うわべのやさしさ
孤独って怖いですよね……
内容が暗くなりがちですし……
なのでサブタイトルは軽いノリで読めそうな感じで作りました!
体がお風呂のなかみたい。
ねまきが手足にくっついてくるからはだかになりたかったけれど、はずかしいからゆんはやめておきました。その代わりに布団をベッドの下へけとばして、耳元に置いてあったリモコンを手に取り運転ボタンをおしました。
けど、ママはこんなときでも昔の人みたいな冷やし方をするから、ゆんはすぐにエアコンを切ったのです。エアコンをつけたからって、ママはゆんに怒りません。むしろ使わない方が怒られそうですが、ゆんは消すのです。
ベッドから起き上がり、外に出るための服に着がえて、カーテンと窓を開けると、ゆんの長いかみがふわりと浮き、外で元気に鳴いている虫の声、たくさんの人を乗せて線路の上を走っている車の声、もう朝ですよと夜になるまで知らせてくる太陽の声が部屋に飛びこんできました。窓とカーテンを閉め忘れた次の日の朝、こんなにもさわがしい声が、急にゆんの耳に届くのがいやだから、眠たくて意識を失いそうになったとしても、ゆんは毎晩、ここだけは閉めるようにしています。
どこか遠くへ走って行く電車から、部屋のはじに置いてある机に目をずらします。お花の描かれているふろしきに包まれた、手の平サイズの弁当が置いてありました。ママの代わりの人が作ってくれた、一度は誰でも食べてみたいと思う美味しい弁当です。この人が作ってくれる料理は三ツ星シェフだとテレビで話題になっていて、私もそれで間違いないと思います。
イスにかけてあったピンク色のランドセルに弁当を入れます。本たてに並べてある教科書とかノートとかが目に入りましたがそのままにしておいて、ゆんはしゃがんで机の下に隠してある、お金を持ったぶたさんをランドセルの中に入れました。ここ数日で、ぶたさんの体重が減ったような気がします。そのぶん部屋にお人形さんがたくさん増えたけれど、みんな昔みたいにゆんに話しかけてくれません。なのでもう、お人形さんをゆんの部屋に呼ぶのはやめました。昔から仲良くしていたはずのお人形さんでさえ、今じゃいないのと同じです。
ゆんは机に置いてあったテレビのリモコンを取り、部屋のすみに置いてあるテレビの画面をつけました。いろいろなボタンをぽちぽちとおして、きのうの夜に放送していたお笑い番組をつけます。
観客がどうして笑っているのか、頭の悪いゆんにはわかりませんが、みんなと一緒に笑えればそれでいいのです。お笑い番組だけに限らず、みんなと一緒になぞなぞを考えたり、どこかにいる人と同じ映画を見られたりするだけでいいのです。今じゃテレビが、ゆんにとってのお人形さんなのですから。
時間を忘れてしばらく見ていると、テレビのはじっこに書いてある数字が、クラスのみんなはもう教室にいるよって教えてくれました。あと十分で朝の会が始まる時間です。胸がしめつけられるような感覚がしましたがすぐに慣れてきました。
水色のじゅうたんから立ち上がり、床に置いておいたランドセルを背負うと、ぎゅうっと、胃がしぼんで音をたてました。どうやらお腹が空いたようです。朝食をすっかり取り忘れていました。ぐうぐうと泣くお腹を手で隠しながら、ゆんはママがいるリビングへ向かいました。
ドアを開けると、ママが木のイスに座って、パソコンをさわっていました。右手でマグカップを持ち、湯気が立っている飲み物を口にすると、ママはゆんがいるのに気がつきました。
「どうしたの?」何気ない顔で首をかしげました。「もうそろそろ学校に行かないと間に合わないでしょ?」
「先生たち、今日は話し合いがあるから、朝の会はないんだって。だから今日は、ゆっくりできるの」
「……そうなんだ。先生たち、毎日大変だね」
「うん。いそがしそう……」
ゆんは足元を見ます。
ママに言いたい言葉が、のどでおもちみたいにつまっています。出したくても出てこないのです。たった一言、お腹が空いた、と伝えるだけなのに、ゆんの口は開きませんでした。
「どうしたの? もしかして調子悪いの?」
ママは立ち上がると、ゆんのところまで歩いてきてくれました。ゆんを下からのぞきこむようにひざを曲げると、「もし辛かったら、学校お休みしたら?」ゆんの前がみをどかして、おでこを合わせてきました。「熱はなさそうね……」
「体調はだいじょうぶ…… ねえ、ママ……」
「ん? どうした?」
ゆんはかくごを決めて口を開きます。
「……お腹空いたよ、ママ」
ママは目をぱちりと開けると、「わかった」と立ち上がり、ポケットの中からスマホを取り出して電話をかけました。「あの佐々木さん。家事をやってもらってる途中にすみません。優がお腹が空いたらしくて。あ、はい。はい。あー、いつもほんとに助かります」
ママはスマホをポケットにもどし、「いまベランダで洗濯物を干してるから、ちょっと待っててね」目を細めてほほえむと、ママはさっきまで座っていたイスにもどってしまいました。
「……ママ」「どうしたの?」「やっぱいらない」「え、どうして?」「いらないものはいらないの!」「でもかせいふさんのご飯おいしいでしょ?」「でもいらないの!」
ゆんの顔が、風船みたいにふくらんでいるのが自分でもわかりました。ママは口を丸くして、なにが起きたのかわからない、とでも言いたそうな顔をしています。その顔が、ゆんの心を毎回傷つけるのです。毎日同じことを伝えても、ママはゆんの心を理解してくれません。これだから、お腹が空いたとママに伝えるのが、難しいのです。
気を取り直して、ゆんはママに伝えます。
「今日の朝、ゆんね、エアコン使わなかったよ。ママみたく、電気、使わなかったよ」
「……」
ママは口を開きませんでした。なにを言おうか、と迷っているように見えます。
ゆんは少し、ママのしぶしぶした顔に期待しました。
さっきみたく大声を出したのは初めてです。
きっとママは、どう答えれば正解なのだろうって考えているはずなのです。そうでなければ、ゆんはこわれてしまいそうな気がします。
ママは重そうに口を開けると、「ゆうは電気代なんて気にしなくていいのよ? 節約は私のくせなんだから」、と言いました。
いつもなら、ゆんを包み込むような優しい声音で言うのですが、今日は言葉をしんちょうに選んでいるような気がしました。
これがママの本意なのでしょう。
ママはゆんに、赤ちゃんみたいなわがままを言われて頭に血が上っているだろうに、今まで通りの言葉が返ってきました。
限界です。がまんできません。
もうゆんの気持ちは、ずたぼろでした。
必死にゆんは伝えようとしているのに、どうしてママは拾ってくれないのでしょうか。
「ママなんて、だいきらい!」
ドアを思い切り閉め、ゆんはげんかんに向って走り出しました。
後ろから、ママがゆんを呼び止める声がしましたが、わざと聞こえないふりをして走り続けます。くつしたをはいているせいで足がすべりますが、お腹の底からわきあがる感情で床をけり、無理矢理バランスを整えます。が、ゆんは下を向きながら走っていたせいか、何かに当たり、たおれそうになってしまいました。
危ない、と思ったとき、だれかがゆんを抱いて、助けてくれました。
目を開けてみると、そこにはママの代わりの人がいました。
「放してよ!」ゆんにふれているこの人の胸を、両手を使って強引に引きはがそうとしましたが、だめでした。「お願いだからさわらないで!」
ゆんの目が曇ってきます。
この人を見ているだけでも胸がしめつけられ、息ができなくなるのです。
「金澤さん、どうされたんですか?」この人はゆんの頭をなでなですると、「優が私のなかで暴れているのですが……」
「すみません佐々木さん。ご迷惑をおかけしてしまいまして」
ママの足音が、ゆんのすぐ後ろにまで近づいてきました。
ここでつかまったら、この気持ちがちゃんとママに伝わらない。
そう思い、ゆんはこの人の太ももをつねりました。ですが、この人はひるみません。それならと、今度は思いっきりかみの毛を引きぬきました。
この痛みにはたえられなかったのでしょう。
この人は「いてててて」と言って、ゆんをつかまえていた腕をゆるめました。なのでゆんは、すかさずにこの人に向って頭突きをしてきょりを取りました。げんかんに置いてあるくつを乱暴にはき、ドアを開けて、ママたちがいる方にふり返ります。
「ゆう……」
ママは顔をゆがましてゆんを見つめてきます。
「……ママ」
ゆんはママが見せる顔に心がゆらぎそうになってしまいました。
でも、ここで折れたら、二度とママはゆんの気持ちを理解してくれない。
そう思いゆんは、
「——ママなんて、だいきらい!」
と言い放ち、家から飛び出しました。。
「ゆう! 行かないで!」
ママの叫び声が耳に入ってきましたが、ゆんは走り続けます。
ゆんだって、家出なんてしたくありません。けど、仕方がないのです。だってゆんは、こんな形でしか、自分の気持ちを表現できないのですから——
人の黒さにどっぷり浸かりたい方は次のお話を楽しみにしててください(笑)
私的には楽しい物語の方が好きなのですが、たまにこんなの書きたくなります(笑)