①三人の旅人
太陽が天辺を過ぎた頃合い。
馬車がやっと通れるくらいの細い山道を、三人の旅人が進んでいた。
先頭を歩くのは、背中に中剣をさげている冒険者の女性。名をルティア・ロードナイトという。
歳は二十代半ばを過ぎた痩せ身の剣士で、ぼろが目立つ外套は、彼女が長く旅をしていることを窺わせる。
ルティアの後ろに続いているのは夫のリュード。
彼は「祈祷師」だった。
処女三神と呼ばれる、三柱の女神の恩恵を受け、祈りにより様々な奇跡を起こすことができる。
歳を重ねても、その美しさが変わらないのは、それこそ女神に愛されている故かもしれない。
リュードはまだ十歳そこらの少年の手を引いて歩いていた。
時折、気遣うように声を掛ける。
「ユウナギ、疲れたのではないですか?」
「……まだ、大丈夫」
息を切らしながら答えたユウナギは、徒歩での旅に慣れていない。休憩をはさんでいるが朝から歩き通しで、棒のようになってしまった足を必死で動かしている。
(根性あるわ、この子)
泣き言ひとつ漏らさない少年に、ルティアは感心する。
ユウナギはルティアのような赤い瞳に、リュードのような黒髪を持っている。
しかし三人に血の繋がりは無かった。
ユウナギの両親は、数日前に魔獣に襲われ命を落としてしまった。
旅の途中で、偶然居合わせたルティアとリュードは、幼いユウナギを一人にするわけにもいかず連れて行くことにした。
そういうわけで三人での旅路は、始まったばかりだった。
一時間ほど歩いたところで、水のせせらぎに足を止める。
「川が近くにありそうね。ちょっと見てくるわ」
「はい。気をつけて」
ルティアが山道の脇に広がる林のなかに入っていく。その後ろ姿をリュードとユウナギは見送る。
「ユウナギ、座って休みましょう」
「……つかれたぁ〜」
「場所が良ければ、今日はこの辺で野宿になります。よく頑張って歩きましたね」
「ルティア、ひとりで行かせて平気? 危なくない?」
立派な木の幹に背中を預けながらユウナギが聞く。
両親が魔獣にやられたこともあり、心配しているのだろう。
「大丈夫ですよ。ルティアは強いですから」
「ふぅん。……オレの父さんと母さんも強いと思ってたけど、死んじゃった……」
ぐったりと項垂れたユウナギが、ぐずりと鼻を啜る。
「ユウナギ」
しゃがみこんだリュードが腕を伸ばして、小さな頭を優しく撫でる。
「あなたを守るため、命をかけてご両親は戦ったのです。強い人達だったのでしょう。強くなければ、あなたも死んでいたかもしれない」
「……うん」
「ご両親に感謝しましょう。そして、あなたは精一杯生きるのです。これからは、わたし達があなたを守ると約束します」
「……うん……ごめん」
「いいえ」
「でもさ……オレのこと、そんなに守らなくてもいいよ。だって、だってさ……オレのせいで、また……」
ぼろぼろと涙を落とすユウナギの心が、じつは罪悪感でいっぱいになっていることにリュードは気付く。
「ユウナギのせいではありませんよ」
そう言って、小さな体を抱きしめる。
「心配しなくても、わたしもルティアも簡単に死んだりはしませんよ。大丈夫……大丈夫ですから」
「……ほ、んとう?」
「はい。「魔王」より強い者でなければ、わたし達は倒せませんから」
「え、魔王?」
ぱちくりと目を瞬かせる少年に、リュードは微笑みを漏らす。
「ユウナギは魔王を知っていますか?」
「うん、でも、冒険者がやっつけたんでしょ?」
「そうです。とくに魔王を討ちとった剣士は有名ですよね」
「あー、名前は確か……ルティア・ロードナイト……えっ!? ルティア!?」
「そうです。そのルティア・ロードナイトこそ、わたしの妻なんです」
「!!」
驚いたユウナギが、ぽかんと口を開けている。さっきまでの思いつめた表情は消え、子供らしい無邪気な反応にリュードは安堵する。
実際の戦いはかなり壮絶なものだったが、幼ない心に希望を灯せるなら満足だ。
「……すげー、ルティア」
すっかり涙も乾いた頃、ルティアが戻ってくる。
「リュードさーん、ユウナギー! 今夜はここで野宿にするわよー!」
両手には途中で見つけたのか、熟れた果物を抱えている。
「食べてユウナギ。美味しいし、喉の渇きも癒されるわよ」
ひとつ大きな果物を手渡されたユウナギは、まじまじとルティアの顔を見つめてから言う。
「剣士、すげー……」
「? 祈祷師さまのほうが、すごいわよ」
ユウナギを立ち上がらせ、三人は野宿の準備を始めた。