかりました。

もう二度と、ママなんてだいきらい、と言いません。

 わがままも言いません。

——ただ。

愛だけはほしいな——

ゆんはそう思いました。


家の門をくぐり、げんかんを開けると、黒色のエプロンを着たママが待っていました。いつも通りにただいま、と伝えると、ママはゆんをだきしめて、「よかった……よかった」とゆんのほっぺに顔をこすりつけてきました。

 「ありがとうございます。ほんとうに助かりました」

ママはゆんの後ろにいるけいさつにお礼を言いました。けいさつは、ではこれで、と言うと、げんかんにお人形さんの入ったビニールぶくろを置き、外に出て行きました。

二人だけになったげんかんで、ママがゆんの耳元ですすり泣いています。

「ゆうがいないと私、辛くて、辛くて……」ゆんの体がぎゅっと、ママに引き寄せられます。「だからもう、二度と家出をするなんて言わないで……」

今にも消えてしまいそうな声でそう言いました。

「……わかった。ママ」

ゆんもママを、ぎゅっと抱きしめ返します。

「明日から、新しいかせいふさんが来るからね」

ママはゆんから離れ、しゃがんだままゆんの肩に手を置くと微笑みました。

ママの話を聞いていてなんとなくわかったのですが、明日からゆんの家に来るママの代わりの人は、どうやらタイ料理とか、フランス料理とか、いろんな国の料理を作ることができるスペシャリストらしいです。

「だから今日は、ママの料理だけどがまんして。ゆう、それでいい?」

「……うん」

ママのご飯がずっといい、そう口から出てきそうでしたが、舌をかんでこらえます。

ゆんはママに、愛されていると感じるだけで十分なのです。

外の世界に出てわかりました。外の世界にはママみたいにゆんを助けてくれる人なんていないのです。ゆんはママにだいきらいと言いましたが、ママはゆんを許して家にむかえ入れてくれました。だからゆんは、ママにもう二度とわがままを言わないと決めたのです。

ママは震えた足で立ち上がると、「じゃあご飯にしよっか!」そう言ってゆんに、背を向けました。「ご飯おいしいかわからないけれど、頑張って作ったからね」

「うん……」

初めて食べるママの手料理が楽しみで仕方がありません。

でも、今日だけだと思うと、どうしても心の底から楽しみにはできませんでした。


リビングでご飯を食べたあと、ゆんは自分の部屋へもどりました。しばらく時間が経ってから気がついたのですが、部屋の家電がぜんぶ新しいものになっていました。どれも高そうなものばかりで、一番おどろいたのが、ゴミ箱のふたがセンサーで開いたり閉まったりしたことです。

ゆんは夕方に買ったお人形さんをビニールぶくろから出し、じゅうたんに座ります。

ママみたいにかみが長いお人形さんの服には、ママ、と油性ペンで書き、もう一人の背が低い女の子の服には、ゆん、と書きました。

昔、だれかとお人形さんごっこをしたとき、それぞれのお人形さんに名前を書いて遊んでいました。もしもゆんが先生になったらとか、赤ちゃんになったらとか、そんな想像をして遊んでいました。

ゆんは自分の名前が書いてあるお人形さんにハサミを持たせて、じゅうたんの上に置いてあるタオルをちょきん、ちょきんと切らせます。昔からおふろのときに使っていたタオルが、キャベツの千切りみたいに細くなってしまいました。すると、この使えなくなったタオルを見たママの名前が書いてあるお人形さんは、「ゆう、なにしてるの! そんな悪いことして」ゆんからハサミをうばい取り、「もう二度と、こんなことしちゃだめだよ」優しい声で言うのでした。

他にもお人形さんを使って、いろいろと悪いことをしました。ノートを引きちぎったり、使ってない消しゴムをゴミ箱に捨てたりしました。その度にママはゆんに注意します。たまに怒ったりもします。ゆんはうれしくてたまりません。ゆんに直接関わってくれることに、愛を感じるのです。

悪いことに慣れてくると、ゆんの行動はエスカレートしていきました。かべに落書きをしたり、コップに入っていた水をわざとこぼしたりもします。するとママは、ゆんに愛をくれるのです。

ゆんはうれしくて、笑い転げます。

どうしてこんなにもかんたんな愛のもらい方に、今までゆんは気がつかなかったのでしょう。

愛のもらい方に悩んでいた今までのゆんがバカに見えてきます。

周りからの愛がほしくてたまらなかったゆんが、とうとうママからの愛をもらえたのです。ゆんにとって今日は、一生わすれられない日になると思います。明日も明後日も、愛をもらえると考えただけで、笑いが止まりませんでした。やっと解放されたと、心がおどっています。

なのでゆんは、明日から学校に行こうと思います。

今のままだと一人ぼっちでつまらないでしょうが、いずれはクラスメイトから愛をもらえるようになると思います。ゆんちゃん遊ぼうとか、ゆんちゃん家におとまりしてもいい? とか、目をキラキラさせたクラスメイトにそう聞かれる場面を想像するだけでも、ゆんの空っぽだった心が満たされていきます。

ちぎれた紙とか、折れたペンが転がっている部屋のなか、ゆんはお人形さんたちを片付けてベッドのなかにもぐりこみます。

今日ほど、明日が待ち遠しくなる日は初めてです。

明日はどんなことをしようかなと想像するだけでも、幸せで胸がいっぱいです。

「ひとりぼっちじゃないって、幸せ」

自然と笑みがこぼれてきます。

希望に満ちた明日を想像すると、体が包みこまれるように温まってきます。

「……ママ、だいすき」

そう言ってゆんは、眠りへと落ちていきました。

ここまで壊れてしまった人は早々に精神科へ。

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